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褒めてくれるなら、金をくれ!

 その日、俺は清洲城の城壁に沿って、城下を歩いていた。

 行き交う人はそれほど多くなく、時折人とすれ違う程度だ。


 が、俺の視界の先に人が多く集まっている場所があった。

 近づいてくと人々の作業の声が聞こえてくる。



「おい。乾いたなら、中塗り始めるぞ」

「もう少し藁を入れてこねておけ」


 数週間前の嵐で崩落した城壁を修理しているのだ。

 目を閉じて、声だけ聞いていると、汗水たらして働いているように思えるだろうが、目から入って来る事情は違っていた。


 修理が現在進行中の城壁周辺で、五、六人の男たちが作業をしているのだが、それは作業する者たちのほんの一握りである。

 他の多くの男たちはと言うと、作業している男たちを見守るように立っていたり、壁を直すための材料と思われる周りに座って、時折手を動かして、何かの作業らしき動作をしていたりで、はっきり言って、ギャラリーレベルである。


 これでは作業は進むまい。

 そんな思いで近づいていくと、その推測が正しかった事を城壁が証明していた。

 新しく作り直されたと思える白い城壁は、崩れ去った城壁の1/10ほどでしかない。



「話ではもう何日も前から作業を行っていると言うのに、これかよ。

 いつ敵が攻めて来るやも知れぬと言うに、困ったものよのう」


 頭の中でサルが言うが、俺にはそこまでの緊迫感はない。

 この戦国時代ライクな架空世界に来ても、身に危険を感じるほどの経験をまだしていないからかも知れないが。


 なんて思いながら、さらに近づいていくと、俺はあることに気づいた。

 こんな作業をしているのは男と決めつけていたが、どうやら女の子が混じっているらしい。


 着物から出ている肌は薄汚れているとは言え、その地の色は男の色ではなく、白っぽいし、視覚的にも柔らかさが感じ取れる。

 そして、髪型。俺の元の世界風に言えば、ポニーテールだ。

 へぇ。女の子なんだ。

 そんな思いで立ち止まって、確認する。


 時々、前かがみのような姿勢になると、短い着物のすそから足の付け根付近が見えそうで見えない。

 俺は元の世界でも、そこを見た事が無い。


 いつも俺が手に入れる視覚情報では、そこはもやがかかったぼかしが入っていた。

 こちらに来てからも、女の人とそんな関係になる機会は無かった。


 猿顔だしぃぃぃ。

 と、自虐気分でちょっとがっくしと、うなだれてしまう。


 気を取り直して、このチャンス逃すわけにはいかない。

 手にしたチャンスはものにするべきだろう。


「かっこつけてんじゃねぇよ。

 何を言っても、ただの変態行為だろ」

 サルが言うが、無視、無視。


 視線を女の子らしき者に、ロックオン。

 ちらり、ちらりと見えそうで見えない。

 時折チャンスはやってくるのだが、着物の奥なので暗くて、くっきりと見えないじゃないか。


 うーん。もどかしい。


 そんな時だった。

 左の小指に引っ張られる感覚が起きた。


 ねねが近くにいる。

 慌てて辺りを見渡すと、少し離れた場所で、信長と一緒にいるねねを見つけた。


 なにを見てみたいと言う好奇心と、ねねとの接近。どちらを取るか?

 すぐに結論が出た。


 ねねはこの世界で必要な女の子。

 それは人生を切り拓くだけでなく、あんな事やこんな事も。


「相手は子供じゃぞ。

 子供を相手にする気か?」

 サルが頭の中で、蔑みの声を上げた。


「それは大きくなってからに決まってるだろ」

 サルに言い返す。

 そりゃそうだ。今のねねには胸も無い。

 どうせ触るなら、柔らかな大きな胸がいい。

 まずはねねに好かれる必要がある。

 信長とねねに向かって、駆けだした。


「とのぉぉぉ」


 信長を見つけて、信長に駆けよる風を装う。

 とは言え、視線はねねにロックオン。


 俺の声に気づいて、二人が俺を見ている。

 もう少しで、ねねの前にたどり着く。

 そう思った矢先、ねねの眉間にしわが寄ったかと思うと、信長の馬の腹の下に姿を隠した。


 ねねが消えた馬の腹の下に目を向ける。

 そこにねねはいないと思ったら、一回りしたらしく、俺の背後にねねは立っていた。



「ねね殿。お久しゅうございます」


 にこやかに言ってみた。


「しわくちゃの猿顔、怖ぇぇぇ」

 サルが言う。

 元々は自分の顔だと言うのに、最近は他人事のように言うようになっている。



「うるさい」

 事もあろうか、ねねは冷たい口調ときっつい視線で、俺にそう言った。


 どうも、最近、ねねとの距離が離れてきている気がしてならない。

 一体、何が原因なのか?

 そう思って、小首を傾げてみる。


 そんな俺を全く無視して、ねねが笑顔で信長に語りかけた。



「信長様はどうされたのですか?」

「うむ。城壁の修理の進み具合を見に来たのじゃ」

「まだ直っていないですね」

「うむ。ここまで時間がかかるとは思うていなんだ」

「信長様。きっと、藤吉郎殿なら、一昼夜で片づけてしまいますよ」


 はぃぃぃ?

 どう言う展開?

 どう言う根拠?


「と言うか、今までのお前の話でいけば、これが新たなミッションと言うやつなのではないのか?」

 最近、俺の知識をめっきり仕入れたサルが言う。そうかも知れない。


 だが、どうやって?

