008◇黒竜と魔法と本性
あけおめ!
って、1月も23日ですがががっ(汗
さて、今年一発目となる008は戦闘モノです!
ただ、論争と格闘、両方あるので、
「をい作者、戦闘ねーやん」
とか宣われても困りますので悪しからずっ。
ウェレイザ地方グレナレイト伯領内にある、領主グレナレイト伯爵の屋敷の応接室で、些か場違いなヒト達が向かい合っていた。
いや、客人として来訪しているのなら何ら場違いでも何でもないのだろうが。
かたや、異世界から召喚された新魔王とその臣下の近衛騎士達。
かたや隣領ロックフォール伯領の領主、ジャバル・ロックフォール伯爵とその臣下の護衛兵達。
その二つの勢力が、主不在の屋敷で対峙していることが「場違い」。
そもそも、端から見れば何の目的を持っているかもわからないような、そんな対面だった。
なんだかすんなりと事が運び過ぎて、燎牙は内心で緊張していた。
いくら魔王とはいえ、こちらはまだ一週間かそこらの経験しかないひよっこだ。
クゥがいるとはいえ、下手をすると言いくるめられ帰されるのは目に見えている。
大体、こんな駆け引きなど、17年間生きてきて一度たりともなかった。
せいぜいが、国語の授業のディスカッション程度で、それだって一部の真面目な奴に任せっきりだったのだ。
いきなりこんな場所にポンッと放り出され、はい話し合いしましょう、となってしまったが、もちろん急には喋れない。
「実は隠れた才能が…」とか、「交渉の神を降霊させて…」とか、そんな厨二的なこともない。
(でも……、いや、だからこそ……)
だからこそ自分に出来る限界を見極め、やれるだけやらなければいけない。
やらなければ意味がない。
――俺は、魔王だからな!
「それで、本日は一体どういった御用件でございますか?」
目の前の男、ジャバル伯爵が声を発した。
まるで、絵に描いたような嫌われキャラ。
ロープレなら間違いなく魔物に変身しそうな………あ、いや今も魔物か。
豪華な服の上からでもわかるよう、はち切れんばかりにその存在を強調している腹。
僅かに残った赤い髪によってか、えって惨めさを増した禿頭。
種族的な特徴なのか、皮膚の至るところにぶつぶつとしたものが広がっている。
一言で言えば、気持ち悪い。
こんな奴でも、領主になれるものなのかと燎牙は素直に嫌悪感を示してしまっていた。
それが向こうにも伝わっているのか否かはさておき、顔に張り付いた愛想笑いからわかるように、ジャバルの方もあまりいい印象は持ってないようだった。
「………今日は貴公に幾つか問いただしたいことがあってな。…クゥ」
「はい。 ………伯爵、何故貴方が自分の領地ではない隣領を御統治なさっているのですか?」
「ああ、その件でしたか」
ジャバルはまるで、「予測通りだな」とでも言わんばかりの笑みを浮かべ――隠してはいたが――、居住まいを正した。
「それならば、単に「帝国法」に則って、不在領主代行権を行使したのですよ」
「………なるほど、そうでしたか」
帝国法、とは。
帝国内で通用する、唯一絶対的な決まり事。
まあ、日本の法律と似たようなもんだな、などと燎牙は考えた。
不在領主代行権とは、帝国法で決められている権利のうち、領主に認められた権利だ。
隣領(隣の領地)の領主が何らかの形で行方がわからなくなったとき、領主の代行として統治できる。
というよりも嫌でも隣領の誰かがやらなければならない、権利というよりも義務のようなものなのだが。
クゥの言葉を聞き、更にしたり顔度が上がる(ほとんど変わってないのでなかなか気付かないが)ジャバル。
顔を見ただけで、「こいつらマヌケもいいところだな、全く。しめしめ、うまくいったわ」、などと考えてるのがバレバレである。
などと燎牙は思いつつ、うまく逃げようとするジャバルを追い詰めるべく、次の布石をうった。
