清洲会議1
明智光秀との戦には勝った。
だが、ねねが言った茶々が手に入らないばかりか、柴田勝家に清洲まで呼び出された事にサルの不機嫌さは全開である。
頭の中で不満をぶつけられる俺としては、頭上から降り注ぐ熱い日差しも重なって、うんざりぎみになってしまう。
「いや、だから、お市様がいるのに、どうして茶々が手に入る訳あるんだよ」
馬に揺られながら、俺としてはしごく真っ当な意見をサルに述べてみる。
「そのような事知らぬわ。
ねねがそう申したではないか。
おぬしも聞いておったであろうが」
「聞いてはいたが、そもそも茶々はまだ子供じゃないか」
「何を申すか。
もう嫁になってもかまわぬ年頃じゃ」
「嫁になるのと、あんな事やこんな事するのとは違うだろ?
子供相手じゃ、やる気でないと思うが」
「左様な事こだわらねばいいではないか。
それにじゃ、明智光秀を討ったのはわしとおぬしじゃと言うのに、なにゆえ勝家に呼び出されねばならんのじゃ」
そこは俺も納得いかないが、行かない訳にはいかない。
俺が天下人になる事に興味は無いが、信長の跡をだれが継ぐのかと言う事には興味がある。
絶対困るのが、俺の事を嫌っている柴田勝家や信長の三男 信孝がなる事である。
この二人は避けなければならない。
そのためにも、柴田が言う後継者を決める会議には参加しなければならない。
「とにかくだ。
そこのあたりはねねに直接聞くしかないだろう?」
うんざり気味にサルに言った。
俺は山崎での戦いの後、姫路に戻っていないのでねねとは会っていない。が、ねねも清洲に向かったらしいのだ。
ねねに聞けば、全てがはっきりするはずだ。
清洲城が近づいてきた。
いつだったか俺が修理を担当した城壁も、もはや新しさを失い、他の壁と同じくらい汚れている。
それは俺がここで暮らした年月でもある。
久しぶりに見ると、懐かしい気がしてくる。
城門を通り抜ける。
ここにも、色々な思い出がある。
初めてここにたどり着いた時、俺をからかった門番たち。
ねねを連れて入った時にいた門番もエロかった。
今川との戦いの前、籠城準備の荷車と共に駆け入ったのも、墨俣築城に失敗した勝家の兵たちが駆けこんできたのも、この城門である。
そんな思いにふけりながら城門を抜けると、その先に、ねねが待っていた。
「ねねじゃ、ねねじゃ」
サルが頭の中で騒ぐ。
「お疲れさま。
大事な話があるんだけど」
ねねの方から駆け寄ってきた。
「急ぎ?」
「当たり前じゃ。わしとて急いでおるわい」
俺のねねへの問いかけに、サルが言葉を差しはさんできた。
そんな事をねねは知るはずもなく、「うん」と頷き返してきた。
ねねが俺との話に選んだのは城の片隅にある小さな部屋だった。
畳の上に向かい合って座る俺とねね。
ねねの要望で部屋に通じる廊下には、蜂須賀を立たせて、関係ない者が近寄らないようにしている。
「ねね。まずは俺の方からいいかな?」
サルがうるさいので、まずは茶々の話を終わらせておきたかった。
「何?」
ねねの眉間にはしわが寄り、俺の質問に先に答えるのは嫌そうである。
「茶々様の事なんだけど」
「はぁ?
こんな大事な時に何?」
「わしのものに本当になるのか?
いつなる?」
俺自身としては言いたくはない質問だ。
それだけに、顔が照れている気さえしてしまう。
一方のねねは怒りの表情に、呆れた者を見る瞳で、俺を見てため息をついた。
「はぁぁぁぁ」
ねねは立ちあがり、右腕をピンと伸ばし、人差し指だけを俺に向け、数回ぶんぶんと小さく振った。
「いい!」
座ったままの俺は説教されている気分だ。
「公家の娘を手に入れるまでにも、時間がかかったでしょっ!
茶々様を手に入れるには、光秀を討つだけじゃだめなの。
他にもしないといけない事がいっぱいあるの」
「たとえば?」
「そうねぇ。たとえば、勝家を討つとか」
それは想定外の事だった。
茶々と柴田につながる接点は無い。
まだ、俺の知らない何かをねねは知っているのだろう。
「とにかくだ。分かったか、サル。
茶々はまだいくつものミッションをこなさなければ手に入らないらしい」
「では、いつじゃ、いつになったら、そのミッションは終わるんじゃ。
どんなミッションがあるんじゃ?
今すぐ勝家を討てば茶々は手に入らぬのか?」
頭の中でサルが騒ぐ。
そのパワーで、俺の頭の中がガンガン鳴り響く。
そんな俺の脳内事情を知る訳もないねねが、これからの事を話し始めていた。
「まずは勝家との話し合いの前に、長秀ちゃんとか恒興ちゃんとかを味方にしておく必要があるんだけど、これは長益さんの協力を取り付けてるので、私に任せて。
で、勝家との話し合いなんだけど……」
ねねからの話では、本能寺から信長を救おうとして失敗した訳だが、その時最後の信長の言葉が、自分に代わって、天下を盗れと言う事だったらしい。その時い合せのが、織田長益。
頭の中で騒ぐサル、耳から入って来るねねの指示。
両方を一度に並行して処理できるような作りに俺の脳はなっていない。
時々俺の体、もとい、サルの体を乗っ取るくせに、こんな時は乗っ取れないのかよ。
「俺に代わって、直接聞け!」
と、うんざり気味にサルに怒鳴るつもりが、少し口から出てしまった。
「俺に代わって、直接」
しまった。そんな思いでねねを見る。
さっきまでの表情とは変わって、ねねは何やら思案げな顔つきでぽつりと言った。
「代わって、直接?」
「なんじゃ?」
俺の問いかけには興味も無いのか、視線を俺に向けることも返事する事もなく、思案げなまま黙っている。
サルは未だに頭の中で騒いでいて、黙り込むねねと足して2で割ってくれないかと思わずにいられない。
「そうよ。
そうすればいいんだわ」
ねねは何かの結論に達したらしい。
「いい!」
また突き出した右手の人差指をぶんぶん数回振った。
ブックマーク入れて下さった方、ありがとうございました。
この話に出てきました信長様の最後の言葉。
もし、よかったら、前作の「なんで私がサルの嫁になんなきゃいけないのよ!」の本能寺の変のあたりを読んでくださいませ。
よろしくお願いします。




