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06

 時間が少し経過した。

 ゼーラ隊一同は、大いに飲み会を楽しんでいた。

 ある集団は歌を歌い、またある集団は過去にあった戦闘を追想したりしていた。

 そんな喧騒の中、ゼーラとネントスは、二人だけで語り合っていた。

 酒の席とはいえ、ゼーラの部下たちといえども、この二人に割っていく者もおらず、ましてやこれまでゼーラの部隊はネントスと接することなど皆無だったので誰も近寄らず、自然この二人の空間だけは別世界の様になってしまっていた。

 そんな二人をよそに、ゼーラの部下たちは、はしゃぎ、喋り、歌ったりしているのだ。その中で、一気に大飲してしまい酔いつぶれたのか、眠りだす者が出始めた。

 「なんだよパーカス。もう終わりかぁ? だらしねえなぁ」

 パーカスと呼ばれた大男は同僚の男に肩を叩かれながら揶揄されているが、身動きせずに凄いいびきでテーブルに突っ伏している。

 「ああ、疲れたところに大酒して寝てしまわれたのかな? 我が石人形の兵隊に別室へ運ばせましょう」

 パーカスに気づいたネントスが、弟子を呼び石人形に彼を別室へ運ばせるよう指示した。

 と同時にネントスは、

 「ゼーラ殿、申し訳ないが少し席を外します」

 というと広間を出て行った。

 独りテーブルに残されたゼーラであったが、すぐにイラマスがそこへやってきた。

 「ゼーラ様、なにか妙です」

 「何がだ」

 突飛な言葉を発するイラマスに、ゼーラは眉間にしわを寄せ彼に目を向けた。

 「はい。みな酒に潰れるのが早すぎます」

 「それはあれであろう、みんな疲れたところに酒が入り、しかも久々の酒とあって酔いが早く回ったのではないのか。それにみなというが、まだ二、三人ではないか」

 「はぁ、それはそうなのですが、それにしても変です。ゼーラ様もご存じだと思いますがあそこで寝ているパーカスですが、彼は酒に関しては底抜けです。それにそこで寝ているジョスナンも酒には相当強いのにあのザマです」

 ジョスナンを指さしながらイラマスは説明している。

 「うむむ、確かに」

 ゼーラは広間を見渡す。

 そうすると、さっきまで酔いつぶれた人間は二、三人ぐらいと思っていたのに、あれよあれよと増えているようで、床に倒れこむ者も出だした。

 「どういうことだ?」

 なにが起きているのか、ゼーラは測りかねている。

 「もしや、酒か食事に何か盛られていたのかもしれません」

 「なに?」

 「もはやそう考えるのが妥当でしょう。見てください、半数以上が意識をなくしているようです」

 イラマスのいう通り、広間にいるゼーラの兵士たちは、次々と辺りに倒れ込んでいるようで異様な光景が広がっている。

 「……うぐ、そうなのかもしれない……、イラマス、この私も、朦朧としてきているぞ」

 ゼーラはテーブルに手をつき、席から立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。

 「ゼーラ様!」

 ネントスがゼーラを支える。

 「毒ではなさそうだ……、イ、イラマス、なぜこのような……」

 ゼーラを支えるイラマスの腕に一気に重みがかかった。ゼーラは半目になりつつも意識を集中させようと試みているようだが、無駄な抵抗だった。彼はイラマスの腕の中で静かに寝息を立て始めた。

