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すべては「祈り」から始まった

「なんで私がサルの嫁になんなきゃいけないのよ!」(ある事情から開示タグ外しています)の第2部で、サル視点のお話です。

 この第一話は、主人公が戦国時代に行くことになるきっかけが描かれています。

 その中には第3部とつながる部分も含まれていて、ここだけ読むと意味無さげな部分もあります。そこはご容赦ください。

 よろしくお願いします。

 右手に伝わるずしりとした重い感触に目を向けると、俺の右手には斧が握られていた。


 なんで?


 一瞬前の記憶が無い。

 突然、この状況に身を置かされた気分。


 夢なのか?


 そんな思いで、あたりを見渡してみる。


 俺を中心に半径数mほどの空間には、何もない。

 が、その先には360度全てに木が異様なほど密集して生い茂っている。

 木々の幹と幹の間隔が狭く、人一人通れそうにない。


 目を上に向けると、そんな木々の枝が複雑に絡み合っていて、緑の葉以外に見えるものが無い。

 何もない俺の頭上の空間からは、申し訳程度に、白い雲と青い空が見て取れる。

 足元は湿気を帯びた土。

 どうやら、森の中で一人、斧を持って立っているらしい。


 なんで?


 そんな思いで、もう一度、記憶をまさぐってみる。

 一瞬前の記憶はやはり浮かび上がってこない。


 では、その前は?

 今日一日の出来事を思い出してみる。

 


 学校に行った。

 何の取り得もない俺としては、いつも通りのパッとしない一日だった。

 スポーツができるわけでもない。勉強ができるわけでもない。

 イケメンでもなく、けんかが強いわけでもない俺は存在しているのかどうかさえ分からない一日だった。


 そんな中、少しはいい事もあった。

 朝の登校の途中、俺が天使と密かに呼ぶ女の子と会った。

 年上の女子高生、それもお嬢様学校の制服に身を包んだスタイル抜群の女の子だ。


 俺自身、ごく普通の平凡な男の子だが、家もごく普通の家であって、お嬢様なんかに相手にされる訳もない。

 そんな事、分かっていても、眺めるのはいいじゃないか。

 胸の奥の鼓動の高鳴りを感じた。


 その光景を思い出しただけで、少し興奮気味になる。

 ところが、その先で俺の幸福な世界は暗転した。


 名も知らない天使に見とれながら、ぼんやりと歩いている俺の肩に、何かがガシッとまとわりついてきた。

 黒い生地。

 ちょっと匂うそれは男子の制服。


 首をきつく締めるように回してきたので、思わず、「ぐえっ」と言ってしまった。



「朝から、ぼんやりしてんじゃねぇよ」



 クラスの中と言うより、学年でもワルの部類に入るクラスメート。

 何かと絡んでくる。


 それからは最悪だった。

 思い出したくもない。早送りで、記憶を素っ飛ばす。



 そして、夜。

 俺は夜空を見上げて、祈った。


「こんな人生は嫌だ。やり直したい」

と。




「だから、お前に斧を与えた。

 やり直す人生、自分の手で切り拓け」


 どこからか声が聞こえてきた。

 それは空からでもなく、前からでもない。

 あえて言うなら、全方位から聞こえた気がする。


 あたりを見渡してみても、今までと変わりはなく、うっそうとした森の中に一人、ぽつんと俺が立っている。


 夢なんだ。


 思い出した。

 俺の最後の記憶は布団に入って眠る俺。

 だから、こんな訳の分からない状況に置かれているんだ。


 今聞こえてきた声も夢の中の声。

 だから、特定の方向ではなく、全方位から俺を包むように聞こえた気がしたに違いない。


 そもそも、夢の中の声に方向なんてある訳もない。

 今、俺は自分の夢の中にいる。


 自分の願望を夢の中でかなえようと言うのか?

 ちょっと、情けない気するが、どうせそういう事なら、いい夢を見て、すっきりしたいものだ。



「この斧で、切り拓くという訳だな」



 どこに向かってと言う訳でもなく、俺は叫んだ。



「そういう事だ」



 さっきの声だ。

 やはり全方位から聞こえてくるところから言って、この声の方向に進めばよいと言うようなものでもないらしい。



「何の情報も無いじゃないか!

 これでは、どこをどう切り拓いていけばいいか分からないじゃないか。

 普通あるだろ。話を聞くための村人とか!」



 ゲームを想像してそんな言葉を発してしまった。

 その瞬間、ぼろい服装で、薪のようなものを背負った中年と思しき男性が、俺の視界に現れた。

 が、それは何世代も前のゲーム機のようにドットの荒いキャラクターのようなもので、色使いも256色程度の感じだ。


 これって、俺のスペックに合わせた低級な夢なのか?

