05
どのくらいの時間警備しているのだろう。ゼーラたちは、さすがに憤りを覚えてきた。警備してから大分時間が経つのに兵の交代がないのである。
雨は止まず降り続け、ゼーラ達の体温を容赦なく奪っていく。ゼーラは、警備している兵たちに叱咤し回っているが、これでは兵たちの体力が持たない。城内では戦勝に沸く兵達の宴に興じる甲高い声や、奇声が聞こえてきて、その声がよりいっそう彼らに怒りを感じさせる。
(われわれ新参者は、こんな扱いしかされないのか。もう我慢ならん、皇帝に訴えかけてこよう)
決心したゼーラは城内に入ろうと城門に向けて歩き出した。交代の連絡がないことだけでゼーラは立腹しているのではなかった。ここ最近の戦場における自部隊の扱いもが、彼の怒りに上乗せされている。城壁に沿って暫く歩くと前方に先の戦いで破壊され尽くした城門が見えてきた。そうした時だった。その城門からゾロゾロと出て来る一隊がある。
ゼーラの今いる位置からはまだよく見えなかったが、城門を護衛している兵士たちは、彼ら一行を見て驚いているのか、城門からすこし距離をとりだした。ゼーラは彼らを確認すべく駆け足で近づいた。
近づくにつれ彼らの正体がまざまざと判明してきた。
「石人形!」
ゼーラは驚いた。
石で出来た巨人の影が、ゾロゾロと城門から出てくるではないか。
しかもゼーラが城門の前に来た時には、石人形と呼ばれた彼らの後ろから続いて骸骨兵士が歩いて城外に出ようとしていた。
「何なんだこいつらは?」
城門の護衛にあたっていた兵士にゼーラは質問するが、兵士たちも首を振り、解りかねている様子だった。
石人形と骸骨兵士一行は、彼らを見て驚いているゼーラ達をまるで無視し、黙々と思い思いに歩いていく。
「あれは魔法生物。ネントス殿か」
石人形らの不気味な後ろ姿を見ながら、ゼーラはおもった。
「ゼーラ殿」
城門の奥から声がし、ゼーラがそちらに顔を向けると、そこにはネントスが立っていた。
「驚かせてしまったかな」
ネントスは、笑みを浮かべながらゼーラに近づいてきた。
「いやはや、驚きました。あれなるものをまじかで見たことがなくて……」
「あっははは、それはそうであろう、わしも初めて見た時は、腰が抜けそうになったからのう」
ネントスは雨に濡れた顔を拭った。
「あれらが、ゼーラ殿の隊との交代要員よ」
「そうですか」
先程まで怒り心頭のゼーラであったが、少し気持ちが落ち着いてきていた。
「ゼーラ殿を陣屋でずうっとお待ちしていたのだが、現れないので警備を終え休まれたのかなと弟子の者たちと喋っていたのだが、様子を見に行ってくれた弟子の話を聞いてびっくりしてな。まだゼーラ殿の隊は任務に就かれていますと聞き、わしの魔法生物を繰り出したのじゃ」
「そうだったのですか」
「石人形は十二体。骸骨兵士は三十体。数は少ないが、とりあえず大丈夫であろう」
「ありがとうございますネントス殿」
ゼーラは素直に謝意を述べた。
「すでにイルーン様に交代の件は言っておる。イルーン様はどうやら交代のことをお忘れになっていた様子。ゼーラ殿には気の毒だがの」
「いえ、いいのです。それより早く交代の命を兵士たちに伝えたいとおもいます」
ゼーラはそういうと城門にいた兵士二人に、警備にあたっている者たちを撤収させるよう命じた。
「どうかなゼーラ殿、このあと少しやりませんか」
とネントスは手首を口元でクイっと曲げる動作をした。もちろん酒を誘っているのだ。
ネントスに借りを作ってしまったゼーラは、断りづらい状況になってしまい承知した。
「もしよろしければ、ゼーラ殿の兵士たちもどうですか」
「えっ、しかしわたしの部下は二百人を超えています。ご迷惑をおかけするのでは……」
「なぁに大丈夫だよ。そなたたちに悪いことをしたということでイルーン様から酒も食べ物もたくさん用意してもらい、場所も二ノ丸の大広間を使用してよいというお許しも得ているのだよ」
とネントスは再び雨に濡れた顔を拭いながらいった。
「そうですか、それなら兵も喜びます」
