013◇騎士とメイスと居合少女
お久しぶりでっす。
なんか、この作品20話もないのに一年経ちそう……。
受験めんどくせー!
城の西側。
騎士団本部の訓練グラウンドまで歩いていくと、相変わらず甲冑を着た騎士達が各々の獲物を振るったり、魔法陣を光らせていたりしていた。
ううむ、なんかそこはかとない気だるさが漂ってるなココ。確かに貴族連中が多いからなのか、見た目には表れないかったるさがわかる気がする。
不謹慎だが、そんなことを燎牙は考えながら、ふと気づいた。
(そういや、出自が貴族ではない中・下級の騎士がいるとか言ってたな……)
ボンボンの集まりよりも使えるならば、そちらから鍛えたほうが良さそうな気もする。実際には、自分は王様であり、彼等は下撲なのだから命令に背いたりはしないだろう。だから普く鍛えるのがいいのだろうが、才能溢れる子を指導した方がいいに決まっている。
「あー、とりあえず本部に行くか」
「それでしたらリョーガ様、私がご案内差し上げましょう!」
頭を掻きながら燎牙が呟いていると、すぐ横にいたミュスがエスコートを申し出た。
「あれ、お前地方出身なのに騎士団本部に詳しいのか?」
「ええ、13歳の時に一ヶ月ほど修業目的でこちらにお世話になりましたの。まぁ、当時の上級一等騎士はボッコボコにして差し上げましたわ」
「……お前、そんな強いのか? 確かに剣術を使えるのは聞いたが」
「一応、父の元に逗留なさっていた……あ、いや、父に保護されてた南方の戦士の方に習いましたの。たしか、イアイジュツとかなんとか」
「ぶっ!」
い、居合術もあるのかこの世界には!
しかし、なんだ。
ジジィも言ってたが、南方の国というのはどこにある国なのだろうか。俺の予想だと、その国はアレが沢山居そうなんだが。
なんだかきな臭い話になってきたな、と燎牙は思った。
「というか、その戦士はなんで保護なんかされてたんだよ。よっぽど強い騎士か何かじゃないのか?」
居合術を使う人なんてもはやアレしか思いつかないけど、そういう名前の剣技というだけかもしれないから、一応聞いてみた。
「それが、お腹を空かせてふらふらしてたら倒れたそうでして。そこがたまたまうちの領地だっただけですわ。たしか、サムライのトーリョーとか言ってましたわ、あの方」
「ぶっ!!」
「……どうかなさいましたか?」
ミュスが心配そうな目を向けて来るが、しかしここまで来たら笑いたくなってくるのも当然だろう。
曰く、侍で頭領で居合術。
プラス、ミュスが背中から背負ってる剣の鞘がやたら細くて長い。
チーン。
刀、決定。
「……まさかとは思うが、ミュスのその肩から提げてる物は刀か?」
「……リョーガ様はご存知なのですか? 全くもって変わった剣でございますわ」
そう言って、ミュスは背中から刀を引き抜いた。おお、見事な刃文だ、これなら業物と呼ばれてもおかしくはないな。
突然現れた刀を、しげしげと眺めてしまう燎牙。というのも、クソジジィの方針により最近まで鍛練に刀を扱っていたからで、手入れから何からやっていたため刀にはかなりうるさい。
そんな俺からしてもミュスが手に持っている刀は、燎牙が地球に残してきた愛刀「薙雨」と比べても遜色ないほど素晴らしい一振りだろう。
確かに城に来た時から、ミュスが背中に背負っていた長い獲物を見たとき、「背中のアレは刀かなー。あ、まさかそんなわけねぇわなー」ぐらいにしか思ってなかったが、よく考えれば見えていたのは刀の柄であった。
……それにしても、刀というには随分長いな。
「片刃の剣など、蛮族の使うククリしか存じあげませんでしたわ。もっとも、私はこの「野太刀・雷奏」が使いやすくてお気に入りですけどね」
