1.爺さんと俺
俺がまだ小さくて、世界は俺と俺の家族を中心に回っているのだと本気で考えていた当時、近所の河原には爺さんが住んでいた。
要するにその爺さんはホームレスで、河原にテントを張って暮らしていたわけだが、小さかった俺にはそんなことは分からなかった。ただ、近所ではなかなかの有名人だったらしく、俺は母親から河原で遊ぶなとさんざん言われて育った。正直で気が弱くて虚弱体質で両親がとても好きだった俺は自分の親に逆らうなんて考えもしなくて、その爺さんを遠くからしか見たことはなかった。
そんな俺も成長し、世界はあくまで地動説で動いているのだと理解し、子供だったころの万能感も薄れていったころに、俺は反抗期に突入した。
中学生だった。
思い返してあらためて感じるが、思春期というものは本当に面倒くさいものだ。身の回りにあるものすべてが気に喰わず、本当は大好きで仕方ないはずの両親につっかかり、自意識過剰なせいで好きな子に自分の想いを伝えることもままならず、挙動不審な行動をとって後悔したりもした。
でもそれらも過ぎ去ってしまえばなんだか懐かしく、また経験してみたくもある。
人間は良くない経験すらも、美しい記憶に改ざんして脳に収納することができるのだ。
それはともかく、反抗期の真っ最中だった俺は両親にとにかく反発した。そして反抗の一手段として、両親がしてはいけないと言ったことを、行動に移すことにした。
つまり、ホームレスの爺さんに接触することだ。
中学生になった俺は当然小さかったころとは違う。
体力はついたし身体も少しずつではあるが筋肉がつき始めたし、生えるべき場所にちゃんと毛も生えてきた。
俺は自分が大人に変身していることを自覚した。
大人になるということは、両親やホームレスの爺さんなんかと対等になるということだ。
今にして思えば、それもまた思春期の子供らしい勘違いだったわけだが、当時は本気でそんなことを考えていた。
爺さんは俺が中学生だったころも河原に住んでいて、変わらぬ日常をすごしていた。
河原までは自転車で行った。河原に着くと、近くの道に止めておいた。どうせ田舎だし、路上駐車したところで誰も困らない。そもそもこんなところを車で通る人間を俺は見たことはない。
爺さんは河原で何かを焼いていた。近づいて、それが魚であること知る。スーパーで買ってきたわけでもないだろうから、自分で捕まえたのだろうか、と思った。
俺の接近に気づいた爺さんがこちらを向き、おやっという顔をする。俺は困る。
爺さんと会って、何をするかをまったく考えていなかったからだ。
「あの……、こんにちは」
とりあえず挨拶をした。爺さんは少し不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「ああ、こんにちは」
とても人懐こい笑顔だった。
「何か用かい?」
「あー……」
「まあいい。食べるか、これ」
爺さんは魚を指差す。答えに困っていると「ほれ」と言って串刺しになっている魚を一匹、俺に手渡した。爺さんは自分の分も手に取ると、すぐに頬張る。
正直言うとあまり食べたくなかったが、もらったものを返すのもどうかと思い、口にする。魚は塩がきいていて、意外とうまかった。
それから二人で魚を食べながら、話をした。主に爺さんが質問して、俺がぼそぼそと答える感じだった。
それが俺と爺さんの最初の出会いだった。
楽しかったかと聞かれると別に楽しいわけではなかったが、その日を境に俺は爺さんのところに頻繁に遊びに行くようになった。
そのたびに親しくなり、俺と爺さんはすっかり仲良くなってしまった。
そんなことをしているうちに俺は中学を卒業し、高校生になる。




