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トラゴイディア  作者: 南水
3/7

 魔術の新スキル習得は簡単だった。魔導書を読むだけだった。ちなみに錬金術士用の魔術だったのも幸いした。魔術士用だったらレベルが足りなくて覚えられないところだった。

 そもそも何故空間と保存の術が錬金術扱いなのかが謎だが、この魔術を最初に思いついたのが錬金術士だったからじゃないかな、という理由だった。どうもあの男にも説明しきれないものがあるらしい。

 もっとも、その錬金術士はその術を個人使用限定で使っていたようで、他に伝えなかった模様。私の家にその魔術書があった理由は、あの男が用意したから、という理由だ。理由になってない気がしたが、この男人外っぽいし、深く気にしないことにした。

 私は倉庫から皮や布を取り出して大きめな鞄を10個ばかり作ると、覚えたての術を施した。後、保存の術も掛けておくと生ものでも腐らなくなるという便利アイテムだ。

 自分用の鞄だけ色を青にして(ピンクは却下だ)、残りの鞄は白だの茶色だの、地味系の色を選択した。

 それから青鞄に残りの鞄を詰めて、後はあれから作りためた各種ポーションをそれぞれ99個ずつ詰め込んで、初めて街に行くことにしたわけだ。

 街にいく理由?

 うん、倉庫がね、容量がね、生産供給が常時行われているせいで色々とね。捨てるのも勿体ないんで、諦めてこうして売りに行くわけですよ。

 緊張し過ぎで心臓がバクバクだが、何事も経験だ。あの忌まわしい面接担当官のような人間がそこかしこにいるわけではない、大丈夫、大丈夫だと言い聞かせる。

 さて、他の準備だが、とりあえず幼子なのでスカートなんぞを選択してみた。ふりふりではないけどな。それは無理だ、色々と。

 そして靴。そうそう、ここは洋風の作りの家だが、靴は玄関で脱ぐ仕様だ。だって日本人だし私。

 なのでか知らんが、地下室の街につながる扉の前に下駄箱があり、ここで靴を履く様になっていた。至れり尽くせりだ。意外と細かいなあの男。助かるけど。

 靴を履き、鞄を肩にかけ、いざ扉を開ける。

 今までいた地下室と対称的な作りの地下室に出た。先程の地下室もそうだが、天井が光っている謎仕様。多分魔術がかかってるんだろうが詳しくは知らない。今度調べてみよう。

 こちらの建物内は土足仕様だと声に説明されたので、そのまま階段を登ると、台所に出た。ど真ん中に井戸が存在していて吃驚した。

 ちなみに、この建物は二階建てで、二階にある二部屋が居住スペースになっている模様。

 一階は、台所と風呂トイレ、そして店舗用の広い部屋兼入り口があった。ちなみに台所にも裏口があり、そこから出入りできる模様。

「店、やれってか」

 店舗用の部屋は、背後に棚が存在し、中央にレジカウンターが存在する。

 スーパーで愛用されているレジが設置されており、どうもアイテムをその上にかざして値段を認識させる仕様だ。バーコードに依存していない分、こっちのほうが文明的に進んでいる気がする。