「………なら伯爵、貴公は申請の書類を提出したか? 俺はまだ確認してないが?」
「え?」
それまでは余裕のあったジャバルの顔に、若干の焦りが見えはじめた。
もちろん書類申請は基本であり、それを確認して許可を出すのが魔王たる燎牙の仕事だ。
だから、そんな書類に見覚えはなかった。
「え、ええと、あれは………、その………」
「伯爵? 確かに我々は申請書類を受理していませんが、一体書類をどうなさったのですか?」
「……!」
魔王陣営が追い詰めていく中、何かを閃いたのか、ジャバルが目を見開いた。
「そうだ………、あれは地方行政部の方に提出した筈だ。ええ、間違いありません。地方行政館に提出いたしましたが、そこから先はよくわかりません」
地方行政館、地方行政部。
王都まで距離があり、かつ緊急的な要件の場合にのみ提出可能な、所謂出張所だ。
大型魔法通信機(設置型の魔法機。登録した魔法機同士での通信が出来るが、著しい魔力を消費する)を用いて、直接魔王に取り次ぎを行い、書類の申請を行う。
確かに、それならば書類の紛失等を地方行政館のせいに出来るし、提出記録もどうにかすれば捏造出来ただろう。
ジャバルは、ほっと一息をつきながら、こちらを窺っている。
これだけ証拠を有耶無耶にされては、書類の作り直しになり、何事もなかったように受理されてしまうだろう。
「………お前、嘘をついたな?」
「………は?」
燎牙の急な一言に、思わず呆けるジャバル。
「偽装罪適用だな、領地も剥奪だし。ご苦労さんだったな、肉塊野郎」
「ちょっ、ちょっと待て! どういうことだ!?」
嘘つき呼ばわりされたことに腹をたてたのか、肉塊野郎に腹をたてたのか。
どちらでも構わないが、ジャバルは怒りながら乱雑に立ち上がり、帰りかけた燎牙を止めた。
「私が偽装罪!? 冗談でしょう、魔王様? だいたい何を偽装したというのですか!?」
偽装罪。
まあ読んで字の如く、税収入や書類申請などの重要案件において虚偽の報告をした場合に適用される罪で、領地と地位が剥奪され、内容により最大10年の懲役刑となる。
「………お前、最初に「不在領主代行権」の適用とか言ったな?」
「はい、それが何か………?」
「あれはな、代行統治する領地には代行領主を行かせ、本領地は領主が統治しなければいけないという規則がある。仮にお前が代行領主なら、お前の上に本物の領主がいることになるなぁ」
「ッ!」
「それから」
さらに追撃する。
「地方行政部に提出した、とか言ったな?」
「………」
「念のために、先に確認したよ。予想通り、そんな書類は提出すらされてない、とな。提出記録も残らんとは、全く地方行政部は何をしてるのかなぁ」
軽い冗談にももはや対応できなくなったジャバル、もとい肉塊野郎を一瞥すると、燎牙は部屋から出て行こうとする。
これで問題は解決した、というか、案外楽に終わったな、と燎牙は内心で喜んだ。
だが、問題は片付かなかった。
「………クククッ。…全く、新しい魔王が召喚されたからタイミングだと思っておったのに、これはとんだ切れ者ではないか。ああ、失態失態、ハハハハハハハ!」
まるで、我慢していた気持ちを解放したかのように笑う肉塊。
それを不審に思い、燎牙は振り返る。
―――目だ。
笑いながらも、憎々しげな目を向けて来るジャバルがそこにいた。
「タイミング………? 何の話をしている………?」
「フン、手間が省けたというものだ。よく聞け新魔王、俺はな、魔王になりたいんだよ!」
不敵な笑みを浮かべたジャバルが指を鳴らすと、扉という扉から兵士が飛び込んできた。
ちょうど、窓ガラスを背にした燎牙達を囲むような形で、包囲をしかけている。
「――陛下ッ、逃げますよッ!」
常にニコニコしていたグレンも、今回ばかりは焦っているのか顔が真面目だった。
