縁を呼ぶ廃墟 -4-
ゼフィアはただ、男の剣さばきに呆然とすることしか出来なかった。
目の前に見えたのは、血溜まりと既に息のない魔物の姿だった。
魔物の亡骸を見渡してみても、残っていた傷跡は、ただ一つだけ。
彼の一振りは、正確に魔物の急所を狙っている様子だった。剣に詳しくないゼフィアでも、それぐらいは読み取れる。
「お前、この場を離れろ!」
「は、はいっ」
男の声で、ゼフィアは我に帰る。ここにいては邪魔だ、という響きが含まれていたような気がした。
出来るだけ、魔物から遠くに離れようとする。魔物の一部は、そんなゼフィアを追おうと走り出す。
「ついてこないで」
機械の物陰に隠れようとしても、魔物が気付かない訳はない。
ゼフィアは逃げつつも、魔法で応戦しようとした。
術式をじっくりと解いている暇もない。彼女がその場凌ぎで使ったのは、護身に使う、初歩的な炎の魔法だった。
小さな火の玉を幾つも背後に作り、魔物に向けて発射する。走るゼフィアの背中は、じんわりと熱を感じていた。
そんな中で、ゼフィアは何かを思い出した。離れろと言われたためとっさに離れたのはいいが、何か大事なことを忘れている気がした。
そう、それは、警備用ロボットのことだ。
黒髪の青年は剣を手に、魔物と戦っている。だが、ロボットを剣で相手にできる訳が無い——!
ゼフィアはとっさに元いた場所へと戻ろうと駆け出していた。
癖のある、長く伸ばした赤い髪がふわりと揺れる。
自身の目的とする調査はまだ行ってもいない。それに、男は魔物を退治するためにこの場所へと足を踏み入れたのだろう。
利害関係は一致した。だからこそ、この戦いには早く決着をつけなければならなかった。
「数が多いか……って、どうして戻ってきたんだ!」
男は次々と魔物を斬ってゆく。その一連の流れは、まるで水流のごとく。
そんな中でも自身が戻ってきたことに気付くなんて、どれだけ器用なのだとゼフィアは薄々感じていた。
「少し、考えがあるの」
ゼフィアは自身に無力感を感じながらも、手を貸しても余計なお世話になるだろうかと考えていた。そう、ゼフィアが持つ魔物に対抗できる手段は魔法しかないのだから。
だが、この魔物を根本から倒すには、ロボットをどうにかする必要があると思った。
魔物もロボットも、どうすれば対処できるか——。
考えを巡らせて、ある魔法を行使するという方法を思いついた。
ゼフィアは逃げる中で、手のひらに収まるほどの大きさの電池を取り出した。それを彼女は、ロボットに向かって放り投げる!
電池は放物線を描いて、追いかける魔物の群れの中の一匹に当たった。
少し狙いを外したが、それでも問題はなかろう。これから行使するのは、広範囲の魔法なのだから。
ゼフィアは電池へと魔力を送る。彼女が使ったのは、電気の魔法だった。
魔物やロボットを狙って、電流が流れる回路を魔力で作り上げる。そして、それを電池へと解放。
火花はすぐに弾け飛ぶ。あっと言う間に、電流は回路中を駆け巡った。
ゼフィアが作り上げた魔法回路は、ショート回路の威力を利用したものだった。
魔物たちは皆麻痺している。中には、既に息絶えている個体もあった。
そして、彼らを呼んだロボットはぴくりと動かなくなった。
ああ、これで終わったのだ。ゼフィアが安堵した途端、
「怪我はないか」
そう、男は口にしていた。
「大丈夫よ」
きっぱりとゼフィアは答える。男が長身であるためか、ゼフィアは彼を見上げる形となっていた。
「ならいい。だが、魔法使いが一人で立ち入るべき場所ではなかろう」
「研究所から、調査の依頼を受けていたのよ」
「研究所? ……ってことは、学者の類か。護衛を雇うとかそんなことは考えなかったのか」
「護衛なんて、雇える訳もないわ。お金だってかかるだろうし、信用できるかもわからないもの」
「お前の言い分は分からなくもないが、自分の実力ぐらい、自覚しておけよ」
しばらく沈黙が続く。
何か口にするべきだろうか、とゼフィアは考えたものの、どんなことを言えばいいのかが分からなかった。彼女はもともと口数の多いほうではない。
「あの……この機械、調べてもいいかしら?」
だが、沈黙を破ったのはゼフィアだった。ぼそりとそんなことを呟いて、彼女はロボットのほうへと向かう。
「おい、罠かもしれないぞ!」
「ここに、魔法の気配が感じられると聞いたのよ。もしかしたら、この機械が勝手に魔法を使っていたのかも——」
ゼフィアがロボットに手を触れようとした、その時。
「キンキュウソウチガ サドウシマシタ。ジュウビョウゴニバクハシマス」
無機質なロボットのアナウンスが鳴り響いた。それは、この工場に降りかかる災いの宣告。
「まだ動いていたって言うの……?」
ゼフィアはそんな中で確信した。爆弾を仕込むまでしても、このロボットは仕組みを知られまいとしているのだと。そして恐らく、特別な魔法で動いているのであろうと。
魔法使いも、魔法技術者も、自身が開発したものの技術を簡単に盗まれちゃたまらないからだ。
だがそう考えても、このロボットが工場に放置されていることが不思議だった。人目につかないし、よっぽどの物好きでない限り立ち寄らない場所ではあると思う。けれども、そこにロボットを置いた意図がわからなかった。
光を消していたランプは、ゆっくりと、不吉に点滅し始める——。