一
引きこもり中に私が長々とハマっていたMMOがある。名を「クレイジーファンタジーオンライン」という。略してクレオン。非常に高い自由度が売りのゲームである。
基本的にコミュ障な私は、ソロプレイが可能な職、召喚士を選択した。そしてサブでは回復薬目的で錬金術士を選択した。
召喚士は召喚アイテムが必要だし、倒すのに時間もかかるが、アイテムはNPCから購入できるし、何より他人に迷惑をかけず黙々とできるから好きだった。その分、PT不遇職とも言われていたが。
錬金術士に至ってはもう引きこもり上等の職であった。
素材を採取し、錬成した各種薬を代理露店NPCに委託して売って日銭を得ていた。
ヒキニートならではの廃プレイで地道に稼ぎ、気づけば自宅を所有できるだけのLVと資金を手に入れていた。
自宅を所有すると、周辺の土地の開墾ができる。そこで農業ができるようになるのだ。
地道にコツコツプレイが好きな私には願ってもない話である。私は迷わず自宅を購入した。
この時から私は、完全な生産プレイヤーにシフトした。
農業スキルは全プレイヤー取得可能(条件は自宅購入のみ)だったので、ひたすら没頭した。
そのうち、メイン戦闘職のためであろう、お助け妖精NPCが導入される。勿論手に入れた。
派生スキルである料理スキルも手に入れ、妖精のLVUP上限突破にリアルマネーが必要とあらば即投入した。あの時はすまなかった母よ。
結果。私の農園は課金限界値まで広がり、妖精もマスタークラスに成長していた。大型倉庫も6つ建てた。家畜も飼育枠限界値まで増やした。
自宅を持つ利点は他にもある。
私のサブスキルは錬金術士なのだが、失敗率の高い錬成も、自宅に錬成室を作成すると成功率が格段に上がるのだ。そして課金アイテムを部屋に埋め込んで強化することにより、成功率が100%になる。勿論した。母ごめん。
更に、自宅の工房で召喚アイテム無限生産も可能になったため、農業の運営を妖精に任せて、召喚士としてレアアイテム狙いの狩りに出ることも可能になった。
ついでにいうと、薬は調合室で作る。要するに自室に色々設備を追加することで機能を拡張できるシステムなわけだが、それらを作るためにはまず自宅の農業規模を拡張せねばならず、まあ色々大変だった。ヒキニート廃でなければここまでいくには相当の時間がかかったと思われる。
気がつけば私は孤高の廃神プレイヤーの一角を担っていた。嬉しくない。とても嬉しくない。でも高LV錬金術士の生成する貴重な薬やレアアイテムは高値で売れる。否応なく名前も売れた。
その後のアップデートで、サブ職業枠の追加がきたので、迷わず鍛冶師と神官を選択した。
何故神官(回復職)かというと、LV80以上のサブ神官を持っていると、錬成術で錬成できる薬に付加をつけることができるのだ。
もっとも、ソロプレイで神官育成は地獄を見たが。
生産スキルで稼いだ資金全てつぎ込んで育成した神官は、見事な知能・速度特化に仕上がり、80になったら放置しようと思っていたのに、気づけば当時のLVカンストまで頑張ってしまった。
さて、長々とプレイしていたMMOについて語ってしまったが、一応これには訳がある。
あの謎の男はあの時、『複数の情報を参考に、適度に生きていける環境を整えますか』と言った。
その参考にしたものがこのクレオンだった。うん、吃驚したとも。
目が覚めたら、見知らぬ木造家屋の一室のベッドの中だった。
『あ、やっとお目覚めですか』
私を殺した筈のあの男の声が響くが、辺りを見回しても誰もいない。
『あっはっは。生憎と僕はそこに生身で出現できないので声だけです。さて、色々説明しなければならないんですが、とりあえず朝食を食べませんか』
朝食、と聞いて私の胃が自己主張を開始する。
多少警戒はしたが、今ここで私に毒を盛るメリットなぞないわな、と思い直し、私はベッドから起き上がり……身体が尋常でなく軽いことに気づいた。
そもそも腹の肉(胸ではないことが憎い)で足元なんぞ見れない筈の私の腹が綺麗にぺたんこに。
だがしかし、細いを通り越して小さいぞ私の下半身。胸は平坦だけどな。ぺったんこだけどな。
『あ、あちらの肉体は向こうで処分されますので、新しい器を用意しました。8歳の幼女ですけどいいですよね。僕の趣味です』
「おい?!」
なんてこった、声の主は変態だった。
『安心してください。元の姿がアレだと思うと手を出す気も失せます。とりあえずしばらく見守る必要があるので、正視に耐えるだけの外見にさせていただきました。僕の精神衛生上の問題のためだけに」