グレンは背中から抜いた槍を構えると、石突きで壁をぶち破る。
破壊力に感心している場合では無いのだが、燎牙は近衛騎士の実力を、この時初めて目にした。
グレンに引かれるように外へ出る。
応接室は一階にあるようで、そのまま庭に出た。
―――その先には、囲むようにたくさんの兵士(おそらくジャバルの私兵)が並んでいた。
「チィ、囲まれたか!」
ロステルが悔しげに舌打ちをする。
囲んでいる兵士は凡そ4000人。
囲まれている燎牙達は8人。
絶対的な数の差が、しっかりと存在した。
壊れた壁からゆっくり姿を現したジャバル。
まるで、ショーでも見物しに行くかのような優雅な足取りで、肉塊がこちらへ歩いて来る。
「何でこうなっているか、わかりますかぁ? 魔王様ァ?」
もはやどこぞの一方通行のような、人を小馬鹿にしたような喋り方で、ジャバルが話しかけてくる。
「………てめぇ、まさか最初からコレが狙いでッ!」
「いィや? お前らの訪問なんざ想定外だったぜ? だが………」
燎牙の睨みもどこ吹く風、と、あっけらかんとして想定外だったことをバラす。
それは、おそらく勝者が敗者にわざわざ、どうして負けたか説明してから殺すような。
そんな余裕を含んだ言い方だった。
「獲物がわざわざ飛び込んできたのに、それをみすみす見逃すわけには行かないんでねェ。それに、お前は俺を侮辱した」
ジャバルは燎牙に言いながら、右手をあげた。
「そんな奴を見逃すわけねェだろ、馬鹿が」
「………言うことはそれだけか、ジャバル・ロックフォール伯爵」
「言いたいこと? そうだなァ、王位は置いていけよ? 俺様が有効活用しとくから! ギャハハハハ!」
もはや伯爵としての化けの皮も剥がれ、ただのごろつきみたいな喋り方になったジャバル。
最初のへこへことした愛想笑いは消えうせ、凶悪な笑みが顔に張り付いている。
「じゃあな、元魔王サマ! やれ、お前らッ!」
振り下ろされた右手を合図に、包囲していた人海が動いた。
徐々に徐々に近づく兵士。
「………近衛騎士隊」
「………なんでしょう、陛下?」
それを眺めながら、燎牙は横のグレンに言った。
「お前ら、俺を護れ」
「「「「「「了解」」」」」」
近衛騎士隊の6人は、一斉に頷く。
それを皮切りにして、乱戦が始まった。
チビッ子魔導士のサマルグは、右手で魔法陣を素早く描くと、左手でその魔法陣を素早くなぞった。
そして、詠唱。
「サイクロンツヴァイ!」
描かれた魔法陣から、二つの竜巻が横向きに出現し、兵士達を凪ぐ。
吹き飛ばされた兵士が兵士に当たり、当たり一面を片付けた。
それを見もせずにまた次の魔法陣を描き始める。
光の線は、先程とは違う魔法陣を形作った。
それを、サマルグはまたなぞった。
そして。
「エリアルブレードツヴァイ!」
詠唱とともに放たれた二つの風は、刃の形を纏い、兵士の一塊へ襲い掛かる。
「ツヴァイ」。
完成した魔法陣を別の手でなぞることで、二倍以上の威力にすることができる、彼だけが持つ才能。
彼は所謂、天才。
「疾風魔導士」の二つ名がつく、正真正銘の天才だった。
違う方向では、男女ペアの近衛騎士が舞っていた。
男の、アクロノス・ミュステルオンと、女のリヴァエル・ミュステルオン。
彼等は兄妹だった。
兄が、手にした剣を振るうと、その先の地面から凍りつき、兵士達の足を止める。
その隙間を縫うように、妹の揺らめく剣が兵士達を次々に焦がして行く。
抜群のコンビネーションで動く兄妹。
兄は、「蒼氷」と呼ばれる。理由は、手にした剣、魔装「氷結のアヴェルト」だろう。
魔装とは、上位魔法のかかっている、特別な兵装を指す。
製造方法がわからないので、半ば「伝説の武器」扱いされている。
兄、アクロノスの剣は、振るえば凍結の刃を飛ばすことのできる、氷の剣だ。
