四
石鹸を作るには苛性ソーダが必要である。
とはいえ入手方法はどうすればいいだろうか。日本じゃ薬局に売ってたが、こちらでも売ってるのだろうか。
さてどうするか、と本棚を見ると、錬金術関係の本がうっすらと輝いていた。
読め、ということだな。
まず食塩水にアンモニアと炭酸ガスを通す。
この作業によって水中に炭酸水素ナトリウム(重曹)が沈殿する。
そこで炭酸水素ナトリウムを加熱すると炭酸ソーダができる。
できあがった炭酸ソーダにさらに石灰乳を加えて加熱すると、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)ができる。
(ソルベー法)
うん、意味わからん。
本を閉じかけると、何かが下の方に追記される。
原料は石灰石・アンモニア・食塩・水
「…………」
なんだろう。もういいよ、鍋の傍に材料だけ揃えておいてくれれば作ってやるよ! と言われている気がする。
確かアンモニア水は備蓄にあった。恐ろしいことにクレオンではモンスターのドロップアイテムだったと思う。それって……とゲーム中に戦慄した過去。
それは兎も角、必要な素材を集めて、まずは苛性ソーダの『精製』を開始した。
後の手順は割愛するが、初挑戦にしては香りのいい石鹸が出来上がったので、適当なサイズに切り分けて包装する。
病気予防には手洗いだ。孤児院の子供たちに使わせれば、彼らの健康は更に守られるだろう。
更に、この石鹸を使って石鹸シャンプーも作成する。
こちらの作り方は簡単だ、石鹸とお湯と蜂蜜を使って作るのだが、石鹸をすりおろして少しずつ湯に溶かしつつ蜂蜜を入れて万遍無く混ぜあわせ、とろみがでたら三時間ほど放置すれば完成だ。
カイルもシスも、元々の造作は整っているのだ、身綺麗にすれば絶対にモテる。
モテない男よりモテる方が人生は楽だと思う。女難が付き纏うかも知れんが、それを利用する術を身に付ければ幾らでも生き方の選択肢は増えていく。
あれ、なんかジゴロ推奨しているような感じもするが、そうではない。他人のあしらい方を身につけるのも必要な経験だということだ。失敗すると私のようになる。それではいけない。
まあ何が言いたいかというと、この石鹸とシャンプーを奴らに使わせて身綺麗にして売り子をさせれば、更に客を呼び込めて短時間で完売可能、私ウハウハという、ただそれだけの話である。
すみません自らの欲望に忠実で。でも私ショタじゃないんで、彼らにそういう意味で興味はない。
ちなみに、繁盛するとロクでもない人間に目をつけられるのが世の常である。
私達の露店も時折ガラの悪い男たちが何度か来たものの、シスとカイルが牽制している隙に魔法で足元を凍らせてビビらせてから、笑顔でお引き取りいただいたりしている。
まさか魔術士の露店とは思わなかったらしい。生憎だったな。このところ真面目に狩りをしているお陰で、順調にレベルが上がっているのだよ。
そう、問題はレベルである。
そろそろ、ご近所の魔物では物足りない状態になってきている。
しかし遠出するには多少の日数がかかる。路銀自体は問題ないが、その間露店をしないとなると、倉庫が破裂しやしないかとそっちの意味で心配になる。
他人に露店を委託するにしても、そんな親しい相手がいない。
孤児院の子供たちにお願いしてもいいが、ガラの悪い男共がきたら太刀打ちできないという問題がある。さて、どうするか。
あ、ちなみに、先日孤児院に初めて顔を出してきました。
現在はカイル達を含めて十二人ほどで生活しているらしい。カイルとシスは年長組で、後は赤ん坊から12歳くらいまでの子供たちが元気いっぱいに転げまわっている。
というか、赤ん坊だと。ミルクの供給は大丈夫なのかおい。
話を聞けば、一応既に離乳食になっているらしい。良かった。うちの工房で粉ミルクを作成可能か真剣に悩んだわ。
だが、こんな幼子がいるとわかれば、不衛生な環境をそのままにしておくのはよろしくない。そういうわけで、石鹸作りにとりかかっている次第。
問題は、思ったより孤児院がボロかったということか。
設備を改築補強工事する資金がないのだろう。院長先生は見た目善人だった。お人好しな分苦労してきた、そんな印象があった。
完成した石鹸とシャンプーをポーチに入れて、便利鞄複数を持ち、いつものように街にいく。