 だがしかし、引きこもりだった私に店が運営できるかと聞かれたら無理としか答えられない。そもそも相場がわからないのに、どうやって何を売れと。

 そう、相場。それを調べるためにも意を決して街に出てきたのである。

 一応軍資金はある。あの男がゲームで稼いだ金をこちらの通貨に換金してくれたらしいので、所持金はそれなりにあるはずだ。

 鞄の中には売り物の鞄と薬、後農場で採れた野菜各種を詰めてある。何をどこで売れるかも調べなければならない。

 私は意を決し、裏口からこっそりと外に出た。

 うん、流石裏口、狭い路地裏に出てしまったようだ。

 さてまずは冒険者ギルドとやらに行って、ギルドカードを提示した後に薬を売ってこなくては。

 で、何処だね冒険者ギルド。

 そう思った途端、脳裏に鮮明な地図が展開した。そういえば、言語等の基礎知識は脳に直接刻み込んだとか言ってたが、それのせいか。

 お陰で迷わずギルドに到着したのはいいが、やはりというか、流石というか、中に入れば何やらゴツイ人たちがカウンター周りに屯している。うん、怖い。

 いやまて私は一応高レベルなんだし戦っても……いやいや駄目だ、今の私はLV1の魔術士じゃないか。そもそも鍛冶師以外の職で腕力が高い職なんて覚えてないじゃないか。

 君子危うきに近寄らず、といっても本来の用件をこなすためにはカウンターに行かねばならない。ええい、他にあいてるカウンターはないのか。

「おい、ちびさん。こんなところに何のようだね」

 ちびさん、というのは自分の事だろうか。

 あたりを見回すと、受付カウンターと書かれている場所のおじさんが手招きしていた。あれ、じゃああの向こう側の人がいっぱいのカウンターは一体何。

「ああ、あっちは報告用のカウンターだよ。君はまさか冒険者かい?」

 まさか、と言われてしまったが、確かに見た目8歳ではそう言われても無理はないだろう。

 ちなみに私の外見だが、元の日本人劣化型の外見ではなく、こちらの世界で違和感ない外見に修正されていた。しかし、特に美少女というわけでもない。可もなく不可もなく、そんな一般に埋没しそうな地味顔になっていた。

 理由としては、目立つと厄介事も引き寄せるので、引きこもり体質には辛かろう、とのことだった。確かに同感だ。地味が一番。

「冒険者です。えと、これギルドカード」

 よく考えてみれば、あの男以外で初めて話す他人様との会話である。

 かなり緊張しつつも、おじさんの人の良さそうな笑顔につられてギルドカードを提示した。

「シーライーラ・リュードー。魔術士LV1、か。まだ登録したてだな、簡単な依頼でも受けに来たのか?」

 まあ普通はそう思うだろうな、と思いつつ首を横に振った。

「いえ、あの。こちらのギルドでは、薬の買い取りをやってますか?」

 やっている、とのことなので、早速鞄からポーションを一つ取り出した。

「これ、私が作ったんですが、いくらくらいで買い取っていただけますか?」

 ギルドの買い取り価格は、大体市販の売値の7割くらいである。

 なので、自家製アイテムを露店などで売る場合、ギルドの買い取り価格から売値を逆算するのがクレオンでの常識だった。そうやって値段をつけて、代理販売NPCを介して販売するのである。まあここに代理NPCはいないんだけどな。 

 もっとも、レア度が高い場合は、そこに適当な金額を上乗せして売ることになる。セコイと言うなかれ、レアとはそういう物だ。

「ああ、鑑定するからちょっと待ってな」

 おじさんはそのまま奥にいこうとしていたので、慌てて引き止めた。

「あの、他にもあるんですけど!」

 持ってきたのは初期ポーションだけではない。ハイポーションにマナポーションも作ってきたので、それらを渡す。

 おじさんは「ほいほい」と軽く頷いで受け取ると、今度こそ奥に行った。多分奥で鑑定を行うのだろう。

 錬金術士の作るポーションは、普通に店売りしているモノと違い、質の差が発生する。それによって価値が決められるのだ。

 まあ高レベル錬金術士が自宅で調合して作った薬なら、まず高品質は間違いないだろう。

 程なくして、何やら呆然としたおじさんが、ちょっと青い顔した貧相な面したひょろっとした青年を連れて戻ってきた。

「ええと、おじょうちゃんがこれを調合したのかい?」

 ああ、子供が作ったにしては高品質すぎるってか。だが残念だったな、間違いなくそれは私の作品だ。

「はい。あの、買っていただけないんでしょうか?」

 子供であることを利用して、わざとショボンと俯いてみせる、効果は覿面だ。

「ああ、いや、ちょっと驚いただけだよ。しかしすごいなこれ、魔術士としては低レベルだけど、錬金術士としては一流と判定されたよ。是非引き取らせてもらうが、いいかな」

 私は頷いた。正直自力で露店とか無理すぎる話なので、多くの他人と接する必要がないのなら、7割の売値であろうとも文句はない。

「はい、今取り出しますね。あ、それと、面白いアイテムを作ってきたのですが、これも買い取り可能ですか?」

 鞄から瓶を取り出すついでに、作った鞄も渡してみせた。

「これは?」と首を傾げるおじさんに、それが見た目に反して中に沢山のアイテムが詰め込める魔術がかかった特殊な便利鞄であること、しかも半永久的に効果が持続するものであることを告げると、おじさんより青年の眼の色が変わった。

