北陸戦線離脱
出る杭は打たれる状態の信長だったが、その力は弱まってきた。
信長の敵対勢力を裏で操っていた将軍 足利義昭を追放し、この国一番の騎馬隊と言われていた武田の騎馬隊を鉄砲隊で壊滅させ、東の大きな脅威を葬り去った。
そして、信長は安土の地に巨大な城を作り始めた。
俺はその図面を見せてもらったが、これこそ俺の知る天守閣のある本当の城と言えるものだった。
打たれにくくなった信長と違い、信長家臣団の中で俺への風当たりはさら激しさを増してきた。
俺にとって、一番の敵はひげ面の柴田勝家である。
元々からの織田家の家臣であり、戦でも名をはせる筆頭家老。
俺のようなぱっと出の男が城持ちになったのが気に入らないらしい。
ひげ面柴田は、今、上杉謙信と言う、これまた強敵と向き合っているのだが、援軍が欲しいと信長に請い出て、俺も派遣されてしまった。
この事に関して、ねねからは柴田勝家に喧嘩を売って、引き揚げてくるようにと言われている。
作戦が成功すれば勝家の手柄、失敗すれば責任は俺に。
いや、それ以上に負け戦必至の作戦を任され、命を落とすことさえあるやも知れないと言って、ねねの作戦には竹中半兵衛も賛成している。
いつ、どうやって喧嘩を売ろうかと思っていると、ついにそんなチャンスがやってきた。
上杉謙信自らが兵を率いて、信長軍を討ちにやって来ると言う情報に、急遽集められた幔幕の中、俺の世界で言えば会議用のテーブルの前で、腕組みをしてどかっと座る柴田勝家。
その柴田の左右に居並ぶ、信長家臣団の中核メンバーたち。
俺はその末席に座り、柴田の言葉を待つ。
「うーむ」
そんな唸り声とも、言葉とも分からない声を発したかと思うと、ぎょろりと目を動かし、柴田が俺たちを見渡した。
「知っておると思うが、上杉謙信が動きおった。
これより全軍で前進し、上杉軍をこの先の平野にて迎え撃つ。
数で勝るわが軍の力を活かし、全軍による決戦で、一気に謙信を打ち破る。
異存あるまいな」
柴田の言葉は功を焦り気味だと、感じずにいられない。
信長の強敵と言えば、武田、上杉、毛利である。
その武田を信長が破った。
毛利は俺が任せられている。
俺としては毛利がどれほどなのか、よく分かっちゃあいないが、なんだかこくりこくりと眠っていそうな姿が似合いそうな名前に、あまり緊張していない。
ここで、信長に続いて上杉を自分の手で早々と片づけて、手柄にしたい。そんなところだろう。
だが、数で必ず勝てるのなら、将なんてものは誰でもいい訳だ。
じゃないから、将は将なのだ。
「おぬし、分かってきておるではないか。
まあ、勝家はその程度と言う事じゃな」
サルの言葉に頭の中で頷く。
「しかしじゃ。
このまま上杉軍とぶつかれば、勝ったとしても、我が方の被害は甚大になるであろうのう。
特におぬしは、危険な場所に配置されるであろうからのう」
サルの言葉は半兵衛とも一致しているし、俺としても柴田と俺の関係を見ていたら、それは真実味のある事だ。
「この戦、勝っても、俺が死んだら意味無いしぃ」
サル相手に、頭の中で呟く。
「わしとて同じじゃ。
まだまだあんな事や、こんな事をしたいからのぅ」
「また、それかよ。
お前はもう十分だろ。
俺は未ださせてもらってねぇのに」
「確かに、した数ではわしが圧倒的に勝っておるのう」
サルが発した数と言う言葉と、優越感に浸った口調に、ついついムッとなった俺の口から言葉が出てしまった。
「数かよ」
「サル、何か言いたげじゃな」
頭の中のサルに向けてぽろりとでた言葉に、柴田が噛みついてきた。
ひげ面で睨みつけられると、まるで鬼である。
が、このチャンス逃す手はない。
「数に頼れば、兵の損耗も激しいのではござるまいか。
ここは一つ、良き策を練った方がよろしかろう」
「なんじゃと。
全軍で当たる事が愚策のように聞こえるのじゃが」
「左様。愚策であろう」
織田家筆頭家老。
誰からも一目置かれる柴田が、パッと出の俺に逆らわれた事が、気に入らないのか、真っ赤な顔で立ち上がった。
「いや、それだけではあるまい。
勝家はおぬしの猿顔が生理的に嫌いなのに違いあるまい」
サルがのんきそうに言う。
「だから、これはお前の顔だろうが」
一応、サルにはそれだけ返して、全神経は柴田に向ける。
立ち上がった柴田が一歩を踏み出した。
俺も立ち上がり、柴田ににらみ返すような視線を向けた。
「わしの下に付くのが嫌なのであろう。
嫌なら、さっさと帰ればよいわ」
柴田の言葉に、思わず俺は頭の中で、「やったぜ」と、叫んだ。
「されば」
そう言って、さっさと引き揚げた。
これで、ねねから出されたミッション、クリア。
だが気になるのは、ねねのミッションをクリアしても、俺のハーレムを実現をできるのか?
「いや、気にすべき事は、それだけではないぞ」
幔幕を後にする俺に、サルが言った。
何の事だ?
「おぬしは呑気じゃのう。
信長の命に背いて、戦線離脱するんじゃ。
ただでは済む訳あるまい」
はぃぃぃぃ?
「下手すれば、手討ちやも知れぬぞ」
足が止まり、振り返ってみる。
閉じた幔幕の向こうでは、俺抜きで話が進められているはず。
今から戻ろうかと言う気さえしてしまう。
「幔幕の中に戻っても、命の危険はある。
長浜に戻っても、同じじゃ。
違うのは、誰に殺されるかと言うことじゃな。
で、誰に殺されたいんじゃ?」
俺はまだ死にたかなんかないやい!
呑気そうなサルに向かって、怒鳴った。
柴田の下を勝手に去った事を怒った信長は、俺に長浜での謹慎を命じた。
俺的には、謹慎と言えば、大人しく家に籠って、日々を過ごすイメージなんだが、半兵衛が信長の疑いを晴らすためにもと言って、長浜城の中で、日々どんちゃん騒ぎをした。
なんでも、籠る訳でも、お金を戦のためにため込む訳でもない態度が必要なんだそうだ。
若くてかわいい女の子もはべらしてのどんちゃん騒ぎ。
その間だけ、信長から殺されるかもと言う一抹の不安を忘れ去ることができる。
世のサラリーマンたちが、会社帰りにお酒で盛り上がっているのは、こんな気分なのかも知れないと思ったりもしている内、信長から岐阜への呼び出しが届いた。
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