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07

 キルス王国は、ゼーラが自分の命を顧みず必死になって護ろうとした国だ。

 結果からいえば、ヌベル帝国に蹂躙され、滅亡してしまうのだが、国王、王妃、王女の三人は命が助けられ、今はヌベル帝国の帝都、ダルケンオに幽閉されている。

 なぜ命が助けられたのか? それはゼーラが、ヌベル帝国から出された条件を呑んだために彼ら三人は助けられたのだった。

 ゼーラはキルス王国の王城、スニク城が陥落する最後の最後まで、敵軍と奮戦していた。

 四日間籠城したのち、ゼーラは自部隊五百名を率い、血路を開くべく、城門を開き打って出た。これは彼にとって、そしてキルスにとっても最後の賭けといってもよく、このまま籠城していても勝機は薄いと悟ったゼーラの進言を汲んだ王の判断だった。

 城を出たゼーラ軍はよく戦った。たちまち城の周囲にいた敵軍を殲滅し、勢いにのった彼らは、敵を追い立て、一度は敵に奪い取られたキルスの東にあるキュンム砦を奪還した。

 次の標的をと、砦で狙いさだめているところ、ゼーラのもとに急報が入った。

 ――スニク城が敵の猛攻を受け、落城寸前

 ゼーラは愕然とした。スニク城周辺の敵軍は追い散らしたはずなのに……。

 考えている暇はない。すぐさま城にとって返して、再び敵軍を蹴散らしてやる、とゼーラが馬に乗り息巻いた時だった。ヌベル帝国から使者が来た。

 使者が言うには、武装を解除し降伏せよとのこと。さすれば、王城に残る、王の一族は助けるということであった。これは、ヌベル帝国のそれまでの方針としては異例のことであった。ヌベル帝国は、敵国の文官は命を助け召し抱えることはあっても、武臣のほとんどは生け捕りにされても首を刎ねられるのが常であった。それなのにゼーラは一命をとりとめた。ゼーラとしても、それまで滅亡した国の武臣の末路を知っていたので、なぜ自分はと疑問に感じたが、忠誠を誓った王の一族の命が助かるのならと、抵抗せず、素直に自部隊に武器を捨てさせ降参の意を示した。投降時のゼーラの兵数は、五百の半分、二百五十名程に減っていたという。

 その生き残りのゼーラ部隊は今現在、パレルモン城二の丸の広間――さっきまで宴が行われていた――に寝かされていた。テーブル、椅子は運び出され、彼ら全員は、冷たい床に腰に布一枚巻いた程度の状態で横たわっていた。しかし誰ひとり、不平を言う者はおらず、静かに、あるものは大いびきをかいて確実に眠っていた。当然その中には、さきほど石畳に放りだされたゼーラも含まれている。

 「二百三十三名、全てに、紋を施しました」

 「よろしい」

 ネントスは、自分の弟子である男からそう報告されると、薄ら笑みを浮かべ、眼前に広がる光景をまざまざと見渡した。

 広間いっぱいに全裸に近い状態の男が横たわっていることだけでも驚嘆するが、その一人ひとりに意味不明の文字とも、または、表現しがたい不思議な模様といったものが記されており、そのことらも驚嘆に色を添えている。

 「イルーン様、今より魔人創造の儀式を執り行いたいと思います」

「 うむ。数は二百三十三か……。だいぶ減ったな」

 イルーンは落胆の目をネントスにむけた。

 「無駄に抵抗した者が少しいたので……。しかし案ずるに及びません。この数でも強力な戦闘集団が出来あがります」

 「陛下は期待されている。――始めろ」

 イルーンはそう言うと、部屋の隅に立つ皇帝ヌベルの元に静かに歩み寄って行った。

 ネントスは少し前に進み、立ち止ると、目を閉じ、両手を大きく広げ、標準語とは明らかに違う言語で、呪文らしきものを詠唱しだした。

 ヌベルとイルーンは固唾をのんで、その光景を見入った。

 ネントスの声は段々と大きくなり、額からは、汗が吹き出し始めている。

 やがて部屋に変化が起きた。横たわる兵士たちの体が淡く緑色に光りだしたのだ。光は段々強さを帯び始め、凝視できないぐらいになり、実際、ヌベルやイルーンは手を顔にかざしながらその様子をうかがっていた。

