女の子はちょいワルな男の子が好き?
信長はそれ以降も色々と俺にミッションを出すが、それほど重要なものはないし、俺のステータスも上がった気配も無い。
ただ、初めて戦に出かけた。
美濃の斎藤義龍が起こした謀反に対し、道三を救出するための戦い。
俺もしょぼい甲冑を身に纏い、片手に槍を持って美濃との国境に向かう。
しょぼい甲冑とは言え、それなりの重さを感じてしまうのは、俺の体が小さいからか、それとも精神的な重みなのか。
俺的には、本当の俺はこの世界にいる訳ではないと信じ込ませる事で、怖さを抑え込んでいたが、今までに感じたことの無い緊張を感じたのは事実だ。
結局、道三は討たれてしまい、大きな戦になる前に引き揚げる事となったので、戦の一歩手前で終わった。そんな感じのものだった。
そして、今、俺は城内で信長の馬たちが並ぶ馬小屋の前に立っていた。
全身黒の威風を放つもの、連銭葦毛と言うらしい葦毛に灰色の丸い斑点のあるものなど、どれも信長のお気に入りの名馬、らしい。俺には分からないが。
この馬たちの健康管理も、俺の仕事になっている。
馬小屋の前に立っていると、風向きによっては、小屋の中にこもる臭いが漂ってくる。
もう慣れっこになったが、俺の元の世界とは違い、この世界は色々な命の臭いに満ちている。
それこそが、自然本来の活動の臭いなんだろう。
今日も馬たちのご機嫌はよさそうだ。
ふむ。
そう平静を装ってみる。
こことは違い、いや正確には俺のような身分の者とは違い、城内はちょっと騒がしい。
ここのところ信長は病に伏していて、俺の前にも姿を現していないし、お気に入りの馬たちの様子も見に来てはいなかった。
そんな信長を見舞いに来た弟の信行を暗殺したと言うのだ。
すなわち、信長は仮病だったと言うのだが、色んな噂が流れていて、俺には真実は分からない。
ただ、城内はその事件でまだ騒がしい。
俺はそんな話には全く無縁の下っ端。それがちょっと寂しいような、血なまぐさい事にかかわらなくて、うれしいような微妙な気分だ。
そんな時だった。
俺の左手の小指に、あの赤い糸が現れた感覚が起きた。
左の小指に目を向ける。
赤い糸は近くにある城壁の向こうにつながっている。
ねねがこの壁の向こうに。そう思った時、ねねの声が聞こえて来た。
「藤吉郎殿ぉ~」
しかも、俺を呼んでいる。
慌てて走り出し、近くにあった木の幹を足場に、城壁に飛び乗る。
城壁から赤い糸の先に目を向けると、くすっとした感じのかわいい笑顔のねねがいた。
俺をあの笑顔で呼んでいた。
またまた、距離が縮まっている。
なら、物理的な距離も。
そう思って、ねねの前に飛び降りた。
目の前に飛び降りて来るとは予想していなかったのか、ぎょっとした感じで、ねねが驚いて立ち止まった。
そんなねねに、満面の笑顔を向ける。
「その顔、怖ぇぇぇ」
サルのお約束の言葉が頭の中に聞こえて来たが、無視、無視、無視。
「ねね殿、どうなされました?」
「藤吉郎殿。私は信長様にお会いしたいのです」
「殿にですか」
俺にではなく、単に信長に会いたいだけとは、ちょっとがっかりである。
なんだか、好きな女の子から話があるからと呼び出され、期待に胸弾ませながら行くと、俺の友達の事が好きで、何とかならないかと言われた気分は、きっとこんな感じに違いない。まあ、俺は経験した事無いが。
なんて、思っていると、ねねはきらきらと瞳を輝かせながら、俺に言った。
「藤吉郎殿のお力を借りたいのですよ」
俺の力を借りたい。
そう言えば、ここまでの俺の人生、女の子にそんな事を言われた事は無かった。
正直、信長が今、どこにいるのかなんて知りやしないし、城の奥にいるとすれば、ちょっと俺では手が出ない。
が、引き下がるわけにはいかない。
「お安い御用で。このサルめにお任せ下されませ」
力を込めて言った。イメージ的には、胸をドンと叩いている感じでだ。
それはそうとして、どう見てもねねは信長に興味を持っている。
女の子はまじめなだけの男より、たくましく、ちょっと悪い方が好きだと言うのも聞いた気がする。
奇行が多すぎる信長に少しひかれているのかもしれない。
なら、俺だって、力があるところと、ちょっとワルなところを見せようじゃないか。
「ささ、こちらへ」
自ら城壁によると、ねねに手招きして、城壁を指示した。
「どう言う事ですか?」
「後ろから、お尻を押して城壁の上へ押し上げて差し上げます」
そう。
信長に会うため、城門からではなく、城壁を乗り越えるなんて、ちょい悪気分。
そして、ねねを押し上げる逞しさ。
そんな演出はどうよ?
