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ば、ば、ばれてた!

 竹中半兵衛の表情はすこぶるにこやかだと言うのに、俺の緊張はMAX。

 とりあえず、本人に聞くわけにはいかないので、サルにもう一度意見を求めてみる。


「まじ、大丈夫なんだよな?」

「答えはそれを口にすれば分かるじゃろう」

 サルの答えに、思わず目が点になるじゃないか。


「それでは答えになってないだろ。

 口にしてからでは遅すぎるだろうが」

「しつこいのう。

 この体はわしの体でもあるんじゃ。

 わしとて、まだ死にとうはないわ。

 公家の娘を抱いてはおらぬでなぁ」

「お前の頭はそれだけかよ!」

「当たり前じゃ。日々の事はおぬしがこの体を使っておるでのう。

 暇な男の考える事は、それだけじゃ」


 なんちゅう変態男。

 いや、俺だってする事が無くて、暇なときはそんな事ばっか考えてるか。

 じゃあ、俺はこのサルと一緒なのかよぅぅぅ。

 ちょっとがっくし気分になった俺にサルが言う。


「人に信じてもらいたければ、自分も相手を信じる必要があろう」

 変態サルにもっともらしい事を言われて、俺は癪な気分だ。


 手にしていた干し柿を口に放り込み、かじる。

 ちょっと硬めの噛みごたえ。

 甘い果肉。思わず、俺の口から言葉が零れ落ちた。


「おいしい」

「でしょう。私の家の庭で育てた柿を干したものなんですよ」

 竹中が満面の笑顔で言う。


「ところで、色んな場所で針を売り歩いておられるのですか?」


 そう言えば、街の話を聞きたいと言って、俺を中に引きいれたんだった。


「へい」

「美濃の街中は賑やかですか?」

 そんな言葉で竹中は切り出し、俺と美濃の町の状況やなんかをしばらく話した。

 とりあえず、親交を少しは深めれたかも知れない。

 そんな思いを抱き始めた時だった。


「そう言えば、尾張との国境の墨俣に、織田信長の手の者が一夜にして城を築いたとか。

 ご覧になられましたか?」


 そ、そ、それかよ。

 緊張が走り、背筋に冷たいものが流れた。


「話にはきいておりますが、まだ見ておりませぬ」


 突っ込まれて、ぼろを出す訳にはいかない。知らぬ存ぜぬが無難。

 平和ボケの俺でも、さっきの反省くらいできる。


「左様ですか。

 なんでも、信長殿の草履とりをしていた木下藤吉郎殿と言う者が造られたそうな。

 信長殿は出自に関わらず、人を使われるようですな」

「そ、そ、そうなんですか」

「私は信長殿は好きにはなれませぬが、大物になるやも知れませぬなぁ」

「左様ですか」


 これは釣りじゃないよな?

 俺の正体を知っているなんて事はないよな?

 ちょっと不安。

 思わず、そわそわしてしまう。


「と、と、ところで、そろそろおいとましようかと」

「左様でございますか。

 お忙しい身の上でしょうから、引き止める訳にもいきますまい」


 竹中が微笑みながら、そう言った。

 俺は立ち上がり竹中に頭を下げると、竹の小さな扉を目指して歩き始めた。


「今日は木下殿の話を色々うかがえ、よいひとときでござった」

「いえいえ」

 竹中に振り返って、そう言い終えた後、俺は固まってしまった。


 ば、ば、ばれてた!


「は、は、ははは。

 ご存じとはお人が悪い。

 また来させていただきますよ」

 そう言って、足早に竹中の家を後にした俺に、サルが言う。


「わしはばれると思っておったぞ。

 なにしろ、おぬしほどの猿顔は他にはおるまいからのう」

 いや、この顔、俺の顔じゃないし。サル、お前の顔だし。




 それから、三回目の訪問で、俺と竹中半兵衛を口説き落とした。

 この竹中と言う男、山の中に引きこもってはいるが、稲葉山城を落としたほどの男である。


 この男が欲しているのは、「褒めてくれるなら、金をくれぇぇ」なんかじゃない。

 この男は「私の歌を聴けぇぇぇ」じゃなかった、「私の戦を見ろぅぅぅ」なのだ。


 心の奥では、戦に見せる自分の知略を世間に示し、認められたいのだ。

 ある意味、稲葉山城を奪う事で、それを見せつけたにも関わらず、無能とも言える龍興は、その才を認めることもなかった。


 田舎にこもっているのは、「いいよ、いいよ。認めてくれないのなら、何もしない」と、拗ねているのだ。


「それは言い過ぎじゃろ」

 と、サルは言うが、少なくとも、俺はそう思った。


 しかも、城をあっさりと龍興に返すくらいだ。私欲はほとんどない。

 そんな男に、戦の機会を餌につるとしたら、大義のある目標を示す必要がある。


「それを言ったのはわしじゃろうが」

 と、サルは言うが、サルの言葉は俺の言葉でもある。

 そして、二人で作り上げた口説き文句。


「わしが目指すものは、乱れた世を鎮める事じゃ。

 乱れた世は兵たちはもちろん、民たちも不幸にする。

 みなを幸せにするために、わしは信長様に仕えておる。

 そなたに力を貸してもらいたいのじゃ。

 そなたの力をもって、わしと共に世に平穏を取り戻そうではないか」

で、竹中は落ちた。


「ところで、どうせ口説くなら、おなごの方がいいのじゃが。

 いつになったら公家の娘を口説けるのかのう」

と、サルはそればっか繰り返すが、俺だって、どうせなら女の子を口説きたい。


 俺は未だ、あんな事やこんな事をしたことがないばかりか、未だにあの部分はもやの中。

 ねねと言う妻がいると言うのに。がっくし。



 それからしばらくして、事態は大きく動いた。

 信長は稲葉山城を落とすと、斎藤龍興を追放し、その城に信長は家臣団を引き連れて入った。


 これにより、信長の本拠は尾張から美濃に移り、信長は地名を岐阜と改め、天下布武を掲げたかと思うと、妹のお市様を北近江を支配していた浅井長政に嫁がせ、足利義昭を伴い京に兵をすすめた。


 俺の知識通り、天下人 織田信長ががぜん現実味を帯びて来た。

 やっぱ、今川ではなく、織田信長を選んだのは正解だったと思わざるを得ない。

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