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2,果肉のお願い



 世界には、「界層かいそう」と呼ばれる物がある。

 世界がひとつのビルだとすれば、人間の住む「人界じんかい」はその一フロアでしかない。


 界層は無数に存在する。兆年単位で積もった地層の様な物だ。


 世界という地層は途方もなく巨大で、半無限数の層を持っている。


 各層同士の境界線はしっかりとしており、通常、まず界層間を行き来するなど不可能だ。

 その中で人界層は、あるひとつの層とつながりが深い。層と層の境界が甘い、と言うのが的確だろう。


 それが、「アヤカシ」の住む「妖界ようかい層」である。


 一定の手続き、儀式の様な物を行えば、簡単に両界を行き来するゲートを開くことが出来る。


 しかしまぁ、行き来するメリットが無い。

 人間からすれば、超常的体質を持ち妖術や幻術を操る得体の知れない化物だらけの世界に行っても、ハッピーな事など無い。

 むしろバッドエンドの方が予想しやすい。


 余程にアヤカシの力を借りたい時には、「妖界に行く」のでは無く、「人界に呼ぶ」儀式をしたという。


 一方、アヤカシからしても、人界に行ってもする事が無い。

 妖界に食料は充実しているのに、わざわざ境界を越えて美味な保証も無い人間を取って食う必要も無い。

 まぁ好奇心から人間を襲った輩も極少数いたらしいが、そんなアヤカシへのカウンターとして陰陽師やエクソシストなんて者達が台頭。ただの好奇心に対し、痛すぎる代償を払わされる様になり、ますます自ら出向く理由が無くなった。


 2つの界層は、もはやただつながりやすいだけ。

 両界に住まう者達は、そのほとんどが界層という概念すら知らない。

 だって、知っていようがいまいが特に大差無い、一種の「どーでもいい事」だから。




「ってのが、アヤカシの説明テンプレみたいな物よん」


 実は陰陽師の末裔だったりするニコが、沈み行く夕日を背にドヤ顔で説明を終える。


「で…でも、私、両親から…そんな話……」

「別に直親とは限らないんじゃない?遠い先祖かもよ、天邪鬼」


 昔、アヤカシを呼ぶ儀式がさかんに行われていた頃、アヤカシの種族やその種の特異体質を記した書物が存在する。

 本来なら家宝クラスの代物だが、それをニコは暇な時にポテチ片手に読んでたりする。故にアヤカシについては少々詳しい。


「天邪鬼の体質は『強く思い描いた未来に対して、その対極の現象を引き起こす』。世界規模で異変を起こすことが出来る、『大妖たいよう』と称される種族ね。アヤカシってのは大抵自分の体質を制御できるんだけど、あなたもこの童貞と一緒で制御できて無いんでしょうね」


 好きな人が不幸になるという果肉の体質は、好きな人の幸せを強く願ってしまうから。その人の幸せな未来を思い描いてしまうから、天邪鬼の体質がその想いの強さで暴発的に起動してしまっていた、という事だ。


「…………」


 信じられないと言いた気な果肉の表情。

 体質については何かしらおかしいとは思っていたのだろうが、まさか妖怪の血が入っているとは思わなかったのだろう。


「つぅかニコ、さっきさり気なく俺の事を童貞って呼んだろ」

「違うの? そりゃびっくりね」

「…………」


 ああ、違わねぇよクソッタレ、と俺は心の中で壁を殴る。


「あ、…あの、2つ……疑問が…」

「何?」

「何で、私や、その……えーと……ど、童貞さん……?」

「童助だ!」

「ひぅ……」

「コラ! こんなちっさい子を恫喝しないの!」

「テメェが妙な呼び方したのが原因だろうが!」


 考えてみれば俺は果肉に名乗っていない。おそらく果肉はキューピッドの噂とよくいる場所だけ誰かの会話を偶然聞いて知ったのだろう。


「で、何? あ、もしかして、あなたの先祖や童助の親のアヤカシが何で人界に来たのか、とか?」

「え…エスパーですか……?」

「いえいえ、ただの氏がない陰陽師よ」


 ニコはアヤカシ判別の直感もそうだが、他の勘と推理力もかなりの切れ味だ。


「俺の母親は、事故みたいなもんで人界に飛ばされて来て、オヤジが拾ったらしい」

「……事故…ですか……」

「あなたの先祖も似た様なもんだと思うわよ? で、もう一つの質問は? あ、もしかして、キューピッドの噂?」

「……本当に…エスパーじゃないんですか……この人……」

「俺もたまにそう思う」


 どうやら、座敷童のハーフである俺が、何故にキューピッドなどと呼ばれる羽目になっているのか、という疑問らしい。


「お前の逆ってだけだよ」

「座敷童は2つの体質を持つ特異中の特異。ひとつは、『厄運送り(カラミティサイド)』」

「……カラミ…?」

「こいつが勝手に厨二病チックな名前付けてるだけだ。嫌悪する者に厄運を与える、要するに『嫌いな奴に不幸を送りつける』体質って事だ」

「どうせならかっこいい方がいいじゃん。それともうひとつが、『天使の祝福(キューピッドサイド)』」

「かっこいいとかじゃなくて、これは単なる俺への皮肉だよな……こっちは好意を持った相手に幸運を、まぁ要するに、『好きな人を幸せにする』体質って事だ。…キューピッドの噂の根源は、こいつだ」

