~涼~ 気まぐれな幸運
狙い目は午後。
ランチタイムが終わった後のアイドルタイム。
藍田先輩はこの時間は基本隣のグリーンショップにいる。
たまに接客をしてるのを横目で見るが、大抵近所のおば様らしき人達と立ち話をしている。
おかげでこの時間は比較的ゆっくりと蓬さんと過ごす事ができている。
おば様、様様だ。
いつもなら妙子さんもいたりするんだけれど、今日は親戚の法事とやらで来る予定はない。
俺にとってはまたとない時間である。
「涼、ちゃんと宿題やってる?」
「夏休みの宿題なんて31日にやるもんですよ?」
「……妙子と一緒か」
ぼそっと呟きながら額を軽く押さえて、頭痛いジェスチャーをしている。
そんな彼女の姿を見ていると俺まで、妙子さん大丈夫なんだろうかと心配になる。
氷が解けて、二層になったアイスオレの中を1回してから蓬さんをみた。
「嘘ですよ。それなりにやってますから」
飄々と答えた俺に、やられたと少し悔しそうな表情を浮かべる。
そんな顔をみたくてついつい悪戯をしてしまう。
もっと違う顔が見てみたいと思うのは、恋心が誘う欲求なんだろう。
「……もちゃん~よもちゃ~ん」
斜陽が窓から入り込み、グラスの水滴がすっかり乾きあがった頃、楽しい時間は突如破られた。
蓬さんを呼ぶ声が段々と近づいてくる。
甘ったるい声で呼ぶのは、彼女のお母さんだろう。
年齢不詳。ロリっ娘系の可愛らしい人だ。
父親似の蓬さんと並んでも親子には見えないので、最初はしこたま驚いたもんだ。
今日もフリフリの純白エプロンで、プライベートスペースから飛び込んできた。
「何?母さん」
「あのね、あのね?あ、来生君いらっしゃぁい♪」
「ども」
「で、何?」
「そうそう、あのねっ!永沢さんの個展今日からだったの」
「あ~……」
「でねっお花を届けてきて欲しいの」
「いいよ、解った」
永沢さん?個展?聞き覚えのない単語に耳を傾けながら、残りのアイスオレを啜った。
今日はもうここで終了かと、席を立とうとカウンターに手をついた。
「でも、そろそろ暗くなるのよね。颯一君と一緒に……って配達行っちゃってたわぁ」
「俺、一緒に行きますよ」
考えるより、口が先に動いていた。
自分でもびっくりだ。
俺の言葉に驚いた二人が俺の顔をまじまじと見ている。
「えっ、いや、いいよ。悪いし、子供じゃないし」
「今日もやる事ないんですよ。個展って絵ですよね?ちょっと興味あるし」
俺がそんな事を言い出すとは思ってもいなかったんだろう。
そんな困った顔をされると少し傷つくんだけど。
「良かった!助かるわぁ。ありがとう、来生君!」
思わぬ援護射撃が入った。
きゃぴっと両手を組んで喜んでいるお母さんに、ちょっと前にみた頭痛のジェスチャー再び。
逡巡した挙句に、小さなため息が一つ。
「じゃ、行きますか」
「うっす」
観念した?であろう蓬さんが着替えに行っている間に、俺は隣のグリーンショップにいる蓬さんのお父さんから花束を受け取る。
ニヒルでダンディーとはこういう人の事を言うのだろう。
夫婦のギャップありすぎだ……。
思わぬ棚ボタデート。
浮かれる気持ちを隠せないまま、2つ離れた駅で行われている個展へと向かった。
道中、会話も途切れる事もなく楽しかった。
話上手なのはやはり職業柄とも言うべきなのか、性格の成せる技なのか。
無事に用事を済ませ、お礼と称してファミレスで奢ってもらった。
そういや、こんなに長い時間二人っきりでいたのは始めてかもしれない。
高揚した気持ちのまま、あっと言う間に時間は過ぎていった。
「悪いね、わざわざ付き合ってもらった上に送ってもらって」
「全然。個展に連れてって貰った上に夕飯まで奢って、却ってこっちが悪いくらいなんで」
帰り道、三日月川の河川敷沿いを歩く。
風が強く、雲が流れるのが早い。
月明かりが照らす二人の影が、出たり消えたり。
ふと消えた会話。
長い髪を押さえながら川面を見つめる彼女。
その横顔がとても儚く見えて、今にも消えそうで。
どうしてそんな顔をするんだろう?
───思わず、その腕をとって彼女を抱きしめた。
「涼!?」
驚いて強張る声が彼女の緊張をダイレクトに伝える。
ドクン。ドクン。
心臓の音だけが聞こえる。
「俺、貴女が……蓬さんが好きなんです」
答えが、彼女が、逃げ出さないようにもう一度腕に力を込めた。




