表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/29

16

 ヌベルを乗せた竜の姿が消えても、しばらく視線を変えず立ち尽くしていたゼーラだったが、不意に踵を返した。彼は、恨みの存在の行方をただ単に憎々しげに睨みつけていただけではなかった。その途中からは今後の方針を思案していた。つまり、自分と部下がこれからなにをしていくのか――そこでゼーラは思いとどまる。部下――かれらのことを部下と呼称してよいものか? ヌベル帝国の兵を目の前にして、反射的にゼーラは統率者として部下に自分についてくるよう命令したが、よくよく考えれば、ゼーラと部下は、もうどこの国にも属していない。いうなれば、ゼーラと部下は、主従としての関係がなくなっているのだ。考え過ぎかもしれないが、ゼーラは真面目にそう考えてしまった。お互いが自由人。かつては部下だった者をもう強制的に右へ左へとは命令できないのでは……。

 ゼーラ自身は、自分を異形の生物に変貌させ利用した、そしてこれからも利用しようとしていたヌベルを亡きものとし、ひいては彼の国そのものを壊滅させようという揺るぎない決意を心に刻んでおり、一方で帝国に属する前、彼が仕えたキルス王国の王と王妃、それに王女がヌベル帝国の帝都ダルケンオに幽閉されていることを思い出し、彼らのこともどうにかしなければならないと思案していた。

 が、強靭な肉体を手に入れたとはいえ、自分一人でそれらの目的を達成できるとは思えない。みんなの力をかして欲しい。

 ゼーラは、他の巨人に協力を求めるため振り返った。

 ゼーラが振り返ると、巨人たちは一様にして彼のことを見つめていた。彼らは、ゼーラが振り向くまで不安げに彼の背中を注視していた。十体そこらでヌベル帝国の大軍勢を潰走せしめた集団に歓喜はなかった。彼らは各々超人的な能力を身につけたのだが、その力に酔いしれている者など一人もいなかった。

 そんなことよりも、自分たちはこの先どうなっていくのか、こんな異形の巨人となり、われらにはどういう未来が待っているのかという不安の方が大きい。

 だが、ゼーラ様なら何とかしてくれる。ゼーラ様が我々を導いてくれる。そんな思いを抱え彼らは主人であるゼーラの背中を見つめていたのだった。

そのゼーラが振り返った。部下たちは、ゼーラの発言を待った。

 ゼーラとしては、自分の方針をすぐに部下たちに告げたかったのだが、今ようやく落ち着いて彼らの姿を改めてみたとき、言葉が出ずに見入ってしまった。

 彼らが着用している物といえば、腰に巻かれた厚手の布一枚。上半身は裸。素足で大地に立っている。

 もちろん、ゼーラ自身も彼らと同じ身なりなのだ。しかももはや人間とは言い難い容姿。魔人だ、おれたちは魔人なのだ。怒りが再び湧きあげってきた。なぜこんなことに……。しかし悲観にくれている場合ではない。

 「みんな……聞いてくれ」

 ゼーラが口を開いた。

 部下たちは身を乗り出す。

 「わたしは今からヌベルを追撃する。また同時に、キルス王や王妃たちも救出したいとも考えている。まだ具体案は決めかねているが、これらを実現するのはわたし一人では困難なことだと思う。そこで相談なのだが、おまえたちの力を貸してはくれまいか。これは強制ではない。我々は今、厳密にいうとどこの国にも属していない。わたしとそなたたちに上下の差はないのだ。だからあくまでもお願いなのだ。どうだろう皆の意見は?」

 部下である魔人たちは呆気にとられた。まさかゼーラ様がそんなことを考えているなんて……。無論彼らは、ゼーラの部下ということを今でも自認していたし、というよりゼーラが長として、自分たちをまとめ上げてくれないと困るのである。 