もはやツッコむ気力も出てこない。
とりあえず相手が相当イイ性格だということはわかった。わかりたくもなかったが。
さて、木製のドアを開けると、廊下を挟んだ向かい側に『調合室』と書かれたプレートのある部屋があった。
『ダイニングは右の突き当りですよ。他の部屋の説明はおいおい行いますので、とりあえずご飯食べてください。暖かいうちに』
言われるままにダイニングにいくと、一人暮らしにはちと広すぎるテーブルの上に、暖かい洋風の朝食があった。
『今回はとりあえず僕が用意しましたが、次からは自分で作ってくださいね。キッチン脇に冷蔵庫・冷凍庫・常温庫がありますから』
冷蔵庫や冷凍庫はわかるが、常温庫ってなんだろう。
ベーコンエッグを咀嚼しつつ、素朴な疑問を口にすると
『発酵用です。常温維持で発酵させないといけない食品を作るための箱ですね』
そんなものがあるのか。しかし知識がないと使い途がないような。
『まあその辺りは妖精達に聞くなり他の誰かに習ったりお好きにどうぞ。とりあえず、説明に入りますね。食べながら聞いてくださいな』
要するに、いちいち考えるのが面倒なので、私がハマっていたMMOの設定を丸パクリした、とその男は説明した。
といってもパクったのは世界そのものではなく、あくまでこの農場を中心とする半径1km以内での話だそうだが。
特殊な防護壁により、魔物や悪意ある存在の侵入不可。そして妖精による農作業の代行可能。
農業規模はMMOの内容通り、家畜は遺伝子異常を起こさないので近親交配可能。
但し、この世界には代理販売のNPCはいないので、お金を作るには自力で街に売りにでなければならない。薬やアイテムならギルドが買い上げてくれるし、店を出してもいい。
言語等の基本的知識や常識に関しては、脳に直接刻みこんだ為、多分問題ない筈。
生産系のスキルに関して、材料を整えて『調合』だの『抽出』だの『作成』だの、それぞれ適応した言葉を唱えれば一瞬で作成可。
但し薬を作るなら瓶を用意しておくと、瓶の中に詰めた状態で完成するためオススメ。
所持金に関しては、ゲーム内の資金をこちらの通貨に換金したものを亜空間倉庫にしまってある。
職業に関しては、MMOの設定をそのまま適用。ギルドカードが机の上にあるから常に所持しておくように。
この家の地下にある扉から、街への直通の扉がある。街へ行きたいのならそれを利用すること。ちなみに街にある別宅の地下室につながっている。この別宅は店舗としても利用可能。
MMOのキャラが所持していたスキルや称号の効果はそのまま引き継げる。但し、名前も引き継いだので、嘗ての名前は忘れること。
後、怪しまれないように現在のメイン職は魔術士LV1になっているので注意。転職直後の設定だね。
「いや、ちょっと、色々待て」
ある程度説明を聴き終わった段階で、流石に耐え切れずに遮った。
「転職直後って、じゃあ召喚士とかは」
『既に獲得したスキルは普通に使えます。神官回復術や召喚術の使える魔術士おめでとう』
それはどんなチートですかと。
『いや一応、強引に連れてきて申し訳ないなーと思って、それなりの特典を付与しようかと思ったんですがね。あのゲームの設定丸パクリしたらもう特典いらないんじゃないかなって思い始めました』
ま、まあ確かに、一応廃プレイヤーだったし。あれをそのまま適用したらそりゃ存在そのものがチートになるよね。
『でもまあ、引きこもりだった要素も考えて、徒歩で街に行けっつったらあんた面倒くさがって決して行かないだろうから、家と街をつなげときました』
何故だろう、よくわかってらっしゃる。
『あ、倉庫の中は無制限状態保存可能なので、あそこに肉とか入れておけば、腐ったりしませんよ。でも肉解体とかできそうにないですから、作業は妖精に任せるといいですよ』
リアルで動物解体作業とか無理だね、どれだけスプラッタな光景ですか。でもここで生活するなら慣れないといけないのだろうな。
『生産職関係の基礎的な知識なら、本棚に各種専門書が揃ってますから、暇があったら読むといいですよ。んじゃ、実際に農場を見てまわりましょうか。服は先ほどの部屋の箪笥に色々入れときましたから、農作業し易い格好に着替えてから外に出てくださいね』
非常に一方的すぎる会話であったが、とりあえず現実だけは受け入れねばならない。私は食器をキッチンに片付けようとして、ふと気づいた。
普通のシステムキッチンだよな。これ。蛇口ひねると水でるのか?
