02
その後、ゼーラのいう通り、パレルモン城はグレートスの魔竜団の攻撃によって本丸が落ちて勢いがなくなり、城内に帝国軍がなだれ込み、抵抗むなしく陥落した。そのパレルモン陥落から二日経ってヌベルは、その日の夕刻入城した。その二日間でヌベル帝国の兵士達は、瓦礫を除去したり、屍となった敵国の兵士の処理及び、自軍の兵士の埋葬などをした。
ヌベルは、入城に際して本丸は火災のため使用不可能なので、二ノ丸に入った。二ノ丸も戦闘でいたる所が破壊され、見るも無残であったが、本丸より程度がましであった。ヌベルの配下の武将たちも、続々と城に入ってきた。入城後、ヌベルから労いの言葉があると聞かされた諸将は、二ノ丸最大の広間に集められ、整列し雑談に興じる者、無言を通す者と各々が皇帝の入室を待った。
もちろんゼーラもこの中に混じっている。彼は壁際の列の最後尾でヌベルの到着を待っていた。
ゼーラは手持ち無沙汰だったので、なにげに前方に目をやり諸将を見た。
目を引いたのは、声高々と周囲の連中に喋りかけているグレートスであった。
今回の戦さでは、彼がまず第一等の殊勲であろう。堅城で知られるホーン王国国王が守るパレルモン城であったが、魔竜軍団の前にはなす術がなかった。まず城壁など役に立たない。魔竜軍団は城壁を飛び越え容易に城を攻撃できる。それでもパレルモン城の兵士達は王の叱咤激励のもと頑強に魔竜軍団に抵抗した。結果、グレートスの部下の一人が落命し、一人が重傷、ドラゴン一体が戦闘不能となった。ゼーラも何となくではあるが、そのようなことを聞いている。
だがグレートスはそんなことはもう忘れているのか大声で、時には笑いも交え上機嫌で自分の武勇譚を語っている。ゼーラはその光景を見て、虫唾が走るのを覚えた。自分の手柄をこれ見よがしに他人にひけらかすとは。
確かにグレートスの働きは目に余るもので、彼が指揮する軍団がいなければ戦いはもっと長く続いたであろうが、自分の部下が死んでいるのである。
悲しみを隠すための裏返しともとれるが、少なくともゼーラはそうはおもわなかった。
まるで自分一人でいくさに勝利したんだという態度が彼には考えられなかった。
そんな冷めた目でグレートスを見ていたゼーラであったが不意にグレートスと目が合った。少し動揺したゼーラは視線を外した。
視線を外したのだが、グレートスの大体の位置は視界に入っている。そのグレートスがこちらに近づいてきているようだ。
事実、多少ざわついていた室内が静かになり、周囲の視線が自分に向けられているのがゼーラにもわかった。
(めんどうなことになった)
ゼーラは率直にそうおもった。
グレートスが友好を深めるためにわざわざ自分のところまで来るとは考えられない。
しかも自分が彼に対して送っていた視線の質が冷淡ということも自分でもわかりすぎるぐらいのものだったので、グレートスもそこに反応したのだろう。
「ゼーラ」
グレートスはゼーラの目の前に立っていた。
(でかい)
ゼーラは改めて近くで見るグレートスの体躯に驚嘆せざるを得なかった。
何度か遠く離れた場所から彼を見たことはあるが、ここまで接近してはなく、長身で隆々たる体格、四肢の太さ、何よりも威圧感が圧倒的である。
おもわずゼーラはたじろいだ。
「おまえ今、おれを見てただろう」
ゼーラは無言を通す。というよりグレートスの圧力で声が出なかったという方が正確であった。
「しかも何か珍獣でもみるような見下した目だったぞ」
「そのような――」
ゼーラは発言しようとしたがグレートスが遮り、
「おまえみたいにいつも戦場から離れて戦闘を観戦している三流戦士が俺を見下す目で見るなんてこと……ゆるさねぇぞ」
グレートスはゼーラに顔を近づけ睨みつけた。
そんな二人を周囲は遠巻きに見ていたが、ゼーラたちに割って入る一人の人物がいた。
魔法生物軍軍団長ネントスであった。
「やあやあ、グレートス殿そこまでにしませんか」
グレートスは顔をネントスに向けた。
「ゼーラ殿は目が悪く、目を細め人やら何やらを見る癖がある。それがグレートス殿の気に障ったのかな」
ネントスは、ゼーラに目を配りつつ発言した。
「なんだネントス、仲裁役のつもりか」
「いやいや、そんなつもりでもないよ」
とネントスはグレートスのうしろを指さした。
ちょうどそこには、参謀長イルーンを伴った皇帝ヌベルが入室してきているところだった。それを見るとグレートスは、
「ふんっ」
と鼻息をならし自分の元いた位置へと戻っていった。