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俺の妄想 = サルの妄想?

 桶狭間の戦いから時は流れたが、俺の立場に変化は無かった。


 が、ねねはその分、年を重ねた。

 ねねとの赤い糸はずっとつなかったままだ。

 初めて会った時、ねねは俺にこう言った。


「藤吉郎殿は、私にふさわしい男の方なのですか?」と。

 そしてふさわしいとは立派にお勤めをする事だと言った。


 俺は信長が出した薪炭奉行の任を果たしたし、清洲城の城壁修理も完璧にやってのけた。

 そして、桶狭間に出陣する際の熱田神宮での演出も信長から、ほめてもらった。


 ねねの俺への態度に不安を感じはするが、俺にはそれなりの資格はあるはずだ。

 俺は今、その決戦の場に臨み、マジ顔で浅野と面と向かっている。



「サルのマジ顔も、怖ぇぇぇぇ」

 サルはめっきり自分がこの顔の本来の持ち主だと言う事を忘れたかのようである。


「浅野様、かねてよりの願い、聞き入れていただきたいのです。

 ねね殿をわたくしめに下さいませ」

 俺の言葉に浅野は目を閉じ、腕組みをした。


 しばらくの沈黙の時が流れた。

 浅野は目を開けると、視線をねねに向けた。


「ねね、どうかな?」

 浅野は決断をねねに任せたらしい。


 俺はこの時のため、出会った時から、ねねを手なずけてきていて、それは順調に進んでいるはずだった。

 が、ある時から、ねねの態度が急変し、俺を嫌っていると思える態度を取り始めていた。


 不安がむくむくとこみ上げて来る。

 俺としてはこの世界で人生を切り拓くには、ねねが必要であって、失敗は許されない。


 胸の奥が激しく鼓動しているのを感じる。

 悩ましげだったねねの表情が、きりりと引き締まった。

 結論を出したようだ。

 ごくりと唾を飲み込み、ねねの言葉を待つ。



「父上。藤吉郎殿と二人っきりで話をさせてください」

 俺の心の奥に安堵が広がった。

 ねねの言葉の意味は、つまり拒絶ではないと言う事だ。


 だが、即に受けないと言う事は、条件闘争に違いない。

 俺はどんな条件が出されても、受け入れる。

 そんな気合いを入れる。


「分かった。わしらははずそう」

 そう言って、浅野が立ち上がると、ねねの横に座っていたねねの母も立ち上がり、二人は出て行った。


「ねね殿。二人っきりですね」

 二人っきりになれた事、ねねが俺の求婚を受け入れるであろう予感に、俺の顔がほころぶ。


「藤吉郎殿。今から言う条件を飲んでいだたきたいのですが」

 やはり条件闘争のようだ。

 ねねの真剣な表情から言って、ねねとしてはかなり重要な条件らしい。


「子供なのに、条件とはのう」

 頭の中でサルが呆れ気味の声で言うが、無視、無視、無視。

 俺にとって、ねねは重要なのだ。


「ねね殿。何でも、申して下され。

 できる事は何でもいたします」

「できますよ。簡単な事ですから」


 簡単とは言っているが、ねねの表情の裏に何か嫌なものを感じた。

 ねねの姿がかぐや姫と重なる。

 龍の首の珠とか、とんでもない願いではあるまいか?


「お願いは一つだけ」

「何でござりましょうか?」

夫婦めおとになっても、あんな事やこんな事は一切いたしませぬ」


 あんな事や、こんな事?

 俺の脳裏に元の世界でこっそりと見ていたいやらしい映像が再生された。

 俺は頭を傾げた。


 これは本能のなすものと言うだけでなく、夫婦として子供を作るためにも必要な事である。

 今、ねねとは夫婦になる話をしている訳で、これをしないなんてのはあり得ない。

 きっと、ねねは別の事を言っているに違いない。

 でなければ、夫婦になっても、子供ももてないじゃないか。


「いや、お前、そうきれい事を言っているが、心の奥底はしたいだけじゃろうが」

 どうも、このサルには困ったものだ。

 俺の本心を読んでいやがる。



「それは、それは。

 ち、ち、ち」

 ねねは言い辛そうで、顔も真っ赤になっている。

 も、も、もしや、俺がイメージした事か?


「契る事はないのよっ!」

 夫婦になるのに、夫婦にならないって事? 

 つまり、やっぱ、しないって事か?


「へ? では、夫婦になっても、契ってはくださらぬのですか?

 お子は、お子はどうするのですか?」

「子は要りませぬ。育てる面倒は嫌です」


 ええっ! 驚きである。

 子供が要らぬから、あんな事やこんな事もしないなんて。

 俺は未だ、あのぼかしの部分を見た事がないし、女の人の柔らかさをそう言う意味で、味わった事も無い。


 そんなのは嫌だ。

 子供無くてもいいけど、したい!

 せめて、一回でもいい。

 ついついそんな言葉が口から出てしまった。


「で、で、では一回だけで、かまいませぬ」

 なんだか、子供が欲しいのではなく、したいだけと言う本心が出てしまったようで、恥ずかしいじゃないか。


「一回だけでもだめです」

 ねねはきっぱりと言った。迷いが無いと言う雰囲気だ。

 このままでは、ねねの条件を押し返す事ができなさそうだ。


「ど、ど、どうするの?

