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トラゴイディア  作者: 南水
6/7

本日二本連続投稿。一話目。

 私が意識を失っていた時間はそう長くなかったようで、ギルドの青年はまだギルド内にいた。

 その場で解呪の札を二枚購入し、受け取った途端に一枚が燃え尽きたのはちょっと驚いた。

「うぉ。お前さん呪われてたのか?」

 いつものおじさんの声を背に、私は青年のところに駆けつけ、問答無用で札を握らせた。

 こちらも、あっという間に札が燃え尽きる。おおう、危なかった。

「え、何、どういうこと?!」

 どういうことも何も、お互い呪われていたって話ですよ。

 状況が全くわかっていないカイルやおじさんも寄ってきたので、全員まとめて奥の部屋に連れ込んだ。

 おじさんが「おい、受付の仕事が」と抵抗するので、じゃあ教えてあげません、といったら、あっさり仕事を諦めた。いいのかそれで。

 それから、話せないこともあるけど、と前置きしてから呪いの話をした。

 普通であれば信じて貰えそうにない話だが、先ほど燃え尽きた札が話の信憑性を高めてくれた。

 ただ、何故その事情を知ったのかは説明できない、と私は伝えた。説明できるわけがない、あの男の存在を説明とか不可能すぎる。

「相変わらず、謎が多い嬢ちゃんだよな。薬の事といい、今回の事といい」

 思い切り怪しまれている。だが仕方ない、私がおじさんでも私を疑うだろう、どう考えても怪しすぎる。

「シーライーラさんも呪いを受けたんですよね、この株をここに持ってこようとして。となると、この株が自生していた場所は呪いが届いていないのか、採取した人間にのみ呪いがかかるのか、はてさて」

 どっちも正解だよ、という声が脳裏に響く。

 呪いの対称は薬草にではなく、それを採取した人間に向けられたモノだということ。

 そして、私の自宅は強固な結界内にあるので、呪いは通用しないこと。

 前者は兎も角、後者を説明するのは自殺行為な気がする。むう、何処まで情報を開示すべきか。

 しばし悩んでいると、背後で誰かの気配がした。

「流石に、そろそろ様子見も限界なんじゃないですか?」

 シスの声だった。どうしてここに。いや、彼も一応冒険者ではあるのだが。

「どう考えても、この子は怪しすぎる。しばらく見てたけど、常識では考えられないことが多すぎる」

 やたら辛辣な発言と共に、いつもの穏やかな表情が完全に消えて、侮蔑の篭った視線を向けられる。え、あれ、なんで。

「この鞄の中身、凄いですよ。世に出回ってない薬まであるんだ。誰から受け取ってるか知らないが、いい加減、拘束してでも背後を吐かせた方がいいんじゃないかな。この子自身はあんまり頭が良くないようだし」

 ガッシと肩を掴まれる。痛い、力を抜いてくれ、痛い。

「お、おいシス。別に彼女が何かしたってわけじゃないんだ、そんな」

「カイルは黙ってろ、情が移ったか? こんな不気味なガキに」

 シス! というどこか悲鳴に近い叫びを遠くに聞く。ああ、身体が震える。この冷徹な声、見下す視線、思い出したくない。いやだ。いやだ。

「やれやれ、まだ泳がしておくつもりだったんだけどなあ。短気だなシス」

 おじさんが溜息をつくと、人の良さそうな仮面を脱ぎ捨てる。

「まあ確かに潮時かも知れん。子供に手荒な真似はしたくないが、色々吐いて貰うか。こんな希少品をどこで手に入れてるか、それだけわかれば後はこちらで何とかするよ」

 おじさんの言葉に、青年も特に異論はないのか、仕方なさそうに頷く。私の腕は強引に引っ張られ、無理やり立たされる。あれ、なんで。

「お前みたいな怪しいガキを、今まで泳がせてやったんだ、むしろ感謝されてもいいくらいだろう」

 強引に引きずられ、更に奥の暗い部屋に連れ込まれる。なんで。なんで。なんで。

「待てよシス、乱暴は」

 私を引きずるシスの腕を、カイルが掴んで止める。シスは舌打ちして、それを振り払う。

「いい加減にしろ、カイル。こんな薄気味悪いガキに情を移すな。そもそも、このガキの監視が俺たちの仕事だった筈だろう」

 頭のすぐ近くで交わされる会話の内容が、心の何処かに重い鍵を掛ける。

 ああ、そうか。そうだったのか。

 確かに私は怪しい子供だったろう。

 この世界に存在しないアイテム(便利鞄)を使い、やたら大量の薬や野菜やアイテムを毎日のようにどこからか持ってくる。

 訝しがられて当然だ。

 でも、悪いことしてないのに、なんで。

 ああでも、前の世界もそうだった。

 悪いことしてないのに、あの面接官は、初対面の私を痛罵した。

 私の身体が勢い良く床に突き飛ばされる。

 立ち上がる間も無く、背に衝撃が走る。

「おいおい、喋れる程度に加減しとけよ、一応金ヅルなんだからな」

「わかってますよ。ほら、カイル。手伝わないなら向こういってろ」

 舌打ちしながら遠ざかるカイルの足音。ああ、どこにも味方はいない。

 元の世界でも、この世界でも。どこでも。


 わたしは、ずっと、ひとりぼっちなんだ


 

