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 グレートスがヌベルからミデール掃討戦は魔人だけで行うということを正式に聞かされたのは、帝国軍がパレルモンからミデールへと出立する前の日の夜だった。場所はパレルモン城本丸の最上階。最上階の屋根は戦いによって全て崩れ去っており、夜空に浮かぶ星々がそこから確認できる。その場へ、使いである黒騎士に案内されやってきたグレートスに素っ気なくヌベルは決定事項を伝えた。

 その方針は、ハルコニア平原での戦いの前、皇帝から諸将にたいして宣言されていたので、その中で話を聞いていたグレートスも当然聞き知っていた。

 だが改めてヌベルからその話を聞かされたグレートスは、怒りのようなものが心の中で再燃され、不機嫌となり、

 「それならば、われら魔竜団は必要ないな」

 と怒気を含みつつ言い残し、その夜の内に魔竜軍団を率い、パレルモンから姿を眩ましたのだった。

 彼は、三騎となってしまった部下を伴い、しばらくはあてもなく満天の星のもとを飛行していたが、とりあえず、パレルモンから最短にある中規模の街、パーズーンに身を落ちつけることにした。

 パーズーンの街の長は、もう寝ようかとしていた時刻に、突然のグレートスの来訪を街の警備隊から聞かされたまげたが、迅速に魔竜団の宿泊する施設を用意した。グレートス一行は宛がわれた街一番の高級な宿屋で骨を休めることにした。

 その宿屋でグレートスは何をするわけでもなく部屋に閉じこもり時を過ごしていたが、宿屋の窓から二回目の朝陽を浴びたとき、彼は部下に行き先も告げず、槍一本を引っ提げ部屋を抜け出し、宿屋の横に待機させていた竜に跨りその地を飛び立っていた。

 向かった先は、パレルモン。その日の夕方、パレルモン城に辿りついたグレートスは、到着した直後に竜に食糧を与え自分も軽く食事をし、しばし休息したのち日も明けきらないうちにミデール領にむけ慌ただしく出発した。

 ミデールが小城や砦を放棄していることは、パレルモンの留守を預かる兵からの情報で聞いていたのでその上空を通り過ぎ、ミデール最後の要塞、ランシルへと竜を急がせた。

 彼は、一人でランシル城に乗りこもうとしていた。そこで戦えるだけ戦って死ぬのも一興と、もはや死人しびとの心境に達していた。

 ――もはやヌベル帝国は、おれのことを不要と考え切り捨てようとしている。

 グレートスはそう考えた。彼は自他共に認める典型的な猛将型の武将で、決して知将ではない。それでも帝国がウーンサリスを統一すれば、求められる人材は自分みたいな武骨な者ではなく、知識の塊である文官だということぐらいは理解している。

 自分は用済み。お払い箱。

 ――だが

 グレートスにも自負がある。ヌベル帝国に対して自分がどれだけ捧げてきたかということだ。戦歴を数えれば帝国でも随一だろうし、戦場で負った傷もこれまた帝国では一番多いはず。これまでの帝国に尽くしてきたのに、不必要と見なされれば邪険に扱われる。

 ランシル城までの空の行軍中、悔しさのあまり大声を出したり、竜の背をこぶしで叩きつけたり、グレートスは溜まっている鬱憤を自分なりに晴らしていた。そしてそれを最大限にぶつけるのは、ランシル城でだ。ランシル城を一人で落とす気持ちで一暴れし、落城せしめたらヌベルに大きい顔し、もし力つきて戦死したとしてもそれはそれで本望だ。グレートスはそのことを本気で考えていた。彼は、死ぬという悲壮感より、やってやるという躍動感でランシルに向かっていった。

 遠くでランシル城らしき陰影が見えた。ランシル城の周辺は、草木があまり生育しておらず荒涼としていて、城は大地にポツンと寂しげにそびえ建っており、遠くから見ても目立つ。

 グレートスは少しずつ高度を落とし、臨戦態勢に入る。ランシル城に近づくにつれ、城およびその周囲の様相が判明してきた。城を遠巻きに半円型に陣取るのは、ヌベル帝国の兵士たちだろう。あのどこかに――それは確実に城から一番近い最前線だろうが、そこに魔人がいる。そいつらが動くまえにランシルに辿りつかねば。グレートスが、速度を上げるため竜に声を掛けようとしたときだった。帝国軍が動いた。

 「しまった!」

 グレートスは舌打ちした。どうやら先を越されてしまったようだ。だが様子が変だ。

 帝国軍は城のある方向には向かわず、こちら――グレートスのほうへ近づいてくるように見える。それはまるで帝国軍が退却しているかのようだった。 いや退却という表現も合わない。軍は統率されておらず兵はりに各々が思うがまま四方八方に広がっているように見えた。