 条件飲んでくれるよね」

「それでは夫婦の意味が」


 そうなんだ。

 子供もそうだが、俺としてはあんな事やこんな事ができないなんて、夫婦になる意味が分からないじゃないか。


「子供が欲しいって事? 契りたいって事?」

 子供は二の次だが、そう本音を言ってしまう訳にはいかない。


「両方です」

 俺の言葉に、ねねの表情に戸惑いが浮かんだのを感じ取った。

 ねねとしても、俺の嫁になることを完全拒否ではないらしい。


 何か落としどころが。

 そう思っている俺に、普通では考えられない言葉が届いた。



「藤吉郎殿。

 よく聞いてください。

 私とは契りませんが、他の方と契るのは許します」


 それって、浮気していいよと言う意味なんじゃないのか?

 好きな男が他の女とあんな事や、こんな事していいなんて、普通の女の人は思うのか?

 つまり、ねねは俺の事が好きじゃないけど、結婚はすると言う事か?

 ねねの言葉の意味に戸惑い気味の俺に、これまた驚く言葉が届けられた。


「そして、私と夫婦になれば、藤吉郎殿を大名にして差し上げます」

「大名?」


 俺の目が見開くと同時に、俺の脳は視覚から入って来る情報を遮断し、妄想の大名生活を脳の中に展開し始めた。


 城の奥。男は俺以外入れぬ男子禁制の地。

 そこには若い美女たちが俺のために暮らしていて、俺がそこを歩けば、皆すり寄ってくる。

 そして、その日の気分で、その中から一人選び、奥の部屋であんな事やこんな事を思う存分する日々。ハーレムじゃないか。


 やはり、ねねはこの世界の俺の人生を切り拓くための人物。

 左の小指に目を向け赤い糸を確かめ、この糸の力を確信した。


 力強く頷くと、俺の脳は、妄想を一度追い出し、視覚からの情報を再び映し出した。

 そこには右腕を伸ばし人差し指で天井の辺りをさしたねねの姿があった。


「清洲城の城壁。修復できて褒められたでしょ。

 手柄を重ねて行ったら、大名だって夢じゃないわよ。

 目指せ! 豊臣秀吉!」


 そのねねの姿は、なんだか神々しい気さえしてしまう。

 さすがは赤い糸でつながっている者。

 が、俺がめざす「とよとみひでよし」って、なんだ?


「とよとみひでよし?」

「あ、ごめん。気にしなくていいから。

 で、そしたら、公家の娘さんだって、側室にできちゃうかも」


 ねねのその言葉が届いた瞬間、胸の奥底が疼いた。

 この疼き。

 嫌な予感がしたが、それは的中した。

 俺はまたまたこの体の制御権を失ってしまった。


「公家の? ま、ま、まさか」

 狼狽気味にさえ聞こえる言葉。

 あさましい感じがするじゃないか。

 これで、ねねに嫌われたら、どうする気だ。

 そんな俺の気持ちなんか、無視して、サルは興奮気味のままだ。


「信じる事は力。

 信じて努力すればこそ、夢を現実にできるってものよ。

 信じなかったり、努力しなければ、夢はいつまで経っても現実にはならないのよ」

「では、いつの日か、公家の娘とも契れる」


 その言葉にサルが浮かべたイメージが俺の意識の中になだれ込んできた。


 きれいな色彩と柄の着物を身にまとった若い女性たち。

 この世界で、そんなきれいな着物を身にまとっているのを見たと言えば、お市様。

 他の女の人たちは、そんなきれいな服を着てなんかいない。

 まさにお姫様のような女性たちに囲まれ、にんまり顔のサルの姿。


 こんな妄想に包まれているのなら、今のサルはよだれすら垂らしているかも知れない。


 げげっ!

 今は乗っ取られていても、この体で生きているのは俺なんだ。

 よだれ垂らしているなんて、恥ずかしすぎ。

 と、思った時、俺はあることに気づいた。


 この妄想のシーン。

 俺がさっき抱いたハーレム妄想と変わらないじゃないかっ!

 さすがは前世の俺。

 結局は同じハーレム好き。


 崩れまくったサルの表情に、ちょっと引き気味なのか、ねねが少し顔をひきつらせながら言った。


「も、も、もちろん。

 どうです? いい条件じゃないですか?」

「はい」


 サルに迷いはなかった。即答して、満足げだ。

 そんなサルの返事にねねは満足げな表情で頷いた。



 そして、俺はねねと祝言を挙げた。



 薄暗い長屋の部屋で、宴会続き。

 祝いにやって来てくれたのは、蜂須賀小六や小者たち。


 織田家の中心的な家臣で来てくれた者と言えば、前田利家くらいだった。

 そりゃ、そうだわな。と、自分で思わずにいられない。

 薪を節約するために、織田家の家臣たちにかなり冷たい態度をとってきた訳だし、肝心の桶狭間の戦いではほとんど役に立たなかった俺に、好感を抱いている者などほとんどいる訳がない。

 ねねも隣で涙を流していた。

 それがうれし涙なんかじゃない事くらい、泣き方を見れば俺でも分かる。


 だが、いつかは俺と結婚してよかったと思わせなければ、男じゃない。

 涙を流すねねの横顔を見つめながら、俺は両拳に力を込めた。


「お前、そこまではかっこいいが、それだけではないではないか。

 ハーレム王に、俺はなるっ! って、決意は続いておるじゃないか。

 結局はお前の欲望のためじゃろ」

と、サルが言ったが、無視、無視、無視。


 とにかく、俺はこの世界で俺の人生を切り拓くために必要なねねを手に入れた。

 ちゃらら、ちゃっちゃっちゃー。と、頭の中でメロディーが流れた。

お気に入り、入れて下さった方、ありがとうございました。

予約更新設定しました。

これからも、よろしくお願いします。

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