014◇対騎士戦と敵性反応
大変遅れて申し訳ありません。
決闘場となったコートの、向かって左側で念入りにストレッチをしている燎牙をみて、先程のっぽの騎士をボコボコにしてきたミュスはふと考えた。
(そういえば私まだリョーガ様が戦いらしい戦いをしている所を見ておりませんわ。これが私にとっての、初めてのリョーガ様の戦いになるのですね)
ミュスが初めて燎牙と会ったのは、彼女にとって憎き相手であるジャバル・ロックフォール伯爵が彼によって倒されたあと、すなわち燎牙が戦闘を終えたあとのことである。
つまり、彼女はまだ知らないのだ。自分を絶望の淵から救ってくれた恋しい彼が、下手すれば山一つを吹っ飛ばしかねない魔力を備え、かつ魔法において出来ないことはないと断言出来るような反則だらけの存在であることを。
(大体、あの時に薬さえ盛られていなければ私があの醜悪な輩を真っ二つにして差し上げたものを! むぅぅぅぅぅ…………!)
とはいえ、ミュス的にはジャバルごときの存在にしてやられたこと自体が気に食わないらしく、それを思い出しては若干怖い顔をしているのだが、それはまだ誰も知らない。
意識を向こうに戻すと、燎牙がストレッチを終えていよいよ模擬戦がスタートしようとしていた。そんな燎牙を見て、ミュスはちょっとだけ不安になる。
(リョーガ様、素手で戦う気ですの!? いくらなんでも、あのメイス相手には無茶がありますわ!)
徒手空拳で、体ほぐしが足らなかったのかピョンピョンと跳びはねている普段着の燎牙と、反対側の軽鎧とメイスで武装された筋肉質な騎士。誰がどうみたって勝負が明らかに見える。燎牙は一体どうするつもりなのだろうか。
銅鑼による音が鳴り響き、勝負が始まった。
そんなミュスの心配も知らず、燎牙は開始の合図が聞こえてからも余裕を持ちながら相手――アームファイズを観察していた。
(さーて、どう出るかな。それとも誘導してやろうかな)
この戦闘を、燎牙は楽しむつもりでいた。全力で捻り潰す方法はもういくつも考えてあったが、やはり徒手空拳に負けるのが一番悔しいだろう。もちろんアームファイズが弱いわけではなく、下手をすればやられかねないような破壊力はある。
だからこそ、楽しむのだ。絶対的優位――つまるところ、二重の意味での力の差を思い知らせるべく、楽しまなくてはならない。
この対峙に痺れを切らし、まず動いたのはアームファイズだった。「参るッ!」という一言とともにミサイル弾頭の如く飛び出してきた筋肉の塊は、燎牙に肉薄するなり右手でメイスを縦に振り抜いた。効率の悪さと引き換えに、縦からの振り抜きにはメイスの重量とその分の重力が加わり、威力は横から振り抜くよりも高い。燎牙はそれを左へひょいとかわし、相手の死角へ入る。対象を失ったメイスが地面に叩きつけられると、地面に亀裂が走り、一瞬地が震えた。
「うひょー、まじかよ……」
「どうなさいました陛下。あなた様ならこの位余裕でかわされるでしょう。あ、万が一かわせないのでしたら言ってください。代わりに私が王になりますので」
自分の攻撃が相手にとって脅威なのだと勘違いした結果、筋肉バカは饒舌に語りだした。
「……無駄口を叩くな、アームファイズ。この隙に殺られるだろうが、俺に」
「心配には及びません。私はかなり優秀なので」
味を占めたのか、アームファイズは更にウザさを発揮しだした。さすがにここまでウザいとは思わなかったが。別にメイスの一撃を脅威に思ったなどということはないし、むしろあんな粗暴な振り回し方では、あれだけの威力しか出ないのも納得である。
二度しか見たことはないが、ジジィはたしかお玉で地面を割っていた気がする。文字通り。
それに比べれば、なんとハエが止まりそうな攻撃なことか。あのミラスケーネとかいう女騎士と戦っていたときにはあんなに強そうに見えたのだが、いざ対面してみればそんなに強そうには見えず、少し残念である。
燎牙はその台詞を鼻で笑うと、地面を蹴って少し距離をとった。それを見たアームファイズは得意顔になったが、決して安全確保などではない。
「ま、そういうことは俺に「参った」を言わせてからにしな、アームファイズ。それを言うとザコそうに見えるからな」
「……そう言っていられるのも今のうちですよ、陛下ッ!」
燎牙はこのやり取りの間に体勢を整え、更なるアームファイズからの追撃に対しての備えをしていた。それが完了するか会話が終わるか、アームファイズは再びこちらへダッシュしながら飛び込み居合式抜メイス術(名前はたった今考えた)を繰り出してきた。今度は左手側からの袈裟掛けである。右側へ、メイスをくぐり抜けるようにして避ける。