対して、妹は「燃剣」と呼ばれる。
リヴァエルも魔装を所持、というわけではなく。
彼女は、魔法を使う。
上位炎魔法「フレイムタン」。
灼熱の炎を三日月刀のように形作り、剣のように振るえる魔法だ。
この炎では持ち主は火傷しないが、魔力をかなり消費してしまう。
だが、彼女はそれを軽々と振るい続ける。
妹、リヴァエルの剣は、高熱で周りを溶かす、灼熱の剣だ。
彼等は、ほとんど動けずに倒される兵士達を前に、会話していた。
「兄貴ィ、後でなんか飲み物ちょうだい? なんか喉が渇いちゃった」
「………ああ」
呑気もいいところだが、呑気でいられるだけの余裕があった。
またある方向では、大剣を振るう男がいた。
もっとも騎士っぽくない男、ロステル・エリツィードは、身の丈程の大剣を横に凪ぐと、6人の兵士の体が分断される。
膂力もさることながら、その大剣、魔装「砕翼のエルヴェスタ」は、切り裂く能力が全く無い代わりに触れた部分を任意に砕く能力がある。
任意なので、誤って自分の肩を砕いてしまうとかいうことはない。
と、凪ぎ終わったロステルの隙をついて、一人の兵士が切り掛かった。
しかし、
「舐めんなよ雑魚がッ!」
有り得ない程速い切り返しに、体を逆袈裟に砕かれた。
「フンッ、遅ぇんだよ、馬鹿が」
鼻を鳴らすと、またエルヴェスタを振りかぶった。
その剣から、彼は「砕翼」と呼ばれる。
またまた違う方向。
そこは、更に激しい戦闘が繰り広げられていた。
隊長の、グレン・ハイランデルが振るう槍、魔装「紫電槍ライデン」により、周囲に小型の落雷が発生し、兵士達を沈黙させていく。
ライデンは、その能力により電撃を操ることができる。
そもそもライデン自体は常に帯電しており、一度振るえば万の雷を起こすとされる。
それに加え、グレンは槍と戦闘の天才だった。
右からの縦斬りを柄で器用に受け流しながら、左からの突きを、槍を逆側へ振るって石突きで弾いた。
前からの袈裟掛け斬りは、剣を右足で蹴飛ばして、兵士を石突きで撲る。
壁を破壊する威力の石突きに、一介の兵士が耐えられるはずもなく、数人を巻き込みながら吹っ飛んだ。
後ろからの奇襲には、槍を後ろに突きだして兵士を串刺しにして、槍を振るって投げる。
左右同時の攻撃には、石突きに近い部分を片手で握り、自分が一回転しながら、槍を振り回す。
狙い違わず、二人の兵士の喉笛を切り裂いた。
あまりの鬼神っぷりにたじろぐ兵士達へ、笑いかけた。
「死にたい人からおいで、痛みなんか感じさせないからさっ」
ニコニコと笑うその顔と裏腹に、体から染み出た狂気が兵士達の足をすくませた。
「紫電の槍」、彼はこうよばれる。
燎牙とクゥのところへはめったに兵士はこないが、たまに零れて切り掛かって来るときがある。
その時、一定の距離近づくと、必ずその胸には矢が突き刺さる。
真面目少女、キュロット・セイルラーズの引く魔装「カンディアスの弓」から放たれた矢は、寸分の違いもなく兵士の胸に命中した。
カンディアスの弓は、彼女に「追跡矢」の異名を与えるにふさわしく、放った矢を当てたい場所に自由に当てることが出来る。
次々と迫る兵士に慌てることもなく、次々と放たれていく矢。
「………ふぅ、一段落、かな」
いつしか、4000いた兵士は、残り50人程まで減らされていた。
築かれた死骸の山。
美しかった庭園は、その一角を真っ赤に染められて、美しいの「う」すら出てこない。
彼等6人をして、「近衛騎士隊」と呼ぶ。
けして表舞台には立って来なかったから公には知られていないが、間違いなくこの6人は「最強」である。
「ば、馬鹿な………!?」
包囲戦の結果の、あまりの非道さに唖然とするジャバル。
数が数なので、もっと楽に殺せると思っていた。
(どういうことだ!? たかが6人に何をしているんだよ!!)
