03
広間に入ってきたヌベルは、急遽造られた仮設の壇上に登り、皆へ今回の戦いに対し労いの言葉をかけ、一番功績のあったグレートスを壇上に招き、褒美として魔法の力を帯びた長剣を手渡した。
グレートスは長剣を授かると、皆の前へ振り向いて鞘から剣を引き抜き、天高くかざした。
一同から拍手喝采が沸き起こった。
やがて拍手は収まり、グレートスが諸将の前に下がるとヌベルが口を開いた。
「今回の戦いがいわば正念場であった。難攻不落といわれたパレルモン城を落とし事実上強国ホーン王国は滅亡した。あとは東のミデール王国だけだが、内乱で疲弊し、今はその内乱が小康状態になっているとはいえ、所詮は烏合の衆だ。いともたやすくかの国を平定できるであろう」
ヌベルは、黒い甲冑を見に纏い演説を行っている。広間の壁には、突き出し燭台にささった松明がいくつも並んでおり、その光のゆらめきが時折ヌベルの鎧を照らす。将軍一同は、そんなまばゆい彼らの主ヌベルをじっとみつめ耳を傾けていた。
「ウーンサリス大陸統一はなったも同然。前祝いに、このあと祝宴を用意した。戦死した兵士の弔いと今回遠征にきている全兵士の慰労を兼ねて祝宴を開く」
「おぉ」
広間にいた将軍から再び歓声が上がった。
ヌベルは今回の戦いに勝ったのがよほど嬉しかったのであろう。少なくとも居並ぶ諸将らの何人かはそう思った。ヌベルが今までこのような祝賀会を開くということは、一度もなかった。
ヌベルは壇上から降り、広間をそのまま退出し、代わってイルーンが諸将の前に立った。
「この下の階に、酒や食事を用意している。各自、部下に自由にそれらを取りに来るように伝えよ。なお、一応警戒のため警備兵を城外に配置しておく。ゼーラ殿の兵にその任を命ずる。追って交代の兵が派遣されるまで見張りをするように。それでは解散」
そういい終わるとイルーンも退出していき、将軍らも部屋をあとにしていった。
ゼーラはヌベルの演説中、心ここにあらずといった状態で、ほとんど話を聴いていなかった。演説の間は、グレートスに臆した自分を考えていた。そして広間に一人取り残された今も考えていた。
(臆した? 自分が?)
自問せざるを得ない。日常生活はもちろん、戦場にあっても、敵中に飛び込んでいくことに恐れはなく、むしろ喜びを感じているぐらいであった。どんな困難な戦況でも、自軍が少数で敵が大軍でも怯むことなど今まで一度もなかった。
そんな自分がたった一人の人間に肝を冷やすなんて。
ゼーラは鬱々とした感情に飲み込まれそうになりながらも、うっすらと聞こえた警備の任務のため自分の陣営に戻ろうとした。そんなとき背後に気配を感じた。
ネントスがいた。
「あっ、ネントス殿」
広間に残っていたのは、ゼーラだけではなかった。ずっとゼーラが一人苦悶していた時、背後にはネントスがいたのだ。それに気付かないほど、ゼーラは臆した自分について没頭していたのだった。
「先ほどは、ありがとうございました」
「いやなに、わしは何もしとらんて」
と貧相な顔をしているネントスは手を振った。
「しかし露骨に嫌悪感を出してはいかんよ」
「見ていたのですか、わたしの表情を」
「ああ。そなたを見つけ話しかけるべく近寄ろうとしたら、そなたの顔が急に曇ってな。視線の先を見るとグレートスが声高らかに下品に喋っているのがわかり、そのあとはさっきのとおりよ」
ゼーラは羞恥をおぼえた。ネントスにも悟られるぐらいの表情だったのかと考えると、グレートスに感づかれるのも無理ないだろうとおもった。
「ネントス殿、本当に先程はありがとうございました。わたしは任務がありますゆえこれにて」
ゼーラはそういって広間から出ようとした。
「ゼーラ殿」
ネントスはゼーラを呼び止めた。
「どうですかな、警備が終わったのち、わしの陣屋で一杯やりませんか」
「ん……」
ゼーラは少し考え、
「警備がいつ終わるかわかりませんし、せっかくですが遠慮しておきます」
「いやいや、いつでもおこしいただいて結構ですよ」
「しかし……」
「では、気が向けばお立ち寄り下さい。わしは暇を持て余しているので」
「わかりました、それでは」
そう言うと、ゼーラは広間を出た。