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第二話

 ちらほらと雪が降る中、小梅は長い廊下を大量の書物を抱えて歩いていた。

 その前に、降ってきたのは金槌。


「うわっ! すみませんっ」

「ばかやろう! 寝ぼけてんじゃねぇぞっ!」


 大工の棟梁に殴られる若手に、小梅は苦笑しながら書物を床に降ろして金槌を拾い上げた。


「大丈夫です。それより、どうぞ」


 平謝りする若手が金槌を受け取り、再び作業に戻り始めた。


「すみませんっ! うちの馬鹿が」

「いえいえ、こう見えて私って避けるのだけは上手いですから。それに、馬鹿って言わないであげてください」

「で、ですが」

「優秀なお弟子さんじゃないですか。この方が直してくれた戸棚は使いやすいって、陛下も褒めていましたよ? あ、もちろん、棟梁が作ったのもですけど。それに、皆さんが頑張ってくださってるので、だいぶ王宮内も綺麗になってきましたね」

「それはもう! 根性入れて全力投球してますからねぇ」


 大工の棟梁がニカッと笑う。


「民達の住む場所が先だから――って、全然王宮の補修をさせてくれなかったですからねぇ、今まで」


 まずは民達の住を整えるべきとして、王宮の補修工事は一番最後にまわしたのが五年以上前の会議での事。


「まあでも、その民達も最近ではぼちぼち領主様と共に各地に旅立ち始めたもんで、王都周辺の神口もかなり減りましたしね」


 王宮のある王都を中心に広大な王都が造られ、そこに入りきれなかった者達もその近くに住んで生活していた。

 しかし、二年近く前から探索と共に、領主の地位に着任した者達がある程度数の民達を率いて国の各地へと散らばっていった。


 それは、国の建国と同時に、先発隊として少数で各地に散らばった上層部の一部が戻ってきた頃の事である。


 ひたすら探索と記録を重ねてきた上層部の記録と共に、今では三十二神の領主達がそれぞれ与えられた場所へと旅立っていった。

 そうして最後の領主と民達が出発したのが、二ヶ月前の事。

 彼らはもうその土地に辿り着いただろうか。


「王都の方は、廃墟化しているとはいえ、基礎がしっかりした土台がありましたしね。家造りは比較的楽だったけど向こうは一からの場所が多いでしょう?」

「そうですね」

「まあ……楽といっても、不眠不休なのは基本でしたけど」

「はは……すいません」


 小梅が頭を下げると、大工の棟梁が慌てた様に首を横に振った。


「い、いや、別に責めてねぇですよっ! むしろ感謝してるぐらいですからっ」

「でも」

「いやいや、むしろ普通はこんな短期間でここまで国が安定するなんてありえないですって。十年は軽くかかると思いますぜ! けど、陛下と上層部の方達はたった五年で国をここまで安定させたんです! 俺は心底尊敬しますっ」

