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04

 広間を出たゼーラは、自分の部下が待つ陣屋に向かった。陣屋は城外にあり、城を出た時にはすでに日は沈み、変わってやんでいた雨がまた降り始めていた。

 「くっ、雨の中での警備か。敵なんぞ襲撃してくるはずもないのに」

 ゼーラは暗闇の空を憎々しげに睨み、独りごとを呟いた。

 雨で濡れている顔を手で拭うと、彼は自分の兵士たちがいる陣屋の方に再び歩き出した。

 陣屋にたどり着いたゼーラは早速人員の配置を指示し、彼らを警備の任にあたらせた。

 無論ゼーラも警備した。

 そのころ、パレルモン城内は、兵士たちの宴で盛り上がっていた。

 いたるところで酒盛りは繰り広げられ、城内は活気に沸いていた。そんな喧騒の中、城のある一室で密議が行われていた。

 部屋の中にいるのは、ヌベル皇帝、イルーン、そして、魔法生物軍のネントスであった。

 三人は、円卓の中央に灯るろうそくを無表情に見つめていた。

 「――計画は実行できるのか」

 ヌベルが唐突に放った。

 「はい」

 イルーンは、横のネントスに目をやりながら答えた。

 「臨床実験の結果、ほぼ成功の見込みありとの結論がでましたので……」

 「歯切れが悪いな」

 ヌベルは、眼光鋭く両人をみている。

 「そなた達もわかっていよう、この計画が成功できなければ、我が軍は停滞し、果ては壊滅する恐れがあるということが」

 「はい、わかっています」

 ネントスが答えた。

 「我が軍は破竹の勢いでここまで進軍してきたが、ここにきて限界が見えてきている」

 ヌベルが、このウーンサリス大陸制覇のため、怒涛の進撃を開始したのは、今から九年前である。

 少数精鋭から始まり、徐々に勢力を広げ、今やウーンサリス大陸の覇王として誰もが認める存在になってはいるが、帝国の実情をみると確実に疲弊していた。領土が拡大すればするほど、その領土を統治するために兵を割かなくてはいけないし、それがために前線の兵数は減り、質も格段に下がっていた。みようによっては、ヌベルは、見境がなさすぎたといえるだろう。いや、ヌベルを責めるのは酷かもしれない。彼の挙兵時からの股肱で親友でもあるグレートスのいくさ好きも要因であることは、間違いない。ヌベル軍勃興期、グレートスがウーンサリスの北にある孤島で、イルーンを伴い(イルーンは竜語を話せる)竜の力を得て魔竜軍団を結成してからは、宿敵、大国カルカニア神聖国の滅亡に大いに貢献し、その後もヌベルが命令もしていないのに、少数で隣国へ戦争を仕掛け、しかも勝利するという快挙を成し遂げたことは先にも記した。それ以降もグレートスの進言を中心に、ヌベル帝国はなりふり構わず進撃し、領土を確実に拡大していった。しかし結果的にみればその方法のおかげで国を統治できたといえるだろう。侵略にあった国は、ヌベル帝国の強さにひれ伏し、恭順した。反乱を起こせばあの強兵達がやってくる。その恐怖で支配するのがヌベル帝国の政治であった。その政治の源であるはずの強兵軍団が瓦解しつつあるのだ。

 その最大の原因がグレートスの魔竜軍団の兵数減である。最大八名いた竜騎兵が今では半減している。これが致命的で、パレルモン城の戦いの時も、竜騎兵が一名死亡しているし、戦闘不能であった竜も神官の回復魔法で全快したが、肝心のもげ落ちた翼が復元せず、空からの威力ある攻撃ができなくなっている。

 残り三騎で次の戦いに出なければならないのだが、敵の武器も格段に進歩してきていて、今回パレルモン城から放たれた対竜騎兵専用の巨大なクロスボウも脅威で、ミデール国にもこの兵器が配備されているだろう。そのような理由もありヌベルは頭を悩ましていたのだ。

 彼の征服してきた領地が確実に統治されていれば後方を気にせずこんなにも悩まなくてもよかっただろう。

 彼は元々皇帝の地位などに興味もなかったし、ましてやウーンサリスの覇者になるという野望もまったくといっていいほども持っていなかったのだ。グレートスに振り回される形で今の状態にいるわけだが、そんな彼が領土の統治の仕方などしるよしもなく、また彼の魅力に心をひきつられ付いてきた部下の中にも内政に長けたものがあまりおらず、大部分の領土を征服先の領主もしくは文官に任せているのだ。一応本国に暗黒神官ピスバークを置き、後方から各地の領主を見張らせてはいるが、彼だけでは心もとないのが本当のところだ。イルーンが適任であろうが、彼を下がらせると前線の作戦指揮官がいなくなり、また彼の持つ強大な魔法力が失われるのも痛手である。

 いや、そんなことよりも次なる敵国ミデールが内乱のままであったなら現状の兵力でなんとかなったかもしれない。ミデールは内乱も収まり、しかもそのミデールは、かの国からさらに東、海を渡って別の大陸の強国バルロスに援軍を求めているのだ。実際バルロスから続々と兵隊が海を渡ってミデールに入国しているという情報も入っている。この情報を調べたのはイルーンの弟子たちなので間違いないだろう。バルロスもヌベル帝国の勢いをウーンサリス大陸で止めたいというのが本心で、ヌベルに勢いをつけるとバルロス国が次に狙われるのは必至、そうみたからだ。もっともヌベルにはその気も無かったし、気があったにしろバルロスに繰り出す兵も残ってはいないのだが……。

 ともかくヌベルとしては、ウーンサリス大陸をとりあえず統一し、国内を整備したいと考えていた。グレートスは隣の大陸にも乗り込んでいこうと息巻いているらしいが、ヌベル帝国を盤石にしてからでないとそんな芸当は不可能であった。

 「なんとかここまでやってこれたが、ミデールを攻略するのは至難のようだ」

 ヌベルは席を立ち窓に近寄った。

 窓の外には、兵士たちが城の中庭でずぶ濡れになりながら、楽しげに酒盛りに興じていた。

 「彼らは、まだミデールの後ろにバルロスがいることを知らない」

 ぽつりと呟いたヌベルの顔には悲壮感が漂っていた。

 「ここで軍の進攻がミデールによって阻まれたならば、我が軍は勢いがなくなり、ミデールが盛り返し、後方の各領主に弱みを見せることとなり各地で反乱が起きるやもしれん。そうなるとヌベル帝国は崩壊し、わたしを信じてここまで付いてきてくれた兵士たちが路頭に迷うこととなる」

 振り返りヌベルは二人を見た。つい多弁になる。ならざるを得ない。焦りが彼をせき立てるのだ。

 「おまかせ下さい、陛下。今晩中に計画を実行し、早急に陛下の不安を取り除いてみせます」

 とネントスが口にした。

 「うむ、それで具体的にはどうするのだ。やはりゼーラの兵隊達を使うのか」

「はい、彼らが一番適格であろうとおもわれます。ゼーラとの接触も、偶然なのですが、グレートス殿のおかげでスムーズに出来、手筈は整いあとは実行に移すだけでございます。吉報をお待ち下さい」

 「――魔人計画。これが実現しないかぎり我々に未来はないのだ」

 「はい。それではわたくしめは、詰めの用意がありますのでこれにて」

 そういうとネントスは部屋を出て行った。

 「イルーンよ、本当に大丈夫なのだな」

 「心配いりません。極秘に進めてきたこの計画、失敗で終わらすようなことはいたしません」

 「うむ、朗報を待つ」

 イルーンの言葉を聞いても、ヌベルの表情は沈痛であった。

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