 そう思わずにいられない。


 こんな状態なら、この村人に話しかけても、どんな答えがかえってくるものやら。



「ちょっと、いいかな」


 そう問いかけてみた。

 そのキャラクターは手足を動かし続けたまま、顔を俺に向けた。


 髭に麦わら帽子。どこかのお菓子のキャラ顔だ。



「君は何者?」

「僕はただの村人だ」



 俺の言ったとおりの村人が、村人らしい風体で現れたと言う事が確認できた訳だ。

 情報を得るには、多くの人に話を聞かねばならないはず。

 としたら、まずはこの村人キャラの村に行く。そう言うことだろう。



「では、村はどこにあるの?」

「無い」



 村人キャラはきっぱり言い切った。

 それも、ポーカーフェイスのまま。

 ていうか、この解像度の荒いドット構成では、元々表情と言うものを作れる代物ではなさそうだが。


 村人だと言ったくせに、村は無いと言う。

 村を作ることもしていないとは、何と言う雑な設定の夢なんだ。



「あー。じゃあさ、俺は切り拓く道を探しているんだが、どっちに行ったらいいかな?」

「切り拓きたいのは今か? これからの道か?

 それとも、過去か?」



 今度は以外にも、真っ当な返事が返って来た。

 どれにするか?

 思考する俺の頭の中に妄想が渦巻いた。


 これからの俺が成功したとしても、今までの過去を消したいじゃないか。

 でなければ、いつ足元をすくわれるか、分かったもんじゃない。

 それがたどり着いた結論だった。



「過去だ」

「それはどれくらい前か?」



 俺の答えに新しい問いを出してきた。

 俺は今のいい思い出が無い部分をすべてやり直して、一から切り拓いていきたい。



「ずっと前から」


 夢だと分かっていながら、真剣に答えてみせた。

 俺の言葉に、村人キャラは何も言わず、腕をぴんと伸ばし、人差し指で一つの方向を指した。


 東西南北なんてありもしない世界。


 その指の方向に向かって、俺は斧を振り上げた。

 思いっきり、木の幹の根本近くに斧を叩きつける。


 斧なんか使ったことのない俺としては、木は頑丈で、何度も何度も繰り返さなければ木を倒すことはできないと、思っていた。が、さくっと真っ二つに斧が幹を切り裂いた。


 ばりばりばりと木の枝が折れていく音と共に、目の前の大木が倒れ始めた。

 が、隣の大木に寄りかかって、倒れきらずに止まってしまった。


 この狭い空間では木が倒れこむスペースも無い。

 当然の結末。

 さて、どうしたものかと思った瞬間、切り倒されて隣の木に寄りかかっていた倒木は、ぱぁっと霧散して消えた。


 これは楽だ。

 そんな思いで、木を次々に切り倒していく。


 やがて、こんなの現実には無いだろうと言うほど密集していた木の密度が下がり始めた。

 微かだが、前方にも開けた空間の気配が感じられるようになってくる。


 もう少しだ。

 ラストスパートの気分で、手にした斧で木を切り倒していく。

 やがて、木と木の間隔はさらに広がり、進むために木を切り倒す必要は無くなった。


 立ち止まり、その先を注視する。


 そこに広がる空間は見た事がない場所のようだった。

 電柱も無ければ、家の類の建物も、舗装された道路も無い。


 どこかの田舎の風景らしい。

 青い空は眩しいくらい清んでいて、緩やかに流れる白い雲を見ていると、涙さえ流れてきそうになるほどの美しさに感じられる。


 きっと、切り拓く新しい人生を祝福しているに違いない。

 夢とは言え、この先の世界にはどんなイベントが待ち受けているのか。

 ちょっと楽しみじゃないか。


 そんな思いで、その先の空間に向かって走り始めた。

 一歩、一歩進むに従って、木と木の間隔はさらに広くなって来た。


 いよいよ森を抜ける。

 そう感じた瞬間、突然、手にしていた斧がずしりと重くなって、支えきれずに、俺の手から離れた。


 立ち止まって、振り返ると、地面に突き刺さった斧が、霧散するように消えていった。



「そのアイテムは、この先に持っていく事はできない。

 この先、お前の人生を切り拓くのはそのアイテムではなく、別のものである。

 赤い糸がつなぐものと共に、未来をつかむがよい」


 また、あの声だ。

 何かこの先で、赤い糸と関係する別のアイテムを手に入れろ。

 そういう事なのか? と思った瞬間、何かにぶつかったような衝撃を感じ、俺は背後に吹き飛んだ。


 何にぶつかった?


 吹き飛ばされる感覚に包まれながら、最後の光景を頭の中で再生してみる。


 何かが、顔面に飛んできた?

 拳?

 殴られた?


 そこに思考が至った時、俺は地面に着地していた。

 いや、正確にはあおむけに倒れこんでいた。

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