005◇朝餉と座学とご挨拶
二ヶ月ぶりぐらいですかね。
忙しくて全然書けなくてすいません(涙)
ここは、アークレイド帝国、その王都であるラザスの中心部にある、ラザス城。
その一室で、この城の主とも呼べる存在が目の前の景色に、「うわぁ」などと子供みたいに感動していた。
かなりの大きさを持つ王族専用の食堂の、縦に並ぶ白いテーブル。
その上に置かれた自分の料理の豪華さと言えば、ラザス城の主――九条燎牙であるが――が、およそ17年の人生を振り返っても見当たらないような凄いものであった。
様々な山海の幸を始め、どれも一級品ばかりなのだろう。
だろう、というのは、燎牙自身はそんな凄まじく豪華な料理に出会ったことがないからである。
燎牙はと言えば、この芸術品達を前に若干気が引けていた。どうにも自分と目の前の料理が釣り合わないとの考えだった。
かたや昨日までは何の変哲も無い凡人で、かたや生まれた時から一級品の料理である。
この燎牙の考えには少し間違いがあるだろうがな、と指輪になった神様がぼやいた。
前回全くといっていいほど出番が無かったというか、何と言うか悔しかったのだった。
と、燎牙に動きがあった。
横にいたナルフェルに、恐る恐る話し掛けた。
「………ナルフェルさんや、これ全部俺のなの?」
「さん、はお辞め下さい。それらは全て、リョーガ様の料理ですよ」
もしや何か御不満がございましたか………? などと聞かれてしまい、「いや別に」などと慌てて返す。
「ただ、多くねぇかなぁって、思ってさ」
「多い、ですか?」
「………元々贅沢出来るような家庭に生まれたわけじゃねぇしさ。量もそうだけど、豪華過ぎねぇかな、って思っただけだから」
その一言に、ナルフェルが黙り込む。
どう返せば良いか、わからなくなったのだろうか。
そこへ、助け船の如く、脇に控えていたクゥから声がかかった。
「つまりもっと質素な方がよい、と?」
そういうことですか? と聞いてきた。
昨日の話では、このクゥ・リーベルという少女は俺の補佐官的役職につくようだ。
尤も、前例のあまりない事態のため、役職名もまともに決まってないような役職だが。
召喚で魔王を決めること事態、魔族の大陸、アークレイド帝国の存在する「オズライア大陸」では異例と呼べるらしい。
そもそもオズライア大陸の、他の大国は三つあるが、そのどれもが「魔王」という存在について否定気味なのだとか。
魔族の王なので「魔王」なのは間違いないが、隣国の「ロゼル大公国」は公主だし、その隣国「リオルヴェル皇国」では皇帝と呼ばれているし、最北端の(アークレイド帝国は最南端に位置する)「ラズベイアス王国」なんかは、王国なのに「炎帝」などと呼ばれているようだ。
魔王という名詞が、どうも負のイメージを負うかららしいのだが、どうしたものか。
因みに、この話は全てディアブロから移動中に聞いた話である。
「んー、質素か。まぁ近いんだけど、少し違うな」
核心を突かれかけて、内心ドキッとしたのはここだけの話だが、燎牙としてはそれに近い感情を持っていた。
別に何も無駄に豪華にすることはない。
見た目の華やかさより、栄養価や味の方が大事である。
何より、高級品ばかりでは財政も心配である。
その旨を伝えると、ナルフェルは感心したのか、なるほどなるほどと何度も頷いている。
「つまり、料理の内容を充実させれば良いのですね?」
「ああ、理解が早くて助かるよ」
徹底した栄養価優先と倹約主義、こんなところにも日本人の性が表れてきたかと笑う燎牙。
一先ずやることがあるだろう、と心に語りかける声があったので、『そうだったな』と適当に返し、目の前を見る。
「さて、ではいただきますかね」
両手を合わせたのを見て、クゥが首を傾げる。
「恐れながらリョーガ様、その動作には何か特別な意味があるのですか?」
「ああ、これ?」
いただきます、の合掌を見てか疑問に思ったのだろう。
言語は同じでも、こういった伝統なんかは存在しないのだろうか。
「これには、感謝が込められているんだ」
「感謝、ですか?」
ナルフェルや他の給仕達も、一様に「そんなの聞いたことないぜ」顔をしている。
「食材を食べるというのは、その食材の命を貰い受けること。だから、俺の居た世界ではそれに感謝して、手を合わせながら『いただきます』と、こう言うのさ」
こういうかんじでな、と手を合わせ、『いただきます』と言った。
その動作に納得した様子のクゥを見て、燎牙はスプーンとフォーク―――ではなく箸へ手を伸ばした。
γγγγγγ
「さてリョーガ様」
食事の後、燎牙は自身の執務室へ案内された。
大きめの、どこぞの社長みたいな机。