またしても対象を失った金属の頭は、ギャリギャリと小石混じりの砂地を削りながらまた背中へと収納された。
避けた先で、振り下ろされて戻されてゆくメイスを見ながら、燎牙は余裕の一言を放つ。
「どこが今のうちなのか、ちょっと教えてくんないかねぇー?」
「くッ!」
頭に血がのぼり始めたか、アームファイズの攻撃は次第に雑さを帯びだした。居合にして打ち出すのも煩わしくなったのか、そのまま構えて打ち据えようとしてくる。もちろんそんな攻撃では掠りもしないが。
おそらくは、今まで強敵というものを知らずに、お山の大将ポジションを維持しながら生きてきたのだろう。だから、彼の驕りや余裕というのは、それに出くわすことで呆気なく崩れてしまう。それが命取りになるとも知らずに。
「くそ、ちょこまかと鬱陶しい!!」
「おおっと本音と素が出てんぜー? 情けないったらねぇなー」
更に煽る。
怒りで顔が真っ赤になってきたアームファイズは、まるでもぎたてのトマトだ。動きが更に加速し、乱雑になった。
メイスでは無理と判断したのか、時折合間に膝蹴りなどの初歩的な体術を練り込んでくるようになったが、これは燎牙としては少し意外だった。頭に血が上り、我を忘れたのかとばかり思っていたが、どうやら思い違いだったらしい。その体術の挟み方や正確さから、メイスが雑になったのが戦略の一部なのだということを理解した。
「……なかなかやるじゃんよ、アームファイズ」
「…………」
そんな流れがしばらく続いた後、不意にアームファイズが後ろへ跳躍した。彼我の距離は、一番最初の20メートルへ戻った。
(……何かしかけてくるな。魔法か?)
とっさに先程のミラスケーネ対アームファイズの試合を思い出すが、流石にそれはありえないと考えた。ミラスケーネが「フレイムクラスター」を唱え、アームファイズが蹴散らし、あまつさえ彼は「魔法に頼るのはよくない」とまで窘めた。
つまり、アームファイズは「魔法には頼らない」と考えても悪くはないのである。まぁ、この場で本当に使わないかどうかは分かりかねるが、使った時点で本人のことばとの矛盾が起こってしまう。
一瞬で結論を出し、何がきてもいいように構えだけは崩さないようにした。最も一般的な、利き手利き足を前に出し、両腕は顔から少し離して庇うように曲げておく。いわゆる、オーソドックスと呼ばれる構えだ。
燎牙は、クソジジイ――春之進からいろいろな武術を学んだが、それらは全て既存のモノに春之進が手を加えた、我流であった。人はこれを、「天厳流」と呼んだ(クソジジイがその昔、「天下の七厳士」とやらの一人だったことから)。
中身はまさしく「あらゆる武術のいいとこどり」であり、空手をベースに作られていたため、「殺人空手」なんて呼び方もあるくらいに強力である。
それらを駆使するのに必要になるのが、構え。構えはあらゆる攻撃へつなげる、いわば準備段階。誰も逆立ちから突きは出せないし、あぐらをかいたまま回し蹴りもできないだろう。その準備段階としての構えのなかでも、最も一般的で使いやすいのがオーソドックスという構え、というわけだ。
――すると、突然。
アームファイズが手に持つ二つのメイスが光りだした。おそらく魔力漏れによる残光なのだろうが、メイスに込めて何をするというのか。
「陛下! いくらあなたでも私の奥義を受ければ一たまりもないでしょう」
「は? 何の根拠があってそんな風に思うんだよ。現に俺はお前からの攻撃ではかすり傷一つ負ってないんだが」
少し先で不適に笑うアームファイズ。彼は一体どこを目指してるんだろうか。ひょっとして最初からこうなるように奴に仕向けられていたのだろうか。訓練と称した試合で魔王を圧倒し、自分が玉座に座ろうとしていたのだろうか。
そこまで考え、燎牙はふと思った。うん、違うな。あれはただのバカなんだろう。プライドが高いから、スネ○的な発言になってしまうのであろう。なんとも不器用なやつだ、ぶっ飛ばしたくなってきた。
「そうなる前に「参った」をいっていただけるとありがたいのですがねぇ」
「あいにく、奥義見てから考えるわ。要らん忠告をわざわざありがとうよ」
「……そうですか。では――」
そこでアームファイズは言葉を切った。
二つのメイスからは、準備万端とでも言わんばかりに光が漏れている。
それを頭上で重ね、アームファイズは叫んだ。