「童助は『厄運送り(カラミティサイド)』は操れるけど、『天使の祝福(キューピッドサイド)』は制御出来てないの。ちなみに、あなたの体質に名前を付けるとしたら…『表裏返し(リターンハート)』ってとこかしら」

「妙な名前を勝手につけんの辞めろっての…」

「だって、いちいち『あまのじゃくのたいしつ』って言うより『りたーんはーと』の方が言いやすいし語感イイでしょ?」


 はっきり言って、俺はニコのネーミングが気に入らない。

 カラミティサイドは何かカッコイイから良い。でも、キューピッドサイドは無い。どう考えても俺の失恋談への皮肉だ。


 まぁ、でもそのネーミングは的を射ているだろう。

 俺の歴代の交際相手達は、皆この『天使の祝福(キューピッドサイド)』の恩恵で、それぞれが「本当に好きな人と交際する」という幸せを手に入れた。

 人間誰しも、好きな人と一緒になるのは幸せだと捉えるだろう。当然の帰結だ。


「……じゃあ、…噂は……」

「そ、こいつはマジもんのキューピッドよ」

「不本意だけどな」

「じゃあ……ますます退けない……!」


 退けない、というと…


「さっきの話か」


 男を好きになってくれ、という斬新な一生のお願い。


「その話は流石にどういう事?」


 流石のニコもこればっかりはバックボーンを推理する材料が足りないらしい。


「あの……」


 果肉がうつ向く。

 しかし、今までの人と接する恥ずかしさから来る行動では無い。

 ショックな事を思い出し、顔を上げる元気も失せてしまったという様なうつ向き。


「…私は」

「成程! もしかして…」

「ニコ、ここからは多分非常に真面目な話だから、少し黙れ」

「だってこの子のこの感じでもう大体察しが…」

「ブチ壊しか! 人の考えは読めても空気読めねぇのか!?」

「上手い!」

「もういいから黙れや!」


 どんどん先走ろうとするニコの口を押さえつけ、俺は「話していいぞ」と果肉をうながす。


「私の……この体質のせいで……鶴臣つるおみ君が…」

「鶴臣?」

「ひひはひ?」


 ニコは口を塞がれながらも「知り合い?」と尋ねてくる。


「ああ、クラスメイト以上友達未満ってとこだ」


 鶴臣つるおみ健人けんと、通称「ツルケン」。

 親しみ安そうなあだ名だが、超クールなポーカーやったら強そうな男。


 俺とは友人も交えて何度か雑談した事があり、化学の実験でもこの短期間で既に2回も同じ班になっている。そこそこ関わりのあるクラスメイトだ。


「ほひはひへ、ひゃひゅーふほ?」


 もしかして、野球部の? と言っている。


「ああ、高1にして球速MAX140キロ強の、漫画みてぇな豪腕ルーキーだ。でも……」


 1週間前、ツルケンは利き腕である右腕を骨折している。近所の子供をかばって交通事故にあったそうだ。当然、野球するなどしばらくは不可能だ。


「あいつは利き手を骨折してる」

「ひっへふ」


 知ってる、だそうだ。

 相変わらず情報力も素晴らしい。


「で、ツルケンがどう…」


 ああ、ニコじゃないが、察しがついてしまった。


「ツルケンの事、好きだったのか?」

「今は……そう、思わない様に…してます……」


 天邪鬼は、己が強く望む未来と対極の現象を引き起こす。そして果肉は、その手綱を取れていない。

 ツルケンの「不幸な事故」は、果肉の中の天邪鬼の血が引き起こした現象、という事だろう。


「私が…恋をしたら……いつもこう……」


 果肉の目に、涙が浮かぶ。


「もう、人は…好きにならないって決めた……でも…、……」


 きっと、果肉が友達を作らず1人でいたのは、この天邪鬼の血のせいだろう。

 人を好きになるのが怖くて、人と接する事を放棄した。


 俺が失恋を恐れて恋から逃げるのと同じだ。


 しかし、比べ物にならない程、果肉の抱える悲しみは大きい。

 人と接する事を捨てる努力どころか、人に心を開かない努力を長年続ければ、そりゃコミュ力0の人間になってしまうだろう。


「鶴臣君は……私を…助けて……くれて……」

「鉄面皮だけど、良い奴だからな」

「……私は…そんな人を……」


 果肉の頬を伝う、2筋の涙。辛いだろう。その落涙は物語る。

 ツルケンは高校球児の当然の夢、甲子園を目指していた。しかし、彼の利き腕は今夏中の完治は絶望的。それ以前に、彼は野球が大好きだ。なのに、球を放るどころか、まともに腕を振ることすら出来やしない。