 実直な人だと誰もが呆れるおもいで感心していた。

 「我々を指揮してくれるお方はゼーラ様しかいません。これからもゼーラ様の号令一つで我々は動く所存です。――なぁみんな?」

 一人の魔人が言った。

 おお、もちろんと、賛同の声がいくつも上がる。

 「そうか、ありがとう」

 ゼーラは頭を下げた。

 「ゼーラ様、あの、その、おれたちこれからどうすれば……?」

 別の魔人が不安げに尋ねる。

 「うむ」

 顔を上げたゼーラは、黙ったまま、魔人たちの顔を目で捉えながらその目先を点々と移していく。

 「十一か」

 ゼーラは魔人の数を数えていた。たしかにその場にはゼーラを含め十一の魔人がいた。

 「皆の者、さきほども言った通り、われらをこんな姿に変えた元凶ヌベルに対して、必ず怒りの鉄槌を振り下ろさなければならない。だが、それと並行してキルス王と王妃、ならびに王女の救出もおこないたいと考えている。が、これを完遂するには途方もない時間を要すると思う。これはわたしの推測なのだが、あの城壁の高い城はミデールのランシル城だろう。キルスに仕えていた頃得た情報でも、ミデールの城塞都市ランシルの城壁の高さは有名だったし、わたしがヌベル帝国の将軍として活動していたときも最終的な敵はミデールと聞いていた。それらを照らし合わせ、あれがミデールのランシル城ということで断定して間違いないと思う」

 魔人たちはゼーラの声に聞きいっていた。

 ゼーラは話を続ける。

 「そのランシル城から王たちが幽閉されている帝都ダルケンオまで、わたしも詳しい距離はわからないが、少なく見積もっても三十日から四十日はかかると予測している。これだけの時間があれば、むこうも帝都の防備はもちろん、そこへ行きつくまでの道中にある城、砦の警護まで万全に強化できる。そこで、われわれの隊を密かに二手に分け、一隊は帝国の各地にある城、砦、街、村を襲い、敵の目をそちらに集中させつつ、もう一隊を手薄になるであろうダルケングへ隠密に向かわせ、キルス王たちを奪還する」

 隠密という言葉を使い、我々の姿でどう隠密行動するのかと、ゼーラは考えを言い終わったあと苦笑した。だが、魔人の一人はゼーラの別の言葉に引っかかり、質問する。

 「ゼーラ様、今隊を分けるとおっしゃいましたが、われわれは十名ほどの集団です。確かに我々は個々が人間離れした力を持っていますが、しかしあまりにも数が少なすぎます。その少数をさらに二手に分けるとなると一隊あたり五名ほどの数になってしまいます。さっきは帝国軍を潰走せしめましたが、やつらも我らの行動は予想外のことで、突然の事態に狼狽し、崩壊したのだと思います。次は帝国軍も我らの襲来を予期して防御を固めるに違いありません。果たしてそういう状況でキルス王たちの救出が上手くいくのかどうか……」

 その魔人の意見は他の部下たちの何人かも思っていたようで、頷く者もいた。

 「確かにそうかもしれない。――きさまの名前を聞いていいか?」

 「クレムです」

 「おお、サパーイ村のクレムか。顔、憶えておく」

 クレムと名乗った魔人は、両腕が長いことが特徴で、手のひらが膝あたりまで届いている。元々の外見は、赤毛で鼻筋が通った端正な顔立ちだったはずだが、今はそのような面影は全く失われている。

 ゼーラは「腕長クレム」という語句で頭の中で記憶した。

 「今クレムが言った通り、帝国もまさか我々が反抗してくるとは思わず、浮足立ち、総崩れとなったんだろう。今後はヌベル帝国も我々のことを警戒し、なにかしらの対策を講じてくるのは目に見えている。それに我々のことに関して言えば肉体は傷づいても即座に回復するが、切断されれば、どうなるかはよくわからない。しかも――」

 ゼーラはそこで、自分の胸に視線を落とす。

 「これは多分、ヌベルにやられた傷痕だ。さっきこの傷に気がついたのだが、やつと交錯したときにつけられたんだろう。この傷はどういうわけか回復しない。まぁ痕が残っているだけで出血や痛みはないのだが、とにかく、やつの所有する魔法の剣は、我々の体に傷は残すのだ。帝国には強力な魔法の武器も何本かはあるはず。それらを使ってくることも当然考えられる。言いたいことは、我々も無敵ではないかもしれないということ。無敵は保障されていない。しかも我々は少数なのだ――」

 ゼーラは、魔人たちに決して油断しないよう戒めようとしていた。帝国軍を少数で敗走させた事実はあるが、今も部下たちに言った通り、自分たちの体の一部――たとえば腕などを切断されれば、再生するのかどうなのかも現時点ではわからなかったし、首を刎ねられたら、常識的には行動は不能となるだろう。ゼーラは再生能力をあてにして無茶な行動を慎むようにと諭したのだった。それにクレムの指摘にもあったように味方の絶対数が足りな過ぎる。

