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シェイド・パイオニア  作者: 夕霧ありあ
第二章 王都フィエント
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王都フィエント -1-

 それから、ゼフィア、アーネスト、カトヤの三人は馬車に乗り、王都フィエントへと向かった。

 馬車に乗る前に、ゼフィアは自身の白いローブをカトヤに貸す。ローブがゆったりとした作りで、カトヤは小柄かつ華奢であったため、袖がぶかぶかになっていた。だが、彼女の着ていた病人服はぼろぼろで、所々に血の跡が付いている。どうしても目立つ姿を隠すためのその場しのぎとしては十分だろう。

 そのゼフィアは、上着代わりのローブの下にタイのついたブラウスとベストにパンツスタイルといった男性的な服装を好んで着ていた。

 向かい合う形になった四人乗りの馬車を、三人で乗る。だが、アーネストの隣には彼の剣がもうひとつのスペースを占拠していた。よく見ると、彼の剣の全長は、剣と向かい合ったカトヤの背丈と同じほどの長さであった。それを見て、彼女はえらく感心した様子だった。

 ゼフィアもアーネストも口数が多いほうではないが、饒舌なカトヤがいることで車内は賑やかなものとなっていた。

「わたし、馬車に乗るのってはじめてなんだ!」

 出会ったとき、彼女は記憶喪失であるということに悲観している様子だったが、今はそんな様子はみじんも感じられない。馬車に乗るということでさえわくわくしていた。記憶のない彼女が目にするものは、何もかも新鮮なのだろう。

 アーネストの話を聞くと、彼の仕事を斡旋する魔物対策組合とゼフィアの仕事場である研究所とは、そう遠くない所にあるらしい。魔物退治にあまり縁のなかったゼフィアからしてみれば、はじめて聞く話だった。偶然出会ったアーネストと今まで近い場所で仕事をしていたということも不思議な心地だった。

 フィエントの市街地まではあまり時間がかからなかった。降りた場所はフィエントの街の北西部で、中心地からは少し離れてはいたが、馬車を降りた瞬間に空気が違うことは感じられた。

「わあ、人がたくさんだー!」

「当たり前だ、この国の中で一番人口が多い街なのだから」

 街の様子に、子供のように目を輝かせるカトヤ。アーネストは、そんな彼女に呆れ半分だった。

 カトヤは十六だと言っていたが、見た目も言動も、彼女が自称する年齢よりどこか幼い所があった。

 街灯や石造りの建物が並び、足下は際限なく舗装された街並みには、老若男女を問わない人々が行き交っていた。恐らく経済的に余裕があるのであろう、身なりの整った人々もいれば、近頃目にするようになった、動きやすさを重視した軽装の人々もいる。中には、みずぼらしい格好をした人も見受けられた。

 大通りには馬車が行き交っていたが、中には自動車もみられる。魔法を動力とするエンジンを搭載する車は、魔法機関の発達を示していた。けれども、まだ自動車は高級品であったために、乗るのは裕福な人間か、よほどの自動車好きかのどちらかであった。

 故にフィエントは、多様性に満ちていた。

「人混みって、あまり好きじゃないのよね……」

 相変わらず賑やかなフィエントの様子に、ゼフィアは思わずため息をつく。

 日に日にこの街の人口は増している。その数は五十万と聞いているが、実際にはもっと多いことだろう。職を求める人々が地方から集まるためだ。

「その気持ちは分からなくもないがな。だが、彼らにも事情があるのだ。仕方がないものだろう」

「ええ。私も、魔法を学ぶためにここにきたのだから」

「そうか。今日はもう日が遅いが、互いに仕事の報告をしなくてはな、ゼフィア。カトヤ、お前は明日、俺と一緒に来い。まずは組合に心当たりのある人間がいないか聞いてみようと思う。それでいいか?」

「了解よ」

「明日、そのくみあいって所に行くの?」

 残されたカトヤは、ぽかんとしたままアーネストに尋ねる。

「ああ。また明日、ここで合流しよう」

「なら、今日はもう解散かしら」

「ああ」

 そしてゼフィアたちとアーネストは、別々の帰路へとついたのだった。



「ただいま帰りました」

 ゼフィアは下宿先へと帰ると、三十代ほどの女性へと挨拶する。

「ゼフィアちゃん、おかえり」

 女性は、暖かくゼフィアを出迎えた。

 彼女はサニアといい、ゼフィアの親戚であった。フィエントへと上京した際、その縁で彼女の家に下宿を頼んだのである。——正確には、ゼフィアの両親からの依頼であるが。

「あら、その子は誰?」

 サニアはカトヤの姿を見るなり、首をかしげる。自分が客人を連れてくるのはさぞ珍しいのではないか、とゼフィアは考えた。

「カトヤよ。訳あって、今日この子を部屋に泊めてもいいかしら?」

「構わないわ。って、あなた、怪我してるじゃない? なら、ちゃんと家でゆっくり休みなさいな」

 サニアも、カトヤが訳ありであることを察したようだ。

「わたし、まだ元気だよ」

「そんなことを言ったって駄目よ。今日はもう大人しくしていること」

 サニアにたしなめられると、カトヤは大人しく従った。彼女は元気な素振りを見せていたものの、本当は疲れていたのか、夕食を食べた後、すぐに眠ってしまった。

 ゼフィアもまた、早めに休息をとったのだった。


  ◇◆◇


 翌日、アーネストはカトヤと合流すると、魔物対策組合へと向かった。

 魔物対策組合の北フィエント支部は、五階建てになっている、ある中層ビルの一階と二階にあった。人口密度の高いフィエントにしては、わりと床面積が広い建物だ。一階はハンターたちが集い、仕事を探すロビーになっていた。受付もここにある。二階は、組合の職員たちが働くオフィスであるらしい。