「――参ります! グランスマッシュッ!」
そして重ねた二つを地面へ振り下ろした。二つのメイスにより作り出された一撃は、魔力によって増幅され、地割れを起こしながらこちらへ一直線へ飛ぶ衝撃波を作り出した。
(へぇ、奥義と呼ばれるだけはあるねぇ。だけど――)
あくまでも余裕を保つ燎牙は、外野から聞こえた「危ないッ」という声に苦笑しながら、脚に力を入れると。
左の脚を上げ、踏み鳴らした。
「――震脚!」
ドウン、という鈍い音がなった。振り下ろされた比較的細めの脚からは想像も出来ないような、まるで大砲を撃ち出したかのような音だ。
すると外野からどよめきが聞こえ、前方のアームファイズは目を疑った。
地割れは止まっていた。
衝撃波は、なぜか消えていた。
――震脚は中国拳法の動きであるが、春之進が使えるからと導入したものだ。まさかこんな形で使う羽目になるとは。
そこからの試合は、ほとんどワンサイドゲームに近かった。燎牙の繰り出す拳と脚技をいなしきれなかったアームファイズはボコボコになっていたが、体には問題はないとのこと。
本当はこの試合の後に、中・下級の騎士の訓練をつけるつもりだったが、「だるくなった、また明日」と燎牙が言い出し、そのまま城へ帰ることとなった。
γγγγγγ
自室の椅子に座り、ほぼ置いてあるだけになっている机に足を載せ、あーあ、と呟いた。
(なんだろう、うちの騎士団ってのはあんなに弱いのか? 無手の俺ですら余裕で勝てるのはどうなんだよ……)
あまりにも予想外だった。確かにミュスも事前に「ええ、私一人でもボコボコにして差し上げられますわ」などと言っていたが、流石に冗談だと思っていた。
実際には、弱いなんてものではない。騎士団長がどうかはわからないが、上級一等騎士のトップですらあんな状態。下はもっと杜撰なのだろう。
彼らに足りないのは、戦闘技能と即座の判断。魔法使用についてはよくわからないが、歩法からやり直す必要性がありそうだ。
そして、ミュスは事前にこうも言っていた。「むしろ力ある騎士は中、下級に多いなんて話もあるくらいですから」と。この目で確かめないとわからないが、その騎士達が実力ではい上がったとすれば、少なくとも上級騎士よりは期待出来そうだ。
(そうなると、明日はほんとに中、下級の騎士の訓練を見に行く必要があるな)
暗殺者の件もあり、このまま安穏とやられるのを待つわけにもいかない。国内外どちらの敵かはわからないが、どちらにせよ国民を守れるだけの兵力がなければ困るのだ。燎牙は自衛は出来ても誰かを守ることは難しい。それが国と国の戦争ならば尚更だ。国内に敵がいるなら、誰を守ればいいかもわからなくなる。だから、早急に兵士個人個人の実力をあげることが必要になってくるのだ。
そこまで考え、ふと足先を見遣ると、生首が生えていた。
『それは間違いじゃないのかな?』
「……よぉ、ダルコ」
生首――エセ神様ことダルコは久々に登場した。
『……確かにそうだが、喧嘩を売ってるのかこれは?』
「やめろ、消されるぞ創造主に」
それはともあれ。
「……間違いってのはどういう意味だ?」
『別に、純粋に燎牙の危惧していることが間違いだっていってんだよ』
「危惧していること……?」
『君の論からすれば、敵が国内なら君に勝ち目はなくなるぞ?』
「意味がわからないな。どういうことだ?」
『だって敵が国内にいるなら、誰を守ればいいかわからなくなるから兵士を強くするんだろ? じゃあさ――』
生首は続けた。
『敵が兵士だとしたら、君はどうすんだよ?』
「…………」
『まあ一介の兵士ごときじゃあ君は倒せないだろうが、国民は守りきれないかもな。兵士がわざわざ自国民を攻撃するとも思えないけど』
「……その時考えるよ、そんなことは。敵が国外だったら困るしな」
『まぁ我輩は、敵は国外じゃないかと思うが』
「……だといいが」
行儀悪く乗っけてた足を下ろし、立ち上がる。窓に近づいて、カーテンを開けて外を覗いた。
時刻はまだ5時というところだが、今の季節は比較的昼が長いのか、まだ外は明るい。仕事終わりの兵士や職人達で活気づく食堂街。子供と手を繋ぎながら家路についている主婦や、学校の制服姿がよくみえるランザ通り。王都の、燎牙がいま見てる範囲に一体何人の国民が住んでいるのだろうか。数百か、数千か。もっといるのかもしれない。
そんな大勢を守る義務が、燎牙にはあるのだ。
「国外だろうが国内だろうが、敵は敵だ。国家に、国民に牙を剥き危機をもたらす因子は排除するしかない」
