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桶狭間の戦い(前)

 俺がこの世界に来た時、俺の主だと言った松下とか言う男。

 あの男は今川と言う大名に仕える者だったらしい。


 そして、俺の知識は間違っていたのか、この世界の設定が異なるのか、織田信長は天下人でないばかりか、とても天下を狙えるような力は持っていなかった。

 逆に、今川と言う大名は天下を狙う力を持っていたようで、京を目指して兵を進めて来るらしい。


 京と言うこの世界の都が、俺の世界の京都と関係あるのか定かではないが、とにかく今川が京に上るには、この尾張の地を通らなければならない。

 それはつまり侵攻、いくさである。


 勝てるとは思えない強大な敵、今川がやって来るとあって、尾張の町衆たちの動揺は激しい。



「まこと、尾張も終わりじゃのう」

「どうする気かのう? 籠城かのう?」

「あのうつけ殿では勝てまい」


 そんな声が聞こえる中、信長の密かな命を受け、俺はある任務に就いていて、今駆け足で城に向かっている。

 その任務とは、市中の多くの店から米や味噌を買い付ける事である。


 城に米や味噌をため込む。

 信長は籠城を決め込んでいるのだ。


 この任務を信長が命じたと言う事実は、信長自身から他言無用と口止めされている。

 つまり、信長が籠城を決め込んでいると言う事を公言してはならないと言う事だ。

 この国の重臣たちも知らない重大な事実を、俺だけが知っていると言うちょっとした優越感。


 言いたい、言いたい。

 誰かに言いたいが、言う訳にもいかない。



 俺の横をさっき買ったばかりの米俵を山積みした荷車が並走して、一緒に城を目指している。

 カタカタと木で出来た組みつけの悪い車輪が音を立てて走る。

 町衆たちが小走りに城に向かって進んで行く荷車と俺に目を向ける。



「これだけ米俵を積んだ荷車が城に入って行けば、誰でも籠城じゃと分かるじゃろう」

と、サルが言うが無視、無視、無視。


「それにじゃ。籠城しても、見逃してなどくれぬぞ。

 籠城は負け戦じゃ」

 なんて、サルは知ったかぶりの意見を言う。


 戦って勝てないなら、戦わない方がいい。

 俺としては、たとえ架空の世界であっても、痛いものは痛いんだから、戦って怪我するより、穏便に終わらせたい。



「戦とはそんな甘いものではないわ!」

と、サルが言うが、これまた無視、無視、無視。



「開門!」

 城門にたどり着くと、大声を張り上げて、城門を開けさせる。


 開いた城門の向こうに広がる光景は、今までの平穏さとは打って変わっている。

 城内の者たちは甲冑に身を包んでいて、戦へ備えている。



「こっちじゃ」

 そう言って、荷車の男たちを米蔵に案内する。

 開いた米蔵の中にはすでに俺が買った米俵が山積みになっていて、そこに男たちが荷車の上の米俵を運び込んでいく。



「やはり籠城ですかいのぅ?」

 米俵を抱えた男が言う。

 俺は言いたい衝動を抑えられずに、ついつい口にしてしまう。


「ここだけの話じゃ。

 そのために、わしが米俵を買っておるのではないか」


 俺は信長がどうするのか知っているんだ。ちょっと胸をそらし気味に言ってみる。


「おぉぉぉ。やはりそうでありましたか」

 他の者たちも米俵を運びながらも、俺たちの話を聞いていたようで、納得顔で頷いている。



「本当にそうかのぅ?」

 頭の中でサルが疑いの声を上げた。


「何でそんな事言うかなあ?

 どう見ても、籠城だろ?」

「あからさますぎないか?」

「籠城ですっ!

 戦う気、ありません!

