羽柴筑前守秀吉
ねねはこの世界を切り拓くために必要な女の子。
だから、最初にどんな姓にすればいいか聞いた。
そしたら、自分で考えろと言ったのはねねである。
すなわち、これは俺自身で対応するミッション。
そう理解した訳だし、悩みに悩んだ結果出て来た木上と言う姓、俺的にはこの考えには自信ありだ。
だと言うのに、即全否定はないだろ!
気分は不機嫌。時折、ねねが俺に見せる不機嫌さに勝るとも劣らない。
「なんじゃ、ねねが自分で考えろと申したのではないか!
わしが折角考えたと言うに。
わしはこの名前を、信長様に申し上げるわい」
ぷりぷり口調でそう言って立ち上がった俺をねねが呼び止めた。
「待ちなさいよっ!」
ねねの言葉と言えど、無視、無視、無視。
不機嫌さを表すために、踏みしめる一歩一歩に力を込めると、床がどたどたと鳴った。
「なんで、無視するのよっ!」
と言われても、無視、無視、無視。
足を速めて歩いていく。
そんな時、廊下の先に半兵衛の姿が見えた。
「殿。それにお方様。
どうなされましたか?」
朝っぱらだと言うのに、眠そうでも、不機嫌そうでもなく、いつもながらの引き締まった顔つきで、半兵衛がたずねてきた。
「おう。半兵衛か」
半兵衛と関わっている暇はない。それだけ言って、半兵衛の横をすり抜けようとした。
「半兵衛殿、捕まえて下され」
ねねの言う事などきかなくてもいいと言うのに、半兵衛は両手を広げて、俺の進路を塞いだ。
「喧嘩でござろうか?」
夫婦喧嘩とでも思ったのだろう。
俺たちは夫婦じゃないから、そんな喧嘩はしない。
「そんなものではないわ!
半兵衛。手をどけろ!」
「半兵衛殿。
新しい姓に関して、殿がごねておられるのです」
「信長様より、言われた新しい姓でござすか。
して、どのようにされるのですか?」
「仕方あるまい」
そうは言っても、半兵衛にも聞かせてやりたい自信作。
「半兵衛。
わしはな。木下から出世した訳じゃから、木上にすると決めたのじゃ。
どうじゃ? いい姓であろう?」
「はい。
なかなかのお考えでございます」
「であろう」
半兵衛も賛成するいい姓である。
どうだ、まいったか。そんな気分で、ねねに向き直った。
「はい。
して、お方様には別のお考えがおありなのですね?
どのような姓をお考えで?」
これで終わり。そう思っていた俺の言葉に、半兵衛が意外な言葉を続けた。
半兵衛はねねにも考えがあると言っているが、昨日は無いようだった。
もし、今あったとしても、俺以上のアイデアであるはずもない。
「ねね。考えがあるのか?
あるのなら、半兵衛に申してみよ」
俺の判断ではなく、半兵衛の判断なら納得するだろう。俺の姓の方が優れている事に。
「羽柴に決まってるじゃない!」
「なんじゃ? それは?
さような姓はこの日本で、聞いたことなど無いわ」
そう。変過ぎる。
この世界の姓は俺の元いた世界と同じ感じだが、そんな姓は聞いたこともない。
俺の木上と聞いたこともない「はしば」。
半兵衛が判断する答えは明らかだ。そう思うと、笑わずにいられない。
「あったりまえでしょ。
私が作ったのよ!」
ねねが怒気を含んだ声で言う。
「ほほぉ。これはまた」
俺の余裕を崩しかねない半兵衛の言葉が耳に届いた。
「なんじゃ、半兵衛。
わしの木上の方がよいであろう?
違うか?」
俺としては自信があるが、確認せずにいられない。
「はい。木上はよき姓かと」
当然の言葉。
そんな安堵感で、ドヤ顔をねねに向ける。
「されど」
またまた俺を不安に陥れる半兵衛の言葉が耳に届いた。
「な、な、何じゃ? 半兵衛、申してみよ」
「はい。羽柴。
これは織田家の丹羽殿と柴田殿から、一文字ずついただいた姓でありましょう。
ご両名にあやかりたいと申して、一文字ずつ拝借いたしました。と申されれば、ご両名も、文句は言いにくいでありましょう」
「そ、そ、そう言う事か。
されど、わしはあの二人の事など気にしておらぬ」
そう。羽柴なんて名前。
俺的にはすんなりと受け入れられない。
理由は簡単だ。
サルも二人にあやかった名前を姓を考えていたらしい。
柴田も嫌いだが、サルの考えた姓は知らないが、同じ発想の姓なんて受け入れたくもない。
俺は譲らない。
そんなオーラを放ちながら、ねねに視線を向ける。
「しかもでござる」
半兵衛、まだ何か続くのかよぅぅ。
切れ者半兵衛の言葉だけに、やり込められそうで、不安がこみ上げて来る。
「この姓にはもう一つの意味がございまするのでは?」
何の事だ?
そう思っている俺に、半兵衛が質問して来た。
「殿は浅井の旧領を任されましたが、なぜだと思われます?」
「それは決まっておろう。
墨俣築城から始まってじゃな。
稲葉山城を落とすのも、此度の小谷城を落とすのも、功があったからじゃ」
「さようでございます。
さればこそ、丹羽殿、柴田殿を差し置いて、この北近江を任されたのでございます」
「なんじゃ?」
「二人がかりでようやく、殿と互角と言う意味もありかと」
マジかよ。
確かに、あの威張りくさった柴田勝家は気に入らない。
功だって、俺の方があると言うのにだ。
ここで、そんな嫌味な姓をつけてやれば、少しは俺の気もまぎれると言うものだ。
「マジなのか? ねね」
「左様でございまする」
さすがは俺の人生を切り拓くためのねねである。
こんな小細工までしてくれるなんて。
「即採用じゃ。
わしの姓は羽柴にする」
柴田はこの意味を分からないはずだ。
あのひげ面を見るたびに、心の中で笑ってやる。
そんな愉快さに、笑い声を止める事ができないまま、俺はその場を立ち去り、信長に羽柴と言う姓の許可をもらい、羽柴筑前守秀吉となった。
そして、今浜と言う地名を長浜に変え、そこに城を築いた。
ちゃらら、ちゃっちゃっちゃー。
そして、俺は女を手に入れたのだが……。
ちょっと不在で、連続予約更新が続いています。
ブックマーク入れて下さった方いたら、うれしいなあ。
と、思いながら、お礼言っておきます。
いると信じて。ありがとうございます。




