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越前 朝倉攻め2

 ねねに言われたとしても務める気の無かった殿しんがりを、信長から突然命じられ戸惑う俺に、幔幕の中の家臣たちが憐みの目を向けた。

 いつも、俺の事を汚いものを見るかのような視線を向けている柴田でさえ、その瞳に嫌悪を浮かべていない。



「おぬしが言おうとした言葉を信長が誤解したのであろう。

 きっと、殿、手前は退き陣となれば、殿しんがりを務めさせていただきとうございますると言おうとしたとでも思ったのであろう」

 サルが頭の中で言う。


「まじかよ」

「それ以外にあるまい。

 しかし、殿しんがりともなれば、生きて戻れぬやも知れぬ。

 おぬしに、この体を任せたのは失敗であったやも知れぬ」


 伝わって来るサルの感情は半べそっぽい。

 泣きたいのは俺もだから。


 そんな混乱気味の俺とサルにお構いなく、幔幕の中にいた者たちは撤退準備に入り始めた。


 気づくと、目の前に柴田が立っていた。


「サル、京で会おうぞ」

 そう言うと、俺に右手を差し出した。普段なら、あり得ない行いだ。

 俺が死ぬと決めているとしか思えない。


 震えながら差し出した俺の手をガシッと握ると、うんうんと何度となく頷いてから、立ち去って行った。


 柴田が立ち去ると、丹羽長秀がやって来た。


「サル、死ぬ出ないぞ」

 そう言いながら、瞳は死にゆく者を見送るかのような憐みが浮かんでいる。

 やはり丹羽も俺の手をガシッと掴んでは立ち去って行った。


 明智光秀、徳川家康、次々に俺に言葉をかけ、手を握っては立ち去って行く。

 完全に同情されているが、それだけである。



「同情するなら、兵をくれぇぇぇ!」

 頭の中で叫ばずにいられない。


 ここに攻めて来るのは、朝倉だけではない。

 浅井も加勢した朝倉・浅井連合軍だ。

 俺の兵だけで、支えられる訳もない。


 みなが立ち去った幔幕の中、俺一人、ぽつんと立ちすくんでいると、蜂須賀が駆けこんで来た。



「藤吉郎殿、殿しんがりを買って出たとはまことか」

 俺の体は固まったままで、視線だけ動かして蜂須賀を見た。


 蜂須賀にも動揺が見て取れる。

 ここで、誤解でこんな事になったなんて言ったら、俺の立場も無くなるし、蜂須賀だってやる気を無くすに違いない。


「おうよ」

 胸をそらし気味に言ってみたが、声が震えている気がする。


「なにゆえじゃ」

「それが武士もののふと言うものであろうが。

 わしとて、武功の一つや二つ必要じゃ」

「とは言え、殿しんがりとはのう。

 生きて戻れぬ可能性が高いではないか」

 そんな事、言われずとも、平和ボケの世界から来た俺でも、もう知っている。


 とは言え、もう引き下がれやしない。やるしかない。

 死んでたまるか。

 ハーレムはおろか、俺はまだ女の子と一回もした事が無いんだ。



「一回もせずに死ねるかよ!」

 心が高ぶって来たせいで、最後の思考だけ口から出てしまった。


「何をじゃ?」

 蜂須賀がきょとんとした表情でたずねた。


「あ? そ、そ、それはだなあ」

 あんな事やこんな事なんて、恥ずかしくて言えやしない。


「おぬしたちに、主らしい事を一回もせずに死ねるかって事だ」

 こんな言葉言う事も恥ずかしいが、元々の恥ずかしい言葉を隠そうとしている事も恥ずかしくて、ちょっと声が裏返っている気さえしてしまう。


「わっはっはっは」

 蜂須賀は豪快に笑い始めたかと思うと、俺の背中をばんばんとたたき出した。


「藤吉郎殿。左様な事気にせずともよい。

 おぬしのもとに加わった時から、俺たちは一蓮托生じゃ。

 死ぬ事など恐れてはおらぬが、見事、生きて戻ろうではないか」


 蜂須賀はやる気になっている。

 その豪快さは俺の不安を表面上は紛らわせてくれるに十分なパワーがある。


「どうやって、退くかじゃ」

 蜂須賀がそう言うと腕組み始めた。

 策を考えているに違いない。

 ここは俺としても、案を出さない訳にはいかない。


 やっぱ、刀より飛び道具、鉄砲だ。


「鉄砲は一度撃つと次を撃つまでに時間がかかりすぎる。

 すぐに敵に襲われてしまうから、だめじゃ」

 機嫌良く考え始めた俺に、サルがそう言って水をさした。



「じゃあ、敵兵の横っ腹に兵を伏せておいてだなぁ」

「兵の数が少なすぎる。

 一度は敵の足を止めれても、すぐに伏せておいた兵たちは敵に押しつぶされてしまう」

「それなら、かがり火をじゃんじゃん焚いて、まだここにいるように見せかけて」

「すぐばれるに決まっておろう。何の役にもたたぬわ」


 俺の考えをサルが否定していく。なんだか、ちょっとムカつかずにいられない。


「あんたは評論家か!

