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天下人 織田信長

 新しい、輝く世界。

 そんな夢を期待していたはずなのに、突然、とんでもない事になったじゃないか。


 何が起きているんだ?

 戸惑う俺の耳に、新たな言葉が飛び込んできた。



「この尾張の猿めが」


 そして、お腹にずしりとした衝撃が走った。

 何者かが、俺のお腹の辺りに飛び乗ってきたかと思うと、右の拳を振り上げた。

 状況が全く分からず防御が遅れてしまった俺の顔に、再びげんこつが飛んできた。


 意味不明のまま殴られた事。そして、辺りの異様な光景が俺の思考回路を混乱させている。


 異様な光景。俺に馬乗りになっている男は俺と同じくらいの年だと思うのだが、顔には全く持って見覚えが無い。

 特徴的なのは、その怒りの形相以上に、薄汚い顔だと言う事だ。


 薄汚いとは例えで言っているんじゃない。

 何だか、マジで汚れている感じなんだ。

 そして、薄汚さは顔だけではない。

 ぼさぼさで、小汚い髪を頭頂部の少し後方で一括りに結っていて、着ている服もぼろぼろの浴衣のようなもの。


 こいつは何者なんだ?

 どうして、こんな得体に知れない奴に、俺は殴られているんだ?

 いや、マジに考えても仕方ない。


 これは夢だ。夢だけに、脈絡がないのかも知れない。

 そう納得しようとする俺を阻止するのが、顔面から伝わる痛覚と、お腹の上から感じる圧迫感だ。


 顔がかなり疼くんだが、マジで、これは夢なのか?

 痛さから言うと、夢じゃない。

 目の前の不思議な光景や、さっきまでの森の中の出来事を考えると、夢以外ありえない。

 一体、俺に何が起きているんだ?



「止めないか」


 混乱気味の俺の思考に新たな情報が届いた。

 これまた薄汚れた服を着た中年っぽい男が、俺の上に馬乗りになって、再び俺を殴ろうとしていた男の右腕をガシッと掴んだ。


 俺の上に馬乗りになっていた男は不満げな表情で立ち上がると、新しく登場した中年の男にぺこりと頭を下げ、そそくさと立ち去っていく。


 助かった雰囲気。

 ちょっとした安堵感が俺を包む。


 中年の男は立ち去る男に視線を向けている。

 この男の服装も、浴衣のような感じのものだ。

 しかし、よく見ると刀のような物を身につけていて、俺の上に馬乗りになっていた男よりはまだ汚さがましだ。


 サムライ?

 なんかのコスプレなのか?


 それにしては、生地の色彩がよくなく、鮮やかさがない。

 そんなことを思いながら、立ち上がった。


 きっと、俺の服には土汚れがついているはず。

 手でその汚れを払おうと、お尻の辺りをはたこうとした時、信じられない光景が俺の目に飛び込んできた。

 俺の服装も、小汚い浴衣のようなものである。



「なんじゃこりゃあ!」


 夢とは言え、俺自身もタイムスリップかよ?

 いやまて、そう言う時代の夢の中なんだから、これでいいのか。



「サル、どうした?」

「はい?」


 俺はさっきの男や、目の前の男のような小汚い昔の人間のキャラではなく、猿なのか?

 そう言えば、さっきの奴も俺の事を「おわりの猿」と言った。


 おわり、終り?

 意味分かんないが、猿の部分は分かる。


 俺は自分を見渡した。

 土で汚れた足。毛も生えておらず、人間っぽい。

 ひざ辺りから上は小汚い浴衣のような物を着ている。

 両手を胸の辺りで、表、裏、数回ひるがえして確認する。

 汚れていて小汚いが、人間の手。



「あのう、俺、人間なんですけど」

「あ?」


 目の前の男は俺の言葉に驚いた表情で、俺を見つめてから言った。



「サル、そんな事分かっておるわい」

「じゃあ、なんで猿って言ったんですか?」

「顔が猿にそっくりじゃから、いつもそう呼んでおるではないか。

 何を今さらいっておる」



 意味が分かんない。

 俺はイケメンではないが、猿に似た顔ではない。

 待て、そう言う夢なんだろう。

 そう納得しようとするが、疼く感覚がこれは夢ではないのではと、俺の思考回路に訴えかけ続けている。



「どうしたんじゃ?

 頭でも打ったのか?」


 その表情は心配げだ。

 この人は俺の事を知っていて、心配もしてくれている。

 そんなシチュエーション。



「あの、あなたはどなたなんですか?」

「何を申しておる。

 やはり打ち所が悪かったのかも知れぬのう。

 わしはそちのあるじ 松下嘉兵衛ではないか。」

「はい? あ・る・じ、ですかぁ?」


 俺の問いかけに、目の前の松下かへいと名乗った男は黙って頷いた。

 どう見ても、時代劇の世界。

 俺はどうやら、そんな夢を見ているらしい。

 そして、その世界で俺は猿のような顔の役を演じているのだろう。

 切り拓いた先が、なぜにこんな時代の夢?


 いや、何度も言うが、マジ夢なのか?