疑問のままに使用したところ、普通に水が出ました。
『あ、一応特殊な魔石使って、池から引いた水が常時でるようになってるから安心して。風呂とかシャワーも完備だよ。トイレも水洗だよ。汚水は地下の特殊な部屋に貯めて処理を施してから還元するようになってるから自然にも安心だよ』
エコな設計でなによりだ。いや、そういう問題なのかよくわからんが、もう色々とツッコんでも無駄な気がしてならない。
あの時、私は自分の意思で選択したのだ、不平不満を口にする前にまず、生きていく術を身につけねばならない。
まさか本当に異世界に連行されるとは思わなかったけどな。うん。
それでも、全く知識のない場所にいきなり放り出されるより、条件が限定されているが知悉したクレオンの世界を一部模倣してあるのなら、なんとでも生きていけそうな気がする。
自宅周辺限定だけどな。でも街に出ないと資金調達とかできないのか。それは面倒だ。
服装に関しては、まあ普通だった。ロリコンなだけにどんなビラビラふりふりなものを用意されたかと気が気でなかったが、そのあたりはどうせ着るのは私だし、と割りきったのだろう。よかった。
その後、ツッコミドコロ満載な敷地内説明を受けたが、基本的なところや配置は元々クレオンの模倣なので把握しやすかった。
お助け妖精さんたちは、全員マスタークラスなだけあって、幼児化した私より大きかった。彼らは蜂蜜が主食なので、彼らの為に養蜂もやっていた。これも調子にのって規模最大値にしていたのだが、こちらでも結構広かった。管理は妖精自身が積極的に行ってくれてるからいいけどね。
にしても美形揃いで目の保養。人間じゃないからこそ、儚げというか幻想的な造形美を醸し出す美しさ極まりない存在だった。
そんな美人さんたち(男女複数)が、私をマスターと呼んで慕ってくれる。なんという天国。これぞ真のハーレム。あ、よだれが。
まあそれは置いといて、育てる作物の方向性だけ指示しておけば、後は妖精さんたちが判断して色々やってくれるらしい。あれ、私いらなくね?
ちなみに家畜類は、近親交配okとのことなので、適度な繁殖計画を立てておけば、やはり妖精さんたちが何とかしてくれるらしい。
それでも私の持つ農業スキル以上の働きはできないらしいので、一応それだけが私の存在価値? うん、泣ける。
もっとも、錬金術や鍛冶師の作るような代物は妖精たちには不可能なので、ネットもゲームもないこの世界で何もしないというのは暇すぎるのもあって、とりあえず簡単な薬の錬成をやってみることにした。
一番簡単なのは、やはりポーションだろう。
ポーションにも色々種類はあるが、単純な初期回復薬のこともポーションという。赤い液体だ。
必要な薬草もちゃんと農園で製作している。その辺りは抜かりない。クレオンでは完全な自給自足体制を整えていたのだ。レア系の薬草は自生しているのを採取して持ち帰り、育成して株を増やした。廃プレイヤーなめんな、である。
ちなみに敷地内に池もあり、そこにとある特殊な高魔力石を投入しておくことで、飲用可能な高純度魔力水の池に作り変えてある。
特定の薬を生成するために必要で作ったのだが、家畜や農作物に与えることにより、より良質なモノになるという素敵な効果が現れたのは良い誤算だった。
うん、なんという引きこもり仕様。ゲームの世界でもぼっちだったからね、仕方ないね。
まあそれはともかく、本当に「調合」の一言で出来るのか試したかったというのもある。
調合室では、でかい鍋が中央に鎮座していた。
壁際に洗面台がついていたので、ここで水を汲むのだろう。薬草は両側面にある扉付棚の中に分類されてしまってあるようだ。身体が子供のせいで、高いところは脚立を使わねばとれないあたりが悪意を感じる。
一方、入ってすぐの左脇の箱には、『空き瓶』と札が貼ってある。ここから瓶を必要なだけ取り出して机に並べて調合するのだろう。