「それは民の皆さんの協力があったからです。皆さんが死ぬ気で働いてくれたから、こんなに早く此処まで来れたんですよ」


 小梅の言葉に、大工の棟梁が顔を赤らめる。

 それは、他の大工達も同じだった。


 しかし、小梅からすれば民達の頑張りの方が凄い。

 というのも、家を建てる時は確かに大工達が主となるが、その家に住む事になる者達も一緒に家を建てる為に大工達の仕事を支えていた。

 何かを運ぶ時は率先して運び、大工の仕事を見ながら一緒に釘を打つ。

 中にはその中で仕事を覚えていった者達もおり、それは何も大工仕事に限らずあらゆる方面で発揮されていた。

 すなわち、実地での教育がなされているも同然だった。


「王宮の方もお願いしますね」

「も、もちろんですっ! 今はまだ俺達ぐらいしか補修に取りかかれてませんけど、他の部分が終わったらすぐに王宮の補修に来るって言ってますしっ」


 その言葉通り、少しずつ、少しずつ補修に関わる建築関係者が増えてきた。

 そして、この場所と同じく、王宮のあちこちで補修、改築、改修工事を行っている。


「ありがとうございます」


 そう言うと、小梅は再び大量の書物を抱えて歩き出した。

 それを見送った大工達が手の動きを止めないまま騒ぎ出す。

 一人が、小梅から視線を外さないまま呟いた。


「あれが、財務官吏の小梅様か」

「え? そうなの?!」

「何でも大戦時代から陛下と交友があり、上層部の一神だと聞いてる」

「へ~、でも容姿は平凡だし、それにあの体型って」


 コロンとした卵を思わせる姿はまさしく――


「標準体重×2か」

「いや、二倍まではいかないだろう」

「そうだ。小太りぐらいだ」

「けどすんごく優しいぞ! この前だって差し入れくれたし、それに手伝いも」

「俺は上層部の方達みたいな美神も良いけど、嫁にするなら小梅様みたいな方が良いな」

「他の男に取られる心配もないしな」

「言えてる!」


 そう言って笑った大工達だが、次の瞬間、凍り付いた。


「ははは、小梅がどうしたって?」


 殺戮と破壊を司る天使が舞い降りた瞬間だった。



 カンカンカン

 ギコギコギコ


 せわしなく文官、武官達が行き交う中、響いてくる工事の音。

 それは、王宮を立て直す音であり、ある種の達成を示す音でもあった。


 一番最後にした王宮の補修工事。

 それが終わる時こそが、本当の意味での国の安定を示す。


 それは、王宮の補修工事は確かに開始されたが、それでも何かあればすぐにそれを中断して別の問題箇所へと大工達が飛び回る事になるからだ。


 だから、王宮の補修工事が終わるという事は、完璧ではないし、それ以降も起きるかもしれないが、それでも一定の安定を示す事になる。


 凪国は他の国々の中でも一番先にある程度の安定がなされたとされている。

 けれど、王と上層部からすればまだまだ足りないとさえ言える。


 だから、今もこうして走り回る。


「よいしょっと」


 だいぶ少なくなった書物を抱え、今書物を届けた部署に小梅は一礼して部屋の外へと出る。


「後は、陛下の所か」


 これが終われば休憩となる。

 数日ぶりに王妃である果竪のところに行くのも良いかもしれない。

 小梅はそれでも前が見にくいほど積み重なった書物を抱えて歩き出した。


 ドンー


「きゃっ! ご、ごめんなさいっ」


 反射的に頭を下げたせいで抱えていた書物が床に散らばった。

 それに慌てながらも、まずはぶつかった相手にもう一度謝ろうとした小梅はその姿を見てゲッと呻き声を上げた。


「ゲッて何さ、ゲッて」

「な、なんでここにいるのよ」


 小梅はてきぱきと書物をかき集めながらも嫌そうな顔を浮かべ、目の前でやはり書物をかき集める朱詩を睨み付けた。


 靡く淡い朱色の艶やかな髪に輝く蒼色の瞳。

 天使より麗しく清楚可憐な容姿からは、相変わらずの溢れんばかりの蠱惑的な色香が漂っていた。


 瞬き一つで腰が砕ける程の色香なのだ。

 声などは聞いただけで、理性が飛ぶとされるほどに甘い。

 そもそも朱詩の色香と美貌の前には老若男女など関係なく、どんな身分のものですらその虜となる。

 ならないのは、王と王妃、そして上層部ぐらいであり、それは今も変わらなかった。


 おかげで、その女性と見紛う奇跡の美貌の主を我が物にするべく手段を問わずに襲いかかってきた者達は数知れないほどおり、今までにも拉致監禁未遂はしょっちゅうあった。

 朱詩は男だ。

 けれど、その絶世の美少女の様な美貌が数多の男達を招き惑わせ狂わせる。


 それは、彼が物心つく前から萩波と出会うまで『伝説の男娼』として数多の男達に淫らな行為を強いられ続けてきたからだろうか。

 数多の男達と肉体関係を結ばされてきたからだろうか。


 多くの権力者が朱詩を求めて争い、殺し合った。

 多くの者達が朱詩の美貌と色香に堕落し、自滅して命を落とした。


 まさしく魔性の色香。

 全ての男娼達の中でも伝説とされた朱詩を今でも求め、探す者達は多い。

 そして、朱詩の過去を知らずとも求める者達は多い。


 美しい男達が、女性見紛う男達が多くを占める上層部の居るこの凪国でも、王に次ぐ美貌とされる朱詩の美貌はもはや他国にも轟かんばかりのものだった。


 そもそも大戦時代からして前線で戦ってきたのだから、それこそその美貌は大戦時代から多くの者達にとって垂涎物だったとさえ言える。

 でなくとも、萩波の率いる軍は他と比べて一際美形が、それも男の娘が多いと言われていたのだから――もちろん、美女、美少女、普通の美形男性も居たが。


 そしてそれが、小梅の美形に対する耐性を強め、こうして朱詩の美貌を間近に見ても何の感慨も抱かない要因の一つとなっていた。

 というか、軍に居た時に憧れも吹っ飛ぶその本性を見せられ、悪戯をされ続けた身としては、「なんて美しい」と見惚れる度量の広さはない。


 むしろ、神をバカにする発言と行動ばかりする朱詩に対しての小梅の認識は喧嘩友達が良いとこだ。


(っていうか、他の子には優しいくせに!!)