 が、ゼーラには、少なくとも今の味方の数より魔人の数が増えるかもという希望的観測を持ち合わせていた。

 「――そう、味方は少ない。だが、あれを見よ」

 と言い、ゼーラが指をさす。

 魔人たちも指にならって首を回す。

 「あれは……」

 そこには自分たちと同じようにこちらをいぶかしげに見つめる巨人たちがいた。さっきまでは動かなかった魔人の中の何体かが時間差でまた目覚めたのか、ゼーラたちの方に近づくとも遠ざかるともせずに様子を見ている。

 ゼーラは彼らの方に近づき、

 「おぉおーい! こっちへこぉーい。俺はゼーラだ。信用できないかもしれないが紛れもなく元キルス王国兵士長ゼーラだ。とにかく俺の言葉がわかれば、こっちに来てほしい」

 と魔人たちに手招きしながら呼びかけた。

 魔人たちはゆっくりとだが、ゼーラたちの方へ近づいてくる。

 ゼーラは、魔人たちに対して友好的に呼びかけたが、こちらに近づく魔人を見て、やはり不気味さを感じないわけにはいかなかった。外見はともかく、よくよく考えれば、彼らの中身が人間に戻ったことを証明するものは何もないのだ。無言で近づく彼らをゼーラは歓迎半分、警戒半分で、待った。

 魔人たちが立ち止った。ゼーラからまだそれでも少し距離はあったが、大声で話さなければならない距離ではない。近づいてきた魔人の数は、二十体ほど。彼らもお互いを警戒しているのか、各々不自然な距離をおきつつ、先頭を歩く者が立ち止ると、あとを続く者もぱたっ、ぱたっと足を止めた。

 「――ゼーラさま?」

 その先頭を歩いていた魔人が声をかけた。

 「おうそうだ、きさま、名前は?」

 「ベルレイザです。お覚えでしょうか?」

 「ベルレイザ? おお、ベルレイザ。ベルレイザか……」

 ゼーラは、この者の名に覚えがなかったが、知ったふりをした。

 「他の者は? 名前を聞かせてくれ」

 ――フジェイ、キュベレン、ミデル、コッカース……と魔人たちは次々と自分の名前を名乗り出した。

 魔人全員が名乗り終えると、ゼーラはクレムたちの方へ振り返り、

 「どうだ皆の者、味方が増えた」

 と喜ばしそうに言い、自分の予測があたったことに笑みを浮かべていた。

 ゼーラはさきほど、ヌベルが去った空を見つつ、視界の中で動くものに気がついた。動くものは空にはおらず、その下――大地にいた。それは、ランシル城に向かう途中で停止した魔人たちだった。ゼーラも元はその場所におり、さきほど自我を取り戻して帝国軍と交戦したのだが、今ようやく動き出した者もいるのかと、ゼーラは自我が戻るのには時間差があるのだと予測し、それが的中したのだった。

 ゼーラはほくそ笑みながら、先に自我を取り戻していた魔人たちにも紹介を促した。ゼーラ自身も彼らの中で名前を知っているのは、クレムとドモーハだけだったが、クレムは腕長クレムで憶えたが、ドモーハがもはやどの魔人だったか、見分けがつかなかった。

 クレムらの自己紹介も終った。魔人たち全員の名前と顔が一致したわけではなかったのだが、ゼーラとしては徐々に彼らの容姿風貌を覚えていこうと頭の片隅で思い、次に、部下たちに車座になるよう指示した。ここでゼーラは、後からゼーラたちに合流した魔人たち――後組――に情報の共通化をはかった。つまり、魔人としての能力(再生能力がある、尋常でない力を保有しているなど)の説明、あと、ゼーラ隊としての今後の方針(ヌベル討伐とキルス王らの救出)をどう進めていくのかということをだ。

 魔人としての能力――特に再生能力の事実を聞いて、後組の魔人たちはもちろん、先に自我が甦っていた数名の魔人も驚いていた。さきほどゼーラから自分たちは体に傷をつけられても回復する、しかし切断されれば云々(うんぬん)と説明があり、話の流れで頷くだけだったが、そのことを認識していなかった魔人たちはその事実を理解して、後組と同様に驚いたのだった。

 更に話を進めると、後組の中には、本当に自分たちに人智を越えた力があるのかと疑問の声を上げてくる者もいる。

 「――魔人としてハルコニアで戦った記憶はないのか?」

 ゼーラにはその記憶があり、当然この場に居る全員が覚えているものと考えていた。しかしそうではなかった。先刻、自らの肉体を武器に帝国軍を翻弄していた魔人クレムも、ハルコニアでの戦いの記憶はなく、突撃していくゼーラの背を追いかけ、元々戦士として過去戦場を疾駆していた経験を無意識に呼び起こされ、体を動かしていただけで、自分に強大な力があるとはそれまで知らなかった。またある者は、自分が魔人に変身していく感覚は、記憶として残っているが、それ以外――自我が目覚めるまでの記憶は皆無という。

