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幻想譚   作者: 国分
3/14

神様の居ない世界2◇


それ、最高じゃないか!



ケラケラと笑う声がして、また何かやらかしたのかと顔を向けると『それ』は『彼』の前で腹を抱えて笑っていた。

目尻に涙を浮かべて笑う『それ』に『彼』は困った様子で周囲に助けを求めたが、人が行き交うこんな大通りで爆笑する奴と関わりたくないとばかりに距離を置かれている。

正直、俺も関わりたくない。が、そんな心情を知っているだろう『彼』は此方を見つめて捨てられた小動物の様に無言で訴えかけてくる。



お前な、少しは慎みを持てよ。

慎み?



腹を潜り、俺が嫌な顔をしながらも話に割り込めば『それ』は心底不思議そうに瞳を瞬かせた。



まさか…知らないのか?

知ってはいるさ、しかし…笑いたい時には笑わないのが、慎みになるの?

いや、そうじゃないけど…そんなに面白かった?



『彼』が不安に瞳を揺らして尋ねるのに、俺は話を知りはしないが絶対の自信を持って『彼』の頭を撫でた。



お前は悪くない。コイツの常識が無いだけだ。

酷いなぁ。これでも日々学んでいるんだよ?

…へぇ…じゃぁ、何で笑ったんだよ。



俺の問いに『それ』は胸を張って、そして再び爆笑した。



だって…っ!



「『魔物』と仲良くなれるかな」


思わず呟いた声は虚しく部屋の中で消えていく。ポタリと握り絞めていたペンからインクが零れ落ちて紙に黒い染みを滲ませた。



「…まぁ、笑っちまうか」


遠い記憶の自身は『それ』と共に笑わずに『彼』を憐れむ眼差しを向けていた、筈だ。


「…お前、それはコイツが騎士と肩を並べて互いを称える様なもんだぞ」


そう、言った気がする。その後、あれを覚えていたのか『それ』が実際に騎士と手合わせをした際に、軽々とコテンパンにしたクセに笑いながら騎士を誉めていない誉め言葉で称えて。暫くは姿を見つけられると斬り付けられていた。


「そういや、不思議そうにしてたよなぁ…まぁ、馬鹿だからしょうがねぇが」


伝統と誇りを重んじる騎士を罪の無い犯罪者の冒険者がぼこぼこにした挙句に『そんな誇りと腕で王や民を守ろうとしている何て、凄いですね』だ。

しかも、嫌味ではなく本心からと理解出来る滅多に見れない満面の笑みを浮かべて。背後で『彼』が卒倒しそうだったのが、今は無性に懐かしい。紙を新しいのを出そうかとも思ったが、また一から書き直すのが面倒で染みを気にせずに続きを書く為にペンを走らせる。



ジーク



確かに少女はそう口にした。今は既に呼ばれる事の無い名で。

そこから考えられるのは、一つの希望であり多くの絶望でもある。


「俺は別にそれても構わねぇんだが…そういう訳にはいかねぇんだよなぁ」


書き進めている紙はなかなか終わりそうに無い。ため息を吐き出して、ペンを机の上に放り投げた。


最後に知っているのは、やはり笑ったままの姿で。

最後に見たのは、結局涙を流して絶望してる姿だ。



もう、良いだろう。

放っておいてやろう。

充分だ、充分過ぎる。



そう自身は考えているのに、世界はどうも違うらしい。しかも、今回は望んでもいないものまで勝手に巻き込みやがる。


シモーヌの存在だ。


少女と出会ったのは、正直に言えば奇跡に近い。今なら仕掛けがあると思えてならないが。

事実、町に襲撃しようとする魔物が目に見えて減った。町の周辺にも小さなドグルさえも姿を見せなかったのだ、怯える様に隠れてしまったみたいに。



魔物は力に従順だ。勝てない敵には攻撃を受けた、非常時のそれ以外には怯えて巣に隠れてしまう。



これは昔に教えられた事でもあり、自身の経験でもある。ユフクスが、現れる際にぱったりと魔物どころか生き物が全て消えてしまった。

だからこそ、話を聞いて己が動いた。軍団一の問題児を送る話もあったが、『かみさま』が死んで以降より姿を消したユフクスを恐れて調査に乗り出した。

シモーヌを見つけられたのは、本能とでも呼ぶべきか。導かれたとも言うべきなのか。


「…あれが、魔物って訳でも無いだろうな」


魔物と生き物を見分けるのは簡単だ。魔物には身体の何処かに必ず命輝(メル・ディス)が見える。そして、魔物は生き物を恨むが故に魔物『以外』の存在を襲わずにはいられない。

例外はあるが、全ての魔物は生き物を恨む。とある狂った奴は仮説を立てたがそれは、生き物には自身で魔力を作るらしい。命輝を使わなければ魔法も使えない人間も、そうだ。日々の生活で魔力を作り、それによって生きているのだが。魔物にはそれが出来ない。

魔物は、魔力を作れない為に生き物を襲い、魔力を喰う。その魔力が体内で循環せずに結晶化したのが命輝らしい。



話は良く解らないが、つまりは襲う存在。



シモーヌにはそれが無かったから、魔物では無いだろう。知り合いに頼んで『人間』の確定をされた。

それに、泣いていたのだ。ずっと、親の名を呼んで。



お父さん、お母さん。

痛いよ、助けて。



あれが、魔物であってたまるか。



身元も不明だが、泣きながら頭を撫でた手を掴んだ少女の手は小刻みに震えていた。そんな少女を守ろうと、決めるのは時間の問題だったのは語るまい。


「…所で、お前は何処に居るんだよ…ジル」


呟いた言葉に返す様に『あの日』の叫びが、胸を抉る。



俺は英雄なんかじゃないッ!

…唯の、人殺しを英雄と呼ばないでくれ…。



一体、彼は十年前に『何を』知ったのだろうか。問い掛けようにも、問い掛けるべき相手は居ない。

何せ全てを知るであろう『かみさま』は、人間が殺してしまったのだから。

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