 

 

 



 どれだけ殴られたのか、痛覚がいつの間にか消えても、私は何も不思議に思わなかった。

 私の目に映る光景は、液晶の向こう側のように現実味がない。

 私の身体はピクリとも動かない。ただ、目だけが機能している状態だった。

『本当に、ふざけたことしてくれるよね』

 あの男の声が響く。ふと気づけば、シスが床に転がっている。シスだけではない、おじさんや青年やカイルも皆、まとめて転がっている。

 死んではいないし、意識はあるようだ。その証拠に喋っている。

「な……このくそガキ、一体、何を」

 忌々しげに吐き捨てたシスの身体が、何もないのにワンバウンドする。

『そのコは何もしてないよ。全くいい度胸だね、僕がせっかく用意した救済の女神様を、事もあろうに袋叩きとか。最初は手出ししないつもりだったけど、このコの心が死んでしまいそうだったから、ちょっかい出させて貰うよ』

「救済? 何を言っている。誰だ、姿を現せ」

『言葉通りだよ。そのコが来てから、君たちの暮らし向きが変わったと思わなかったの? 救いを求める声があんまりにもウザかったから、折角用意してあげたのに。

 怪しくても放置してればよかったんだよ。そうすれば、彼女は自覚なく君たちを救ってくれたのにさ。

 でも、もう終わり。彼女は心を閉ざした。君たちはもう救われない。GAME OVERだ。これは君たちの選択の結果。仕方ないね』

 ふわり、と身体が浮いたような気がした。

『せめてもの情けとして、彼女が残したアイテムだけはそのまま残してあげる。だが、それだけだ。彼女の名前を全ての記憶から抹消するし、彼女の記憶から君たちを消してあげる。だから』

 

 お前たちは、緩やかに滅びていけ

 

 嘲笑と共に下された宣告。

 そして、暗転。

 どこか優しい静寂が全てを包み込み、私はやっと意識を手放した。








『っと、設備の説明はこんなとこかな』

 男の脳天気な声が脳裏に響く。

 公園で野垂れ死に寸前だった私は、この声の主に持ちかけられた話にウッカリ同意した結果、この男に殺されてこの世界にやってきた、らしい。

 家を叩きだされるギリギリまでやっていたMMO、『クレイジーファンタジーオンライン』略してクレオンと酷似した自宅設備に目眩を感じつつ、私はなんとかこの現実を受け入れていた。

『あと、この敷地の外側半径2kmは安全地帯になってるからね、素材の採取とか色々試して見るといいよ。家の裏手には小さな入江があるから、塩とかはそこで入手してね』

 錬金術士スキルで『抽出』すれば一瞬ですから、とのことだった。凄いな異世界。

 クレオンの私の自宅と異なっていることは、倉庫がもう一つ増えていること、畑の規模が少し大きくなっていること、居間があること、地下室があること、そこに街へ通じる扉が二つあること。チビ妖精さんが三人程増えていることだ。

『地下室の扉の一つは、すぐ近くの海辺の街につながっている。もう一つは、海のない遠い小国につながってる。塩を売りたければ小国に売りに行けばいいよ』

 ああ、売りさばく前提なんですね。にしても、引きこもりにそんなアクティブな動きを求められても困るんだが。

 というか妖精さんはなんで増えているんだろう。

『繁殖したみたいだよ』

 ………………聞くんじゃなかった。

『あと、ギルド登録はこちらでしておいたから。カードを居間の机の上に置いておくね。後、冬場用にコタツが押入れにしまってあるからね』

「至れり尽くせりだな!」

 私は一通り農場内の設備を見て回った後、居間のギルドカードとやらを確認しに戻った。

 はて、おかしいな。私の職が魔術士レベル20になっている。

『そのお子様な外見で召喚士や錬金術士や神官が全部カンストとかヤバすぎるから、敢えて魔術士にしてみたよ』

 その理屈はわかるが、何故レベルが20も。育てた記憶がないんだが。

 という疑問に対しては、転生特典と言われた。なんだそれ。というか私のコレは転生の部類に入るのか。

『元の世界の身体は僕が殺しましたからね。とはいえ赤ん坊から始められても困るんでこうなったわけですが。転生なんでしょうかねぇ?』

 いや、私に聞かれてもわからんし。

『外見はこちらの世界に違和感ないようにちょいと変えておきました。後、すこーしだけ美少女っぽくしてあります。やっぱりこっちの方が得だと再認識したので』

 何やら微妙すぎる表現をされたが、まあ日本にいた私の容姿そのままだと、むしろ他人様から避けられて終わりだし仕方ない。幼女になっているのは男の趣味であるらしい。変態め。

