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幻想譚   作者: 国分
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神様の居ない世界◇

十年前、この世界は最大の危機を迎えた。太古に滅んだとされる『魔物の王』の種族である『ユクフス』が現れたのである。

ユクフスはダラルというこの世界一の大国を一夜で滅ぼし、魔物が世界中に蔓延った。各国の騎士はユクフスと魔物の襲撃に命を落とし、小国が一つ、また一つと滅ぼされ。人間と魔物の攻防は人間の負けかと人々が絶望した。

そんな中、国として認められなかった商人達の集う都市が全世界に散らばっている冒険者と傭兵達を一つに纏め上げ、『対魔物専用の戦闘軍団』を現在の英雄王が治めるティリアリアから支援を受けて設立。当時の冒険者は世界を渡る『国無し』と呼ばれる罪の無い犯罪者とされており、市民からも忌み嫌われる存在であった。事実、冒険者になるのは国から国民である事を奪われた咎人や、何らかの事情により身元を隠す者と魔物によって孤児となった、また捨てられた者達が多かったという理由もある。

だが、彼等に英雄王は自国の全ての技術を教え、商人達が蓄えた全ての財を投資した結果。元々、魔物との戦闘に慣れ親しんだ冒険者達の力のお陰で魔物の侵略に拮抗する事が出来たのだ。

その拮抗した戦いにて、光の英雄『ジルクベルト・ハシュナー』が英雄王と共にユフクスの本拠地へと乗り込み、見事に『魔物の王』であるユクフスを束ねていた存在を討ち果たす。

これによって、魔物は統率を失い、人間は今も魔物との戦いを続けながらも存在し続けている。


「で、この町も騎士が守りに来れねぇから俺達が派遣されている訳だ」


ベッドに横になっている晴香に、グラハムが日に焼けた丸太の様に太い腕を伸ばして頭を撫でる。


「それで、何か魔物が騒がしいって住民から言われてちょっくら退治しようと出掛けたらシモーヌが倒れていた訳だ…思い出したか?」



思い出せません。



晴香をシモーヌと呼ぶグラハムの事も、自身が此処に来る前の出来事さえも一切の記憶がない。晴香が返答に困り果てた時に、脳裏に浮かんだのが異様につり上がった口元。


「…あ」

「何か思い出したか!?」


グラハムが二度目の問い掛けを口に出しながら身を乗り出した。晴香の頭の一つ以上も大きな体格に強面の古傷の多い顔を迫られ、晴香が怯えて身体を後ろへと退く。それに気付いたグラハムが気まずそうに米神を指で掻きながら椅子に座り直した。


「悪い、つい熱くなっちまったな」

「い、いえ…えっと、確か」


晴香が首を左右に軽く振ると、意識が朦朧とする狭間で聞いた声を思い出そうと唸る。

僅かに残っている意識に深く刻まれたのは、やはりあの不自然な程に歪められた笑み。ただ、何かを言っていた筈だ。『それ』は、何を言った。


「…何かを貸して…ほしい」

「何か?」

「後は、探して欲しいって…そう、言っていたと思います」

「探して、か…繋がっているのか?」


息を吐き出して首を傾げるグラハムは、顎に生えた無精髭を撫で付ける。


「命輝かそれとも人か…人なら貸して欲くれって言わねぇよな。シモーヌに頼んだ…なぁ」


グラハムの目が「こいつ、戦えねぇよな。死にかけてたし」とあからさまに晴香に告げている。どうしてこんなに親身になってくれるのか疑問に思いながらも、捨てられる不安に晴香はグラハムに問いかけなかった。

腹部の傷は順調に塞がりかけている。最初に見た女医は晴香の前に現れなかったが、腰の曲がった好好爺の医師が頻繁に晴香の元へとグラハムに連れられては、何かを晴香の腹部に押し当ててくる。

輝石と教えられた何かは青い硝子の欠片で、この欠片の力を使って晴香の傷を癒してくれているらしく。実際、晴香も淡い光を受けている間は腹部の奥が温もりに包まれると共に痛みが和らいだ。



ようこそ、神なき世界へ



「…あの、神様は」


耳に囁かれた様に思い出した言葉をグラハムに尋ねようとした晴香は、急に表情を無くした男に驚いた。


「…かみさま…知ってるのか?」

「あ、あの。その、言っていたんです!神様のいないって!」


突然、低く唸る様に威圧を含んだ声を出したグラハムに、晴香は恐れて口を開く。


「笑っていたんです!生きたいかとか言っていた気がする…それで、死にたくないって言ったらッ」



何か言わなくては。目の前のグラハムが恐ろしく、晴香は朧気な記憶を必死でかき集めて投げ付ける様にグラハムに話した。


「私、死にかけていたのに笑って死にたくないなら助けるって!それで、それで…ようこそって言って。あ!ジーク!ジークを探して欲しいと言われたんです!神様って、ジークって名前なんですか!?」

「ジー…ク…」


今度こそ、死んだ。



グラハムがスッと表情を無くしたのを確認し、晴香が小さく息を飲み込んだ。

軽く首の骨を折られるのか、三階であろうこの部屋の窓から放り投げられるか、大きなその手で頭を握り潰されてしまうのか。考えれば考える程にグラハムが彼の言う『魔物』に思えてしまう。


「…そうか」


死を覚悟した晴香の目の前で、グラハムが静かにそれだけを呟いた。


「ぁ…あ、の…」

「…ん…ぁあ、そうだな。かみさまってのは、居ない」


怯えきってしまった晴香にグラハムは苦笑すると、膝に肘を乗せて何処か懐かしむ様に目尻の皺を増やして瞳を細める。


「むしろ、そのかみさまってのは死んじまってるんだ」



ようこそ、神亡き世界へ。



「俺達、人間が信仰するのは二つだけだ。偉業を残して死んだ奴を讃える『英雄信仰』これは、俺が昔にそうだった。もう一つが海の向こうのお国が信仰している『白黒信仰』…これは、あれだ。善い行いをした奴は死んだ後に白い門を通れて、幸せな楽園に逝ける。逆に悪い奴は黒い門が迎えに来て、そいつを魔物にしちまうって信仰だ」


一度、言葉を区切るとグラハムは「んで、よ」と呟きながら晴香に笑う。


「ユクフスが信仰しているらしいもんで。ユクフスの王様がそうだった…『かみさま』を殺したのが、光の英雄『ジルクベルト』…俺の昔の仲間で、そいつは『ジーク』とも仲間に呼ばれていたんだよ」



そう告げた彼の笑みは、とても寂しげだった。




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