「ああ、確かに野太刀だな。そんだけ長いのによく扱えるな、ミュス」
燎牙は、野太刀というものを知っているからこそ素直に感心した。
野太刀とは、太刀より長い刀のことで、長いものだと2メートルを超すものもあるとか。しかし小柄なミュスが扱うためか、雷奏と呼ばれた野太刀はせいぜい三尺程度である。が、それでも随分と雷奏が大きく見える。
「まぁ訓練いたしましたもの。私では師匠の四割くらいの技しか出せませんでしたが、それでも国内の試合では負け無しですわ!」
「おい誰だこの才能の固まりを近衛騎士に呼ばなかったやつは」
全く末恐ろしい娘だ。常勝無敗という四文字が当て嵌まる女子などそういないだろうに、あろうことか正面から切り掛かって負け無しなのは凄いとしか言いようがない。はは、さすが俺様目の付け所いいなぁ。
なんて考えながらミュスの頭をなでなでしていると、やたら上擦った声で、「さっ、さあ騎士団本部へ早く参りましょうッ!!」と、やたら真っ赤な顔で早歩きをしていく少女が見えたとさ。
さて、今回は騎士共を訓練してしんぜようと思い、なんかわらわらついて来る女子連中(ナルフェル他メイド隊込み)をしっししつつ、それでもついて来たミュスだけを伴って騎士団本部まで来たわけだ。
さらに言うなら、上級騎士を教えるのはたるそーだから、中・下級の騎士も鍛えてやろうと騎士団本部まで来たわけだ。
「……でだ、アームファイズ上級一等騎士さんよ。俺は中・下級騎士の訓練に参加したいと言ったのだが聞いていたのか?」
「はは、陛下こそ何をおっしゃられますか。我等上級騎士を差し置いて下級どもを鍛えなさる意図が読めませんよ」
聞いてねーじゃねぇかよ! と、思わずツッコミしたくなったが我慢する。
全く、何なんだこのウマヅラハギみたいな(要するに魚顔)騎士は。上級騎士だと? 冗談は顔面だけにしとけよウマヅラハギめ。
騎士団本部に行くと応接室に通され、しばらくするとこのウマヅラハギ男のアームファイズ・クレヴォルタが現れ、燎牙達を上級騎士の訓練へと案内した――つまり振りだしに戻したわけだ。中・下級の話をしても、「はっはっは、陛下は冗談がお好きなんですなぁ」などと、三枚卸しにしたくなるようなセリフを連発するし、厚顔無知とはこういうことなのだろう。ちょうどいいから、こいつ死刑にしたろうか。――とは思っても、絶対実行しないのが燎牙だったが。
「……まぁいいや、上級騎士と訓練してから行くわ」
「そうですわね。ではアームファイズ上級騎士殿、よろしくお願いいたしますわ」
そうして、上級騎士の訓練に参加した燎牙とミュス。
そんな二人に対しての騎士達の態度は、顔にこそ表れないものの冷然としていた。大方、「魔王ともあろうお方が騎士のまね事など、どういうおつもりなのか」という思いが強いだろう。確かに騎士のことは騎士に任せろ、というのは至極真っ当であるが。
(ならお前らがもうちょっとしっかり戦ってくれるとありがたいのだがな)
とも思わずにはいられないのであった。
騎士団の備品である両刃剣を借りて、久しぶりの感覚を味わう。道場以来だろうか、刃を備えたものを振るうのは。
隣を見れば、ミュスが訓練用の案山子を雷奏でスパスパにしているのが見えたが、全くものすごい剣速である。これは確かに居合術であるが、相当な鍛練を必要とするはずだ。某碧髪の剣士も顔を青ざめさせるレベルの剣技に、燎牙も気合いが入った。
案山子に剣を当て、傷を付ける前に引き、また違うところに当て、また引き、というのを繰り返していく。決して力がないとか剣が扱えないとかではなく、昔の型を思い出すように流していただけである。
