なんで俺がサルになんなきゃいけないんだよ!
織田信長。
日本の戦国時代を天下統一に導いた英傑。
やった事はないが、「織田信長 天下盗りの野望」ってゲームで、その名を知っている。
この世界にも、織田信長がいるらしい。
かなり、日本の戦国時代ベースの世界設定で、「おわり」と言うのは、その信長が治めている国のようだ。
が、二人の大笑いを見ていると、何かが違う。
織田信長が天下人と言う俺の言葉に、馬鹿げた事と言った。
天下人じゃないと言う事か?
俺の理解が間違っていたのか、この世界が微妙に違う設定なのか?
うーん。分からない。
俺の眉間にしわが寄った。
「サル、そちの頭が心配で仕方ないわ」
松下と言う男はそう言った言葉とは裏腹に、笑いで涙を滲ませているじゃないか。
失礼すぎる。
俺は不満気分全開の表情と、きつい口調で言い返した。
「いや、俺の言っている事、マジ、正しいと思うんだけど」
そう。俺の知っている歴史と同じ設定の世界ならだが。
「もうよい。話す言葉まで、乱れてきておるではないか。
これを渡すから受け取れ」
そう言って、松下と言う男は自分の懐に手を突っ込んで、布きれのような物を取り出した。
薄汚れた鮮やかさも、模様も無い生地でできた布きれは丸められていた。
その中から、ちゃらりと言う金属っぽい音がした。
その布はどうやら袋になっているらしく、松下と言う男はその中に右手を突っ込んで、何を取り出すと、握りしめた右手を俺の前に差し出して、開いた。
そこには丸い形で中央に穴の空いたほぼ真っ黒と言っていい金属があった。
よく見ると、その丸い金属には何か漢字が書かれている。
形状から言って、お金なんだろう。
もっと、きれいなお金にしてもらいたいところだが、仕方ない。
いかにも古い時代の銭って感じで、これがこの世界のお金なんだろう。
着ているものと言い、全てが古めかしい設定らしい。
「尾張には胴丸と言う具足があると聞いておる。
このお金で、それ買って送ってはくれぬか」
「どうまる」と言うものが、どんなものなのか分からないが、とにかく「おわり」と言う国に行って、それを探す。それが次のイベントらしい。
それにだ。どうせいるなら、天下人の国にいる方が断然安全じゃないか。
「分かりました」
全く迷いもない声で言うと、手を差し出した。
松下と言う男が、開いた俺の手のひらの上にお金を乗せた。
一体この価値がいくらなのか。これでその胴丸が買えるのか分からないが、とりあえずここのイベントは終わりなんだろう。
そのお金を握りしめると、松下と言う男に頭を下げた時だった。また、あのもう一つの声が聞こえてきた。
「だめじゃと言っておろうが」
二つの情報が相反するじゃないか。
一体どうしろと言うのか?
何が何だか分からない。頭の中の声を振り払おうと、激しく頭を振ってみる。
「サル、達者でな」
松下と言う男には、俺の今の行動はさらに奇異なものに映ったようで、憐みに満ちた目を向けて、そう言ったかと思うと、くるりと背を向けて立ち去り始めた。
なんだか、俺とはもうこれ以上関わりたくない。そんなオーラを放っている。
引き止めるべきか、それとも「おわり」と言う国に向かうべきか、俺は腕組みをした。
「引き止めるではなく、追いすがるんじゃ!」
また、あの声だ。
この声の主はあの松下と言う男とは違い、俺の思考とリンクしているらしい。
「当たり前じゃ。
この体は元々はわしのものじゃ」
はい?
「どうやら、お前はわし。わしはお前のようじゃが、お前はこの時代のわしではない」
はい?
時代が違うって、ただの転生ものではなくて、転生+タイムスリップもの設定ですか?
これまた、ありきたりな設定じゃん。
そう思った時、ここまでの俺の言葉が頭の中に蘇ってきた。
「こんな人生は嫌だ。やり直したい」
そして、こうも言った。
「ずっと前から」
もしかして、俺って前世からやり直してるって、設定?
そして、転生&タイムスリップしてきた俺を案内するのは、前世の俺。
左の手のひらの上を、右の拳で“ポン!”と叩いた。納得だ。
「じゃあ、よろしく。
俺、この世界の事、よく分かんないんで、色々教えてね」
「だったら、尾張に行くではない」
頭の中の声はしつこくそう言う。
この声が俺を導くとしたら、こいつの言うとおりしなければ、道を誤るのか?
うーん。小首を傾げた時、頭の中に「赤い糸」と言う言葉が転がった。
こいつが俺を導くアイテムなら、赤い糸があるはず。
だが、こいつは俺の頭の中。どうすればその赤い糸は見えるんだ?
