ファースト・コンタクト 竹中半兵衛
緑多き山道の中、俺は一人歩いている。
見た目は商人を装っているとは言え、ここは敵地 美濃。
あたりの静けさとは裏腹に、俺の心臓はドキドキと大きな鼓動を打ち続けている。
目指しているのは、この山のてっぺん付近にあると言う竹中半兵衛の屋敷。
俺が墨俣に築城した後、美濃でちょっとした事件が起きた。
竹中半兵衛と言う男が、美濃の稲葉山城を乗っ取り、斎藤龍興を追い出したのである。
それを知った信長は、美濃半国を与えると言う条件で、城を引き渡すよう竹中に使者を送ったが、竹中はそれを受けないまま、斎藤龍興に城を返し、隠居してしまったのである。
俺としては、城って中からだと簡単に落ちるんだぁと言う驚きと、美濃半国と言う条件にも興味を示さず、あっさりと城を返してしまう竹中にへぇと思う程度だったが、ねねが竹中を口説き落として味方にしろと言うので、嫌々気分ながら仕方なく、今、ここでこうしている訳である。
やがて、田舎の茅葺の家と言う雰囲気の建物が見えて来た。
家の敷地の外は低い植栽のようなもので囲われ、敷地の中と外をつなぐのは、竹で作ったと思しき小さな扉、一つである。
近寄って、家の中をのぞいてみる。
人気はあまり感じられない。
竹中に従う者たちがいると言う風でもなさそうである。
とは言え、敵地。しかも、敵将の家である。
俺としては誰もいなくて、会う事も無く帰りたい気持ちが半分である。
「何を申すか。それではハーレムは遠いであろう」
サルが言うが、サルは俺のために言っているとは限らない。
こいつはねねに言われた公家の娘を抱く妄想を実現するために、俺を動かそうとしているだけだ。
と、思いつつ、俺のハーレムも変わらんか。と、自己嫌悪してしまいそうになる。
「はぁぁぁ」
深いため息をついた時、竹中の家から一人の若い男が現れた。
あまり人も立ち寄らぬであろうこの場所に俺がいる事に気づき、驚いた表情で俺を見た。
この男が竹中半兵衛だろうか?
そんな思いで、その男を観察してみた。
年の頃は20代そこそこ。
細面の顔立ちの中に埋め込まれた目、鼻、口、全てのパーツに弛みはなく、知性を感じさせる。
背は俺より高い。って、言うか、俺低すぎっ!
「おお。さすがに、ずっとこの体で生活しているだけあって、自分の体と認識しておったんじゃあ」
と、サルが笑いながら言うが、無視、無視、無視。
「どちら様で」
にこやかな表情で、俺に問いかけてきた。
「へ、へ、へい」
心の準備ができていなかったので、ついついどもってしまった。
「針を売り歩いております。
道が分からなくなり、ここまで来てしまいました」
相手の出方が分からない事、いきなり口説くのは無いだろうと思っていた事から、俺は偶然ここにたどり着いた商人と言う事にした。
もちろん、元々商人の格好をしている訳だし。
「ほぅ。こんな辺鄙なところに迷って来られたのか」
これって、俺の事を疑っているのか?
ちょっと、手のひらに汗が浮かび上がって来たのを感じずにいられない。
ねねに竹中を口説いて味方にしろと言われて、ここまで来てはみたが、命の方が大事。
いつでもダッシュして逃げ出せるよう、足の全神経にスタンバイを指示する。
「ハーレムはよいのか?
わしは公家の娘は欲しいのじゃが」
サルは自分の肉体に危機が迫っていると言うのに、呑気な口調である。
「そんなもの、他の誰かに任せてもいいではないか。
命あっての物種だろうが」
竹中には笑みを向けたまま、頭の中でサルに怒りの口調で言う。
「それは難儀な事でござったでしょう。
しばし、街の様子など聞かせてもらえませぬか」
そう言いながら、竹中は近づいてくる。
思わず、竹中の全身をチェックせずにいられない。
武器は持っていない。
そんな緊張の俺とは裏腹に、竹中はにこやかな表情で、竹でできた小さな扉を開いた。
「ささ、どうぞ」
ここまで来たら、逃げ出すわけにも行かない。
ちょっと引きつり気味の顔で、竹中の家の中に一歩を踏み入れた。
茅葺の家の前にある庭は手入れがされていて、広葉樹、低木に庭石が見事なバランスで配置されている。
それほど広くはなさそうな庭の奥の茅葺の家の縁側に座るよう、竹中は手で促すと、自分は履いていた草履を脱いで、家の中に入って行った。
「槍とか持ってくるつもりじゃないよな?」
頭の中でサルにたずねる。
「少人数で稲葉山城を奪った男と言うだけでなく、知略に長けており、どのような手を使ってくるかは読めぬでなぁ」
サルの言葉は俺を一層不安にさせる。
再び逃げ出す準備のため、縁側から庭に立ち上がると、背後を振り返った。
竹中は近くにはいなさそうだ。
一歩、一歩、何気ない風を装い遠ざかり始める。
「何をしておる」
思わず、その言葉にびくっと反応して立ち止まった。
竹中が言ったのか思ったが、落ち着けばサルの言葉である。
「お前なぁ」
頭の中で、サルに言う。
「驚かすなよ。
逃げるに決まってるだろうが。
あいつが槍とか刀とか持って戻ってきたら、どうするんだ」
「この男は気は抜けぬが、そのような卑怯な事はせんじゃろう。
そんな奴なら、奪った城をそのまま返したりはせぬはずじゃ」
「そんなものか」
なら、このまま竹中と親睦を深めるべきか?
そう迷っているところに、再び声がした。
「どうされました?」
振り返ると、竹中が何かを乗せたお盆を手に立っていた。
「あ、いや、ちょっと庭が素晴らしかったもので」
「左様ですか。
このような場所ゆえ、暇を持て余しますので、私が日々手入れしております。
ささ。つまらぬものですが、ご一緒に食いませぬか?」
何か食べ物を持ってきたらしい。
「毒入ってないよな?」
「しつこいのう。こやつはそのような事はせぬわ」
俺の再度の疑りに、サルは今度は断定で言葉を終わらせた。
「で、で、では」
心の奥ではちょっと、いやかなり怯えているので、言葉がどもってしまった。
縁側ですでに腰かけている竹中に近づきながら、お盆の中に目を向けた。
干し柿らしい。
竹中はその中の一つを手に取り、口に運んだ。
俺もその横に腰かけると、竹中はにんまりと微笑んだ。
「どうぞ」
お盆を差し出す。
「どうも」
それだけ言って、手を出さない俺に竹中が言った。
「干し柿はお嫌いで」
「いや、そのような事はありませぬ」
そう言った手前、手を伸ばし干し柿を一つつかみ取った。
「まじに間抜けな答えじゃのう。
心配なら、嫌いと言えばよかっただけじゃろう。
この無防備さが、おぬしの言う平和ボケと言うものか」
サルの言葉に、また不安が噴き出してきた。
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