ねねはちょっと固まって、動こうとしない。
ねねのお尻を持ち上げる体勢で、ねねを誘う。
「このサルがぁぁぁぁ!」
ねねは、そう言って俺の頬に平手打ちを飛ばしてきた。
なんで?
そんな思いで、とりあえずねねの平手打ちをかわす。
「城壁を越えるのをお助けしようとしただけでございます」
俺の真意を誤解したのかと思い、事情を説明してみる。
「分かってるわよ。でも、お尻触られたくないの!」
ねねが怒っているのは、そこらしい。なら、どうするのか?
子供の考える事。もしやすると城壁を乗り越える事には賛同し、どうせなら自分で壁を乗り越えようと思った可能性も。
「では、自分でお登りに?」
「どうしたら、私が登れるのよ。
私の体見てみなさいよ!」
ねねはかなりお怒り気味らしい。
全く、子供はよく分からない。
ともかく、これ以上ご機嫌を損ねてもまずいので、とりあえずねねの体をチェック。
本人の承諾済みで、じっくり見れるなんて、これが若くていい体の子なら、滅多にないチャンスだが、相手が胸も無い子供だけに、おざなりにチェックしていく。
「あんたはロリか!」
「ろり?」
ろりって、何だ?
ロリコンのロリなら分かるが、この時代の「ろり」の意味はよく分からない。
が、さっき以上にねねが怒っている事だけは感じ取れる。
「気にしないでいいから。城門から入ればいいでしょ」
そう言って、ねねは一人ですたすたと城門のある方向に歩き始めた。
いや、それなら、俺を呼ばずに城門から入ればよかったのではないのか?
そんな疑問を抱きながら、慌ててねねの後についていく。
ねねは少し離れたところにある城門の前で立ち止まった。
城内もざわついている今、城門は閉ざされていて、そこには門番の男二人が立っていた。
「そこ開けて」
子供は怖いもの知らずと言うのか、何と言うのか、ねねは門番の二人に向かって、威張り気味に言った。
この門番たちができの悪い二人だったら、「生意気言うな」と、殴り飛ばされるやも知れない。
俺がフォローするしかない。
「信長様がお会いになるんじゃ」
いつも声が大きな俺だが、それ以上の声で門番たちに言った。
「さっきの話はまことの事であったか」
信長の身の回りの世話をしている俺の言葉。しかも、立場的には門番たちより、俺の方が上でもある。
城内の者に門を開けるよう告げるため、門番たちが城門の向こうに顔を向けた。
「そうよ。さっさと開けてよね」
門番たちの動作を緩慢と思ったのか、ねねの言葉は威張り気味。
話の内容から言って、ねねは俺を呼ぶ前に門番たちと話をしていたようだ。
きっと、開けてもらえず、俺に頼ってきたんだろう。
門番たちが城門を開くように、城内に告げると、大きな木でできた城門が開いて行った。
開いた城門を通り抜けていくねねに、門番の一人が言った。
「いつでも、言ってくれ。わしらも開いてやるでの」
なんだ?
門番の顔に目を向けると、いやらしい笑みを浮かべていた。
これは下ネタである。俺は感じ取った。
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今回も前作のシーンでしたけど、いかがでしたでしょうか?
まさか、ねねの中に自分と同じ時代の佳奈ちゃんがいるなんて思ってもいない主人公。「ろり」に気づけば、展開は変わっていたのかも。