 私が虚空を睨みつけていると、チビ妖精さんたちが寄ってきた。名前はそれぞれシン、ルリ、イルという。

 シンは他の妖精さんと同じく外の農業のお手伝い専門だが、ルリとイルは、家の中のお手伝い専門だそうで、ルリは家事特化、そしてイルは掌サイズなのに重い物を平然と持ち上げる、力仕事専門? いや私の作業のサポートをしてくれるらしい。

 うん、助かる。塩を自分で作れと言われたけど、海水を運ぶにしても、塩にして運ぶにしても、絶対重そうだなと思ってたからね。

 そして、海岸に近いのか。釣りとか自分でできそうにないけど、街にいけば魚が手に入るかも。久々にお魚が食べられる。う、涎が。

『一応言っておくと、海辺の街と小国は、通貨単位が違うだけで、後は同じだから。海辺の街は『ギル』、小国は『リル』になるので、忘れないように』

 両方の国のお金をポーチに入れてあるから、必要なものはそれで買うように、と言われた。

 調べてみたら、どちらの通貨も結構な大金が入っている。

『君は農産物を売ってもいいし、自分が作った薬やアイテムを売ってもいい。ただ、何もしないと倉庫がそのうち溢れるからね』

 倉庫が溢れたら、農産物は捨てられて腐っていく。当然異臭も凄いだろう。うん、想像したくないな。

 つまりそれは脅迫だな、私に、引きこもりの社会不適格者に、街で人に接するだけでなく、野菜も売ってこいと。

 まあ、いいけどね。日本にいたときならともかく、あの忌まわしい面接担当官のような人間がそこかしこにいるわけではない、大丈夫、大丈夫だと言い聞かせる。

 何故か今、一瞬、胸がツキンと傷んだが、多分気のせいだろう。

 しばらくは、色々理由を付けて家に引きこもっていたが、どうしても魚を食べたいという衝動と、倉庫がそろそろ危険なことになってきていたので、私は仕方なく街にいくことにした。

 ポーチに入れるのは、野菜と肉と果実、薬はとりあえずポーションだけ持っていく。

 この街では何が流通してて何が不足しているのか、ちゃんとリサーチしておかないとな。迂闊なモノを商うと、色々怪しまれそうだしな。

 さあ、とりあえず向かうは海辺の街だ。お魚食べたい、お魚。

 地下室には二つの扉。一つは青色、一つは緑色。多分青色が海辺の街だろう。

 ふと気づいたが、扉がない筈の壁の色が、扉の形を残して変色していた。しかし扉はない、壁のままだ。

『あー、そこはね、もう滅びた国につながる扉があったんだよ。もうなくなったけどねぇ』

「滅びた?」

『そそ、数年前に周辺の国に攻めこまれて滅んじゃった』

 説明を聞きながら、私はそっと扉のあった壁を撫でる。

「あれ」

 ポタリ、と何かが床にこぼれた。

 水滴のようだが、一体何処から水分が。

 ポタリ、ポタリと続けて滴り落ちる滴にやっと、それが自分の頬を伝っているのだとわかる。

「あれ、なんで、あれ」

 何故だろう、胸が苦しい。涙が後から後から溢れ出してくる。

『仕方ないよ、そういう運命だったんだ。彼らは救いを拒絶したのだから』

 行ったことも見たこともない国が滅んだくらいで泣くほど、自分は善人じゃないことを知っている。

 けれど、苦しい。何故だか知らないけど、嗚咽が止まらない。

「ふ……ふぅっ、うっ、ぐっ」

 口を抑える、苦しい、辛い、悲しい。そんな負の感情が突然私を支配し苛む。何だこれ。

 

 彼らは救いを拒絶した


 その言葉だけが、脳裏で何度も何度も繰り返し再生される。

『ありゃ、ちゃんと消した筈なんだけどなあ。感情だけは残ったか、仕方ない』

 気になる言葉と共に、全身が光に包まれた。

『今日のお出かけは無理だし、明日にしよう。大丈夫、次に目が覚めたらもう完全に忘れてるから。辛いことは思い出さなくていいんだ』

 男が、珍しく優しい声で告げるが、私の心が反発する。

 いやだ。何もしないで。いやだ。

 けれど圧倒的な睡魔の前に、私はあっさり屈服した。

 




 

 

 夢を見た。

 焼け跡になった、かつて街であった場所。

 やたらと豪華な装備を身につけて、そこに佇む二人の青年の後ろ姿。

 そういえば、いちいちレベルが上がる度に渡すのが面倒だからと、剣士用の高レベル向け武器防具も一式ポーチに入れて渡しておいたのだった。

 そうか、あの二人はちゃんと生き延びたのか。よかった。

 多分朝には忘れてしまう、幻の光景だとわかっていても、それだけが心残りだったから。


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