だが、相手は一騎当千の精鋭だった。
蹴散らされてく兵士達を目の当たりにして、段々とジャバルから余裕が消えていく。
「おいおい、余裕消えてんぞ雑魚」
そんなジャバルに、遠くから燎牙の声がかかる。
燎牙自身、いくら実力を知らなかったとはいえ、まさかここまで近衛騎士が強いとは思っていなかった。
だが、「近衛」というくらいだ。
王を護るのに弱い必要など無く、むしろこれくらいが当たり前なのかもしれない。
「貴様ァァァァッ!」
「ま、これで諦めるんだな、肉塊野郎。テメェの罪に反逆罪も加わるが、仕方ねぇよな?」
「………ぐッ」
ジャバルは燎牙に憎々しげな目を向けた。燎牙は、近づいてきたグレンと話をしていたため、全く気付かなかったが、段々とその視線は純粋な殺意を孕んでいった。
そして、燎牙が帰ろうとしたその時、
「………ならもう出し惜しみはしねェわ。確実に殺してやるよ、魔王様」
燎牙が振り返ると、先程とはまるで違うオーラを纏ったジャバルがそこにいた。
言うなれば巨大な殺意と、巨大な魔力。
その二つが、突然場を支配した。ジャバルを中心に渦巻くそのチカラは、段々濃密さを増す。
それらにグレン達が警戒してなのか、円形に燎牙を囲んで護る。
「………本来ならば使いたくはなかったのだが、まあいい。また買えばいい話だ」
ジャバルは懐から二つの青い石を出しながら、独り言のように声を漏らす。
その石が現れた瞬間、サマルグが声をあげた。
焦燥感を含んだ、思わず口をついて出たことば。
「なッ、ドラグリア石ッ!?」
どうやら奴が懐から出した、消しゴム大の青の石はドラグリア石というらしい。
だが、
(何を焦っているんだ、こいつらは……?)
まわりの近衛騎士達や、クゥまでもが驚きを隠せずにいる。
それだけではなく、あの石に何かあるのか皆はあの石を恐れているように見える。
そんな中、石を所持している当の本人のジャバルは、
「そうか、まだ魔王はこの石の存在とその意味を知らないのか。ギャハハッ、なんだ、まだ全ッ然俺様優勢じゃねえか」
剥がれた皮を貼りなおそうともせず、相変わらずごろつきみたいな喋り方で嗤う。
もはや誰がこのデブを貴族だと思うだろうか。
「………意味? どういうことだ?」
知らないものは知らないので、そのまま聞き返した。
一瞬ぽかんとした表情を浮かべたのち、ジャバルはまた嗤った。
「……ハハ、俺様がお前に教えて得られるモンもねぇのに、わざわざ教えるわけねぇだろ? 馬鹿じゃねぇの、お前!」
ジャバルはそう言って嘲る。
しかし、別にどういう石なのかが目的で聞いたわけではなく。
「馬鹿はお前だろーが、わざわざ情報寄越しやがって」
燎牙もそう吐き捨てて嗤った。
表情には、かなり余裕がある。
ジャバルから聞き出したのは、「情報を教えて、対処されたくない切り札なのかどうか」ということ。
対してジャバルは、情報教えなかった。
つまり、対処できる程度の切り札だと予想できる。
大体、エセ神様から貰った力にできないことなどないのだ。
「ああ? お前、状況わかってるのか? ………もういいや、死ねよ」
痺れを切らしたのか、ジャバルが鬱陶しげに言った。
そして、手の中にある二つの石を、
一息に飲み込んだ。
「……!」
途端に、ジャバルの体から心臓の鼓動音のような音が響く。
変化は、次第に訪れた。
体が膨れ上がり、服が弾けとんだ。
腕や足はかなりは太くなり、皮膚は鱗のような物に覆われる。
