お市様の宣戦布告
ねねに自慢の答えをいきなり全面否定どころか、頭を引っ叩くと言う暴挙で返されて、俺はちょっとムッとした気分。
引っ叩かれた頭をさすりながら、不満げな視線をねねに向けた。
「何をするんじゃ、ねね。
ちゃんと五回、どうしてを繰り返したではないかぁ」
「あんたねぇ。
ここで、そんな物騒な事言うんじゃないの!」
勝家を討てとも言っていたねねから、非難れるとは思ってもいなかった。
ちょっと、不満げな表情の俺の事など、意に介さずねねは視線を門番に向けた。
「柴田殿の命は聞けても、羽柴の命は聞けぬと申すか!」
さっきよりも強い口調のねね。
さすがに門番たちもそのまま抗う事に迷い始めたのか、顔色を変えて何か釈明を始めたようだが、ごにょごにょ過ぎて、何を言っているのか、よく分かりやしない。
業を煮やしたねねがずいっと一歩踏み出して、門番に言う。
「力で開けさせてもらいますよ!」
ねねが蜂須賀に「やれ!」と言わんばかりに、視線を向けた。
蜂須賀がそのまま門番を倒すのかと思った瞬間、ねねが意外な言葉を口にして、頭を下げた。
「お市様」
振り返ると、そこには近づいてくるお市様の姿があった。
「お市様じゃあ」
まずい。そう思った時は遅かった。
サルがそう頭の中で叫んで、一瞬の内に体の制御権を奪っていった。
「ねね。久しぶりじゃの」
「はい」
二人の会話の合間にも、サルはよからぬ妄想に身を包み、腰を振りまくっている。
そんなサルに気付いたのか、ねねが再びサルの頭をひっぱ叩いた。
「何するんじゃ、ねねぇぇぇ」
「うっさい! ちょっと黙ってなさい」
完全にねねを怒らせてしまった。
それも恥ずかしい理由で。
俺がやったと思われるのは恥ずかしいじゃないか。
そう抗議しようとしても、サルの頭の中はお市様とのピンク色の妄想でいっぱいで、俺の言葉など突け入る隙もない。
「ねね。
私はそなたを買っておったのじゃが、残念な事になってしもうたのう。
なにゆえ、そなたはそのような者の妻となったのじゃ」
サルの事を嫌っているお市様の言葉とは言え、そんな事を直接ねねに言うとは失礼すぎる。
俺としてはぷんぷん気分だが、サルは意に介さず、ピンクの妄想に浸っている。
そんな時、ねねから意外な言葉が飛び出した。
「いくらお市様でも、それは失礼ですよっ!」
その言葉、俺が直接言いたいところだったが、サルに体の制御権を奪われて言えない俺に代わって、ねねが代弁してくれた。
美人だからと言って、なんでも許される訳じゃない。
ありがとう、ねね。
「す、す、すみません」
ところが、今度はねねは頭を下げて謝った。
まあ、たしかにこっちも失礼だったかも知れない。
ねねの突然の反抗に、戸惑い気味だったお市様も、ねねが謝った事で気を取り直したようで、きりりとした表情を作り直して、言った。
「ま、いずれにせよじゃ。
兄上より天下を盗れと言われたのが、真であったとして、それがそなたであったとしても、そのような事にはさせぬ。
そなたが天下をとる。
それはつまり、サルが天下人になると言う事じゃからな。
私はそれだけは許せぬ。
なにゆえ、そのような者に兄上の代わりになってもらわねばならぬと言うのか」
「まこと失礼な!」
お市様に返したねねの口調はかなりきつかった。
俺としては天下人と言う者に、そんな興味はないが、お市様の言い方は失礼である。
そんなお市様の言葉に、またまたねねが俺の気持ちを代弁してくれた訳で、ちょっと、ねねに納得気分。
だと言うのに、またまたねねはおかしな態度で、顔の辺りで手のひらをひらひらさせて、自分じゃないと言っているかのようである。
おそらく、お市様に言ったちょっと反抗的な言葉がねねの本心。
普段はそんな本心を隠しているのに、ついつい本音がポロリと出てしまい、それを取り繕おうとしているのだろう。
一方のお市様はねねの態度に気分を害したらしく、ねねを睨みつけている。
「ねねがそのような事を申すのなら、遠慮する事もいらぬな。
兄上の果たせなかった夢は、私の手で叶えて見せまする」
「で、で、では、このサルめと共に!」
サルはピンクの妄想に浸っていて、ねねとお市様の会話を聞いていなかったのではないかとしか思えない言葉を口にした。
しかも、はっ、はっ、はっと息遣いから荒い。
完全にピンクの世界にいる。
これが俺だと思われるなんて、恥ずかしすぎる。
「兄上の夢を継ぐには、サルには滅んでもらわねばなりませぬ。
ねねに気を使っていましたが、それももう不要のよう。
思う存分、やらせていただきます。
私は勝家殿に嫁ぎ、勝家殿と共に、天下を目指します」
「お市さまぁぁぁ」
お市様の宣戦布告と言ってもいい言葉に、サルが情けない声を上げた。
ブックマーク入れて下さった方、ありがとうございました。
今回から、ちょっと短めが続きそうですけど、よろしくお願いします。




