縁を呼ぶ廃墟 -3-
ゼフィアが廃工場の屋内の中へと立ち入ると、ところどころコンクリがはがれた、無機質な廊下が続いていく。そんな廊下を少し進んだ先にあったのは、開きっぱなしの扉だった。
扉の向こうに見えるのは、小さな制御室。そして、魔法を動力とする、大きな機械の類だった。役目を終えたそれらは、ただ静かに眠っていた。
ひとつひとつ、ゼフィアは機械を調べていったものの、機械に動いている気配はなかった。
音ひとつもなく、工場はとても静かだ。ただ、歩くときにブーツの足音が響くだけ。そんなブーツの音も、どこかに潜む魔物たちには聞こえていまい。
魔法の気配を調べろ、という依頼ではあったものの、魔法が使われるであろうとまずはじめに考えられる、工場の機械たちが動いた形跡はなさそうだ。
果たして、気配消しを使う意味はあったのだろうか? ゼフィアは考える。
だが、まだ全ての場所を調べた訳ではない。あまり大きな工場でもないために、すべての場所を調べる事もできそうだ。
ゼフィアは紙を取り出して、工場の見取り図を大まかに描きながら、工場の中を歩き回っていった。
しかし、しばらく工場の中を見回ってみても、めぼしいものは見当たらずしまいだ。
そんな中でゼフィアがたどり着いたのは、最も奥にあり、この工場でもっとも広い空間である倉庫だった。
鉄材がむきだしになっており、この建物を支えている構造が見える。ところどころにさびが見受けられたが、なんとかそれらは建物を支えようと必死になっていた。
目を引いたのは、倉庫の奥にそびえ立つ、数々の機械の中でただ一台浮いている、ゼフィアより頭ひとつ程低い高さの機械だった。
ゼフィアは、女性の平均、それかやや高いほどの身長だ。だから、そこまで機械は巨大な訳でもない。しかし、その機械は、細部まで凝っていた。上部は、黒いドーム状の形になっている。
何か手がかりになるものはないかと、ゼフィアは機械を見つめた。すると、機械の様子が一変したのだ。
ドームのすぐ下にあるランプが点滅する。そして機械は大きく震え始め、耳をつんざくような音がした。たくさんの機械に紛れ込まれていて気がつかなかったが、これは警備用のロボットだったようだ。
ロボットに気を取られているうちに、ゼフィアは魔物に囲まれていた。ロボットが起動音を放つことで、どこかに潜んでいた魔物が目を覚ましたらしい。
魔物は、獣のようなものからガス状の得体の知れないものまで、様々な姿をしていた。
このように、多様性をもった魔物の群れが現れる事は珍しい。魔物は単独で生活したり、種類ごとに群れを作る傾向があるからだ。一体どのようにして彼らは共存していたのか。それは、廃工場という空間が作り上げた生態系なのかもしれない。
逃げようにも逃げられないこの状況。さあ、どう打開するか?
——水よ、刃となれ
ゼフィアは手持ちの水筒を開けて、そう念じる。すると、水筒の中の水は次々と舞い上がり、刃物の形を作り上げた。
魔法は奇跡の力ではあるが、無から有を生み出す事は出来ない。ゼフィアが使った魔法は、水を魔物に対抗する攻撃手段へと変えるものであった。
ゼフィアはすっと、天井へと指先を向ける。それは、魔物に向かって進めという、水で出来た刃への命令。
水の刃は、意志を持って魔物へ襲いかからんとばかりに突進した。
刃は魔物に突き刺さると、もとの姿であるただの水に戻っていた。
それでもまだ、生き残った魔物の数は多い。
心臓の鼓動が止まらない。次はどう仕掛けるか、早く考えなくては。それがゼフィアの心に焦りを生み出した。
そんな一瞬の隙に、魔物はゼフィア目がけて突き進む。
次の魔法を使うため準備をしている間に、徐々に距離が詰められていく。ゼフィアは無事では済まされないことを覚悟した。
そんな時、倉庫に現れたのは黒髪の男の姿だった。
「騒がしいと思ったら、ターゲットはそこに集中していたのか」
男性にしては長めの黒髪は、下のほうで一つに結わえてある。長身に、鍛えられているのであろう引き締まった身体。機動性を重視した、使い込まれた防具を身にまとい、帯剣している。そんな彼は、まさに戦うことを生業としているいでたちであった。
ゼフィアが魔法を行使しようとするその前に、男は剣に手をかけ、魔物目がけて走ってゆく。そして魔物に向かって、一閃した——。