 「逃げているのか?」

 グレートスは、眉をひそめる。不可解なヌベル軍の乱れようを解明するために、まず自軍の兵士に接触しようとした。彼は竜を飛ばし、ある一団をつかまえた。

 「――うわぁ!」

 突然竜が目の前に飛来したので、ヌベルの兵士たちは一斉に驚いた。

 「おいおまえたち、どうした? 一体何があったのだ?」

 「あっ! グレートスさま!」

 竜の首横からヒョイとグレートスの顔が見え、魔竜団団長の顔を見知っていた兵士たちは安堵の顔を浮かべた。

 が、彼らの表情はすぐさま曇り、なにかに怯えているのかしきりと後ろを確認している。

 「どうしたんだ! なにがあったのか早く説明しろ!」

 「はい! 実は――」

 かれらはヌベル帝国では一般兵と呼称されている兵で、大多数が帝国国民からなっている。一応戦いの訓練は受けているが、正規軍(黒騎士、魔剣士、暗黒神官戦士団、等)とは比べものにならないぐらい戦力としては期待できない。その分、兵士数としては、帝国軍随一だった。兵数で敵を圧することだけを目的に結成されており、まさしく質より量を文字通り具現化させている集団である。

 かれらはいつも正規軍の後方に配置されていた。今回ランシル城の戦いに臨んでも、一般兵は黒騎士軍団の後ろに控え、いつものように戦端が開かれるのを静かに待っていた。変化があったのは、開戦の知らせがなんとなくではあるが、前線から伝わってきて少ししたときだった。

 ヌベル軍の過去のウーンサリス大陸での戦歴は、ほぼ前戦全勝だった。その戦いのどれも帝国軍の正規軍が終結させており、一般兵の出る幕はほとんどなかった。だが、今回は様相が違った。

 一般兵も、今回の戦いは魔人という魔法生物が緒戦から中盤戦、成り行きでは、魔人軍団だけで戦いを決着させると聞いていたので、それぐらいの戦果を期待できる戦力の存在に、いつも以上に緊張もせず戦況を見守っていたのであった。

 だが、そんなのんびりした一般兵たちの目に飛び込んできたのは、驚嘆する光景だった。

 まず、なにかが宙を舞っていることに気がついた。大多数の兵士たちは一瞬、グレートスの魔竜団が到着したと思ったのだが、すぐにその正体を見知ったとき恐怖した。黒騎士や馬が飛び交っている。「馬」が飛び交っているのだ。続いて、悲鳴がきこえた。次にきこえたのは、

 「魔人が暴走!」や、「魔人が味方を攻撃している!」だった。

混乱した一般兵の前列がまず逃げ出し、逃走は逃走を呼び、今グレートスに出来事を説明する兵士がいた中軍にまで混乱はすぐさま波及し、ヌベル軍は蜘蛛の子を散らすように戦場から離脱していったという。

 「とにかく魔人がおかしくなったんです!」

 と一般兵が口にしたとき、遠くのほうから大気を震わす音がした。

 音と同時にグレートスは、無意識に竜を離陸させていた。

 もう帝国軍になにが起きたのか大体は理解出来た。魔人に何らかの不具合が出て、魔人が帝国軍に攻撃を仕掛け帝国軍は混乱し、散り散りとなったのだ。

 「だから言っただろうに!」

 自分の考えが合っていた。ネントスが創ったものを信用したからこんなことになったのだ! グレートスは、ヌベルが目のまえにいれば怒鳴りたかった。

 いや、現実にそうしてやる。グレートスは、竜に高度をとらせ俯瞰でヌベルの位置を探そうとする。あれほどひしめき合っていたヌベル軍は散開しており、変わってその場には身動きしないヌベルの兵士であろう骸が点在している。

 ――遅かったか

 あの一つにヌベルの死骸があるやもしれない。その光景を目撃したグレートスは、あまりの現状に最悪を思った。

 「――あっ!」

 彼の視界の片隅で動く何かが確認できた。

 視点をそちらに合わせると、まだ戦闘が行われているのか、ちらほらと動く人影が見える。迷うことなくグレートスはそちらに竜を向かわせる。

 「ヌベル!」

 すぐにわかった。黒い鎧を纏った戦士たち――黒騎士に間違いない――が円状に連なり、その中心にいるのがヌベル。黒騎士が何らかの脅威から主人を護ろうとしていることは、遠く離れた空から見ても容易に想像できる。もちろん脅威の対象者は、魔人だ。黒騎士たちから少し離れて佇む人型の巨体は遠目で見てもその大きさが尋常でないことは、一目瞭然だった。しかも他にも約十体ほどの巨人たちがヌベルに近づきつつある。あのままだと確実にヌベルは殺されてしまう。グレートスは、ハルコニアでの魔人の恐ろしさ見知っている。

 グレートスはヌベルの元に急行する。だが、彼もよほど焦っていたのか、高度を下げずにヌベルのいる場所へと急いでしまい、ヌベルの頭上で竜を停止させてしまった。

 だが結果的には、ヌベルのすぐそばまで魔人たちに気付かれずに接近できたことは、グレートスにとっては幸いだった。

 彼は、翼を折るよう竜を刺激した。竜は翼をすぼませ、落ちていくように高度を下げヌベルの目の前に着地した。

 「乗れ! ヌベル、早くしろ!」

 好戦的な性格のグレートスだったが、魔人と一戦しようとは思わなかった。この帝国軍の崩壊ぶりを目の当たりにして、彼という強者でも魔人に対して畏怖するところがあり、またそれと同調して、ヌベルを囲む黒騎士のむこうにいる魔人を見たとき、すぐにこの場を離れなければ――いや離れたいという願望のほうが大きく、戦意なんてものは皆無に近かった。