 大好きな人の夢を、楽しみを、その足で踏み潰してしまった辛さは、涙が枯れないほどにその胸を刺すのだろう。


「だから……せめて、他の事で…鶴臣君に……幸せに…」

「それで、キューピッド…俺か」

「ぷはぁ、やっぱりね」


 ニコを解放し、俺は少し考える。


 まぁ、得心は行った。

 果肉はツルケンから野球を奪ってしまった。その代わりに、野球以外の青春の楽しみ、恋愛を充実させてあげようと考えた訳だ。童助のキューピッドの力を借りて。

 あのクール野郎でも、少しくらい気になる相手はいるだろう。


「うーん……」


 そんな事情を知ってしまうと、断り辛い。

 だって俺には、もっと上のオーダーに応えられる力がある。


「これも、天邪鬼の『表裏返し(リターンハート)』ってもんの力か…」

「…え?」

「ツルケンが『野球の事は諦める』前提で、その代わりに恋の願いを叶えてあげよう、そういう考えだろ」

「まぁ…」

「成程!」


 またしてもニコが口をはさむ。


「確かに、童助ならツルケン君の腕、どうにか出来るかもね」

「…そういう事だ」


 俺の『天使の祝福(キューピッドサイド)』は、相手に幸せを与える体質だ。その幸せの内容は、色恋沙汰限定という訳では無い。『幸運にも骨折が異常な速度で完治する』なんて事も、充分実現可能。


「…じゃあ…」

「何とかするしかねぇだろ…」


 ツルケンは、もうほとんど友人みたいなものだ。それに、こんな少女に必死に泣きつかれて、無下には断れない。だが、どうしたものか。


 男に惚れる……

 果たして、立派なノンケたる俺にそんな事できるのか。


 ……無理だな。

 現状それしか言えない。

 どうにか、策を探すしかない。


「とにかく、今後の方針やら何やら話す必要がありそうね。よし、これから皆で童助の家に行こう!」

「嫌だ。話し合いならここで充分だろ」

「……でも……」


 夏が近いとは言え、もう空色は茜より藍の方が強い。


「ぐっ…ならニコん家でも…」


 ニコはご近所さんだし、ニコの家は由緒ある陰陽師の名家だけあって、一軒家っていうよりまさに大屋敷だ。俺の家、二階建ての平均的一軒家より大分広い。


「あら、レディの家に押しかける気?それに…」


 ニコは服の内に収めていたネックレスを表に出す。その先にはハート型の小さなロケット。ちょっと年季が入っており、所々塗装が剥げ落ちている。

 そんな小さなハートを、剣の如く俺へ突きつける。


 ……充分な脅迫行為だ。


 果肉は全くこの状況を理解できていない。


 このロケットは、昔、ニコの誕生日に俺が贈った代物。その中には、割と最近の写真が入っている。

 俺とニコのツーショット。ただし、俺は……オブラートに包むと「童子ちゃん」として写っている。


 この世でもっとも焼却したい1枚。

 それはどんな大剣より圧倒的で、どんな魔剣より禍々しい。


「わかった、俺の家に行こう」

「素直でよろしい」


 満足気にうなづき、襟からロケットを服の内へと収めるニコ。

 不本意だが仕方ない。


「おら、行くぞ。果肉」

「……え?」


 ん? と考え、あ! となる。

 今、つい果肉を果肉と呼んでしまったが、果肉とは果肉の本名が思い出せない俺が勝手にそう名づけただけで、果肉の本名は果肉じゃない。


「…か、…かにく……?」

「いや、あの…アレだ」


 隠すことでも無いか。果肉だって俺の名を知らなかったし。


「お前の名前わかんなかったから…とりあえずあだ名的な…」

「あだ名…ですか…」


 ん? と俺は不思議に思う。


 果肉の様子は何か、嫌そうな感じではない。

 果物の中でも食われるか腐り落ちるかしか選択肢の無い部位で呼ばれたのに。


「あだ名……初めて…です」


 …どうやら友達のいない生活の中で、ちょっとあだ名と言う物に憧れていたらしい。


「もうちょっと可愛いあだ名つけてあげなさいよ…」

「返す言葉も無い…」


 まさか公認されるなどとは思わず適当につけたあだ名だったのに…

 まぁいい、この際だから、本名聞いとこう。


「で、本名は?」

「…桃苺ももいちご巳柑みかんです…」


 ……フルーツ女というか、フルーツ盛り合わせの様な名前だった。



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