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シェイド・パイオニア  作者: 夕霧ありあ
第一章 縁(えにし)を呼ぶ廃墟
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縁を呼ぶ廃墟 -2-

 ある男は、廃墟の前に佇んでいた。青のかった黒髪を後ろで一つに束ねた、二十代半ば程の青年だ。

 彼は一枚の紙に目を通す。その見出しには、「魔物討伐依頼」と記されていた。彼にとって、その依頼はさほど難度の高いものではなかった。しかし、手を抜こうとはまるで考えていなかった。「どんな依頼も着実にこなす」、それが彼の、魔物ハンターとしてのモットーだったからだ。

 青年——アーネスト・ベレスフォードは、ハンターとして分相応の生活をすることに満足していた。魔物と対峙する際の緊張感と依頼を成し遂げた際の達成感が彼を駆り立てていたからだ。他に欲しいものなどなかった。

 今日もまた依頼を達成してみせる。その意気込みと共に、アーネストは廃墟へと足を踏み入れていった。


   ◇◆◇


 依頼を受け取った翌日、ゼフィアは廃工場への経路が描かれた地図を眺めていた。

 地図が示す限り、工場は王都フィエントの街の外れにあった。ゼフィアの家や彼女が属する研究所があるのはフィエントの中心部を少し外れた所であったが、徒歩で行くには遠く、鉄道も通っていないために馬車を利用しようと考えた。だが、馬車の御者に行き先を告げた所、途中までしか馬車で乗り入れができないようであった。そのような事情があって、ゼフィアは進むべき路程の再確認をしている。

 がたがたと馬車が揺れて、地図が読みづらい。ゼフィアは乗り物酔いを感じて、地図を読む事をやめた。何も見ないように、何も考えないように馬車の揺れに身を任せる。馬車の中は狭かったが、他に誰も乗客はいなかったために、ゼフィアは安静な気持ちを保つ事ができていた。

「お嬢さん、あんな所まで行って何をする気なんだい?」

 馬車に乗る前、行き先を告げた時に、壮年の御者は神妙そうな反応をした。

「調査です」

 何の迷いもないように、ゼフィアはきっぱりと答えた。

「あそこには魔物が出るってゆうからなぁ。おっかねえぞ」

「分かっています。魔物に対抗する心得はありますので」

 茶化すように御者は警告する。だが、ゼフィアの目は真剣だった。

 かつて、同じように調査に出かけた際も魔物に遭遇したことがあったが、なんとか彼らを退治することに成功していたことが、彼女の自信に繋がっていたからだ。

「お嬢さん、見た感じ魔法使いのようだが……それにしても珍しいなぁ」

「……でしょうね」

「止めやしねえよ。それはお前さんの責任だからな。……だがな、無事に帰るんだぞ」

「ありがとうございます」

 御者は陽気な人物だったが、客の事情に口を挟みつつもとやかく言わないのが救いだった。あまり、他人に詮索されるのは好きではない。誰かにとやかく言われると、自分の信じる道が揺らいでしまいそうな気がしたから。


 馬車に乗って早一時間。ぼんやりと景色を眺めているうちに、馬車の停留所へと到着したようだ。大都会フィエントのそばであっても、市街地を通り過ぎると何もない。ただ一面には畑と森とが広がり、小屋が点々としているだけだった。フィエントの街並はどこか遠いように感じられた。

「ほぅら、着いたぞ。あとはお前さんの足で行け。……達者でな」

 ゼフィアを馬車から降ろした後、御者はそんな事だけ言い残して、すぐに去ってしまった。

 ゼフィアも振り返らずに、工場のある方向に向かって歩き出した。

 この依頼は仕事であり、それも危険を伴うかもしれないものである。そう考えると、自然とゼフィアの気は引き締まった。事前に出来る準備はしてある。一歩一歩と足を進めるたびに、緊張感もまた増していった。

 ゼフィアは魔法学者である前に魔法使いでもある。彼女は魔物に対処する魔法においてもある程度心得があった。

 例え魔物に出会ったとしても、ゼフィアには彼らに対抗してみせるという意志はあった。けれども、彼らとは関わらないことが最善であるに違いないと彼女は考えていた。

 しばらくゼフィアは、何の特徴もない道を進んでいく。人が歩けるよう地面がむき出しになっているものの、見えるのは草むらと木々のほかに何もなかった。

 草も木も、進むに連れてまばらになっていく。自然は工場に近づくにつれてどこか元気をなくしているように見えた。

 ゼフィアがやや歩いた所で、工場の外観が見えてきた。

 眼鏡越しに遠くから見ても、はじめは白い立体でしかなかった。だが、近づくにつれて次第に工場の細部が見えるようになってきた。

 工場の周りは、有刺鉄線によって囲まれている。

 おまけに周りの草木は荒れ放題で、ここが何年も放置されている事をありありと示していた。

 工場の入り口に近づくと、立ち入り禁止と書かれた標識が目についた。

 標識のルールと依頼の内容とで、どちらが正しいのかは分からない。だが、そんな標識をいちいち気にするべきではない状況だ。

 ゼフィアは探す。どこか工場へと入り込めるルートがないかと。

 有刺鉄線に少しずつ目を通していくと、誰かが先に中に立ち入ったのであろうか年月の影響であるかは分からないが、破れている箇所が見受けられた。

 ここからなら工場に立ち入ることが出来そうだ。足を踏み入れる前にゼフィアは、鞄の中から粉と水晶を取り出した。

 粉を自分の全身に、軽く振りかける。水晶を通じて粉を見ることで、粉の持つ術式——すなわち自然界の物質が持つ、固有のエネルギーが見えた。

 そして、ゼフィアは瞳を閉じて、自身が持つ魔力を解き放つ。魔力は程度の差はあれ、誰もが持っているものである。ただ、術式と魔力を干渉させ、魔法が織りなす現象を起こすまでには、ある行程が必要だった。それは、魔力によって術式を『解く』こと。水晶玉が、その術式を解くための中継地点となっていた。

「我が身の気配を消せ」

 そうゼフィアは念じながら、魔力と術式を反応させていく。

 反応が終わっても、ゼフィアの身は何も変わりがないように見える。だが彼女は、「気配消し」の魔法を自身にかけておいたのだ。

 「気配消し」は、粉に囲まれた対象を一定期間見えないようにし、保護する魔法である。魔物から身を守るために、ゼフィアはあらかじめこの魔法を使う準備をしておいたのだった。

 振りかけた粉が聖域を作り出し、人や魔物を遠ざける役割をするが、効果があるのは粉が消えるまでの時間。一時しのぎではあるが、ひとまず護身にはなるだろう。

 こうして準備を整えた後に、ゼフィアは工場へと進むのであった。

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