 だから、黙って通って行ってね! って、事だろ」

 俺はこの考えに自信ありだ。


「そうかのう。

 清洲に来て信長を見ていて思うんじゃが、ただのうつけではない気がする。

 何か考えていそうな気がするんじゃ」


 何だか信長に対する俺とサルの評価が逆になってきているようだ。

 あれほど、信長はうつけじゃと言っていたサルが、信長を買っている。

 俺はと言うと、信長をうつけとは思っちゃあいないが、今川と言う大勢力相手に勝てる人物とは思えない。



「それにだ。浅野殿が言っておったであろう。

 ねねが申すには、必ず深夜に信長は出陣し、熱田の杜に向かうと。

 そして勝つと。

 信長が道を開くには、打って出るしかないはずじゃ」


 サルが何日か前に、浅野から聞いた話を蒸し返した。


「何を言っているんだ。

 浅野殿も子供の戯言と言ってたじゃないか。

 それに、そもそもねねの話はその言葉の後に、じゃないと困るのよ、ってついてたそうじゃないか。

 だとしたら、ねねのただの願望だろ」


 そう。俺はこの話を信じちゃいない。

 が、サルは何か思うところがあるらしく、俺にある物を用意させている。


 いずれにしてもだ。

 俺は命じられた籠城の準備を怠りなく務める。

 それが俺の任務でもあり、信長にとって、一番の選択だとも思っていた。





 が、今川が尾張に迫る中、信長は突然動いた。


「サル、馬をひけ」

 城に控えていた俺の耳に、信長の言葉が響いた。

 辺りはかがり火の炎だけが揺らめく夜。日の出の気配すらない。


 何時だ?

 なんて、思っても時計もない。

 眠りを破られ、目をこすりながらも飛び起きて、部屋を飛び出すと、廊下に甲冑に身を包んだ信長が立っていた。



「へい」

 とりあえずそう答えて、馬小屋に向かう。

 出陣か?

 どうして、こんな夜中に?


「ねねが申したとおりではないか!」

 サルが言う。

 まだ行き先が熱田かどうかは分からないが、深夜に出陣と言うのは確かに当たっている。


 ねねがどうして、そんな事を知っていたのかは分からないが、それでこそ俺の人生を切り拓く相手である。

 と、俺としてはある意味頼もしい結果でもある。


 駆け足で馬小屋に向かい、俺が見ている中で、一番スタミナがある一頭を引き連れて戻ってくると、颯爽と信長は馬にまたがった。



「熱田に向かうぞ!」

 信長は自分の背後に従う小姓たちに言った。


 行き先もねねの言ったとおりだ。

 ならば、この戦、世間の風評に反し、マジで勝つかも知れない。

 いや、俺としても勝ってもらわなければ困る訳だが。


「はい!」

 信長が鞭をあて駆けだすと、小姓たちも続き、かがり火揺らめく夜の清洲城に陣貝が響いた。


 突然の出陣に、武者に雑兵たちが部屋から飛び起きて来て、慌てふためいていて、さっきまでの静けさは吹き飛ばされた。



「敵が攻めて来たのか?」

「殿はすでに出陣されたそうじゃ」

「殿は、殿はいずこへ行かれたのじゃ」


 状況がつかめず、多くの者が右往左往している。

 行く当ても分からないまま、具足をつけながら駆けだしている者さえいて、城中は混乱気味である。



「殿は熱田の杜に、向かわれました」

 とにかく、状況を掴めていない者たちに、そう告げながら、俺も組子の者たちの姿を探し、信長のための水や食い物の用意をさせた。

 そして、サルが用意しろと言ったあるアイテムも持ってこさせた。


 全てが揃ったのを確かめると、組子たちを従えて、俺も熱田の杜に向かった。

 信長のものと比べると、ぼろくちゃちい甲冑に兜。それでも、走ると、かちゃかちゃとそれっぽい音を奏でる。



 熱田の杜に俺が到着した時、空は少し赤くなり始めていて、その明かりが、兵の全容を少しずつ照らし出している。

 熱田神宮の社の前に揃っている兵はまだ半分程度で、まだまだ続々と集結中だった。


 そして、信長はと言うと、社の前に立って、集結してくる兵たちに目を向けていた。



「遅せぇだがや」

 信長が一喝した。

 俺の到着とほぼ同時、しかも俺の方を見て言ったような気もするが、皆が遅い訳で、俺だけに言った訳ではないはずだ。

 信長はその言葉が終わると同時に、社に向かい願文を読み上げ始めた。


「神頼みは効果あるんかいのう」

 信長の後姿を見つめていると、サルが言った。


「ある!

 でなければ、俺はこの世界にいるわけがない」


 そうなのだ。架空世界とは言え、人生をやり直したいと祈った俺がこの世界にいる事自体が、その証拠だ。



 信長が願文を読み終えたその瞬間、社の奥から甲冑がすれ合う音がしたかと思うと、白鷲が飛び立った。

 差し込み始めた陽光に映し出される点に向かって飛び立つ白鷲。



「皆の者。熱田の神は、われ等に勝利を約束されたぞ」

 信長が大声を張り上げる。


「おぉぉぉぉ」

 熱田の杜に勝鬨がこだました。

 兵たちの高まる士気。それを見渡し満足げな信長。


 その視線が俺とあった瞬間、信長の口元がにやりとした。

お気に入り入れてくださった方、ありがとうございます。

前作はねねの視点と言う事で、合戦に関係する内容は少なかったんですけど、今回はサルの視点と言う事で、合戦は多いかも知れません。

引き続き、よろしくお願います。

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