古めかしくて重たそうな、広辞苑みたいな本が何百と並ぶ本棚。
開放感のある、大きな窓。
光の差し込んだその部屋を見て、燎牙が「すげー」などと呟きながら机の椅子――なにやら高級そうで、座り心地が最高な椅子――に座ったところで、先程のようにクゥに言われた。
「さて………さて? さてどうするの?」
「今日は燎牙様の仕事の紹介になりますね」
執務室に入った途端に補佐官――秘書らしいのか?――らしくなったクゥ。
ともあれ、俺の仕事か。
「俺の仕事って、どんなことすんの?」
「はい、こちらの書類の確認をして、認可印を押していただく仕事です。所謂書類仕事ですね」
「俺はOLかよ」
OL? と疑問符を浮かべるクゥ。
まぁ、知らないか。
「ああ、何でもない何でもない」
「………それで、確認作業については初めのうちは私も手伝いますので」
国の情報なんかだと、燎牙様の知らないことも多いでしょうし、とクゥは笑った。
確かにそうだ。
来たばかりで、王城から出たことがないのが原因だが、俺はアークレイドについて何一つ知らなかった。
加えて、燎牙はアークレイド帝国で、ひいてはこの世界で生きていくのに必要な、唯一の自分のスキルについて何も解ってはいない。
出すだけなら魔法を出すことはしたが、あんな小さな魔法を使えたからといって、どうとなるわけでもない。
要は、もっと沢山魔法を使えなければならないのだ。
部下や魔物に示しがつくように。
だから。
「………あのさ、アークレイドのこととか、この世界の法則とかについてよく知らないからさ、そこんとこ教えてくんないかな?」
「はぁ、そうですか。………なら」
俺の希望を受けて、一瞬迷ったように手元の手帳を見ていたが、やがて何かを書き込むと、こちらに向き直った。
「今日の仕事はそれに致しましょう」
パチン、と手帳が閉じる小気味よい音がする。
「まずは座学から始めましょうか、魔王様」
目の前に立つ補佐官兼秘書の顔は、なんだか嬉しそうだった。
γγγγγγ
城の一角の、とある部屋。
召喚課の仕事場であるその部屋で、マリエルは自分の机に向かいながら退屈そうにしていた。
ここ最近、あれよあれよのうちに出世していったいじる対象が居なくなってしまったので、何やら手持ち無沙汰感満載で、非常につまらなかった。
机の消しゴムを指でくるくる回しながら、溜息。
「暇だなぁ………」
「そんなに暇なら追加で仕事をやらんでもないぞ?」
「そりゃないわぁ………って、ビリオール様!?」
唐突な声に、慌てて振り向くと、そこにはしかめつらがあった。
どうやって言い訳しようか、などと考えている時点ですでに反省の意は無いが、とりあえず挨拶を。
「お、おはようございます課長………」
「うむ、おはよう。にしても勤務態度が素晴らしく良いではないか、マリエル?」
「え、ええはい」
「机の上に消しゴムしか乗っとらんとはどういう仕事だたわけ!」
「すいません………」
雷でも降らせるが如く怒られた。というか降っている。
まあ。
「でも、今日は働かなくてもよい日ですよ!?」
「お前が仕事をしに来たのが悪い」
「しっ、仕事をしに来たわけではなくてですねっ!」
その一言に、ビリオールの目が変わった。
「………ほう、では何だ。お前は仕事場に遊びに来た、とでも宣いたいわけか?」
頭に「怒」の文字を浮かべているように見え………あ、浮かんでますね。
その顔は、「バカモン!」と叱りたい心中がありありとあらわれている。
だが、マリエルとて別にふざけて仕事場で仕事もせずに消しゴムくるくるをしていたわけではなかった。
「クゥが居なくなったんで、ちょっと寂しくなったんです。だから、ちょっと仕事場に………」
「………まぁ、よかろう」
眼前のビリオールが、懐に手を突っ込む。
取り出したのは、庶民的ながら実用性の高さで男性に人気のブランド、「レーヴ」の長財布。
中から紙幣を数枚抜き取ると、マリエルの頭にそれを押し付けた。
「今日はこれで飲みにでも行ってこい。俺の奢りだ」
「え、私別に貧乏じゃないですよ? 飲みに行くくらいのお金なら―――」
「つべこべいうんじゃない。それが俺からの今日の仕事で、それは経費、そういうことだから」
踵を返し、ビリオールは部屋の扉に向かう。
いつもは「ハゲ」だの「デブ」だのさんざん悪いイメージを抱いていたが、今日だけはその後ろ姿が何だか眩しく見えた。
「課長!」
「………なんだ?」
ビリオールは振り返らず問う。
なんだろうか、なんで今日はこの人こんなにカッコイイんだろうか。
「………仕事、頑張ってきます!」
「………ほどほどにしとけよ」
