08
グレートスや他の諸将に魔人の存在が知らされたのは、魔人創造の儀式から三日経った早朝の時間だった。場所は、創造の儀式がとり行われたパレルモン二ノ丸の大広間だった。
少々のことでは動じないグレートスでさえ、居並ぶ魔人たちを見て息を飲んだ。彼らの身につけている物といえば腰に巻きつけている革製の布だけで貧弱だったが、体躯は堂々たるもので、グレートスの巨躯をはるかに超える人型の怪物群が、ヌベル帝国の中核をなす武将たちを圧するかのごとく超然と屹立している。
「これら戦士団が新たにネントスの魔法生物軍団に加わった。彼らの戦闘力が、今後の帝国に多大なる恩恵をもたらすことは明白であり、彼らを中心に次なる敵国ミデールとの戦いは行っていこうと考えている」
「――陛下!」
ヌベルの話を最前列で聞いていたグレートスが大声で叫んだ。ヌベルは首を少し傾け、グレートスに視線を合わせ無言で返事した。グレートスは足を一歩前に踏み出し、そのままズタズタとヌベルに歩み寄っていく。
グレートスは、ヌベルとほんの少し距離を置き、立ち止った。皇帝に対し、このように接近するという行為が許されるのは、ヌベルの幼馴染として、幾多の苦難を切り抜けてきたグレートスだけだ。他の諸将――イルーンは別にして――は恐れ多くてヌベルに近寄るということなど、皇帝自ら手招くならいざ知らず、考えもよらぬことだった。
「ヌベル、俺は聞いていないぜ、こんな化け物の存在など」
グレートスは苛立った口調で、しかし、できるだけ感情を押さえ囁き声でヌベルに語りかける。それもそのはず、これまでどんないくさでも、ヌベルは当たり前のようにグレートスには戦いの方針や戦略を相談し実行してきた。ヌベルの部下であるグレートスの抜け駆けという、組織の規律を破りかねない行動はあったが、ヌベル自身がグレートスを差し置いて戦いに関係することを決定させるということは、皇帝と臣下という関係になったあとでも皆無だった。必ずそれは、イルーンを交えた三者会談で決める事項だったはずではないのか? グレートスはそのことが不満だった。
「おまえに言うと必ず反対されることはわかっていたからな」
ヌベルは鋭い目つきでグレートスにこたえる。
「おうさ、反対だね。いつもおまえに言っている通り、俺は魔法生物の力なんてアテにしていない。石人形は鈍重、骸骨剣士の動きは緩慢、ほかの魔法生物も大した力は持っていない。そんなやつらのどこに惹かれるんだヌベル? どうせおまえのうしろでボケーと突っ立ているこいつらも、何の役にもたたないぜ。いくさの命運をそんなやつらに託すなんて、おまえも大陸統一を目前にしてついにおかしくなったか?」
「慎め、グレートス」
そう言うとヌベルは、集まる諸将に顔を向けなおし発言した。
「明後日、ミデールとの国境にあるハルコニア平原で、この魔法生物の戦闘力を披露したいと考えておる。おって指示を出す。解散!」
ヌベルはグレートスを一瞥したのち、大広間をあとにした。諸将もそれにならって思いおもいに大広間を出ていく。グレートスは、しばらくその場で立ち尽くし、眼前で身動き一つしない魔人たちを睨みつけていたが、やがて歯を食いしばりながら、広間から退出していった。グレートスもそうだったが、広間に詰めかけた諸将の誰一人として、異形の怪物たちが、ゼーラを含む彼の軍団の変身した姿だったとは気がつかなかった。