 ゼーラとしては、一刻も早く今後の具体的な戦略をたて、それを実行したかったが、部下たちに自分たちが出来た経緯と現状の説明に時間をさくのも致し方がないと考え、自分が知っていることは全て教えた。

 ゼーラの話を聞き終え、魔人全員がヌベルに対して憤った。時間を割いた効果はあった。みんな、ヌベル、そしてヌベル帝国に憎悪の念を抱き、自分たちをこんな姿に変えた彼らに復讐を果たすべく心を一つにしたといっても言いすぎではなかった。

 ゼーラは話を、本題に戻した。つまり、今後の自分たちの行うべき道筋を考えることにしたのだ。

 ゼーラは、できればまだ味方の加増を願っていた。一刻も早くキルス王らを救出したかったが、味方の現状はまだ三十人ほど。ゼーラとしてはもっと味方がほしいと欲が出てしまう。魔人に自我が戻るには、時間差があることはわかった。結局、ランシル城に向かう途中で停止した魔人はそのまま動く気配はなかったが、ランシル城に攻め入った魔人はどうなのか? それを確かめたい。

 しかし問題がある。魔人たちがランシル城に侵入してまだ間もない。彼らは確実に任務を遂行中で、仮にそのうち何人かが停止していたとしても、広い城内で見つけ出すのは一苦労だろうし、魔人が自我を取り戻す可能性は保障されていない。意識を取り戻した魔人を捜索すればその分時間は浪費してしまうし、現在の人数でヌベル討伐とキルス王らの救援の二つを行うことが可能なのかとゼーラは悩み、その胸の内を部下らと共有しようとした。ゼーラは、大局的に物事を判断する能力が、自分には欠けていると認識していた。それを補ってくれていたのが、イラマスであった。ゼーラは紹介の中でイラマスの名があればと期待したが、その名は残念ながら聞こえてこなかった。

 「――ここは、三手に隊を分けたら如何でしょう?」

 と、話しあいの中で、意見した者があった。

 ゼーラの記憶では、意見した魔人は、クレムらと一緒に自分の名を名乗った。確か、名前はルーヒンと言ったはずだ。

 ――ルーヒン?

 (あっ!)

 と、ゼーラは目を見開いた。

 副官イラマスが、いつのときか言った覚えがある。我が隊に知勇いずれも優れた者がいます。名をルーヒンといい、荒くれ者が多いゼーラ隊には珍しい存在とイラマスが伝えてきたことがあった。その時は返事だけをし、それ以降も紹介もされず、ゼーラも名前自体忘れていたが、ルーヒンという響きがイラマスの声とともに甦った。

 「たしか、ルーヒンだったな?」

 「はい」

 「そなたの考え、言うてみよ」

 「はっ!」

 ルーヒンは、ゼーラと同じように髪の毛が異様に伸びていた。ただ顔はゼーラとはまったく異なり、口先が尖り、なにか獣人を想像させる容貌となっている。そのルーヒンがゼーラに向かって喋り出した。

 「まず隊を三手に分け、一隊をこのランシルに残します。数は三名ほど。この隊の目的は、城にいるかもしれない意識を取り戻した魔人の確保。探索隊と命名してもいいと思います。もう一隊は、ヌベル本人の討伐もしくは、帝国をかく乱するために、どこそこの城、砦、街、村を神出鬼没に襲う、遊撃隊。数は最大の二十二、三。残りの五、六名で、キルス王を救出します。 これを救出隊と命名します。これなら、同時進行で全てのことが行え、なお且つ、現状の味方の数で最大限な結果を残せるかと存じます」

 「しかし、味方を分断すれば、有効的な連携が保てなくなり、結果、各々の部隊が孤立し勢いが無くなり、最終的には各個撃破される恐れもあるのではないのか?」

 ゼーラが疑問を呈した。

 「はい。だから、まず最優先で達成しなければならない目標を決めます。それはキルス王たちの救助でしょう。わたしは救出にかかる時間を四十日ほどと見通しています。ゼーラさまの見解を照らし合わせ、ランシルからダルケンオまで馬をとばし早くいけば三十日ほどで到着すると思われます。救助はどういう方法をとるか、現地に行かなくては作戦の立てようがありませんが、十日以上、日を費やすことはないとおもいます。その間、捜索隊は、味方の魔人確保に長くて三日を費やし、あとは、先ほど述べたように遊撃隊の如く、神出鬼没に帝国の主要施設を攻撃します。もしも、新たに得た仲間が少なければ、中規模以上の城や砦には手を出さない方がいいと思います。次に、元々遊撃隊として活動する魔人は四十日間、帝国を翻弄するように派手に暴れ回り、帝国の目を自分たちに向けさせます。四十日がたてば、各隊任務を終了し、全員でわれらが旧領キルスへと一旦集結します。集結地点は、キューマ湖周辺。そこで一同を会し作戦の成果を確かめる。そのあとのことは、結果しだいに順応に対応すればいいと存じます」