あんなに出ていた腹部や、弛んでいたであろう胸部も、次第に筋肉質になっていく。
指先からは、まるで恐竜のような爪が生えてきて、剰え、太く長い尻尾まで生えてきている。
醜かった頭部には、もうジャバルの面影はない。それをなにかで例えるならば、それは蜥蜴だ。
頭からは角が生え、背に翼をつけたそいつは、もはや人間ではない。
「ガハハハ、漲る、力が漲るぞォォォォッ!」
もう、ドラゴンとしか言いようがなかった。
前と比べ体が六倍ほどになり、全身が紫にそまったジャバルは、その爬虫類じみた目を細めたながら、翼を動かす。
そして、わずかに飛翔。
「体が軽い、これが俺様なのかッ、ハハハハッ!」
体が軽いのが楽しいのか、ガキ同然の喜び方をする。
やがて満足したのか、手を出しあぐねていたこちらを見やると、叫んだ。
「………喜べ貴様ら! 俺様の覇道の礎として、今から塵にしてくれよう!」
その一言に、やっとグレンが動く。
「撤退だ! 陛下を護れ!」
グレンの指示に、弾けるように五人が動く。
どうやら、グレンとロステルとサマルグでアレを食い止めてる間に俺達を逃がそうとする算段らしい。
「さあ、陛下! 急いで下さい!」
キュロットが焦りながら、俺を誘導しようとする。
サマルグは、毅然とした顔でアレと対峙しているが、手が震えている。
それぞれが、それぞれのために動き出し、覚悟を決めた。
だが。
「………もういい、お前ら下がれ」
食い止めようとするグレン達の前へ行くと、下がるよう指示した。
「ッ、陛下!?」
サマルグの焦り声が後ろから響くが、そんなことは気にしていない。
問題は、ちゃんと予想通りに行くかどうか、だ。
予想の通りなら、ドラゴンなど俺の相手にすらならないのだ。
だから、グレンの機転もサマルグの焦燥も、ジャバルのドラゴン化でさえも。
「へ、陛下ッ! やつは今、ドラグリア石の効果で黒龍化していますッ! あれはヒトが勝てる相手ではない、まして………ッ!」
「………陛下、僕も同じ意見ですよ。僕らは陛下を失わないために近衛騎士になったんです。だから、あまり命を無駄にしないでください、お願い致します!」
グレンの願いも。
「シネェェェェェェェェッ!!」
ジャバルの口腔から吐き出された闇色の火炎も。
「陛下ッ!?」
咄嗟に燎牙の前で防御の姿勢をとり、盾になろうとしたロステルの行動も。
その全てが。
「………無駄だ。テメェの切り札はこんなもんかよ、雑魚が」
火炎による煙がなくなり、「ざまあみろ」と言おうとしていたジャバルの目に映ったのは、
「………はあ!? な、なぜ貴様は、無傷なんだよ!?」
傷どころか焦跡すら見当たらない、燎牙本人だった。
それも、盾として前に入ったロステルごと無傷だ。
「………て、あれ? 死んで、ない?」
ロステルも思わず普段の粗雑な口調を忘れ、呆然としていた。
「………陛下、いつそのような魔法を?」
後ろから、グレンが驚きと安堵を含んだ質問をしてきた。
誰も気づかないのか、足元のデカい魔法陣に。
「………そんなこと、今はいいだろう。それより―――」
後ろのグレンを一瞥すると、再び前を向く。
今だに空中に浮遊し、牙の隙間から黒煙を漏らすジャバルを見据えた。
「――降参しろ。そうすれば命だけは助けてやる。まぁ、牢獄は免れないが………」
「フンッ、誰が降参なぞするものかッ! どうせ先程のは紛れに違いない、俺様の優位はどうやっても揺るがんよッ!」
黒竜は、燎牙の提案を鼻で笑い、蹴る。