 だが、ヌベルにはグレートスが抱いた恐怖はないようで、グレートスの救助の声を払いのけるように、

 「この者たちを置いていけない!」

 と徹底抗戦の構えを見せたのだった。

 「バカ野郎!」

 とグレートスが叫んだとき、魔人がこちらめがけて突進してきた。

 「早く乗るんだ!」

 ヌベルの腕を取ると、強引に自分のうしろに引っ張り込み、すぐに竜を上昇させた。ヌベルもグレートスの怪力には敵わず、簡単に竜の背に身を預けてしまったが、

 「おろせー!」

 と、地面に飛び降りようとする。

 「暴れるなヌベル!」

 手綱を握って竜を操りつつ、もう片手でしきりとうしろで動くヌベルを制するのはかなり骨折りだったが、竜がある程度の高度を保つとヌベルも暴れることなく静かになってきた。

 「――バカ野郎!」

 ヌベルが落ちついたと判断したグレートスは、ヌベルの腕を離し、それから間髪容れず怒鳴った。

 「なにを考えているんだ! なぜ早く竜に乗らなかった! おまえがあのままあそこに残っていたら今頃死んでいたぞ。ここでおまえが死んだら帝国はどうなる! え? どうなる!」

 ヌベルは、グレートスの怒号を聞いているのか、顔はさきほどまで自分が立っていた場所に釘づけだった。

 「聞いているのかヌベル!」

 再度尋ねるが、ヌベルから応答はない。無視されていることに憤るグレートスだったが、それならここ最近溜まった自分の鬱憤をこの空の上で吐き出してやろうと決意した。

 「だいたい、魔人なんていういぶかしい存在に頼ったからこんなことになったのだ。ミデールとの戦いもいつも通り、おれの魔竜軍団を中心に――」

 「黙れ!」

 ヌベルは振り向きざまに返した。

 「黙れ、グレートス! 元々の原因はすべておまえから起きているのだ! 貴様が好き勝手に、手当たりしだいに隣国に攻め入ったから帝国は一気に膨張し、その急激な勢力拡大に政務が追い付かず、結果、中身が伴わない国となったのだ。各地の領主は目ざとくその様子を見ている。彼らは侵略者であるわれわれを快く思っていない。もっと言えば、次から次へといくさのための食糧を領地から運び出していく者たちと我々のことを敵視しているに違いない。帝国が弱体化すれば、それを好機と彼らは蜂起し、帝国からそれぞれ独立、割拠していくかもしれないのだ。ふたたび争いの時代となるのだ! そうなれば、被害をこうむるのはこれまでわたしについてきてくれた兵士や国民たちだ。それを防ぐためにわたしは魔人に頼ったのだ。多くの戦で帝国の兵の質が落ち、それを補う形として強大な強さを誇る魔人を創ったのだ。無敵の魔人の威光を全国に知らしめれば、領主らの歯向かう心を萎えさす効果がある! ヌベル帝国にはまだあんな強力な兵団があるのかと、反逆の芽を摘むことができると確信したのだ。ウーンサリスさえ統一すれば、内政だけに注力することができ、結果、国力は上昇し、それを直に感じ取った領主たちも納得し進んで帝国に従い国づくりに協力してくれるだろうとふんだのだ。われわれはそう考えていたのだ。そこまで考えていたのだ! おまえが魔人云々を言う資格などない。なにもわかっていないおまえが、わたしにとやかく発言することなどできないのだ!」

ヌベルもグレートスに対して今まで抱えていた不平不満をぶちまけた。グレートスの革の鎧の背の部分は、ヌベルのつばきで変色していた。

空の上が急に静かになった。

 ふたりとも黙りこくった。

 しばらく竜の翼が風を切る音だけが流れたが、ヌベルが唐突に口を開いた。

 「おまえが根っからの武人ということは理解している。その性格によってカルカニア神聖国との戦いにも勝てたと思うし、他の戦でも助けられたことは多々あった。が、もう少し料簡し、順序立ててやっていてくれさえすれば、内政を整えながら、徐々に国を強くできたのだ。――しかしおまえだけの責任ではあるまい。おまえを野放しにしたわたしにも責任はある」

 ヌベルは手にしていた大剣を鞘に収めた。それから、グレートスの肩に手を置き、その手の甲に額を預け目を瞑った。途端、全身から力が抜けていく感覚に襲われた。グレートスにどこに行くのだと尋ねたかったが、もう声も出せなかった。彼に行き先は任せた。

 グレートスも一言も喋らず、ただ手綱を見るだけだった。

 竜は、やや傾いた陽を右にして、あてもなく空を飛ぶ。


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