箱を開けると、小瓶がみっちり入ってた。とりあえず空き瓶がここにあるだけしかないのなら、瓶の補充方法をどうするか考えて使わねばならない。
今までNPCから買っていたが、瓶も錬成しないとだめか。錬成方法は確かあったと思うが、後で調べないとな。
あれ、でも確か、倉庫限界まで瓶買っておいた気がするんだけどな。
とりあえず50本ばかり取り出して机に並べる。気は進まないが、街に買い出しに出る必要があるだろう。その場合の資金確保のためにも、薬は生成しておいたほうがいい。
ふと気づいて、もう一度箱を開ける。残っている瓶の数を勘定しようとし……再びみっちり詰まっている瓶を発見して絶句した。
うん、確か小瓶だけでも万単位で所持してた筈だもんな。よかった、記憶違いじゃなかった。どういう仕組なのか知らないが、知りたくも無いとも言う。
無言で蓋を閉じ、気を取り直して薬草棚を確認する。
とりあえず、普通のポーションを作成する為に必要な緑光草を取り出す。
鍋に水を満たし、必要な量の薬草を投入し、「調合」と唱える。
その途端、一瞬で鍋の水位が下がり、脇の瓶には赤い液体が満たされた上にコルクで栓までされていた。なんという便利スキル。
「おー」
出来上がったポーションを一つ手に取り、試しに飲んでみる。
……と、トマトジュース?
うん、まあ、美味しいのはいいことだね。ポーションはトマトジュース味とか体験するまで知らなんだ。確かに健康的な感じがする。
できたはいいが、何処に仕舞っておけばいいのか。という疑問は、また何処からか響く声によって説明された。
持ち運ぶなら、簡易亜空間倉庫を使えとのこと。
言われるがままに机をみたら、かわいいピンク色のポシェットが置いてあった。
こ、この歳でピンクはちょっと……いやまて、今の私は確か8歳。ピンクが許容されるお年頃だ。精神的苦痛が半端ないが、とりあえずそのポシェットを手に取り、肩にかける。
そのポシェットは、亜空間倉庫、の名前は伊達ではないということが証明された。
明らかに容量オーバーな大量の瓶をやすやすと飲み込んだそれは、まだ余裕があるようだった。
『ゲームと同じく、同一アイテムは99個まで持てるよ。ちなみに30種類までだから考えて持ち運ぶようにね。但し、世間一般にはこんなアイテム存在しないから、バレないように注意してね』
さらりと爆弾発言された気がする。ちょっと待てコラ。
「え、じゃあこちらの人はどうやって持ち運んでるのさ」
『普通に鞄の中に詰め込めるだけしか持ち運べないね。魔術で空間弄る技術がこの世界に存在しないから。あ、でも確か君はその気になれば習得可能だと思うよ。そこの本棚に専門書あるから、覚えて便利鞄とか作って売ってみたらいいんじゃないかな』
さり気なく儲け話をされてる気がするが、まずその魔術を習得する条件とか調べないとダメだろう。
というか、二人称がバラバラだよなこいつ。君とかあんたとか。油断すると口調が砕けている模様。
とりあえず、薬の調合は問題なく出来るということはわかったので、次はアイテム錬成を試してみることにした。
一応、可能な生産スキルは一通り試してみたが、全部問題ないことが判明した。
驚くことに、料理すら「調理」の一言で目的の品ができたから驚きだ。料理スキル上げててよかった。
冷蔵庫にはみっちりと食材が詰まっていた。一人暮らしでそこまでいらんだろう、というくらいにみっちりと。
常温庫には大きな瓶が隙間なくみっちりと入っており、どうも酵母を作っているらしいことが判明。パンか。パンのためか。
その他にも、米櫃やら常温野菜の保管箱だの、すぐ料理に使う時に必要な分だけ常備されているらしい。
尚、妖精達は専用の家があり、彼らは普段そこで生活しているため、この家で生活しているのは私だけだ。うん、寂しくなんてないんだから。