本日の目玉は、砂糖と塩の升うりだ。皮袋をつける場合は売値が少しだけ高くなる。
砂糖はそんなに出回っていないようなので、売れるかどうか少し心配だったのだが、恐ろしい勢いで売れていった。一人一升までと制限しなかったら買い占めまで発生していた気がする。
もっとも、いつものなんちゃって精製なので、細かい工程などは存在しない。
サトウキビの山に対し、『抽出』と命じると、鍋いっぱいに黒砂糖ができる。この黒砂糖を更に『精製』すると何故か白い砂糖になる。
理由は知らない。本に書いてある通りにやっただけだし。うん、そんなものだ。理屈を知らなくても作ることができるって素敵。
ちなみに今売っているのは黒砂糖だ。白砂糖の摂り過ぎは身体によろしくないと以前聞いた記憶があるので、とりあえず売るのは黒砂糖のみにした。
塩に関しては、農場から半径1km以内を散策したところ、あの男が『ここら辺りに岩塩があるよー』とわざわざ教えてくれた。
近くに海があれば塩を作るのは簡単なのだが、無理な以上は岩塩に頼るしかない。
『海か、そーか海もいるねぇ』
男の謎の呟きに一抹の不安を覚えたが、敢えて追求はしないでおく。
さて、目玉商品も完売し、いつもの野菜や肉類、最近加えてみた燻製玉子等も無事完売した。
最近は面倒臭くて、お金以外の報酬はポーチごとカイルに渡している。人数いるんだから、手渡しできる食材程度では足りないだろう。今回は石鹸とシャンプーもあるので、使い方を二人に教えこんでおく。
想定していたが風呂がないというので、そのまま孤児院についていき、空き部屋を一つ借りて、家にて錬成した簡易風呂釜と火温石を設置する。水の排水の問題があるが、これまた作ったタイル(大型)を床に敷き詰めて、更に外壁に小さな穴を開けてそこから排水できるようにした。外にダダ漏れになるがまあ仕方ない。
風呂釜の底に仕込んである火温石の効果で、風呂釜に水を入れれば、少し時間がかかるがお湯になる。
ゆっくり温まる様にしたのは、風呂用なのに沸騰させても意味ないからだ。
後は、錬金術士の得意スキルで部屋全体にコーティングと強化の術を掛けて、完了。
部屋の隅に木の板を敷き、そこで脱衣して風呂に入るようにすればいい、と説明したところ、子供たちのタックル攻撃にあった。お前ら、私に何か怨みでも?
さて。バランスのよい食事を与え、石鹸で服や身体を洗い、尚且つ風呂に入る習慣をつけさせることで清潔さを保つと、子供たちがやたらと元気にキラキラするようになった。
後は玩具や本があれば文句なしだが、この世界に活版印刷技術ってあるんだろうか。ない場合は本がやたら高価になるんだが、さてどうするか。
今度は本屋を探してみよう、と思いつつ帰宅する。
いつも不思議なのだが、この家の家事は一体誰がやってくれているのだろうか。
少なくとも私は掃除した記憶がないのだが、そこらに服やアイテムを散らかしていても、いつのまにかキチンと片付けられているし、洗濯も知らぬ間に終わっている。
何故だろうと思っていたら、いつもの男が『そういう仕様です』と答えた。そうか。そういう仕様か。なら仕方ない。
ちなみに街にある家も同じ仕様だそうな。
あまり使わないけれど、井戸には例の特殊な高魔力石を投下済みである。
こうしておくと、この井戸と水源を同じにしている水路へとじんわり魔力が充満していくため、この周辺の人も知らず恩恵を賜ることになる。
さて、そろそろ真面目に考えなければならない。
今後を踏まえ、とりあえずギルドに卸す薬の量を増やす。現在は二種類の体力回復薬と普通の魔力回復薬のみを卸しているが、そろそろ解毒剤や復活薬を卸しても怪しまれまい。
だが、元々ヒキニートである私が、そろそろ他の街も見てみたいという衝動にかられるようになるとは思わなかった。
移動手段は徒歩か乗り合い馬車しかないが、馬車は苦手だ。いざとなれば召喚獣に乗せてもらうという手もある。
しかしその場合、長期間家を空けることになる。そうなると倉庫の貯蔵量限界が……うう。倉庫増築したい。
長い間家を空けられないなら、高速移動できる手段を考えた方が早い気がしてきた。
某有名RPGだと飛空船とか出てきそうだが、流石にそれは無理だろう。ううむ。
そもそも馬車が苦手だという理由はあのクッション性のなさだ。振動が直撃するからなアレ。