その台詞が、部屋中に何度も反響した。
γγγγγγ
間に昼食を挟みながらの、4時間の座学を終えた燎牙は、ラザス城内の練兵場に向かっていた。
ぐったりしながら。
「………座学、きついね」
高校では座学は毎日あったから大丈夫だろうと高をくくっていたが、流石に4時間はきつかったようだ。
主に世界情勢や種族、魔法の概念などから、はては城下の街の説明まで受けた。
とても4時間でおさまる内容ではなかったが、なんとか付け焼き刃程度には理解できた。
帝国軍の構成なんかを聞いている時思ってはいたが、自分の魔法の練習もしなくてはならなかった。
そう考え、夜間にでもこっそり練習できるような場所を探していると、どうやらもともとの目的地でもあった、兵士の訓練場がよさそうだということだったので、現在向かっている途中だ。
「なぁ、クゥ」
「はい、なんでしょうかリョーガ様」
そう答えたクゥは、燎牙の右斜め前で、先導してくれている。
流石に二日目では、城の中の配置などを覚えられるはずがなく、迷子になるので、案内して貰っていた。
「確か、うちの軍の構成は、一般兵、重装兵、騎兵、魔導兵、救護兵と、それらを統括しながら自ら動く騎士団と、独立した部隊で動く竜操兵、だっけか?」
「ほぼ正解ですが、近衛騎士が抜けてますよ」
「ああ、俺の身辺を警護する騎士か。俺はそいつらをちっとも見ていないんだが?」
近衛といいながら、王が知らなくてはあまり意味がない気がする。
知らなければ、誰が敵なのかわからない。
「ああ、近衛隊なら多分その辺で見てますよ。後日にお披露目式だかなんだかがございまして、リョーガ様はその式で対面するということになっておりました」
なんだかって何だよなんだかって。
そこら辺はもう少し詳しく聞きたいし、そもそも自分の身を護るものが誰だかわかんないのはまずい。
のだが。
「さて、ここが練兵場になります。まぁ、ここで練習するのは一般兵や重装兵ばかりですが」
どうやら練兵場についたようだ。
城の東部分に作られたその場所では、多くの兵士が手に剣や槍を構えて訓練していた。
やはり剣と槍が主流なのか。どこぞのファンタジーではないが、魔力で撃つ銃なんかもあるのだろうか。
「へぇ、広いな」
結構広い。
どれくらいかと聞かれれば、野球のグラウンドより多少大きいくらいとしか言えないが、それでも広く感じる。
燎牙はしばらくぼーっとしながらその訓練の様子を見ていたのだが、不意に誰かがクゥに気づいたらしく、やがて訓練の責任者が近づいてきた。
「これはこれはリーベル様。ここの責任者の、マジョラル・サイクノといいます。今日はいかがなさいましたか?」
「………マジョラル、といいましたか」
「はっ!」
「あなたは今日、戴冠式に参加しましたか?」
「いえ、自分はここを任されておりましたので、ずっと練兵をしておりました故参加いたしませんでした」
「………なら伝えておくわ。隣のお方が、新たな魔王様のリョーガ・クジョウ様よ」
「………ッ!?」
相当慌てたらしく、飛び上がって真っ青な顔になりながら、すぐさまこちらに向き直り、跪づいた。
「もっ、申し訳ございませんでした陛下ッ!! どんな処罰でも受けますので、どうか妻だけはお許し下さいッ!!」
「???」
マジョラルという責任者がどうして土下座しているかがよくわからず、燎牙は思わず狼狽えた。
「処罰? 妻? なんでお前を処罰しなきゃいけないんだ?」
「?」
「別に戴冠式来てないなら俺のことは知らないだろ。なのに何故処罰しなきゃいけないんだ?」
想定外の発言に思わず顔を上げたマジョラルに対して、燎牙はその目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。
「大体、そんなに妻のことを大事に思ってる奴なんか、罰せるかよ」
笑いながら、その肩を叩いてやる。
事情を知らないのにいきなり罰せられて、そんなのいいわけがない。
大体、自分の都合でここへ来たのだから、相手に合わせるのが普通だ。
魔王という立場上、それはあまり通用しないかも知れないが、などと心で零した。
γγγγγγ
冷たい石の敷き詰められた牢。
その中に、鎖に繋がれた少女がいた。
体中傷だらけで、着ている服は原形をとどめない程に裂けていて、恐らく美しい金色をしていたであろう長い髪は、薄汚れてやや黒っぽくなっている。
鎖で両手を壁に繋がれた少女は、虚ろな目で、その眼前の檻を見ていた。
やがて、裂けて出血している唇が開き、言葉が紡がれた。
「誰、か………」
朝から山海の幸なんか出されたら、胃が縮小してしまいそうな日本式胃袋の燎牙君でした(笑)