高松城水攻め3
今回は少し現代の話が夢として出てきます。
直接、この第2部とは関係ないですけど、この後の第3部と関係しますので、ご容赦ください。
そして、そこには意外な事実が?
その夜。これまで以上に風雨がきつかった。
いつになく荒れる風が、がたがたと障子や雨戸を揺らしている。
完全密閉とは言い難いつくりの部屋の中にも、風の流れが入り込み、ロウソクの炎を時折揺らめかす。
明日の昼、清水が腹を切る事になっている。
一人の命で他の多くの命が救われるのだから、よしとするしかない。
そう自分を納得させていても、俺としては酒でも飲まなければやってらんない。
手にした酒の入った猪口を口にあて、ぐいっと飲む。
どれくらい時が経ったのか、どれくらいお酒を口にしたのか分からないが、時の流れと体の中を巡るアルコールの流れが俺の意識を薄らがせていった。
白い雲が流れる眩しい青い空。
その下をカバンを手に歩くのは俺。
俺の数m先を歩いているのは、天使と俺がひそかに呼ぶ、憧れの女子高生。
なんだか、久しぶりに会った気がするのは何でだろう?
ああ、声が聞きたい。
名前が知りたい。
気が付けば、そんな思いがなぜだか俺を、見知らぬ街に連れて行っていた。
どうやら、自分の中学校に向かわず、俺は天使の後をつけてしまっていたらしい。
やばい。
そんな気もするが、まあいいか的な気持ちの方が大きい。
そんな俺の横を真っ黒な高級車が通り過ぎ、天使の横に止まった。
悪い奴じゃないよな?
もし、そうだったら、俺が天使を助けて、ヒーローに。
何だか、なんだってできそうな気分。
見ていると、その車の後部座席の窓が開いて、中から女の子の顔がのぞいた。
「おはよう、佳奈ちゃん」
どうやら、友達らしい。
その友達はにこやかな笑顔で、天使にそう挨拶した。
「おはよう、すみれ子ちゃん」
低くもなく、高すぎることもない天使の声。
かわいいイメージにぴったりじゃないか。
俺はずっと知りたいと思っていた天使の名前をついにゲットしたばかりか、その声も聞けた。
躍り上がりたい気分。
でも、漢字はどんななんだ?
かなちゃん、加奈ちゃん、香奈ちゃん、佳那ちゃん。
うーん。
次は漢字を知りたい、名字を知りたい。
一つ手に入れると、次を手に入れたくなる。
人の欲には終わりが無い?
いや、それが恋と言うものだろう。
「殿、殿、一大事でございます」
官兵衛の声で、俺の意識は覚醒に向かった。
「なんだ?」
そう言いながらも、なんだか幸せな夢を見ていたような? そんな気持ちで夢を反芻しようとするが、思い出せない。
「これを」
官兵衛が一枚の書状を差し出した。
それは長谷川宗仁が飛脚を使って、俺に送って来たものだった。
「なんだ? こんな夜中に」
そう口にしながら、そこに書かれている事に目を通した。
そこには信じがたい事が書かれていた。
信長軍団の中の将の一人、明智光秀が京で謀反を起こし、信長を討ったと言うのだ。
「マジか?」
俺はちょっと信じがたかった。
「はい」
官兵衛は落ち着いて、そう言い切った。
「どうして、そう思う?
これは毛利の策略と言う事もあるのではないのか?」
「陣を離れ、お方様に呼ばれた時、この話を聞かされておりました」
ねねは越前攻めでも、浅井の裏切りを読んでいた。しかも、お市様が届けてくる小豆の陣中見舞いまで。
まるで、未来が読めるかのようだ。
それでこそ、ねねなのだが。
と言う事は、これは事実。
信長が討たれたとあっては、毛利が勢いづき、和議の交渉を無かったものとして、攻めかかって来るやも知れない。
慌てて、俺は立ち上がった。
どうする? どうする?
俺は立ち上がると、考えをまとめる事ができず、何度もその場を行ったり来たりするしかなかった。
「落ち着け。
ねねが官兵衛に何か指示しているのではないのか?」
サルが言う。
思わず、納得だ。
「官兵衛。
どうする?」
「はっ。
街道周りはすでに固めております。
西に向かう者たちは全て引き止めており、毛利にこの事件が伝わるのを防いでおります」
「うむ。
それもねねか?」
「はい。すでに数日前より、体勢を整えておりました」
そこまで言うと、官兵衛が俺に近づき、耳元で囁いた。
「この後、殿は毛利と和議を結び、ただちに引き返し、明智光秀を討たれればよろしかろう。
これにて、天下は殿のものに」
横眼で見た官兵衛の顔はにやりとしていた。
「天下なんて興味ないし。
今言う事ではないだろ」
官兵衛のにやり顔をちょっと嫌悪した俺の口調はきつかった。
「はっ。これはご無礼を」
官兵衛は頭を下げている。
「しかし、よく考えてみよ。
天下人となれば、世の美女、高貴な女子、全てを自由にできるではないか」
頭の中で、サルがそう言って、涎をたらしている。
知っている人が亡くなったと言うのに、官兵衛もサルも全くどう言う神経なのか。
「お方様に命じられ、姫路に戻る準備はすでに整うておりまする。
明日、清水宗治自刃後、直ちに姫路へ向かわれ下さいませ」
今度は真剣な表情で官兵衛が言う。
信長が討たれるのも知っていて、その後の策もねねは立てていた。
全てはねねの手の中と言う事か。
もしかすると、この世界での俺の未来もねねの手の中なのかも知れない。
ここで人生を切り拓くはずが、ただねねの手のひらの上で遊ばれているだけと言う気さえしてしまう。
とは言え、それがねねの手のひらの上だろうと、ねねの言うとおりにやって行くしかない。
特に今は、ここでしくじれば、毛利の軍勢が怒涛のように押し寄せ、俺たちを押しつぶして行きかねない。
「この事を知っている者は?」
「殿と私のみでございます」
「分かった。
とにかく、洩れぬようにな」
「はっ」
引き下がっていく官兵衛を見送ると、俺は畳の上に大の字になって寝ころんだ。
寝ころぶと鼓動が大きく感じてしまう。
いや、本当に大きいのだろう。
毛利にばれない事。それを祈るしかないのだから。
そして、信長が討たれた事は毛利にばれず、清水宗治は人口の湖に浮かべた小舟の上で自刃して果てた。
それを合図に俺の軍勢が一斉に上げた勝鬨は、辺りを揺るがすほどの響きとなった。
勝利に酔う兵たちの片隅で、俺は将たちを集めて、事態を告げた。
驚き戸惑う将たちに、これより姫路に向けて一気に駆けもどる事と、明智光秀を討つ事を告げて、すぐに撤退に取り掛かった。




