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風花  作者: 草薙 承
~涼~
5/20

~涼~ 沈む気持ち

会話は高石に任せたまま、ぐるりと店内を見回す。

相変わらず、シックな作りだ。

けど、こないだと何か違う?

何が違うか解からないが、何か違う……。

なんだろう。

BMG……違う。

明かりの差し方……違う。


珈琲のカップを置き、違和感が感じられる場所をじっと見つめる。

前の記憶と今の視界。

脳内で間違い探しをする。

そして俺はついに一つの間違いに行き当たった。


「……花がない」


ぽそりと呟く。

カウンターの脇にあった青い小さな花が今日はないのだ。

今まで会話に参加してなかった俺の呟きに、驚いたように皆が振り返った。

そんな反応されてもこっちが恥ずかしい。

誤魔化すように珈琲を啜る。


「花~? なんだよ、それ。なくたってどーでもいいじゃん」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

「それに花ならここにっ! 妙子先輩と蓬先輩がいるじゃんっ! ねぇ!?」

「わ~い、お花だって♪ なんか照れちゃうね」


ホスト高石……。

駄目ですよ、妙子さん、本気で照れてるでしょう。

そんな常套句に引っかかっちゃ。

疑う事をしらなそうだ。

頬をほんのり赤く染める妙子さんの横顔に忠告した。実際はしてないけど!


気づかれない位、小さなため息をつく。

いつの間にか目の前に来ていた蓬さんがお冷のお替りを注いでくれた。


「よく覚えてるね、凄い」

「青い小さな花なんて珍しいなって見てたからですよ。じゃなければ、きっと気づいてないですよ。花なんて詳しくないし」

「今日はメンテナンス中。やっぱり日光浴させないとね」

「なるほど」


花が好きなのだろう。

いつもと違うふわりとした優しい笑顔。

俺の中でドキッと小さな鼓動が走った。

これじゃ高石と同類じゃないか。

表情を隠すように視線を下げた。



「まぁ、もう夕方だし、そろそろ戻ってくるよ……ほらね」


扉の外を指すと同時にカウベルが鳴った。

カラ~ン

来客の合図。


蓬さんからは、いらっしゃいませはない。

代わりに「よっ」と片手をあげて挨拶している。

振り返れば細身の男、その手にはあの青い花の鉢を持っていた。

男はこちらの視線を気にする事もなくカウンターの隅へと、そして違和感のあった場所へ鉢を置いた。


「メンテ完了」

「ありがとう。休憩してく?」

「そのつもり。妙子ちゃんもいらっしゃい」

「やっほ~♪ 颯一君もお疲れ様っ」


妙子さんの隣、俺から一番離れているカウンターに座る。

注文も言わず、聞かず。

慣れてる手つきで珈琲を淹れ始めた蓬さん。

よく見るとマグカップ。店用じゃない。


俺は何でこんなに観察してるんだ?

はっと我に返って、なんとなく後ろめたくなった。

こいつが誰であろうと、どうでも良いじゃないか。

残ったカフェオレを一気に飲み干した。


「えっと……妙子先輩の彼氏とか? それとも蓬先輩の……家の人っすか?」


焦り、戸惑いながら三人に問うた高石はそうじゃなかったらしい。

つくづく俺と対照的な奴、でも感情に素直なところは少し羨ましい……気もする。

本当に少しだけだけど。


シーンと一瞬、場が固まる。


妙子さんがぷっと吹き出す。

それを合図に3人は一斉に吹き出し笑った。

そんなに爆笑する程!?


「颯一君が彼氏だってっ! 初めて言われたっっ」

「僕も初めて言われたよ」

「二人とも初体験おめでとう」


笑いまくる3人の仲が良いのは解かった。

一頻り笑い終わると颯一と呼ばれる彼が口を開いた。


「残念だけど、どっちもはずれ。神崎2年。妙子ちゃんと蓬と同じクラスの藍田颯一(あいだそういち)。蓬と産まれた時からの幼馴染で隣のグリーンショップでバイト中。他に質問は?」


この手の質問には慣れてる風なしゃべり。

聞く人によってはさらりとした話し方で好印象を与えるのかもしれない。

が、俺には余裕すら感じるその仕草に嫌悪を覚えた。


「1年、来生涼。こっちは高石卓。よろしく、藍田先輩」


そっけない口調で応える。

こんな時高石なら調子よく話すのに、すっかり気押された感じで大人しい。

先ほどの勢いは何処へいったのやら。

借りてきた猫ってこんな時に使うんだっけか。

先刻までの和める空気はどこにもなかった。



イゴコチガワルイ



胸の中にどろっとした感情が溜まっていく気がした。

先刻までの心地良さはどこにもない。

帰ろう。

横のグラスも空になっていて、すでに氷もない。

ぽんと高石の肩を叩き、スツールから降りた。


「んじゃ、俺ら帰ります。ご馳走様でした」

「あ、うん。ご馳走さまっす」

「もっとゆっくりすればいいのに~! ねぇ、蓬」

「うん、気にしなくても良いよ」

「今日宿題結構出てるんですよ、なっ」

「あ、ああ……そうそう、数学がっ」

「数学……あ~~~~っ!! ある……数学の宿題……」


この世の終わりみたいにしょんぼりする妙子さん。

思い出させない方が良かったかんだろうか。

実は宿題は口実でしたなんてばれた日には怖そうなので、後でしっかり高石と口裏を合わせとこう……今日数学ないし。


店をでると、すっかり日が落ちて薄暗くなりつつあった。

川から吹いてきた風に向かい、軽く背伸びする。


「あ~あ~、折角良い感じの店見つけたのになぁ……涼には先越されてるわ、強力なライバルはいそうだわ。ついてねぇ~~~~~~!」

「先越されてるって、今日で2回目だ」

「まっぢでー? それにしては仲良いじゃん。名前も覚えてて貰ってさ」

「それは……」


駅までの道のり、二人と初めて会った時の話を根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。

高石はすっかりいつもの調子を取り戻し、「やっぱり狙うならタメだよなー!」なんて話しをしながら、改札の中へと消えて言った。

なんて切り替えの早い奴。



帰り道、蓬さんと妙子さん、そして藍田颯一の事を思い返していた。

何故3人がこんなに気にかかるのか解からない。

ちくりとするこの気持ちを抱えながら、暫くは過ごしそうだ……。

風花という場所は俺にとってどういう場所になりつつあるんだろうか?

ぐるぐる廻る思考は止まらない。


点灯始めた街灯に導かれるように進んだ。

願わくばもう少しだけ、今日よりも明るい明日であるように。

柄にもなく、センチメンタルな気分で祈った。

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