「ちょ、ちょっと貸してください!」と鞄をひったくると、そのまま奥に駆け込んでしまった。

 おじさんと二人、呆然とそれを見送った後、とりあえず私はカウンターに瓶を並べる作業を再開した。

 見た目に反して大量の薬瓶が出てくることにおじさんは驚いていたが、その内カウンターに乗り切らなくなった瓶を慌てて別の場所に移動させる羽目になっていた。ごめんよおじさん。

 





 一応この世界の通貨から説明しておく。

 単位はガルド。

 1ガルド=小銅貨一枚。

 10ガルド=銅貨一枚。

 1,000ガルド=小銀貨一枚。

 10,000ガルド=銀貨一枚。

 1,000,000ガルド=金貨一枚。

 という計算になる。

 この上に高額金貨が存在するが、普通の取引では使用しない為、割愛しておく。

 基本的に物価は安く、木賃宿だと一泊銅貨20枚になる。よって日常的な買い物は大概銅貨で済ませることになる。

 ちなみに普通のポーションは大体一本5~10ガルドで売られている。七掛けなので期待はしてなかったが、買取額は一個7ガルドだった。

 ハイポーションは希少価値が高いらしく、一個150ガルド、マナポーションに至っては一個700ガルドで売れた。

 ちなみに鞄だが、最低でも金貨単位の値段をつけられそうになったので、ちょっと別室で相談ということになった。

「ええとですね。必要なのは普通の鞄だし、後は魔術を少々掛けるだけなので原価は安いんですよ。だから、そんな高額だと他の冒険者の方々が利用できないので、もう少し普及しやすい値段を考えたほうが良いのではないかと」

 今回はお試しに10個ばかり作ってきたが、元になる鞄さえあれば魔力が続くかぎり即作れるのだ、という説明をしたところ、おじさんと青年の目が輝いた。

「いやそれは、こちらとしては嬉しいが、いいのか? こういう制作系の魔術を使う者はそうそう居ないし、ましてやこんな魔道具は初めてみた。魔術を開発するためにかけた時間に見合った対価を受け取るべきじゃないのかね」

 魔術を開発する為にかけた時間て、本を読んだだけだからそんなにかかってないんだけどな。

「転売する人も現れるでしょうね。でも、ギルドでまず全部買い上げていただいて、所有者限定の術を掛けてから冒険者にのみ販売する、という手順を踏むならそんな高値はつけなくてもいいかと思いますよ」

 何故こんなことを言い出しているか、というと理由がある。

 素材だ。

 自力で素材回収するのもいいが、レアなら兎も角汎用素材をいちいち回収しにいくのも正直面倒なのだ。

 冒険者がこの便利鞄を使うようになれば、持ち帰るアイテムの量も増え、自然と素材供給量が上がっていき、結果、色々な素材が手に入りやすくなる、という利点がある。

「申し訳ない、と思うなら、鞄をギルドで沢山用意していただければ、それを持ち帰ってこちらで魔術を掛けます。大量の鞄を入手する方法がないから大量に作れないだけなので」

 色々話し合った結果、結局鞄は一個金貨一枚でお買い上げということになった。

 ある程度数が揃えば値を下げることも検討するが、現時点で明らかに需要と供給のバランスが成り立たないため、高レベルな冒険者に限定して話を持ちかけてみる、とのことだ。

 ちなみに鞄の用意はしておいてくれるらしい。助かった。

 さて売却したアイテムの代金を受け取ることになった。

 

  7✕99=693ガルド。

  150✕99=14,850ガルド。

  700✕99=69,300ガルド。

  9✕1,000,000=9,000,000


 9,084,843ガルドとかちょっと待て、という驚きの金額に。まあ鞄がやたらすごい働きをしたわけだけどな。

 そして渡された内訳は金貨9枚、銀貨8枚、小銀貨4枚、銅貨84枚に小銅貨3枚だった。

 個人的に銅貨と小銀貨が沢山ほしいので、両替は可能かと聞いたところ、承諾してもらえたので銀貨二枚を両替してもらう。内訳は小銀貨18枚、銅貨180枚、小銅貨200枚だ。