まあ分かりきってはいたが、コレでどうにかなればよかったのだがなぁ、などとため息を心中に吐くと、燎牙は身構える。
ジャバルは、先程の闇色の火炎とはまた違う攻撃なのか、あるいは「チャージ」なのか、目一杯息を吸いはじめた。
いずれにしろ、待っていてもいいことは起きないだろう。
ずっと防御しているわけにもいかないので、
「………グレン、ロステル。下がれ」
「「……はっ」」
言葉に威圧を乗せ、今度こそ下がらせた。
これで、味方を気にせず攻撃出来る。
「………ッ」
燎牙は、とある魔法の魔法陣を頭に呼び出す。
すると、燎牙の前方1メートル辺りに、燎牙と正対するように魔法陣が浮かび上がった。
ひどく複雑な魔法陣だ。
普通の魔法陣、つまり円形の陣とは異なり、円形魔法陣が5つ、十字型に繋がっている。
と、起動したのか、魔法陣の中心部から直線状の雷の芯が出現した(ちょうど、ファストフードのジュースの蓋みたいな形だ)。その芯は、周りにスパークを発生させながら、徐々に徐々に形を作っていった。
先端が尖り、鏃の形に。
そこから後ろは細長く、柄のように。
先端から真ん中辺りにかけて、風の螺旋を纏う。
雷の槍、だった。
全てが雷で構成された槍が、そこにはあった。
「………嵐を纏う者よ、其は雷。雷を纏う者よ、其は勝利を齎さん」
バリバリ、と音をたてながら槍は宙に浮かぶ。
その時、ジャバルが息を吸うのをやめ、首をこちらに向ける。
そして、
「ゴアァァァァァァッ!!」
その口腔から、さっきとはくらべものにならないサイズの火炎が、今だ今だと押し寄せた。グレンも、さすがにケタが違う威力に顔を青ざめさせていた。
しかし燎牙は、その黒い火炎を見ながら、ふと考えた。
今日までのこと。
明日からのこと。
(俺は、これからこの国を治めて、生き残らなければいけない。そのためにも、お前なんかに……)
急すぎて、訳の解らない内に連れてこられた世界だったが、一週間生活してみてわかったことがあった。
みんな、異端みたいな自分を慕い、よく尽くしてくれた。魔王だから、というのもきっとあるだろう。
だが、それ以上に、その優しさが燎牙には眩しかった。
―――その笑顔、その優しさを護りたい。
だから、叫ぶ。
「お前なんかに、殺られるわけにゃいかねーんだよォッ!」
叫び、右手を突き出した。
「貫けッ、「神撃之嵐槍」ッ!!」
刹那、魔法陣が霧散し、嵐を伴う雷の槍が発射された。
発射された槍は螺旋を描き、轟々と音をたてながら、一瞬で真正面から放たれた黒色の火炎へ突っ込むと、黒色火炎を四散させた。
槍はそのまま寸分違わずジャバルの頭部に直撃し、突き抜けてゆく。
「ッ………!!」
脳内に甚大なダメージを与え、その神経回路を焼き切った。
白目をむき、あちらこちらから黒煙をプスプスと発生させながら、黒竜はゆっくりと墜ちる。
地響きのような音とともに、ジャバル・ロックフォールの成れの果ては、死んだ。
「………グレン」
「………はい、なんでしょう?」
ゆっくり振り返りながら、グレンの顔を見た。
もう、彼の顔には笑顔がある。
まあ、グレンの場合は笑顔がデフォルトみたいなモノだが。
「救護隊を要請しろ。こいつら、ジャバルの護衛兵たちを助ける」
「………仰せのままに」
そう言って会釈をすると、踵を返して去っていく。
キュロットやアクロノスにも指示を出しながら、馬車に積んだ簡易魔法通信機(通信時間が制限され、内包魔力が切れるとただのゴミになるところが厄介な魔法通信機の小型版)で連絡を取りはじめた。