 とりあえず、夢だと言う賛同者が欲しい。



「あのう。これって、夢ですよね?」

「不憫な」


 俺の問いかけに、憐みの目で松下と言う男は言った。

 俺自身、そうでない可能性が高いことくらい分かっている。


 その証拠は全身から伝わる感覚である。

 風のさざめきが体をよぎっていく。

 足に感じる自分の体重。

 そして、何と言っても、あの俺と同じ年の頃の男に殴られて怪我をしているとしか思えない、顔の疼くような痛さ。



「ゆ・め・じゃ・な・い?」


 小首傾げながら、聞いてみた。

 松下と言う男は静かに頷いて見せた。


 どうやら、俺は夢ではなく、転生ものの世界にいるらしい。

 架空世界で、俺の人生やり直しがここからスタートすると言う事か?


 だが、俺はこの世界での最終目的はもちろん、今は何者の役なのかも知らされていない。

 そこの確認から始める事にした。



「すみません。

 じゃあ、教えてほしいんですけど、俺は誰なんですか?」

「かわいそうにのぅ。

 忘れてしもうたか。

 そちは木下藤吉郎秀吉と言う名じゃ。

 さっきお前を殴っていた男も、わしの奉公人。そちの朋輩じゃ」


 木下、とうきちろう、ひでよし?

 長すぎ! って、言うか、「とうきちろう」も、「ひでよし」も、名前だろ?

 なんで名前が二つもあるんだよ!


 見た感じは昔の日本のようにも見えるが、転生先の設定は完全な日本ではないらしい。

 架空と事実がハーフ&ハーフな世界で、俺は冒険している。

 と、言う設定だ。きっと。

 そう根拠もない確信に、一人、頷いてみる。


 この冒険の先に進むには、謎を解かなければならない。

 まずはこれだ。



「ところで、なんで俺は殴られていたんですか?」

「妬みじゃろうな」


 意外な言葉に、俺はさらに小首を傾げてしまった。

 人を羨ましいと思うことはあっても、人からそんなに妬まれるような事に、心当たりは無い。


 まあ、この世界の俺には何かのそう言う設定があると言う事もありえるが。と、考えた時だった。



「それはわしの才覚への妬みじゃ」


 どこかから、そんな声が聞こえてきた。

 目の前の松下と言う男の口は動いていなかった。

 辺りを見渡してみたが、近くに人影はない。



「どうしたんじゃ?」


 松下と言う男が、俺を怪訝な表情で見ている。



「今、何か聞こえませんでした?」

「いや、何も聞こえなかったが」

「そうですか」


 確かに、今の言葉はどこかの方向から聞こえたと言うり、森の中の言葉のように方向の無い響きだった。


 この声が俺を導くのか?

 にしては、情報が少なすぎじゃね?

 そこをこの人に聞くと言う事か。

 また、俺は一人頷くと、松下と言う男にたずねた。



「あのう、俺に何か妬まれるような才覚が?」

「そちには、商いの才覚がある」

「はい?

 商いですか?」


 またまた、小首を傾げた。

 これはまた、予想外の設定だ。

 俺の家はただのサラリーマン。俺はただの中学生で、バイトすらした事がない。

 せいぜい、家のお手伝いをしての小遣い稼ぎぐらいのレベルの俺に、そんな設定かよ。


 それにだ、この人はサムライなのではないのか?

 サムライと商いって、どう関係あるんだ?

 そんな俺の思考とは関係なく、松下と言う男が話を続けた。



「無駄を省き、物を安く仕入れる。

 重宝者と、わしが目をかけ過ぎたのかも知れぬのう。

 何が無くなった、何が壊れたと言っては、全てそちのせいだと皆が申す」


 松下と言う男は腕組みをして、思案気に考え込んだ。

 しばしの沈黙。



「それに、尾張者と言うのもあるじゃろうな」

「おわりもの?

 俺、終ってるんすか?」

「は?」

「いえ、おわりなんですよね?」

「そちの生まれた国、尾張の事じゃが、かなりひどく頭を打ったようじゃな」


 憐みの目で、俺を見ている。

 どうやら、この世界では「おわり」と言う国があって、俺はその国の猿、じゃなくて、人間らしい。



「ここにいては、もっとむごいことになるやも知れん。

 尾張に帰った方がよいであろうな」


 なるほど。俺はその「おわり」に行けばいい訳だ。



「では、そうします」


 そう言おうとした時、またさっきの声が響いた。



「だめじゃ、だめじゃ。

 尾張に帰ってはだめじゃ」

「えっ?」

「よいか、尾張はのう、大うつけの織田信長が治める国。

 今にも潰されてしまうでな」


 織田信長?

 歴史に弱い俺でも、この名前は聞いたことがある。


「織田信長って、確か天下人」


 俺のその言葉に二つの声がハモった。



「はぁ? 何を馬鹿げた事を申すか!」

「はぁ? 何を馬鹿げた事を申すか!」


 一つは目の前の松下と言う男の声。この男はそう言い終えた後、腹を抱えて笑い始めた。

 もう一つは俺の頭の中に響く、謎の声。この声の主も、言い終えるや否やで、大笑いを始めた。

お気に入り、入れてくださった方、ありがとうございました。

頑張りますので、よろしくお願いします。

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