表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/55

ファースト・コンタクト 竹中半兵衛

 緑多き山道の中、俺は一人歩いている。

 見た目は商人を装っているとは言え、ここは敵地 美濃。


 あたりの静けさとは裏腹に、俺の心臓はドキドキと大きな鼓動を打ち続けている。

 目指しているのは、この山のてっぺん付近にあると言う竹中半兵衛の屋敷。


 俺が墨俣に築城した後、美濃でちょっとした事件が起きた。

 竹中半兵衛と言う男が、美濃の稲葉山城を乗っ取り、斎藤龍興を追い出したのである。


 それを知った信長は、美濃半国を与えると言う条件で、城を引き渡すよう竹中に使者を送ったが、竹中はそれを受けないまま、斎藤龍興に城を返し、隠居してしまったのである。


 俺としては、城って中からだと簡単に落ちるんだぁと言う驚きと、美濃半国と言う条件にも興味を示さず、あっさりと城を返してしまう竹中にへぇと思う程度だったが、ねねが竹中を口説き落として味方にしろと言うので、嫌々気分ながら仕方なく、今、ここでこうしている訳である。


 やがて、田舎の茅葺の家と言う雰囲気の建物が見えて来た。

 家の敷地の外は低い植栽のようなもので囲われ、敷地の中と外をつなぐのは、竹で作ったと思しき小さな扉、一つである。


 近寄って、家の中をのぞいてみる。

 人気はあまり感じられない。

 竹中に従う者たちがいると言う風でもなさそうである。

 とは言え、敵地。しかも、敵将の家である。

 俺としては誰もいなくて、会う事も無く帰りたい気持ちが半分である。



「何を申すか。それではハーレムは遠いであろう」

 サルが言うが、サルは俺のために言っているとは限らない。

 こいつはねねに言われた公家の娘を抱く妄想を実現するために、俺を動かそうとしているだけだ。


 と、思いつつ、俺のハーレムも変わらんか。と、自己嫌悪してしまいそうになる。



「はぁぁぁ」

 深いため息をついた時、竹中の家から一人の若い男が現れた。


 あまり人も立ち寄らぬであろうこの場所に俺がいる事に気づき、驚いた表情で俺を見た。

 この男が竹中半兵衛だろうか?

 そんな思いで、その男を観察してみた。


 年の頃は20代そこそこ。

 細面の顔立ちの中に埋め込まれた目、鼻、口、全てのパーツに弛みはなく、知性を感じさせる。

 背は俺より高い。って、言うか、俺低すぎっ!


「おお。さすがに、ずっとこの体で生活しているだけあって、自分の体と認識しておったんじゃあ」

 と、サルが笑いながら言うが、無視、無視、無視。



「どちら様で」

 にこやかな表情で、俺に問いかけてきた。


「へ、へ、へい」

 心の準備ができていなかったので、ついついどもってしまった。


「針を売り歩いております。

 道が分からなくなり、ここまで来てしまいました」

 相手の出方が分からない事、いきなり口説くのは無いだろうと思っていた事から、俺は偶然ここにたどり着いた商人と言う事にした。

 もちろん、元々商人の格好をしている訳だし。


「ほぅ。こんな辺鄙なところに迷って来られたのか」

 これって、俺の事を疑っているのか?


 ちょっと、手のひらに汗が浮かび上がって来たのを感じずにいられない。

 ねねに竹中を口説いて味方にしろと言われて、ここまで来てはみたが、命の方が大事。

 いつでもダッシュして逃げ出せるよう、足の全神経にスタンバイを指示する。


「ハーレムはよいのか?

 わしは公家の娘は欲しいのじゃが」

 サルは自分の肉体に危機が迫っていると言うのに、呑気な口調である。


「そんなもの、他の誰かに任せてもいいではないか。

 命あっての物種だろうが」

 竹中には笑みを向けたまま、頭の中でサルに怒りの口調で言う。


「それは難儀な事でござったでしょう。

 しばし、街の様子など聞かせてもらえませぬか」

 そう言いながら、竹中は近づいてくる。


 思わず、竹中の全身をチェックせずにいられない。

 武器は持っていない。


 そんな緊張の俺とは裏腹に、竹中はにこやかな表情で、竹でできた小さな扉を開いた。


「ささ、どうぞ」

 ここまで来たら、逃げ出すわけにも行かない。

 ちょっと引きつり気味の顔で、竹中の家の中に一歩を踏み入れた。



 茅葺の家の前にある庭は手入れがされていて、広葉樹、低木に庭石が見事なバランスで配置されている。

 それほど広くはなさそうな庭の奥の茅葺の家の縁側に座るよう、竹中は手で促すと、自分は履いていた草履を脱いで、家の中に入って行った。



「槍とか持ってくるつもりじゃないよな?」

 頭の中でサルにたずねる。


「少人数で稲葉山城を奪った男と言うだけでなく、知略に長けており、どのような手を使ってくるかは読めぬでなぁ」


 サルの言葉は俺を一層不安にさせる。

 再び逃げ出す準備のため、縁側から庭に立ち上がると、背後を振り返った。

 竹中は近くにはいなさそうだ。

 一歩、一歩、何気ない風を装い遠ざかり始める。


「何をしておる」

 思わず、その言葉にびくっと反応して立ち止まった。

 竹中が言ったのか思ったが、落ち着けばサルの言葉である。


「お前なぁ」

 頭の中で、サルに言う。


「驚かすなよ。

 逃げるに決まってるだろうが。

 あいつが槍とか刀とか持って戻ってきたら、どうするんだ」

「この男は気は抜けぬが、そのような卑怯な事はせんじゃろう。

 そんな奴なら、奪った城をそのまま返したりはせぬはずじゃ」

「そんなものか」


 なら、このまま竹中と親睦を深めるべきか?

 そう迷っているところに、再び声がした。


「どうされました?」

 振り返ると、竹中が何かを乗せたお盆を手に立っていた。


「あ、いや、ちょっと庭が素晴らしかったもので」

「左様ですか。

 このような場所ゆえ、暇を持て余しますので、私が日々手入れしております。

 ささ。つまらぬものですが、ご一緒に食いませぬか?」


 何か食べ物を持ってきたらしい。


「毒入ってないよな?」

「しつこいのう。こやつはそのような事はせぬわ」

 俺の再度の疑りに、サルは今度は断定で言葉を終わらせた。


「で、で、では」

 心の奥ではちょっと、いやかなり怯えているので、言葉がどもってしまった。


 縁側ですでに腰かけている竹中に近づきながら、お盆の中に目を向けた。

 干し柿らしい。

 竹中はその中の一つを手に取り、口に運んだ。

 俺もその横に腰かけると、竹中はにんまりと微笑んだ。


「どうぞ」

 お盆を差し出す。


「どうも」


 それだけ言って、手を出さない俺に竹中が言った。


「干し柿はお嫌いで」

「いや、そのような事はありませぬ」

 そう言った手前、手を伸ばし干し柿を一つつかみ取った。


「まじに間抜けな答えじゃのう。

 心配なら、嫌いと言えばよかっただけじゃろう。

 この無防備さが、おぬしの言う平和ボケと言うものか」

 サルの言葉に、また不安が噴き出してきた。

予約更新設定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