 「ゼーラ様! ゼーラ様!」

 イラマスはゼーラを激しく揺り動かすが、ゼーラからは何の反応もない。

 「眠り薬か何かか?」

 イラマスはゼーラから視線を外し、室内を見た。

 室内には、もう意識がある方を数えるのが早いぐらいの人間しかいない。

 「我が声聞こえるものは、ここへ集合!」

 イラマスは叫んだ。

 当惑した面立ちで意識ある兵士たちが彼の下に集まってきた。

 二十人ぐらいは集まっただろうか。しかし朦朧としている者も何人かはいて、その者はフラフラしている。

 「イラマス様これは一体?」

 一人の兵士が質問する。

 「多分、酒に眠り薬のようなものが入っていたのだろう」

 「眠り薬?」

 兵士たちは各々の顔を見合わせる。

 「一体なぜそんなことを……」

 「わからん」

 イラマスは吐き捨てるようにいった。

 「なぜ我々は眠らないのですか」

 「飲む量が関係しているのかもしれない。私はあまり酒を飲まん。だからだろう。いやそんなことはどうでもいい。いいか、一刻の猶予もない。ゼーラ様を城外に脱出させる。ネントスがなぜこんなことをしたのかはわからないが、ともかく異常事態には違いない。幸いネントスと彼の弟子はこの部屋にいない。今こそ早急に行動するぞ!」

 「他の兵士たちはどうします?」

 「置いていくしかない。今はゼーラ様を城外に出すことが先決だ。彼らをこのままにしていくのは忍びないが、仕方ない」

 兵士たちは困惑の表情を浮かべていたが、すぐに気持ちを切り替え、行動に出ようとしていた。

 「ゼーラ様は、マレンタスが担げ。いいか、みなの者いくぞ!」

 イラマスは先頭を切り広間から駈け出した。

 マレンタスはゼーラを担ぐとイラマスの後に続き、残りの兵士も部屋から走り出した。

 しかしその動きは、すぐに止まる。

 イラマスが部屋から出て廊下を駆けようとしたところ、巨大な影が行く手を塞いでいた。

 「石人形!」

 イラマスは叫んだ。

 そこには、石で出来た兵隊が立ちはだかっていた。

 「おやおや、どちらにお出かけかな? まだ宴は終わってないぞよ」

 四体いる石人形の後方で、貧相な顔がチラっと見えた。ネントスであった。

 「ネントス殿これはどういうことか!」

 イラマスは叫び、歯を食いしばりながらネントスを睨みつける。

 「どういうこととは、何のことかな? 逆にわしが訊きたい。そんな血相でいかがなされた? 酒でも足りなくなったのかな」

 「ふざけるなっ! ゼーラ様始め次々と兵士たちが眠り意識を失っている。酒に何を盛った!」

 「何をいっておられる? 人聞きの悪いことをいう御仁じゃのう」

 ネントスはニタニタと不気味な笑みを浮かべている。

 「はぐらかすのもいい加減にしろ! ええい、とりあえずそこをどけ! どかぬと力ずくでも突破するぞっ」

 イラマスは護身用の短剣の柄に手を掛けている。いつも戦場で携帯している長剣は、酒の席には必要ないと思い持ってきていない。

 「ふふふ、威勢のいいやつじゃ。そんなに戦いたいなら、お相手いたそう。しかしその短剣だけで我々を突破できるかな」

 ネントスの言葉を訊き、確かにイラマスも思いめぐらすところがあった。

 (こんな短剣で、石人形と勝負できるのか?)

 それに彼の後部に控えている部下たちも、武器らしい武器を持っているようではなかった。

 (それでも決死の攻撃をかければ……)

 イラマスは一瞬考え、彼のすぐ後ろにいるマレンタスに囁き声で、

 「よいかマレンタス。そなたは何があっても戦おうとするな。我々が血路を開く隙に逃げろ。城外に脱出し、ひたすら逃げろ。そしてとりあえず我らが旧領キルスまでなんとか落ち延びてくれ」

といった。

 いい終わると同時に、イラマスは決死の突進を図るべく姿勢を低くし一歩を踏み出そうとした。そんな彼の横を一つの黒い風が横切り、石人形に体当たりしていった。

 「コズム!」

 イラマスが叫んだ。

 コズムと呼ばれた兵士は石人形に肩から体当たりを敢行したが、いとも容易くなぎ払われ壁に叩きつけられた。

 「うおおおおっ」

 コズムに続き、次々と兵士たちが石人形に向かっていく。

 「なるべく殺さないようにな。そいつらは大事な被験体だ」

 石人形の後ろでネントスが言い放った。

 (被験体?)

