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すみません、投稿が滞りつつあります。週に一部以上は投稿できるようにしていこうと思っています。
暗闇で最初に感じたことは振動。そう、何か目隠しされたまま馬車に押し込まれ、その馬車に身を預けているような感覚。むき出しのゴツゴツした大地を、馬車は御者の猛烈な鞭によって暴走しているようで、この激しい振動はいつまで続くのか――しかし自分の肉体は制御できずこの状況から抜け出せないと気をもんでいると、次に音がきこえてきた。なにかが砕ける音。轍が小石でも踏んでいるかのような音。やはり、荒れ狂いながら疾走する馬車に揺られているのだとわかったとき、視界がひらけた。眩しい。異様に眩しい。途端、馬車は停車した。
ここはどこだと窓の外を覗こうとしたが、体は動かないままだ。いやいや、体が動く動かない以前に窓などないし、馬車そのものがない。外にいる。自分はどこにいるのだ? そもそも自分はだれだ? 誰なんだ? 大地が見える。凹凸激しい地面。ここは荒野か? 荒野に自分の足の裏を支えに立っているのか? 土の温度、突起物の感触、はない。皮膚もなにも感じないのか暑さも寒さもわからない。視力はある。目玉を動かすことはできず一点を見つめたままの視界だったが、目は見える。手のひらが確認できる。ぼやけているが手が見えるのだ。誰の手だ? ぼやけてよくわからないが、明らかに肌色がおかしいということはわかった。壊死しているのか? しかしどう考えてもこの掌は自分のものだ。視界的に考えて。手前から腕が伸びて開いた掌につながっている。これは自分のものだ。確証はなにもないが、そうなんだろう。試しに指を動かそうとおもった。動かない。やはり動かない。聴覚も相変わらず機能しているようで、音がきこえる。この音はなんだ? 風。いや風の音だけでない。風に紛れてなにか聞こえる。これは…………馬蹄。複数いる。こちらに近づきつつあるようで、音はどんどん大きくなってくる。来る。野生馬の群れなのか、騎乗された馬なのかはわからない。背後で馬蹄が轟いている。ぶつかる、ぶつかるぞ! だが、馬蹄は寸前でやみ、変わって聞こえたのは馬の嘶き。それもやむと、馬の背からだれかが大地に降り立つ音がした。続いて足音。そのうしろからも足音が疎らに聞こえる。複数人いる。目的はなんだ? 体が動かない。恐怖だ。なにかされる! と、突然誰だか視界に現れた。背後から廻り込んできたこの者は誰だ? 謎の人物はこちらに向きあうと、被っていた頭巾を捲りあげた。一驚した。眼下に立つ者は死神。この者は死神だ。見たことはないが、これが死神だろうとおもわせる風貌――顔色は青白く、双眸が異様に窪んでいるのか眼光がまったく感じられず、魔界にでも通じているような二つの暗い穴がそこに存在しているようだった。 目も背けたくなるような異形な姿だったが、瞼は閉じれず、眼球すら動かせない。せめて死神が視線の中心からすこしでもはずれていたら容貌がぼやけ直視せずにすんだと落胆していたら、その死神がこちらを見上げ小さい顎を動かしなにやら喋りはじめた。意味はわからないが、不思議ときいたことがあるような気もする。死神が意味不明の言葉をまくしたてている間に、他の騎乗の士も馬をおり彼のうしろにやってきた。彼らの表情はよくわからない。死神は必死の形相でまだ口を動かしている。
――だめですか、ネントス様
言葉がわかる、わかるぞ。これは死神のうしろに立つ者の声だ。言葉が理解出来た。だが、ネントスとはどういう意味だ。なにをさしているのだ。
「まったく反応せん」
死神がこたえた。この言葉もわかった。
「もう一度試してみる」
死神はそう言うと、また意味を成さないなにかを喋り出した。なにを言っているのかわからない。わからないが、この音の羅列と死神の声色には聞き覚えがある。どこだ? どこできいた? 必死に思いだそうと苦悶していると死神は意味不明な言葉の詠唱をやめた。死神は、細い首を伸ばし、こちらをまじまじと見つめてくる。
「こいつ、ゼーラに似ていないか?」
唐突に死神が言った。
「えっ?」
死神のうしろから驚きの声がきこえた。
「ほら、この者、ゼーラだ、間違いなくゼーラだ」
死神はニタニタ笑っている。かれの後ろに佇む数人からも、「そう言えば、」「言われてみれば」などの同意する言葉がきかれる。
「ははは。ほれ、この額の傷。こやつがパレルモンの大広間で、髪を掻き上げながら、いくさで負った傷と誇らしげに披露したときに拝見したものぞ」
こちらを指さし、死神は相変わらずニタニタしている。
「ある戦いで戦況が劣勢に陥り、こやつがしんがりとして大軍を迎え撃った時に受けた傷と酒臭い息をはきながら、威張っておったわ」
まだ死神は、浮き出た頬骨を吊り上げ、笑っている。死神は知っている、こちらの存在を知っている。
「大した戦士だったんだよな、ゼーラ? それがどうだこのザマわ。髪の毛はザンバラ、着衣は腰に革一枚を巻きつけているだけ。しかも石像のようにもう身動き一つもできない。もうおまえが昔のように華麗に戦場を疾駆することはない」
さっきからゼーラゼーラとこちらにむけ口にしている。なんなのだゼーラとは? ――うぐお! なんだ、急に激痛が起こった。頭だ、頭が痛い。
「まぁ、おまえが動けなくとも、残った貴様の手下が奮闘し、ミデールとの戦いも無事終焉をむかえるだろう」
激痛は続く。いつまで続くのだ!
「ネ、ネントス様。今、この魔人の瞼が動いたような気がしたのですが……」
「なに? そんなわけあるまい」
ネントス、ゼーラ、ネントス、ゼーラ――
「ほら見て下さいネントス様、たった今も!」
――――はっ! こいつ……、死神、ネントス。そうだ、死神の名はネントス。そして――おれは、おれは――
――ゼーラ!