「アーネストさん、お疲れさまです! ……ん? その子誰? 妹か何か?」

 アーネストが組合の扉を開けると、カウンター越しで受付嬢が出迎えていた。だが彼女は、カトヤを見るなり不思議そうな顔をする。

 受付嬢はエミリアという名であったが、最近組合で働き始めたばかりの新人だ。栗色の髪の毛を一本で結っている、カトヤよりも少し年上とみられる少女だ。張り切って受付に立っているのはいいが、少々元気すぎる所があった。

「わたし、カトヤだよ」

「カトヤちゃんかあ。よろしくね」

 互いに笑顔を交わすカトヤとエミリア。

「そのカトヤは、成り行きで知り合った女に預けられた。そいつに助けられたらしいのだが、ちょっと訳ありでな。こいつのこと、何か知らないか?」

 一方でアーネストは、敢えて記憶喪失と言わなかった。信じてもらえるかどうかも分からないし、騒ぎになるかもしれない。万が一知り合いであった場合に話せばいいことだろうという判断だった。

「うーん、わからない。見たことない子だよ。その紅色の瞳とか、目立つだろうけど……」

 エミリアは、頭をひねらせる。

「なら、誰かこいつに心当たりのある者はいないか?」

 アーネストは組合にいるハンターたちに、カトヤを知っている者がいないか尋ねた。

「そんなガキ知らんぞ」

「見覚えないな」

「初めて見たけど、かわいい子だね。一緒にお茶でもどう?」

「すまない。手間をかけさせた」

 同業者たちは一斉に首を振る。中には彼女をナンパに持ち込もうとした者もいたが、アーネストは放っておくことにした。

「そっか……残念」

 そんな彼らの様子に、カトヤはしょんぼりとした。

「というかその女の人って、美人だった!?」

「うん。ゼフィアがこのローブを貸してくれたんだ」

「いや、あなたに聞いたつもりじゃなかったんだけど……」

「話を脱線させるのはやめろ、エミリア。否定はしないがな」

 どうやら彼女はゼフィアのことが気になったのらしいが、その興味の方向性はどこか本筋から逸れていた。

 爆発事故の件といい、カトヤの件といい、そもそも事態を複雑にしているのは、殆どにおいてゼフィアが原因だ。もしも彼女と出会わなければ、普段と変わりなく依頼の完了報告を済ませていたことだろう。

 しかし彼女はどこか風変わりな所があるが、間違いなく美人だ。けれども、眼鏡越しに見える彼女の瞳は、強い意志を感じさせながらも、どこか未熟さが残っていた。

「ふーん。なるほどねえ。アーネストさんって、いかにもストイックって感じだし、彼女がいるって噂を聞かないからなあ」

「へえ。別段付き合っている人間がいないのは事実だが、噂に振り回されて楽しいか?」

「だって気になるじゃないですか……って、本当にいなかったんですか!?」

「それは俺の勝手だ。早速本題に入るぞ」

「えーっ」

 アーネストは真顔で言い切った。放っておくと、彼女は関係のない方向に話を持って行こうとするからだ。その殆どは意味のない話でしかない。

 エミリアは渋い顔をしていたが、ここで流される訳にもいくまい。

「結論から話すが、依頼は無事完了した。だが、問題がある」

「どういうこと?」

「工場が爆破された。自爆装置が仕組まれていたんだ」

「それじゃあ、魔物は倒されたと考えていいんじゃないかな? でも所長に意見を聞かなくっちゃ。所長ー!?」

 所長と呼ばれる人物を奥から呼び出すエミリア。

「経緯を教えてくれないか、アーネスト」

「はい」

 カウンターの前に現れた所長に、アーネストはゼフィアのことを含めて簡単に経緯を話した。

 所長ことリカードは、この組合の中で最も権威を持つ人物だった。短く整えた鳶色の髪に眼鏡をかけた、切れ者のような印象の中年の男性だった。前線に出ることは滅多にないが、机上の仕事において高い実力と責任感を持っていた。

「なるほど……嘘には思えないな。ゼフィアさんのことはともあれ、ひとまず魔物は討伐できたのだ。報酬をやらなくてはな」

「ありがとうございます」

 リカードはアーネストに報酬の紙幣を数えて渡す。その様子を、カトヤはまじまじと見つめていた。

「ところで所長、この子に見覚えはありませんか? 彼女を見かけたという者を知っていませんか?」

 報酬を受け取り、財布に仕舞った後、アーネストはカトヤに目配せをした。

「知らない子だな。そういう話も聞いたことがない。まあ、結果とはいえ魔物の拠点がなくなったのだ。廃墟のことを気にすることはなかろう」

「そうですね……。とりあえずカトヤ、他に心当たりのある人がいないか探してみよう」

「わたしの記憶を探す旅だね!」

「では、これにて失礼します、リカード所長」

 アーネストとカトヤは魔物対策組合を後にする。

 カトヤははりきって記憶の手がかりを探そうとしたものの、結局手がかりが見つかることはなかった。アーネストは半ば駄目もとであったが、フィエントは広いのだ、まだ探す余地はある。しかし、もうじきゼフィアと合流する時間になっていた。

「収穫はゼロかあ……ってあれ、ゼフィアじゃん!」

 カトヤは遠くに見えた、赤髪に白いローブを着た女性に向けて思いっきり手を振った。ゼフィアはそのサインに気付いていない様子であったが、懲りずにカトヤが手を振り続けると、ようやくこちらに目を合わせ、ぎこちないながらも手を挙げた。

「どうしたの、ゼフィア?」

「……仕事、なくしてしまったのよ」

 ゼフィアの口調は、どこか他人事のようだった。しかしその言葉は真実なのだろうと、アーネストは確信していた。


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