「よし決まりじゃ。わしは宴の準備の為、先に広間に行っておるからな」
そういうとネントスはその場から足早に立ち去った。
「宴、か……」
ゼーラはネントスが先程いった言葉を思い返していた。
なんの宴なのか? パレルモン攻城戦にはほとんどといっていいほど参加していなく、それどころかヌベル帝国に所属してはから戦いらしい戦いもしておらず、思わずネントスがいった宴という言葉が陳腐に聞こえたのだった。
(ともかく、今夜は兵士には楽しんでもらおう)
そう思いながらゼーラは城門で兵士の集合を待った。しばらくして全員が集まり、ゼーラ一行は自分たちの陣屋に戻り、甲冑を脱ぎ、雨に濡れた体を布でふき取り、軽い格好でパレルモン城を目指した。彼らが陣屋を出る頃には雨は止んでおり、星すら見えていた。
彼らは城門をくぐり、大広間を目指したが、辺りを見れば、先程まで狂乱して酒をあおっていた兵隊たちはまばらになっており、祝宴はお開きの様相であった。
「ほかの連中は、撤収しているようですな」
副官イラマスがゼーラに喋りかけた。
「われらは今から楽しもうぞ」
ゼーラ一行が、パレルモンの二ノ丸にある大広間に着いた。
すでに酒、食事の用意は出来ており、ネントスと彼の弟子である者四人が彼らの到着を待っていた。
「待っておったぞ、ゼーラ殿」
ネントスが笑顔でゼーラに近づいてきて、「ささっ」とゼーラを広間の奥に促した。
「ネントス殿、今回はお招きありがとうございます」
「礼など……、それよりさっそく始めましょう」
ゼーラを席に着かせ、ほかの兵士たちにも席に着くよう促した。
テーブルに並べられた食事は豪華なもので、よくこんなものがこの戦時中に用意できたものだとゼーラは感心する思いでそれらを見ていた。
酒がみなにいきわたり、ネントスが乾杯の挨拶を簡単に済ますと、宴が始まった。
「ゼーラ殿、今宵はたくさん飲んでくだされや」
そういうとネントスはもう空になっているゼーラの杯に酒を注いだ。ゼーラはネントスの乾杯の挨拶直後一気に酒を飲み干したのだ。
「恐縮です。ささっ、ネントス殿も」
とゼーラも酒の入った容器を持ちネントスに注ごうとする。
「ややや、私は余りお酒が強い方じゃないんです。ゆっくり飲んでいきますので、ゼーラ殿は、私に遠慮せずどんどんいってくだされよ」
ゼーラは酒がいける口だ。今さっきネントスに注がれ満杯になった杯も一気に飲み干した。
「おお、見ていて気持ちがいい飲みっぷり。さすがゼーラ殿だ」
「いやいやお恥ずかしい。酒を目の前にしては、羞恥も何も無くなってしまいます」
「酒の席ではそうでなくっちゃ」
そういいながら再びネントスはゼーラの杯に酒を入れる。
「それにしてもネントス殿。私のような新参者に、なぜここまでしてくれるのですが? 今日の今日まで会話もろくにしていないのに……」
「ご迷惑だったかな」
「いえ、迷惑だなんて。ただ、我が軍団はろくに戦闘にも参加せず、今日まできています。帝国ではそんな我々を白い目で見る者も多数あると聞きます。そんな我らにこのような会を開いてくれるなんて。正直多少驚いています」
「そうですか、ゼーラ殿はそんな風に思っていたのですか」
ネントスは、チビリと酒に口をつけた。
「しかし私はあなたのことを高く評価しています。これからのヌベル帝国を支えるのは、あなたですよ。皇帝陛下もそう考えているに違いありませんよ」
「そんな。そんなことはありません。そうであればもっと我が軍団を前線に配置し、試そうとするでしょう」
酒も入り、ゼーラの感情は徐々に露わとなってきているようで、声が大きくなってきている。しかし彼の周りにいる部下たちは、ゼーラの声が耳に入らないのか、飲み食いに夢中のようだ。
「何も戦場だけが能力を発揮する場所ではないであろう」
「私は戦場で手柄を立て評価されたいのです」
ゼーラは杯にある酒を再び飲み干した。
「まあまあゼーラ殿、今日はそんなことも全部ぶちまけて、なお且つ楽しくやりましょう」
ネントスはゼーラの杯に酒を満たした。