「店でも始めるのかね」という質問に対して「生活雑貨が欲しいので、あまり大きい貨幣だとちょっと……」と語尾を濁すとあっさり納得してもらえた。にしてもずっしり重い。

 小銀貨一枚と銅貨と小銅貨を袋に入れて懐に仕舞い、残りは鞄の中にしまい込む。

「ああ、そういや素材が欲しいとか言ってたが、今ギルド倉庫にあるのはこれだけだが、何か買っていくかね」

 自宅倉庫の中身を思い出し、見たことがない、つまりクレオンの世界で存在しなかった素材を幾つか発見したので全部買い取らせていただいた。資金はある。鞄のお陰で。

 一通り取引が終わり、近いうちに鞄を引き取りに顔をだすことを約束して、ギルドを後にした。

 さて、お次は買い出しである。

 香辛料を幾つか買い足したいし、色んな生地とかも手に入れておきたい。畑で作れない野菜とか果物とかも見てみたい。

 大通りにできた露店街を流し歩きしつつ、売り物をちら見していく。

 人混みは基本的に苦手だが、それよりもワクワク感のほうが勝った為、左右をキョロキョロしながら歩く私の姿は完全におのぼりさんだった。

 面白そうな露店を発見し、立ち止まった瞬間、ゾワリと嫌な予感が全身を駆け抜けた。

 咄嗟に鞄と懐の財布を抱きしめると、背後からぶつかってきた少年が、チッと舌打ちして去っていく。ああ、スリか。

 それにしても今の感覚はなんだったのか。あれか、危険感知。職業関係なく取れるスキルの一つで、それがどうも発動したようだ。

 そうか、ここは日本じゃないんだ。気をつけないと。

 浮かれていたところに頭から冷水ぶっ掛けられた気分だが、とりあえず気を取り直した。今を逃すと、次いつ街に来る気になるかわからない(自分が)。

 気合を入れ直し、改めて必要最低限な物を購入するべく、露店を彷徨うことにした。

 



 

 

 一通り覗いてみた感想だが、野菜が思ったより高い気がする。

 そして、石鹸は貴重品らしい。売っていたけど高かった。

 そういえば、鞄の中に詰まってるこの大量の野菜をどうしよう。残念ながらギルドでは売れなかった。

 ふと、先ほどのスリ少年が視界の端に映った。よく見れば痩せ細っている。金髪が日に焼けて煤けた色になっていて、何やら全身薄汚れてはいるが、基本的造作はそこそこに整っているようだ、羨ましい。

 そっと近づき、肩にぽん、と手を置くと、笑えるくらい驚いて飛び上がっていた。なかなかいい反応だ。

「うわあっっっ! な、なんなんだよお前」

「仕事をする気はないかね少年」

 社交辞令とかご挨拶とか抜きで、単刀直入に要件を切り出してみた。

 驚いて目を見開く少年に、私は続けた。

「野菜を売りたいのだが、どうも対面販売は苦手でね。手伝って欲しい。余った野菜は持ち帰ってもいいし、売れた分だけ歩合で賃金も払おう。どうだ?」

 正直、露店を完全に任せてしまいたい気持ちが強いが、流石に初対面でそこまで頼んだら反って警戒される気がする。

 何より、施しを与えるより、労働の対価としてお金を渡した方が、彼の自尊心も傷つけまい。

 露店が連なっている一番端あたりに御座を広げ、鞄から次々と野菜を取り出して小さい籠にのせる。子供のみの露店なので、値段は道奥にある八百屋より少し安く設定してみた。ちなみに籠単位で販売する。

 自分で言うのもなんだが、うちの野菜はかなり上物だ。最初はポツポツとだったが、次第に客が値段に惹かれてやってくる。私は売れた先から商品を補充し、代金受取や商品の手渡しは少年に頼む。

 そうして、鞄の中に少し残してある分を除けば、並べた野菜は全部見事に売り切れた。

 約束通り、少年に幾ばくかの賃金と、残しておいた野菜を全部渡す。

「こんなに?! い、いいのか?」

 喜びつつも戸惑っている少年に、私は頷いた。

「それだけ頑張ってもらったからね。その代わり、また次も野菜を販売するときは手伝ってくれないか?」

「お、おう! し、仕方ないから手伝ってやるよ!」

 こんなところでツンデレ発揮されても困るな、と思いつつ、私は露店の片付けを終えた。

 しかし成り行きとはいえ、自分に露店ができるとは思わなかった。もっとも自分一人だったら絶対やらなかったろう。

 少年はカイルと名乗り、私も自分のキャラ名を名乗った。これからはシーライーラが私の名前である。

 とりあえず、一通りの目的が達成できたので、私は真っ直ぐ自宅に帰ることにした。

 

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