ゴムとかバネとか作れないだろうか、いや、バネなら別に作れるんだが、問題はゴムだ。流石にゴムの木はうちの畑に存在していない。
どうするか、とベッドに転がって悩んでいるうちに寝てしまった。私の悩みなんてこんなものだ。
いつものように冒険者ギルドに赴き、いつもの品に解毒剤と復活薬を加えたところ、大層感動された。主に復活薬に。
話を聞くと、王都あたりなら取り扱っているが、原料となる薬草の関係で、ここら周辺の街では復活薬は取り扱っていないらしい。それは知らなかった。知っていたらとっとと卸していたのだが。
では鑑定を……といういつもの流れの後、鑑定室から例の青年が飛び出してきた。
「ちょ、ちょっとこちらに、奥の部屋に」
有無を言わさず奥の部屋に連行され、すわ何事かと思ってみたら、先ほどの復活薬の話であった。
先ほどおじさんがチラリと言ってた『復活薬は王都のみ』の理由を聞かされたのだが、要するに王都の人間が該当の薬草の栽培を独占しているらしい。
このため、復活薬は存在するが、高価でなかなか一般には出回らないらしい。
「調合方法は解っているんです。なのに素材だけが手に入らないんです。もっと広く出回れば、それだけ助かる冒険者達がいるというのに」
私は自身のチートを利用しまくっているのと、レベルに合わせた狩りをしていることで、そこまで危険に出くわしたことはないが、他の人達は結構苦しい条件下で狩りをしている筈だ。
「シーライーラさん、貴方がこの薬を調合したということは、どのようにしてか知りませんが、薬草を手に入れる術がある、ということですよね」
むしろ自宅で栽培してます、と正直に言っていいものか悩む。
「お願いです、どうか一株分けていただけませんでしょうか。栽培に成功さえすれば、徐々にですが復活薬を皆に供給できるように成るかもしれないのです」
成程、希望は株分けか。それなら別にどうということはない。もっと沢山ギルドに納品しろといわれると、私の自由な時間がまた消えていくからな。
「はあ、いいですよ」
私があっさり承諾したのが余程予想外だったのか、青年が吃驚したまま硬直している。大丈夫かね、オイ。
「へ、え、あの、い、いいんですか?」
「否と言って欲しいんですか?」
だとしたら相当どM体質だなこの人。
「ええ?! い、いや、そうじゃなくてですね、本当にいいんですか、その、貴方の儲け話を僕は潰そうとしているんですよ?」
何の話だ、と思ったが、そうか。私が復活薬の素材を独占すれば儲けを独り占めできる、ということか。
「やあ、鞄で十分に儲けさせてもらってますし。それに私一人に製造の負担を背負わされるくらいなら、ギルドの方でも製造販売してもらえた方がこちらは楽です」
だって面倒くさいじゃん? とは心の中でのみ呟いておく。
「い、いいんですか、それで、あなたは」
「いいんですよ、それで。その代わり、一つ条件をつけさせてもらいますが」
条件、と聞いて青年の表情が引き締まった。当然だよ、無償で提供する程、私は善人じゃない。
「そうですか。では、その条件と言うのは?」
「そちらの栽培が成功して、ある程度供給可能になってからでいいんだけどね。その売上の一部を回して、ギルドの新規登録料を減額したり、もう少し初心者向けの依頼の報酬額を上乗せしたりして欲しい」
思い出したのは、初めて会ったときのカイルだ。彼はギルドの登録料すら稼げなくて、犯罪に手を染めていた。
この街が私の拠点である以上、犯罪の遠因になりそうなものは除去できるのなら除去したい。
だって怖いじゃん? 歩くときにいちいち周囲を警戒しなきゃならないとか面倒だしさぁ。
ギルド登録時の障害たる登録料が少しでも減額されれば、ギルドに登録して依頼を受けることができれば、少しでも稼ぐことができるようになれば、犯罪は自然に減るかも知れないしね。まあ、全く減らないかもしれないのだが。
まあ、どうせすぐに改善できる問題ではないし、青年が薬草の栽培も失敗する可能性もある。
「当面は私も復活薬を卸すようにするけれど、あまり高値は付けないで欲しいかな。後、可能なら一日一人一個までという制限をつけて、少しでも行き渡るようにして欲しい」
だから私の代わりに、素材を沢山持ち帰ってくれたまえ冒険者達よ。うん、本音は結局自分の為なわけだが。