再び、小首を傾げた。
「分かった!」
左の手のひらの上を、右の拳で“ポン!”と叩いた。
俺は自分自身と、着ている物に目を向けた。
まずは足元。
裸足の足。
赤い紐で作られたミサンガをしていると言う事も無く、ただ薄汚れた足。
ひざ辺りから上は浴衣のような物を着ている。
元々色彩に乏しい単色の生地で出来ている感じだが、それがさらに汚れて土色グレーで、赤色なんてほど遠い。
腰に巻いている紐も、麻か何かでできた縄でしかない。
腕を伸ばして、服の裾も確かめてみたが、着物全体が同じ生地で出来ているようで、赤なんて微塵もない。
こいつから、赤い糸の気配は感じられない。
どうやら、こいつは俺を導くものとは関係が無いらしい。
とすれば、結論は簡単だ。
こいつの言葉を無視して、「おわり」に行く。
「待て。行ってはならぬ。
今から、俺の知っている事全てを、お前に伝えよう。
これを見てからでも、遅うはあるまい」
そう言ったかと思うと、膨大な映像情報と音声情報、それに感情情報までが一気に流れ込んできた。
尾張の中村と呼ばれるこの男が生まれた村の風景。
廃屋だろ? と言っても過言でないぼろぼろの家。
みすぼらしい身なりの小さなこの顔は猿!
血のつながりのない父親による邪魔者扱い。
預けられた寺での兄弟子たちからの虐待。
暗い、暗い感情に満ちた過去。
「うぉぉぉぉ」
思わず俺は声を上げてしまった。
顔はしかめっ面で、目からは涙が。
「わしに同情などは不要じゃ」
と、あの声が言ったが、すぐにがっかり気味の声でつづけた。
「そこかよ!」
どうやら、こいつは俺の思考がそのまま読める。
そして、俺はこいつの思考は読めず、流し込んでもらわなければならないと言う不平等な関係らしい。
そう。
こいつががっかりした声で言ったとおり、俺が泣きそうになったのは、この男の過去に同情してなんかじゃない。
マジで猿そっくりなこいつの、そして今の俺の容姿に絶望しただけだ。
こんな醜い容姿では、猿と呼ばれるのも納得だ。
もはや、あの天使のような女の子どころか、普通の女の子にさえ、相手にしてもらえない。
「何を言うか。
わしはこれでも、嫁がおったんじゃぞ」
はい?
冗談にもほどがある。思わず吹き出してしまった。
幸い辺りに人気は無くて助かったが、絶叫してみせたかと思えば、突然吹き出すほどの思い出し笑いをする変な奴とみられたに違いない。
じゃあ、何か、お前はあんな事や、こんな事をしたことがあると言うのか?
「あんな事や、こんな事?」
言葉では意味が通じないらしい。
俺は俺が知っている全知識を頭の中にイメージとして、再生して見せた。
女の人の柔らかな胸に顔をうずめる男の姿。
腰の辺りを絡ませ、腰を振る男の姿と、あえぐ女の姿。
俺の知識は、俗に言うエロ本とAVの映像だけだ。
あの部分がどうなっているのかなんて、見た事が無いので、イメージできやしない。
とは言え、自分で浮かべたイメージで、ちょっとむらむら気分で、股間が充血していくのが分かる。
「おお。その事か。
した事くらい何度もあるぞ」
ひぇぇぇ。
元の世界の俺は、こんな猿顔の男よりかはましな顔だ。
が、俺はした事が無いと言うのに、この猿顔はした事があると言うのか?
その驚きの発言で、股間から一気に血が体中に拡散していった。
待て、俺はまだ子供だからだ。
それに、こいつの妄想かもしれない。
「信じておらぬな。
なら、まずは婚儀の様子を見せてやる」
その言葉が終わるや否や、新たな情報が俺の意識の中になだれ込んできた。
ぼろぼろの廃屋と言っていいような建物。
土間から続くのは狭い一間の部屋。
明かりは一つしかなく、薄暗い空間。
宴席に並ぶ者たちの中には、さっき俺を殴った者もいた。
この猿が嫁をとる事を不機嫌そうな顔で見ているのかと思えば、全くご機嫌である。
そのご機嫌さの裏に好意ではなく、嘲笑があることはすぐに分かった。
その理由は簡単だ。
隣に座る花嫁。
その花嫁衣装がみすぼらしいのは、この時代の設定だから仕方ないとして、そのみすぼらしい花嫁衣装以上に容姿が……。
きっと、嘲笑の笑みの元は「猿にはお似合いだぜ! ぷっくっくっく」と言う感情に違いない。
「うるさい!
それでも、俺は結婚したことがあるんだよ!」
あれとねぇ。俺の顔にも嘲笑が浮かぶ。
待て。
今のこの顔は俺の顔ではなく、猿顔。猿が嘲笑気味の顔って!
げげっ!
その醜さを想像して、背中に寒気が走った。
「今は自分の顔じゃ!」
元のこの顔の持ち主、これからはサルと言う事にしよう。そのサルがそう言った。
そうだった。
今はこの猿顔が俺の顔。
「なんで俺がサルになんなきゃいけないんだよ!」
頭の中だけでは納まらなかった。
大きな声で、そう叫ぶと、俺はがっくりと肩を落とした。
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