 一週間の聞き間違えならともかく、一昼夜だろ?

 難しすぎる。こんなミッション。

 顔が引きつり始めた。


「引きつったサルの顔は怖いであろうのぅ」

 また、サルが他人事のように言う。

 この顔の当事者意識が無くなっているとしかいいようがない。


「何、それはまことか?」

「はい!」

「うむ。ねねの言う事は信じれるからのう」


 信長はねねの言葉を信じそうな雰囲気。

 このまま行けば、マジで俺のミッションとなってしまう。


 そんな不安の俺に、ようやくねねは気づいたようで、俺の不安げな表情を怪訝な目で見ている。



「どうしたの?」

「は、は、ははは」


 どうしたのじゃねぇだろ。

 一体全体、どうして俺ができると思ったのか?

 小さな子の発想は飛躍しすぎていて訳が分からない。

 振り回される俺の立場になってみてもらいたいものだ。

 何だか、顔が青ざめている気さえしてしまう。



「サル。任せたぞ」


 信長はそう言いながら、馬に飛び乗った。

 完全に俺に任せて終わりの気分だ。



「待ってください。信長様ぁぁ」


 馬首を反転させ、引き返そうとしていた信長を、ねねが引き留めた。

 これ以上、厄介ごとを俺に押し付けないでくれ! そんな気分だ。


 何か変な事を言い出しそうなら、口を塞いでしまうかと、身構えた。



「なんじゃ、ねね」

「はい。家中のお歴々が差配されても、進まぬ工事でございます。


 それを一昼夜で行うのでありますから、人夫への恩賞の方はよろしくお願いします」

「いいだろう。ねねの願いじゃからのう」

「よろしくお願いします」

「サル、励め!」


 そう言い残して、信長は駆けだしてしまった。


 遠く、小さくなっていく信長を見送る二人。とは言え、ねねと俺とでは、全然気分が違うはず。

 ねねはこんな大変な仕事を俺に押し付ける提案を信長にして、それが採用されて、ご満悦かも知れない。

 が、俺はマジで猿にでもなって、逃げ出したい気分だ。


 信長の姿が見えなくなると、ねねは俺に目を向けてきた。



「藤吉郎殿。お考えは無いのですか?

 ありますよね?」


 あると思っていたのか?

 何を根拠に。と言う不満は抑えておいて、ぽそりと言った。


「ある訳ございませぬ」

「先ほど、作業を見ておられたではありませんか。

 何か感じるところがあったのではないのですか?」

「いや。あの中に一人、おなごがおったので、服の隙間からちらりちらりと見えるなにを見ていただけじゃ」


 あまりのとんでもない押し付けに、思考が混乱気味だったようで、言わずともよい本当の事を言ってしまった。


 ねねの目に嫌悪を浮かんだ気がした。

 女の人に嫌われそうな事を言ってしまったのは、確かだ。

 が、それ以上の反応のような気がする。

 うまく行っていたはずのねねとの関係。どうもここのところねねの態度が急転して、冷たくなってきている気がしてならない。



「はぁぁ?」


 ねねのその言葉にもその事が現れている。

 怒りと嫌悪と蔑み。三つが混在している気がする。


 ねねは冷たい視線を向けた後、ぷいと顔をそらして、立ち去り始めた。

 ねねとの関係は崩すわけにはいかない。

 今も、赤い糸は確かにねねとつながているのだから。


 追いかけようか。

 そう思った時、ねねが立ち止まり、くるりと反転して、俺に目を向けた。

 決して、好意的な視線ではない。冷たく、きつい視線だ。



「藤吉郎殿。いい事!」


 その口調もきつく、年下の女の子だと言うのに、俺を諭しているかのような口ぶりで話し始めた。

 女の子の話は、うんうんと相槌を打ちながら、聞くのが一番。

 俺はねねの話を時折頷きながら、黙って聞いていた。


 その内容は小さな女の子が話す内容とは思えないほど、人を動かすポイントをついていた。

 人と人を競わせる。

 その先には褒美と言うアメを。


 そして、突き出した右手の人差し指を俺に向けて、ぶんぶん上下に振りながら、最後はこう締めくくった。


「信長様に大義なんて言われたって、お腹の足しにはなんないのよ!

褒めてくれるなら、金をくれぇぇぇ!」


 金をくれぇぇぇぇのイントネーション。どこかで聞いたような気がするが、思い出せやしない。

 ねねの話の内容より、そこに引っかかって、小首を傾げた。


 そんな俺に、分かっていないと思ったのか、疑いの表情を浮かべながら、ねねがきいてきた。


「なのよ。

 分かった?」


 その短い言葉にさえ、気圧されてしまう。こんな小さな女の子に。

 年下とは思えず、その手にすがりたくなってしまった。

 目の前にあるねねの手をつかみとると、頭を下げた。



「ねね殿。ありがとうございまするぅぅ」


 握りしめた手を数度振ったところで、ねねが手を振り払った。


「あとは頼んだわよ!」


 どちらが年上だか分からないが、そんなねねでなければ、俺の人生を切り拓く役にたつ訳がない。


「ねねの言う事は確かじゃな。

 じゃが、わしも、命じられたなら、考えれたとは思うが」


 サルはそう言うが、俺には負け惜しみに思えてしまう。

 それにだ。何か助言をもらい、賭けてみるなら、猿顔の男より、かわいい女の子の方がいい。


 うんうんと、一人頷いた。

お気に入り、入れてくださった方、ありがとうございました。

今回のお話も、前作のシーンのサル視点でした。

これからも、よろしくお願いします。

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