 わずかに聞こえたその言葉にイラマスは眉間にしわを寄せた。

 が、考え込んでいる暇などなさそうであった。

 眼前では、味方の兵士たちが石人形相手に格闘している。

 既に三人ほどが、床に倒れているようだ。

 しかし兵士たちは奮闘しているようで、一体の石人形が体勢を崩し倒れそうになっている。

 その隣では同じように兵士たちが石人形のバランスを崩そうと、石人形の足にしがみ付き石人形をひっくり返そうとしている。

 ゼーラの兵士たちは石人形の破壊は無理と考え、ゼーラ脱出の突破口を開こうと懸命に戦っている。

 その様子を虎視の目で見ているイラマス。

 初めは自分の突進で活路を見出そうとしたが、後続の兵士たちが我先にと石人形に突撃してくれ、力闘してくれている。

 (みんな)

 先程までは、頭に血が上り興奮していたイラマスであったが、今はゼーラの副官たる冷静な彼に戻っている。

 と、一体の石人形が兵士たちに転倒させられた。石人形は手足をバタバタしてもがいている。

 石人形の後方で様子をうかがっていたネントスの顔から不気味な笑みが消え、驚きの表情が現れた。

 石人形を倒した兵士たちは、次の相手を求め別の石人形に群がる。

 その頃になると、石人形の後方にいたネントスは危機を感じ取ったのか、その場から消えていた。

 「マレンタス、我に続け!」

 突破のタイミングを見計らっていたイラマスは、ここが好機と判断して駈け出した。

 イラマスが走る前方では、既に三体の石人形が倒されていて、イラマスは残る一体の石人形の脇を通り抜けようとした。イラマスの逃亡を阻止しようと石人形は太い腕を伸ばすがゼーラの兵士たちの妨害で僅かに届かず、イラマス、それにゼーラを担ぐマレンタスは、なんとか石人形の壁を突破することが出来た。

 「こっちだ!」

 イラマスとマレンタスはひたすら走った。イラマスらの後ろからは、石人形の壁を突破した仲間が三人ほど続いている。

 二ノ丸から無事脱出した彼らは、月明かりに照らされた青色の石畳の上を、苦悶の表情で駆ける。

 前方に見える十字路を左に曲がれば城門に辿り着くとイラマスが思案した瞬間、その角から、一つの影が出てきた。

 影は、イラマスたちを見ても怯むことなく、しかも剣を腰から引き抜きながらズンズンと近づいてくる。

 (敵か! この勢いのまま突破してみせる)

 イラマスも走りながら短剣を鞘から素早く抜き取ると、眼前に迫る何者かに向けて腕を伸ばした。

 「あ」

 一言発したイラマスの首は、彼の右腕もろとも空夜に飛んでいた。

 続いて、マレンタスの首も。

 一瞬の出来事であった。

 彼らに続いて疾駆していた兵士たちは、その現場を見て急停止した。

 「イ、イラマスさま――」

 兵士たちは呆然とその場に立ち尽くした。

 凄まじい剣技だった。

 擦れ違いざまに二人の首を飛ばしたのである。

いくら丸腰に近かったイラマスとマレンタスとはいえ、戦闘経験が豊富な二人である。

 いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた猛者であることは間違いない。その二人によける暇も与えず細身の剣で瞬殺したのである。その惨状を見て兵士たちは驚き、そして、恐怖した。その彼らにとっての恐怖が動いた。

 「なっ」

 一人の兵士が気付いた。

 まさに今、彼らを手にかけようとしているその人の正体が。

 兵士たち――三人――は、ろくに抵抗もせず、その男に切り殺された。

 ちょうどその時、骸骨兵士を伴ったネントスが、細身の剣を握っている男に走り寄ってきた。

 「も、申し訳ございませぬ、皇帝陛下っ」

 そう、彼らを切り殺した男――それは彼らの主人、皇帝ヌベルであった。

 「詰めが甘い」

 皇帝ヌベルは、ある場所を見ながら静かにそう言った。

 ヌベルが見ていた場所――そこには、マレンタスの背中から放り出され、それでもまだ寝息をたてているゼーラがいた。


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