その辺りの本音も包み隠さず伝える。あ、カイルの名前は出してないよ。でもちゃんと伝えておかないと、私が善人認定されてしまう、それは違うとちゃんと理解してもらわなければならない。
色々と話をすればするほど、何故か青年が私を可哀想な生き物を見る目になった。何故だ。
とりあえず一通り話が終わった後、私はギルドを後にした。何故か精魂尽きた状態で。
もう今日は露店やめようかな、と思ったが、カイル達が待っているのでそれもできない。むう。
とりあえず、まず自宅に戻って件の薬草を植木鉢に移植する。それをギルドの青年に手渡すと、青年からやたら感謝された。やめて恥ずかしいから。
何故だろう、私は元々引きこもりのニートで、あの面接官のせいでちょっとばかし対人恐怖症になっていた筈なのに。
体が前の私のものじゃないからだろうか、名前も変わってしまったからだろうか、そもそも日本じゃない異世界だからだろうか。
この私が、誰かの為に何かをしようだなんて、本当に全くもって柄じゃない。
ふらふらと露店街に向かったところ、いつものようにカイルとシスが待っていた。
「おう、どーしたシーラ、顔が悪いぞ」
「それを言うなら顔色が悪い、だ莫迦」
なんだろう、大変失礼極まりない暴言を吐かれた気がする。
私は溜息をつくと、いつものポーチを彼らに渡した。
「ごめん、ちょっと気分優れないから、今日は完全に任せていいかな。売上は全部あげるから」
そういって、そのまま踵を返した。
よくわからないが、本当に体調が悪くなってる気がする。精神的ダメージを受けたせいかと思ったが多分、違う。
「あ、おい、ちょっと待て、送ってくから」
中身は紳士なカイル君、親切なのはありがたいが、店をシス一人に任せるのはどうかと思う。多分切り盛り大変だぞ。
てかヤバイ、目眩してきた。頭がくらくらする。
カイルの声がどこか遠くで響いている。ダメだ、手足が、身体が重い。ふらふらする。
ぐらり、と世界が揺れた。
そのまま、テレビの電源を切るみたいにあっさりと、私の世界は暗転した。
『ダメですよ、呪いなんか食らっちゃあ』
泥沼に引きずりこまれているかのように意識が重い。だというのにいつもの声が響いてくる。煩い、私は眠いんだ。
『いやいや、ダメですよ眠っちゃ。死んじゃいますよ』
いいから放っといて、疲れたんだから……ん? え? 死ぬ? 誰が?
『だからあんたですよ。このままだと本気で死にますよ? ほら、気合いれて起きてください』
気合入れろといわれても、うう、この瞼が、瞼が重い。
ていうか呪いとか、一体どこの誰から食らったのさ、いつの間に。
『君、結界の張ってある農園からあの薬草の株を持ちだしただろう。だから、呪いに引っかかったんだよ』
どういう意味さ。
『少し前、この国に戦争があったのは知ってる?』
いきなり話が変わるなヲイ。
『その時に、敵国の魔術士数人が命を掛けてこの国に呪いを掛けたんだ。復活薬が作られると、敵がなかなか減らないからね、原料の薬草を手にすると死ぬ呪いを逆にかけたんだ』
なんだその無茶な呪い。というか戦争はもう終わっただろうが。
『戦争は終わっても、呪いは残ったんだよ。だから王都は強力な結界を用いて、呪いを弾いた環境でやっと復活薬を作ることができた。でも、君は無防備だったからね、呪いを受けちゃったわけだ。本来即死級の強い呪いなんだけど、今までもったのは君が結構呪いに耐性があったからだね』
相変わらず、あんたとか君とか、二人称が安定しない男だ。というかちょっと待て、その話が本当なら、あのギルドの青年はどうなる。
『ギルド内なら強力な結界が張られてるけど、外に一歩でたら死んじゃうだろうね』
ちょ
「ちょっと待てぇぇぇ!!」
私は反射的に飛び起きた。
『おお、お早いお目覚めだ』
ふと気づけば、私は現在何故か冒険者ギルドの一室で寝かされていた。カイル達が手近な場所ということで運び込んだらしい。普通そこは医者じゃないのか君たち。
「お、おお? 大丈夫かシー」
「解呪の方法! 早く、一刻も早く教えて!」
『ただ解呪するだけなら、そこのギルドでも取り扱ってる解呪の札を使えばいいと思う』
「は、解呪? お前何言って」
多分傍についていてくれたであろうカイルの言動を尽く遮って、私は時間が惜しいとばかりに長椅子から飛び起きた。
うん、ごめんよカイル。