「………ハハ」
何を思ったか、突然笑い出した燎牙に、近づいてきたクゥが声をかけた。
「あの、リョーガ様……?」
「ん、ああ、クゥか。……ッハハ」
「どうなさったんですか、急に笑い出して。頭でも撃っちゃいましたか?」
「………酷い言いようだな、しかも「打つ」が違ぇきがするし」
まあ、と燎牙は言葉を切って空を見上げた。
雲一つ蒼穹。
本当にどうかしたのか、という視線に、そちらを見ずに答えた。
「………護りたいものが、護れたからかな」
「………そうですか、ならよかったです」
そう言って、クゥは笑った。
――――だが。
何もなかった蒼穹の端に、黒い点が生じた。
最初は、鳥か何かかと思ったが、それにしては、デカすぎた。
「ッ!? お前ら、離れろッ!」
燎牙はそれを視認し、焦りながら近くの負傷兵達に指示をだした。
ようやく彼らも気づき、見えない恐怖から逃げるように、必死にキョリをとる。
そして、漆黒のそれは、急激に近づきはじめ、やがて目の前に着地した。
硬質の鎧の様な皮膚。
長く伸びた首は、まるで蛇のようにうねる。
鋭い牙をちらつかせる顎と、爬虫類独特の眼球。
四対になって伸びている、黒い角。
そして、漆黒の六枚翼。
先程までのとは比べるべくもない存在が、そこにいた。
「な、なぜ、「災厄の邪龍」が………ッ!?」
クゥも、もはやこれ以上ないくらい驚いたのか、腰が抜けていた。
「災厄の邪龍」、魔境「シャガルディア大陸」にいるとされる、伝承でも一際有名な龍。
それがひとたび近づけば、人々に災厄をもたらし、破滅へ導くらしい。
そんなお伽話の存在を前にして、燎牙は。
「………嵐を纏う者よ、」
目の前に「神撃之嵐槍」の魔法陣を呼び出そうとして、
「ああ、止めとけ止めとけ。そんな魔法じゃ儂に傷はつかんよ?」
「ッ!?」
なぜか邪龍が話し掛けてきたので、燎牙は思わず魔法を中断した。
「ふむ、それでいい。―――初めてましてじゃのう、アークレイド帝国帝王リョーガ・クジョウ殿」
「………お前は、やはり「災厄」なのか?」
「いかにも」
六枚翼をはためかせた邪龍は、ふわりと飛翔しながら、
「我が名はザイツォーヴァ、「災厄の邪龍」と呼ばれし神なり」
そう宣言した。
とりあえずシリアスシーンは去りました。
ふぅ、長かった。
書きまくったらなぜか長くなりましたよ。
ホントは年末に出す予定でしたが、冬期課題と実テ、大会の嵐にやられて書けませんでした。
また時間は軽めなので、許してね。
そんじゃいってみよう。
神「ハイ、我輩どこ行ったー」
作「兎に食わしたわ、ボケ」
燎「やー、ムリだろあのシリアスにエセかm(以下略)とかは」
神「てめぇ、以下略って別に略す部分なんかねぇだろうが!」
グ「まあまあ皆さん、落ち着いて」
燎「ああ、グレンか。わりいわりい」
ク「それにしても作者」
作「なんじゃい」
ク「………なんかヘンなやつ出てきたけど、オチあんの?」
燎「実は敵でしたフラグだけは勘弁で!」
神「いや、あやつはだな」
キュロット(以下キ)
「ああああ、あれは無理です私ムリムリムリムリ!」
燎「あ、また新キャラが」
キ「陛下ぁ! あんなのははやく塵に還してくださいよ!」
グ「キュロット、なかなかえげつないぞ………」
神「みながキャイキャイ五月蝿いので、我輩が次回よこ―――」
ロステル(以下ロ)
「あー、次回は今回の続きな。あと最初の章の締めくくり的な? そんなトコだ、んじゃまたな」
神「………我輩の出番(涙)」