尾張の大うつけの下へ
俺はやり直し人生を切り拓くはずだった。
その切り拓く人生のスタート位置は、サル顔のキャラだと言う事を考えると、元の世界の俺よりもマイナス位置からのようだ。
容易に人生やり直しを願った俺へのペナルティなのか?
どうせやり直すなら、新しい人生はハーレムにできればいいなぁと、心の奥底で思った俺への嫌がらせなのか?
もしかすると、このやり直し人生は、元の人生より悪いかもしれない。
落とした肩を上げる事ができやしない。
「男は顔じゃないんだよ」
がっくし気味の俺を励まそうとしてか、それとも自分自身を慰めるためか、サルがそう言った。
それはそう言う場合もあるかも知れんが、そのためにはほかに何かの魅力が必要だろ?
このサルに何があるって言うんだ?
「俺には儲けの才があると申しておるではないか」
その言葉に、松下と言う男からもらったお金を見つめてみる。
松下と言う男もそんな事を言っていた。
他人から、妬まれるほどの才覚。
俺の属性、それは商人か。
これを元手に大儲けして、人生を切り拓く。
それで、お金を儲ければ女の子もついてくるかも知れない。
顔よりも、お金と言う子もそれなりにいるはず。
手にしていたお金を力を込めて、握りしめた。
よし!
肩を落としていた俺だったが、顔を上げて気合を入れた。
やり直す人生。
この小銭からスタートして、金持ちとなって、やっぱハーレムを目指す!
そのための最初のミッション。尾張の胴丸。
まずは尾張に行って、胴丸と言うものを買う。
サルから流し込まれた情報から、尾張への行き方もほぼ理解した。
尾張に向けて、俺は一歩を踏み出した。
ざくっと言う土を踏みしめる音が耳に届いた。
これが新たな人生につながる一歩である。
そんな事を考え、自分の気持ちを高めてみる。
「だから、尾張に行ってはだめだと言うておるじゃろ」
尾張に向けて、一歩を踏み出した俺に、サルはそう言うと新しいイメージを流し込んできた。
よほど、サルとしては尾張行きに反対らしい。
道路に沿って建ち並ぶ商家に民家。
サルが生まれた農村に比べれば、小奇麗な建物が立ち並ぶ城下町。
そこは信長が治める尾張。
と言っても、半国だけらしいが、俺にはそれが日本のどのくらいの大きさなのか、分からない。
その尾張の清洲の城下町を歩く三人の男たち。
真ん中の男は両腕を大きく広げ、両側の男たちの肩に回している。
仲良し! と言うより、その二人に体を預けて、歩いている風。
酔っ払いかよ?
と、思える光景。
鋭い眼光。
右手に持つ柿にかじりつく動作。
だが、その真ん中の男の顔も、動作も酔っ払いのものではない。
そして、三人とも腰には刀をさし、薄汚れた髪の毛をてっぺんあたりで、束ねて一本にくくっている。
真ん中の男が時折、右手に持つ柿にかじりつく。
その度に肩に右手を回されている男の首が絞めつけられて、ぐえっと言う表情をしている。
なんじゃこりゃあ!
思わず心の声を上げずにいられない、異様な男たち。
「分かったか。
その真ん中の男が尾張の大うつけ 織田信長じゃ。
そんなうつけが主では、もう尾張は長くはない」
マジで、これが信長なのか?
これが天下人?
俺のイメージでは、天下人たる者はこんな時代とはいえ、金蘭豪奢な着物を着て、城の奥で扇子を扇いでいる感じなんだが。
「お前もしつこいのぅ。
何度も言っておろうが、あれはただのうつけであって、いや訂正じゃ。
大うつけであって、天下人なんかになれる者ではないわ。
あれが天下人になれるのなら、わしでもなれるわ」
頭の中のサルの声は一層大きく感じた。
それはきっと、信長が天下人と言う事への自信が揺らいだからか。
記憶違いと言うか、ただのゲームを史実だと思っていた俺が馬鹿なだけかも知れない。
どう見ても、天下人なんて者とは大きくずれている。
あのゲームはもしかすると、こんな大うつけで天下が盗れるか? と言う、皮肉を込めたものだったのかも知れない。
再びがっくしと肩を落とした時、俺の神経は信長の髪を結っている紐に目が行った。
その根元には薄汚れていて、くすんでいるが、赤い糸が。
おお!
こいつが天下を盗れるのかどうかは分からないが、とにかく俺の人生を切り拓く新たなアイテムは、この信長だったんだ!
俺は行くぞ!
「大うつけの姿を見てもまだ言うか!
あいてむとは何じゃ?
本当に信用してよいのか」
俺の事が信じられないなら、力づくで止めればいいではないか。
これはお前の体でもあるんじゃないのか?
「できるものなら、そうしておるわい!
できぬから、お前に言い聞かせておるんじゃろうが」
その言葉に思わず、にんまりとした。
この体の制御権は俺だけにあるらしい。
はっ! こんな猿顔の体の……。
再び醜い猿顔が自分の顔である事に、涙が出てきそうになった。
「そこまで嫌がるのか!
わしは今まで、この顔で生きてきたんじゃ。
失礼にもほどがあるぞ!」
サルが怒った。
最初からこれなら諦めもつくだろう。が、俺は違っていたんだ。
ただの人生やり直しの架空世界の中。
元の顔を引き継ぎたかった。
とにかく、俺は頭の中に巣食う、もとい、元のこの体の主であるサルと共に、尾張の大うつけの下に向かった。
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