 小梅には何時だって意地悪ばかりする。

 

 それでも――。

 昔はここまでではなかった。

 友達、そう、普通の友達として仲良くしていた時期だって――確かにあった。

 それは今も鮮やかに思い出せる優しい過去。

 あの辛く苦しい暗黒大戦の中での輝く思い出。


 朱詩の美貌が引き起こす騒動に巻き込まれた事も多々あったが、それでも、そんな事など関係ないと思えるほど小梅は朱詩と仲が良かった。


 いや、たぶん好きだったのだろう。


 共に勉強し、勉強も教えて貰った。

 共に笑いあい、泣き、怒り――そう、初めての男友達が朱詩だった。


 朱詩の過去も全て知った中で、小梅は決めたのだ。

 そんなものは関係ない。

 大切なのは未来だと。

 過去はどうにも出来ないが、過去を忘れてしまえるぐらいに幸せな思い出を作りまくろう――と。


 それがいつの頃からか。


 段々と朱詩の悪戯が酷くなってきた。

 朱詩の悪戯が、種類を変えてきた。

 朱詩が、苛つくようになってきた。


 なんで?

 どうして?


 そうしていつしか、小梅も小梅で朱詩と言い合うようになっていった。


 それでもまだ、建国して間もない頃は普通に、大戦の時と同じように仲が良かったのに。

 今ではその名残は殆どない。

  

 でも、それは朱詩が悪いのだ。

 だって先に変わっていったのは、朱詩なのだから。


 小梅に突っかかるようになってきたのは、朱詩の方なのだから。

 だから、小梅は知らない。

 朱詩の、小梅に対する本当の気持ちなど。


 そして、その苦悩と狭間で揺れる、切ない思いなど、知らない。


「それ貸しなよ」

「え?」


 朱詩の手が伸び、小梅の手から書物が奪われた。


「ちょっ! 何するのよ朱詩っ」

「何って、運ぶんだろ?」

「それは私の仕事よ!」

「別に誰がやってもいいじゃん。こんな書物運びなんて簡単な仕事」


 そう言うとスタスタと歩いて行く朱詩に小梅はカチンと来た。


「誰がじゃない! 私に渡された仕事なんだから返して! 朱詩には朱詩の仕事があるでしょうがっ」


 他の上層部と比べれば能力の低い小梅は、その分数をこなす事を目標としていた。

 そうしなければ、誰も認めてくれないから。


 あれで上層部?

 あんな低い能力のが上層部?


 あれで?

 あんなのが?


 たいした事も出来ないのが?


「何ムキになってんだよ」

「五月蠅いわね!」


 そっちこそ仕事を邪魔するなと小梅が朱詩の手から書物を奪おうとする。

 しかし、最近体が更に重くなってきた小梅と身軽な朱詩では話にすらならない。


「返して!」

「や~だね」

「このっ!」

「うわっ! バカっ」


 そして再び散らばる書物。


「朱詩のバカ! 何してるのっ」

「先に手を出したのはそっちじゃん」

「ああもう! この忙しい時にっ! 朱詩のバカバカバカっ」

「ってか、小梅が手を出さなきゃ余計な仕事は増えなかったんだよ」


 その言葉に、小梅の怒りのメーターが吹っ切れた。


「お前が言う台詞かぁ!! 毎回毎回神の仕事の邪魔ばかりしてっ!!」


 始まる取っ組み合い。

 喚きあう声と壁にぶつかる音に、駆けつけたのは女官長である百合亜と医務室長の修羅。


「ちょっ! 何してるのですかっ」

「あ~あ、書物がめちゃくちゃだよ」


「だって朱詩がっ」

「小梅が悪いんだっ! 神の親切を突き返してっ」


 再び始まるいがみ合い。

 だが、そこに雷が落ちる。


「いい加減にしなさい!」


 百合亜の怒声に、小梅と朱詩が抱き合いながら飛び上がった。


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