 ネントスの詠唱はまだ止まない。彼は、大きく広げていた両手を胸元の持っていき、それらを握りしめ、さらに抑揚を付けて、呪文を詠唱し続けた。

 「オォー!」

 呪文が咆哮に変わった。握り合した両手を震わせて、ネントスはただ単に叫んだ。全身から血管が浮き出ている。強烈な光が部屋中に蔓延するなか、イルーンはネントスを辛うじて見ることができた。その送る表情からは、不安が覗かれた。だが、ここで心配しても無駄だった。もう始まっているのだ。もう止めることはできない。ネントスの震えが全身に及んだ。頭をぐらつかせ、肩を震わせ、ネントスは術の完成を仕上げようとしていた。

 「ヌエー! ――ホー!」

 ヌベルとイルーンは、その咆哮を聞いた時、目をあけていられず、ギュッと瞼を瞑り、そして次に自分たちの体勢が崩れることに気がついた。それは横たわる兵士たちから出る光がもたらした圧力のせいだった。光の圧力はすぐにおさまり、同時に緑色の光が弱まってきていることも、目を閉じた状態でもわかった。二人は目をあけた。すぐに視界はひらけないでいたが、目を掌で擦ったりしていたら、ようやく元の状態に戻ってきた。イルーンは、まずネントスを見た。

 彼は両手を天井に突き出した状態で立っていた。

 ――ネントス

 と、イルーンが彼に声をかけようとしたところ、別の情報が彼の視線を捉えた。

 「ああ!」

 おもわずイルーンは、叫び声を上げてしまっていた。

 それは、大広間の半分以上を占めていた、ゼーラの兵士たちの驚愕の変身の様を見たからだった。

 「何なんだ、これは?」

 隣りにいたヌベルも目を細めながら、眼前に広がる光景を目の当たりにして、驚いている様子だった。

 彼ら二人は、とりあえずネントスに近寄った。

 「ネントス」

 イルーンが声をかけた。

 ネントスは、それでも反応せず、両手を天井に突き出したままだった。

 「ネントス!」

 彼の肩を強く揺さぶりながら、イルーンはもう一度名を呼んだ。

 「バァ! バ? ……え? なんだ? ここは……?」

 「しっかりしろネントス!」

 イルーンがネントスの顔を覗きこんだ。

 「大丈夫か、ネントス」

 ネントスの表情は、魔人創造の儀式前とは明らかに違っており、頬がこけ、げっそりしている。

 「はっ! ああ……、イルーン様、はい……、はい、大丈夫です。少し気が飛んでいました。大丈夫です」

 ネントスは手を下ろすと、首を振り、大きく息を吐いた。

 「成功なのか?」

 ヌベルが言った。

 「成功だと思います」

 そう言うと、ネントスは兵士たちに近づいた。それから、横たわる兵士を見渡し、やがて頬を吊り上げ、ニンマリした。

 ネントスの視線の先には、もう人間と形容できるものは存在していなかった。彼らは、異様に変化していた。殆どの者の体?が、ネントスの術の詠唱が始まる前より、ひとまわりもふたまわりも大きくなっていて、また、見た目で強力な筋肉を持っているこということも確認できた。

 毛髪もそのまま残っているものもあれば、全部抜け落ちているものもある。しかし、特筆すべきは、それらではなく、彼らの体色の変化だ。みなが、濃い薄いの差はあるが、だいたい青銅色に変色していた。とうてい人間の表皮だとはおもわれない。

 「もう動かすことはできるのか?」

 ヌベルは急くように質問する。

 「さっそくやってみます」

 ネントスはそう言うと、両手を胸元で握りしめ呪文を唱えた。短い言葉だったが、その言葉に反応して先ほどまで床に横たわっていた兵士たちが、ゆっくりと立ち上がり始める。その動きは緩慢で、ヌベルとしては、もっそり動く彼ら魔人が、現状を打破し戦力として託しえるものなのかと不安を抱いてしまう。

 「大丈夫なのか?」

 イルーンもヌベルと同じことを感じたのか、思わず疑問を口にしていた。

 「大丈夫です。彼らはまだ誕生したてです。これから徐々にあらゆる動きの精度を上げていき、魔人軍団の名にふさわしい集団に仕立てていきます」

 「そうか……」

 魔人たちを見ながらイルーンは言った。

 イルーンは、ネントスの言葉を聞いても不安をぬぐい去ることはできないでいた。彼の目の前に立ち並ぶ「魔人」たちの中には、片方の肩だけが異様に盛りあがっている者もおれば、姿勢が老人のように前かがみの者もいる。大丈夫なのかと思わざるを得ない。

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