 自分も当事者だろ!

 どうすべきか考えてみろよ」

 頭の中で、サルを怒鳴り散らした。


「ひょうろんかとは何じゃ?」

「もういい。お前には頼らない」

「とは言うても、おぬしに手が無い事は分かっておるのだが」


 癪だ、癪だ、癪だ。

 こいつは俺の思考が読めるので、俺が困っている事をお見通しでいる。


 とは言え、蜂須賀じゃないが、こいつと俺は完全な一蓮托生。

 その目指すものまで、ほぼ同じハーレムときていやがる。



「ねねの言葉を盲信している訳ではないが、高貴な女子おなごを攻めずに、ここで死ぬわけにはいかんでな。

 今度、女子おなごの攻め方を教えてやろう」


 サルが言う。

 こんな時まで、女の事とは。

 あきれ果てて、言葉が出ないところだが、ポロリと言葉がこぼれ出た。。


女子おなごの攻め方か」

 その時だった。蜂須賀が大声で返してきた。


「女子の攻め方か。

 そうじゃ。そうじゃ」


 何やらご機嫌だが、意味分かんないし。

 こいつもサルと一緒で、こんな場面で女を攻める話かよ。


 そんな気持ちいいのか?

 死ぬか分からないこんな時でも、うつつをぬかせるくらい。


 白い目を蜂須賀に向けると、大笑い気味で俺に近寄ってきた。



「藤吉郎殿。さすがじゃのう。

 これからの道は細い道じゃ。

 大軍が横に広がれるような場所ではない。やはり、ここはそれしかあるまい」

「はい?」

「攻め一方より、攻めては引いて、引いては攻めての所謂いわゆる焦らしの方が、女子おなごを攻めるには効果的じゃ。

 ここはそれよりは他はあるまい。のう?」

 そう言って、蜂須賀が俺の肩をばんばん力いっぱい叩いた。


「待ち構え、襲ってくる敵に攻撃を浴びせ、怯んだところで退く。

 ある程度下がったところで、再び待ち構え、と言う事じゃ」

 蜂須賀が他の者たちにそんな事を言っている。

 俺の言葉はそんな意味じゃなかったのだが、頭の中でサルも賛同している。


「うむ。それ以外あるまい。

 まあ、わしのヒントがうまく言った訳じゃ」

「いや、それ違うだろ。

 おまえは本当に女の話をしていただけだろうが」

と、言う俺の言葉をサルは無視している。



 結局、俺たちの退却戦はその言葉通りに実行する事になった。

 待ち伏せによる鉄砲の攻撃で敵の先頭の兵たちに銃弾を浴びせると、ばたばたと地面に倒れていく。

 が、鉄砲は連続して攻撃できない事を知っている後続の兵たちが、地面に横たわる味方の屍を乗り越えて襲ってくる。

 そこを弓矢で襲い、勢いを削いだところに槍で襲いかかる。

 敵の戦意が弱まったところで、再び鉄砲隊に入れ替わらせ、一斉に銃弾を浴びせると、一気に退く。

 そりなりに敵から離れたところで、再び待ち伏せに入る。



 こちらの兵は少数。

 敵は大軍勢。

 倒しても、倒しても、敵兵は減らない。

 一方の俺の兵はこの作戦を繰り返すごとに減っていく。

 いつまで続くのか、地獄のような繰り返し。


 繰り返しの戦いが終わらないまま、俺の兵が全滅し、俺が殺されるのではないかと心の奥に恐怖が芽生える事もある。

 が、そんな恐怖もすぐに感じられなくなるほど、心にも体力にも余裕がない。


 どれくらいの戦いを繰り返しただろうか、やがて敵の追撃が無くなった。

 その頃にはもう俺の兵はいないと言っていいほど損耗していた。



 この世界で戦を経験して、人の生き死にを目の当たりにし、桶狭間の合戦では死を恐怖した俺だったが、今回は地獄で鬼に追われ続ける気分で、思い起こせば今まで以上の恐怖の時間だった。


 足もふらふら、体力も、精神力も限界。

 そんな状態で、俺は自分の部屋に転がり込んだ。



「お疲れぇぇぇ」

 そんな俺に、ねねがかけて来た第一声はそれだった。


 妙に明るい声。

 俺が地獄から何とか生きて帰って来たと言うのに、表情まで明るい。


 俺が生きて戻って来た事を喜んでくれていると思えばうれしいところだが、殿しんがりをやらされた俺の苦労を知らず明るすぎると思えば、ちょっとムカッとしてしまう。


 心の天秤が揺れている俺の右手をねねが両腕で掴んだ。

 普段、体に触れる事すら許してくれないねねが、自ら俺の手を掴んだと言う事は、ぼろぼろで帰ってきた俺の姿を見て、危機一髪だった事を感じ、そんな中、無事帰って来た事を喜んでくれているに違いない。


 つまり、ねねは俺がいなくなると寂しいと言う事に気づいたのやもしれない。

 俺の心の天秤は、うれしい方にググッと傾いた。

お気に入り、入れて下さった方、ありがとうございます。

これからも、よろしくお願いします。

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