 「ふむ」

 ゼーラは、ルーヒンの話が終わると頷いた。

 「作戦の概要はそれでいいだろう。三隊それぞれの人選と隊長はわたしが決める」

 ゼーラは、探索隊に戦闘経験のない魔人後組の三人を指名し、その中のフジェイという者を隊長に命じた。キルス王らの救出には、ゼーラ、ルーヒンを含む、五人。隊を仕切るのはもちろんゼーラ。あとの者は遊撃隊となり、こちらの隊長はクレムとなった。

 陽もだいぶ傾き、車座にすわる彼らの影も少し長くなってきた。辺りを見渡せば、相変わらず動かない魔人がいる。彼らは、もう動かないのか? さらにランシル城に注意を向ければ、本当に戦闘が行われているのかどうなのかわからないぐらい静まり返っていた。ただ、城壁の天辺てっぺんを守備していた近衛兵の姿はなく、変わって城のあちこちで小火ぼやでも起きているのか三、四本の白い筋が立ち上っており、それだけを見ると、魔人たちが暴れているのだろうと推測できる。

 大体の作戦が決まり、決定事項をいつから開始するのか話そうとした時だった。

 「――ゼーラ様」

 腕長クレムが、ゼーラに呼びかけた。

 「なんだクレム?」

 「はい。その、言いづらいのですが……、移動手段はどうしましょう? それに食糧も。我々には、丈夫な体はあるのですが、戦闘に必要な物品が全くないのですが……」

 確かにゼーラ隊には、馬もなければ食糧もなにもない。というより、移動手段だけで言えば、ゼーラたちを背に乗せ、走ることができる馬などないように思える。これではルーヒンが三十日でダルケンオという日程そのものが破綻し、作戦の概要そのものを変更しなければならない。

 「ああ、そのことか……」

 ゼーラは別に焦ることもなく、クレムに返す。

 「クレムよ、おまえ、帝国軍と戦ったあと、疲れたか? 疲労困憊となったか?」

 そう尋ねられたクレムは思い返す。

 「そういえば……」

 あれだけ敵兵を追いかけ回し、戦いが終わっても息切れ一つしていなかったように思う。

 「ありません、疲労感などまったくない」

 そうだ、そうだとクレムは断定した。

 「だろう? おれたちに疲労感などないのだ。それに空腹感もな」

 ゼーラはだいぶ前からそのことに気がついていた。魔人となり、体の中も変化しているのか、ゼーラ自身もあれほど動き回ったのに、呼吸も乱れず平然としていることに気がついたのだ。それに空腹感もまだ予想の段階だったが、これに襲われることもないだろうとゼーラは考えていた。まったくお腹が鳴る気配がない。食欲も湧かない。

 「おれはダルケングまで自らの足で走行しようと考えている」

 魔人たちは一様に驚く。

 「もしかしたら馬より早く着くかもしれん」

 ゼーラは笑う。

 「皆の者、そういうことだ。捜索隊は別として、遊撃隊、救出隊は、走って目的地まで到達するという考えでいてもらいたい。無論、捜索隊も魔人を確保したのち、帝国内を自分たちの足で走行し、行動してくれ」

 その後、作戦開始は、遊撃隊、救出隊は、すぐにランシルを起ち行動するということになり、今後の各隊の行動は、それぞれの隊長の指揮に従い、各自協力してくれるようにと伝えられた。

 ゼーラは立ち上がった。それにならい他の魔人たちも起立した。

 「いいか、何事においても危険と判断したら、無理をせず手を引くのだ。キューマ湖で全員が再会できるようにとわたしは願う。では、長丁場な作戦だが、今より行動を開始する――救出隊、我に続け!」

 ゼーラが走り出した。

 「遊撃隊、いくぞ!」

 腕長クレムの隊も後に続く。

 探索隊だけがランシルに取り残された。

 彼らは、城に侵入することはもう少し時間をあけてからと予定していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