窓から振り返り、机から生えたオッサンの生首を見る。
「別に排除イコール殲滅ってわけじゃねぇし、方法はいくらでもあるはずだ。でも、真っ向から話し合いで勝負をしに来ない卑怯者にそんな生易しい手段はとれねぇよ」
裏切り者に優しくしていると、そこを他国につけ込まれるだろう。
平和主義は、裏を返せば防衛は出来ても反撃は出来ないということだ。ましてやここは地球じゃない、名前もつかないような世界なのだ。全て話し合いで解決するはずがないし、そも話し合いの概念が無いかもしれない。
だから、こちらから進んで侵略はしなくとも、自国民を守り相手に手痛いダメージを負わせるだけの戦力は持たなければならない。某オヤジのステルスゲームじゃないが、「核抑止力」としてね「ピースウォー○ー」に相当するものが必要なのだ。
燎牙は、それが自分なのだと思っていた。神がくれた力だ、きちんと使えば山一つ吹き飛ばして地形を変えることくらい訳はないだろう。
『その意気だな、とりあえず今日の練習だが……』
机の生首が少ししゃべったところで、ドアがノックされて、「お夕食が出来上がりました、リョーガ様」と聞こえてきた。今日は新しく入ったメイドのレスフェンダが呼びに来たようだ。あの娘はスジはいいのだが、どうにもおっちょこちょいなところがある。まぁ、そこが彼女の魅力なのかもしれないが。
『……まぁ、いつも通り始めよう』
「あいよ」
机の横を通り過ぎながら、生首を引っ掻くように掻き消し、ドアの向こうへと燎牙は消えた。
『全く、手間のかかる』
誰もいない部屋で、誰かが一人呟いた。
夕食後、皆が寝静まる夜。
燎牙の姿は、いつもの練兵場にあった。ここ最近は魔法をゆっくり練習する暇もなかったので、とりあえず新しいものを考えていかなければならない。
『とりあえず必要なのはなんだ? そこから考えるべきだろう』
『とりあえず、ねぇ』
今存在する燎牙自身の魔法は、直線的に音速で雷の槍を打ち出す「神撃之嵐槍」、対象範囲内をあらゆる現象から守る「自動障壁」、おまけとして指から火をだす「ライター」の三つだ。
ここから、必要な魔法なんかを考えるといくらでも出てくるのだが、どうするべきか。
(単体弱攻撃魔法か、回復魔法か、蘇生魔法か、索敵魔法か……)
いくらか考えた後、燎牙が出した結論は。
「索敵魔法かな」
『なるほど、確かに必要だなそれは。今暗殺者が迫る以上、こちらが向こうの反応を察知出来ないのは困るし』
燎牙は目を閉じて、早速頭の中でイメージを起こしはじめた。
風が流れる。風は四方八方へと流れる。流れた風は、様々なモノへと当たりながら再び収束。魔力を流した風は、当たったモノの敵性、形状、能力などを魔力に書き記す。収束した風は球体となり、情報を記した地図となる。
「……こんなもんか」
目を開けると、30センチ前方に魔法陣が出来ていた。昼間ミラスケーネ達が描いたものとは似ても似つかないほど、複雑で難解な魔法陣だ。それだけ高度な魔法ということになる。
「じゃあ、実行するぞ」
『うむ、了解した』
半径2キロをカバーできる魔法にしたので、いろいろなものが浮かぶはずだ。
ちょっとワクワクしながら、燎牙はその魔法の詠唱を開始した。
「……「神視点」!」
瞬間、燎牙の周りを微風が翔けぬけていき、次の瞬間には目の前に球体が出来上がろうとしていた。
「よし、上手くいっ……た……!?」
『どうした……、ってこれは!?』
だが、球体を覗いた途端に燎牙は身体に稲妻が走った。
敵性反応が、約10。
こちらへ向かっていた。
その敵性反応――フードを被った男は悠然と通りを歩いていた。その向かう先は、王城。
「……ガッカリさせないでくれよ、“黒龍殺し”? せいぜいこの俺に傷くらいつけられる戦いをしようぜ?」
ニコラスと呼ばれていた男は、フードのしたで不気味に笑った。
帝都近くの林道で、誰かが呟いた。
「……ふむ、何か良からぬ空気だ。急がねば」
「……うん」
木々の闇のなか、誰かが頷いた。
今回遅れたのは他でもない。
受験生って、辛いんですね…………(涙)
さて、次回予告をば。
燎「今回は作者が忙しいから手短に行くぜ」
エ「次回も作者は忙しいから手抜きらしいぞ」
ク「そんなデマ流さないで下さいっ!」
燎「さて次回は、いよいよ現れた暗殺者のリーダーに燎牙が立ち向かう!」
エ「その後、妾に変化が!?」
ミラデ「拙者、女騎士と間違えられそうで御座る。次回もお楽しみにで御座る」
神「また我輩の出番がああああ!」