~涼~ 恋敵
カラン。
緊張しながら一週間ぶりにその扉を押し開けた。
「いらっしゃ……」
「……ども」
「涼君、もう風邪は治った?」
「おかげ様で。もう夏休みの初日から風邪ひくなんてついてないですよ」
「確かに」
蓬さんは肩を竦めながらお冷をカウンターに置いてくれた。
大丈夫、大丈夫。平常心、平常心。
店の中には中には蓬さんが一人。
モーニング後、ランチ前の時間を狙って正解だったかも。
「なんにする?」
「えっと……モーニングってまだいけます?」
「いいよ」
「じゃあ、それで……目玉半熟、ウィンナーとカ…」
「カフェオレで?」
俺の言葉が奪われる。
事に驚いて顔をあげると、してやったり顔な蓬さんが微笑んでいる。
「セット系の飲み物はいつもカフェオレだからね、涼君は」
「そう……ですね」
「ちょっと待ってて。カフェオレは食後でいいよね」
俺の好みを覚えていてくれるとか……ヤバイ、素で嬉しい。
かぁっと体が熱くなる。
調理の準備にかかった彼女が後ろを向いていたくれて本当に良かった。
少しでも早く平常心に戻るべく、お冷を一気に飲み干した。
「お冷のお替りはセルフでどうぞ」
ちょっ、背中に目でもついてるんですか、貴女はっ!?
焦りながらも「了解です」と返事しつつ、勝手知ったる喫茶店、水差しに手を伸ばして目的を果たす。
「妙子さんとかってきてるんですか?」
「うん、殆ど毎日」
ジュッと焼けるフライパンを手際よく返しながら答えてくれる。
今日のBGMは80年代の洋楽っぽい。
まだ日が明るい店内にはぴったりな感じがする。
彼女のたてる音とBGMが妙に心地良い。
このまま時が止まってしまえばいいとさえ感じた。
コトッと置かれた出来立てのモーニングプレート。
「お待ちどう様」
「いただきます」
ウィンナーにフォークを刺せば、ぱりっと小気味良い音がする。
その音に食欲をそそられ、黙々と食べ続けた。
食事を邪魔しないように、そっと出された小皿には切ったオレンジが乗っている。
もぐもぐしながら蓬さんを見あげた。
「真幌がバイト先で貰ったのをお裾分けって貰ったのさ」
「真幌……さんって、確かここで良く夕飯食べてる先輩ですよね?」
「そ、同じクラス」
柊 真幌。
やはり神崎高校、2年の人。
長身の、男なのにポニテ。
一人暮らしらしく、毎日バイト三昧らしい。
らしいばかりなのは、本人とは話す事もなく人伝に噂を聞くだけだからだ。
話を聞いてると、結構謎の多い人なのは確かだ。
「んじゃ、ありがたく」
「どうぞ」
オレンジの甘酸っぱさが口に広がる。
おまけはいつもお得になった気分にさせてくれる。
そんな安上がりの俺は勢いに乗った。
「そういえば、涼君ってさ……」
「涼」
「えっ?」
「涼で良いです。君付けはなんかむず痒くて」
「それじゃ……涼」
「はい」
少々遠慮がちながら、要求に答えてくれる彼女が可愛い。
前から気になっていた事。
蓬さんが親しい男は皆呼び捨てで、俺達後輩は皆君付けだった。
そこに壁を感じていた俺は、念願の君付けをはずせて満足する。
そんな、ほんわかした雰囲気をぶち壊したのは、聞きなじんだ彼の声だった。
「……来生君、いらっしゃい」
言わずとしれた藍田先輩だ。
カウンターの後ろの出入り口、自宅へと続くプライベートスペースへの道。
我が物顔で蓬さんの横に並ぶ。
カランと鳴る、カウベルを鳴らしてる内はまだ客なのだと見せ付けられる。
自分の中で黒いどろっとしたものが溜まっていくのが解った。
それを悟られる訳にはいかない、特に蓬さんには。
「どうも」
視線を合わせながら会釈をする。
どうみても警戒されてるよなぁ……。
顔は笑っていても目が笑ってない。
「颯、直った?」
「大丈夫。ちゃんと終わったよ」
「良かった、さんきゅ」
「ん」
二人だけにしかわからない会話。
藍田先輩が蓬さんの頭にぽんと手を乗せる。
特に表情も変わらない蓬さんを見ていると、きっといつもの事なのだろう。
幼馴染という絶対的な立ち位置で彼女を守っている。
それを本人には悟らせてはいない。
結構腹黒いよな、この人。
出されたカフェオレを飲みながら他愛のない話が進む。
まずは敵を知らなければならない。
なんせ相手は強敵、腹黒王子なのだから。