~涼~ 視線の先
真っ暗闇。
どうやって帰宅したかなんて覚えていない。
布団に潜り込み膝を抱えた。
このまま消えてしまえれば良いのに。
思い出したくないのに繰り返される残酷な彼女の言葉。
*
「ごめん……」
小さな、けれどはっきりとした拒絶。
抱きしめた腕が振りほどかれないのは、彼女の同情なのか残酷さなのか。
「あの人……藍田先輩がいるからですか?」
「颯は関係ない。ただ……恋愛ってよく解らないんだ……」
「えっ?」
戸惑い緩んだ腕からゆっくりと蓬さんが離れ、水面を渡ってきた冷たい風が二人の距離を広げるように過る。
「友達の好きと恋人の好きの違いってやつ?」
少し自嘲気味に苦笑いながら、伏せていた瞳をあげた。
「涼は……うんん、好きって言える人は凄いって思う。どうしてその違いが解るんだろう」
「……解らなきゃ、だめですか?」
「ん……」
「解るようになるかもしれないのに?」
「うん……相手に悪いと思うから」
「その相手がそれで良いと言ってるのに?」
「私がそれを望まない」
きっぱりとした拒絶。
言葉だけではなく、そういう気配とでもいうのだろうか?
それを感じ取った俺はそれ以上、何も言えなかった。
「それに私の中で誰かを待ってる気がするんだ、なんとなくだけど……」
「待ってる?」
「そう……根拠も何もないんだけどね」
遠くを見つめるような瞳の奥にいる誰か。
それが俺じゃないのは解った。
「そ、うですか……」
いつの間にか噛みしめていた唇を解放し、拳を握った。
掠れた声を出すのが精一杯だった。
蓬さんはもう一度「ごめん」と呟いて俺から背を向けた。
辺りは次第に暗さを増し、徐々に彼女の姿を包み隠す。
もう一度、もう一度だけでもこちらを振り向く事を祈った。
祈り虚しく、姿は夜の帳の中へと消えて行った。
いつの間にか薄っすら細く浮かんだ新月。
橋の上に立つ人影を気づかせるには、弱々しい光だった。
呆然と立ち尽くす俺に容赦ない一言が降り注ぐ。
「君は彼女の……蓬の何をみているんだい?」
藍田先輩の声がした方へと顔をあげても、橋の明かりが逆行となり表情までは見えない。
恐らくは遅くなった彼女を迎えに来たというところだろうか。
言葉の中に含まれる冷気は明らかに敵意が含まれている。
「俺は……」
「ちゃんと見ていれば彼女の視線が、彼女の思考が、どこへ向いてるのか解る」
「───っ!」
「俺に対抗意識を持つのは良いけれど、肝心の彼女をみてない奴なんかに彼女は渡さない。」
かあっと体が熱くなった体が図星だと告げる。
何も言い返せず、ギリギリと噛み締める奥歯。
「もっとも、もう誰にも渡すつもりはなけどね」
表情は見えないが、整ったいつもの表情で微笑んでいるのだろう。
じゃりっと小さな音を立て、彼女の消えた闇へと彼は向かった。
これからその腕で彼女を慰めるのだろうか?
先ほど彼女を抱きしめた温もりは疾うの昔に消えている。
消えてしまった温もりを確かめるように、両手をぐっと握りしめる。
白くなりつつある拳を見つめ、徐々にこみ上げる後悔に苛まれていった。
同じ土俵にすら立って居なかった。
彼女への好意がいつの間にか、藍田先輩より傍らに、優先的にする為に動いていた事を。
これでは彼女を見ていないと言われても反論できない。
会話の合間に、時折見せる儚げな表情のその先にあるモノがなんなのな知ろうともせず。
”独りよがりの恋愛”そんな言葉がぴったりだ。
自嘲する俺の姿を月までが見放したように雲に隠れた。




