清洲会議2
立ったねねを前に、座っている俺。
そんな俺に突き出した人差し指を、ぶんぶん振りながら喋るねね。
「いい!」
まるで、子供に何かを諭す母親のようである。
「明日、ここで開かれる話しあいは一つの大きな勝負なの。
これに勝たなければ、茶々様も手に入らないのよ。
そこで、どうすればいいか、教えるつもりだったけど、止めたわ」
そこまで言って、ねねがにんまりした。
「なんじゃ。
なんで、教えてくれんのじゃ」
サルが頭の中で騒ぐポイントが変わった。
「最初からお腹が痛いって言って、私に代わってもらうわ」
それだけではよく分からなかったが、にんまり顔から言って、ねねは自信ありげだった。
そして、それから語り始めたねねの話に、俺もサルもとりあえず納得した。
部屋の奥の壁に置かれた信長が愛用していた昔の甲冑。
それを前に二人ずつ向かい合って座るのは柴田勝家、丹羽長秀、池田恒興と俺。
ひげ面の柴田が俺こそがこの場の主と言わんばかりの顔つきと眼光で、俺たちを見渡す。
「みなみな、御苦労であった。
特に筑前、信長様の仇、光秀を討ったのはよき働きであった」
一体、何さまなのか。
完全に自分が一番偉いと言わんばかりである。
「さて、此度集まっていただいたのは、信長様、信忠様亡きあと、織田家の跡目を決めねばならぬためでござる」
柴田はそこまで言うと、一度言葉を区切り、辺りを見渡してから言葉をつづけようとした。
「わしとしては」
「すまみせぬ」
俺は柴田の言葉を大声で、遮った。
「どうした、筑前」
丹羽が心配げな顔つきで言った。
「今朝ほどより腹が痛うて、ずっと我慢しておったんじゃが、我慢できぬゆえ、席を外させてもらいたい」
これから大事な話。
きっと、俺が文句を言うと思っていたのであろう柴田が、きょとんとした顔つきをしている。
「とは言え、重要な話。
結果だけではなんじゃから、わしの代わりにねねにこの場にいてもらおうと思うのだが、よろしいか?」
「何を申すかと思えば、このような場に女子<おなご>とは、ふざけた事を申すな」
「まあ、そう申されるな。
わしとて、どのような話であったのか興味あるでの。
あとで、皆々様方に聞くより、手間が省けるしの。
ねねは大人しいゆえ、何も申さぬやも知れぬが、代わりに話をしてもらえぬか」
「よいではないか。
筑前の代わりにねねがおっても」
丹羽が割って入った。
もう一押し。
俺が池田に目を向けると、池田は視線をすぐに柴田に向けて言った。
「筑前がおらぬところで、話を決めてしまうより、代わりの者がおるところで決めた方がよろしかろう。
どのような話になっても、それでは筑前とて後で文句は言えまいて」
「お二方がそう申すのなら、わしとてかまわぬわい」
柴田が折れたのを確認すると、俺は立ちあがった。
「では、皆々様方、申し訳ござらぬが、ちと厠へ」
そう言い残して、俺はお腹を押さえながら立ちあがって、その場を後にした。
すたすたと小走りに廊下をかけて、目指すはねねが待つ小部屋。
障子を開けて部屋の中に目を向けると、正座姿のねねがあった。
「ねね。予定通りじゃ」
満面の笑みでねねに言いながら、近づいていく。
「わしは腹が痛いので、席をはずしたい。
代わりにねねと話をしてくれと申したら、勝家も承諾しおった。
ついでじゃが、ねねは大人しいゆえ、何も申さぬかもとも言っておいたぞ」
「では」
ねねはそう言って、立ち上がろうとしたが、よろけて四つん這いになった。
元々、ねねは正座が得意じゃない。
だと言うのに、何で正座してたんだ?
そう思わずにいられない。
「痺れたぁぁぁ」
四つん這いになって、突き出されたねねのお尻。
未だにねねとはあんな事やこんな事はした事が無い。
正確にはサルは色んな女としているが、いつも俺はその感覚を味わった事が無い。
ねね以外の女をサルは俺に譲る気が無いらしい。
「ねねぇ。お尻がそそるのぅ。
後ろから突いていいかのう?」
たまりたまった欲求が言葉になって出てしまった。
「それは他の女にしてくださいっ!」
ぷんぷん口調でねねは再び立ち上がり部屋を出て行った。
その後、勝家を前にねねは強気の口調で自分の意見を押し通したらしい。
丹羽が笑いながら、その話を俺にした。
決まった事は、織田家の跡目は信忠の嫡男で、わずか三歳の三法師。
その養育権を得たのはねねと言う事だったらしい。
いずれにしても、俺としてはめでたい事である。




