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高松城水攻め1

 信長に命じられた中国攻め。

 裏切りなどに手を焼き、紆余曲折はあったものの、これからの天下は織田家と時勢を読んだ播磨の黒田官兵衛の活躍もあり、なんとか備中まで兵を進める事ができた。


 目の前に広がるは清水宗治が籠る備中高松城と、その周りを囲む沼地。

 いずれ毛利の援軍が大挙してやって来るのは確実である。


 そして、信長もいよいよ毛利との決戦のため、中国に出陣してくる。

 その前に、ここを落とさなければならない。


 そんな俺の前に立ちはだかっているのは、城でも、清水宗治でもない。


 沼地なのだ。

 沼地に足をとられ、攻め方の威力が失われる。


 そこを城方から狙い撃ちされるのである。

 沼地に倒れてゆく、味方の兵たち。


 すでに多くの戦場を経験して来た事と、遠目に見ているため、その現実感が薄いため、俺の精神への衝撃は薄められてはいるが、その場で多くの命が失われている事を考えると、胸が締め付けられてしまう。


 解決するには、どうすればよいのか。

 ねねの方法を使うしかない。


 頭の中でその答えを何度か探ると、答えが出た。

 自信ありだ。



「官兵衛。

 このままではらちが明かぬわ。

 手を変えるぞ」

 俺の横で戦況を見ていた官兵衛に言う。


「どのように?」


 軍師 官兵衛。

 切れ者と言われている官兵衛にも分からないらしい。


 それだと言うのに、俺には分かった。

 と言う事で、気分よく、胸をそらしながら、答えを言う。



「よいか。官兵衛。

 真の原因とはどうしてを何度も繰り返した先にあるものぞ。

 五回、繰り返してみるゆえ、聞いておるがよい。

 どうして、落とせぬかと申すと、城に取りつく前に多くの兵を失うからであり、

 どうして多くの兵を失うのかと申すと、敵の攻撃にさらされるからであり、

 どうして敵の攻撃にさらされるのかと申すと、進軍が遅い故であり、

 どうして、進軍が遅いのかと申すと、湿地故であり、

 どうして湿地なのかと申すと、低地で近くに川があるからである」

 俺の言葉に官兵衛がほほぉと言う風に頷いている。


「そう。

 川を無くせばいいのである」

 自然にできあがっている川を無くしてしまう。


 俺の発想の柔軟さに官兵衛が驚いたのか、官兵衛の目が大きく見開いた。


 どうだ。

 そんな目で、官兵衛を見つめる。



「なるほど。

 そう言う事でござるな」


 理解した官兵衛に静かに頷いて見せる。

 それが俺の仕事だ。

 あとの実務は俺の仕事ではない。


「任せたぞ、官兵衛」

「はい。秀吉様。

 石田殿をお借りしてよろしいでしょうか?」


 石田三成。

 俺が寺で拾った小僧だが、今では一人前の仕事をしている。

 得意なのは頭を使う事。

 算術なんかをさせれば、右に出る者はいない。

 きっと、官兵衛は川を無くすための土木工事の試算に、石田を使う事を考えたのだろう。

 俺としては、断る理由はない。


「かまわぬ」

 俺の言葉に官兵衛が頭を下げた。


 後は官兵衛がやってくれるはず。

 その場を立ち去ろうとした俺だったが、一つ気づいた事があった。

 工事となれば、人手が必要である。



「官兵衛。

 人がいるであろう」

 俺の言葉に、官兵衛が静かに頷いた。


「人手はこの周りの村々より集めるがよい。

 お金や米を使って、農民たちを動かせばよい。

 きゃつらは、清水たちへの忠誠心などそれほど持ってはおらぬ。

 お金や米を対価として与えれば、我々に協力するであろう」

「ははっ」


 頭を下げる官兵衛。

 ここで、決め言葉を発したくなった。

 にやりとした笑みを官兵衛に向け、それほど大きくない声で、だが、自慢げに言う。


「褒めてくれるなら、金をくれぇぇだ。

 分かるか、官兵衛」

「なるほど。人を動かす妙でございまするな」


 官兵衛はえらく感心したらしい。

 何度も、その言葉を咀嚼するように頷いている。


「それ、ねねの言葉だろ?」

 サルが言うが、無視、無視、無視。



 官兵衛に命じた工事は意外な方向に進んで行った。


 俺は川を無くせと言ったのだが、官兵衛は何を誤解したのか、城の周りに堤を築き始めた。


 川から流れる水は湿地に注ぎ込み、その先の流れが堤に遮られ、湿地を満たし始めている。


「確かに川が川でなくなってきてはいるが、俺の思い描いたものとはちょっと違う」

 そう思い、眉間に皺が寄る。


「はっきり言うが、おぬしの川を無くすはあほうな発想じゃ。

 官兵衛のこの作戦の方が見込みがあろう」

 サルが俺に否定的な言葉を吐く。


「しかしだな。

 川から流れ込んで来る水が湿地を満たし始めているとは言え、これでは足場をさらに悪くしているだけで、何の役にも立っていないじゃないか」

「雨じゃよ。

 雨さえ降れば、あの城は沈む」


 サルの意外な言葉に、俺は堤の全景を見渡した。


 城が沈む?

 ここに巨大な人口の湖が出来上がると言うのか?

 どれほどの雨が?


 そんな思いで、空を見上げる。

 青い空に太陽が燦々と輝いている。


「よいか。

 ある意味、これは運が必要じゃ。

 運無くして、才だけで大事はなせぬわ」

 サルが言う。


 が、俺に運はあるのか?


「おぬしにはねねがおるように、運もある。

 わしはそう思うがの」

 サルは呑気そうだ。


 そうだな。

 そうは思いつつも、頭上に広がる青空のようには、俺の心は晴れなかった。

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