燎牙は、いわゆる抜刀術の使い手であり、納刀するのは専ら斬り終えた後ということになる。対して、ミュスのような居合術は、基本の構えが納刀状態である。抜刀する瞬間の一太刀目で切り伏せるのが居合である。なので、一太刀目を外してしまうと格段に負けやすくなるというジンクスがあった。
ただし、それは地球でならば。向こうでは、居合とは見世物でありそこまで普及していなかったが、こちらの居合は面白い技がたくさんあるようだ。恐らく、一撃で斬り殺せなかった場合の補助か、あるいは技自体が一撃必殺なのか。もちろん補助だとすれば、それをしかける間に再び納刀し、再度居合を仕掛けることになるのだろうが。
居合とともに炎が舞い。
居合とともに氷が散り。
居合とともに風が踊り。
居合とともに雷が降る。
魔力を用いた、魔法と剣技の複合技だろうか。とても興味深いが、生憎とこういう技は刀自体に細工がしてあると相場が決まっているので、同じことは出来ないだろう。
が、同じようなことは出来るし、そのための反則である。また日を改めて行おうかな、と燎牙は考えた。
素振りが終わり、いよいよ実戦練習へと移った。貴族のボンボンの集まりとはいえ、じゃれ合いなんかではなく割りとしっかりした戦い方をする者が大半だ。
オーソドックスな剣と盾の組み合わせ。
二刀流。
長槍や十字槍や矛。
棍やウォーハンマー。
まさに十人十色と言うべきか、ホントに様々な種類の武器があり、武器の展覧会にでも来たのかというくらい沢山あった。
「リョーガ様」
「ん?」
そんなことを考えていると、いつのまにか横に来ていたミュスが小声で話し掛けてきた。
何か内密な話だろうか。
「連中がすごくむかつくのでボッコボコにして差し上げてもよろしくて?」
「ははっ、おっそろし」
笑顔でとんでもないことをいうやつだ。あ、いや青筋浮かんでらっしゃるわ。
確かにむかつく連中ではあるし、少なからず燎牙自身も暴れようとはしていたので、なるべくスカッとする勝ち方をしてこいと言うと。
「私めにお任せあれ、ですわ!」
などと誇らしげに言うのであった。
グラウンドに向き直ると、まさに一対一の模擬戦が始まろうとしていた。
模擬戦なので武器は刃引きがしてあるし、怪我を負わせる程度なら仕方がないが、もちろん相手を殺してはならない。実際の戦闘が必ず一対一になるとは限らないので、これは訓練になるのかと聞かれれば微妙なところだが、個人の能力を高めるにはいい訓練だろう。
向かって右側に女の騎士が、そして左側にウマヅラハギ……いや、アームファイズがいる。どうやらあの二人の模擬戦らしいが、当然の如く燎牙は女の騎士の方を応援していた。
もっとも、どちらも上級騎士なのだから貴族には変わり無いのだが、魚顔が高貴なる血族だとか言っていてもカケラも信じる気持ちにはなれない。まだカエル顔の方が幾分マシである。悪代官てきな意味で。
「……なにやら邪悪な思念が顔に浮かんでおりますわよ、リョーガ様」
「おっと。はは、あの魚顔早くタッチダウンしねぇかなぁ」
「たっちだうん? なんのことですの?」
「簡単に言えば、地面とキスすることだ」
「そうなんですの? でしたら私もあの方にはたっちだうんして欲しいですわ!」
国が違えば、今にもサムズアップしてきそうな勢いで首肯するミュス。よっぽどあいつにはイライラしてたのか、綺麗な顔に醜く邪悪な思念が顔に浮かんでいた。全く、人のこと言えねぇな。
「ま、御手並み拝見といきますかね……」
向かい合っている二人が、互いに礼をした。騎士団では当たり前になっている、試合前の礼節である。騎士として、戦う相手に対して敬意を表し全力で戦う意志を見せる行動ですとか言われたが、正直ジャパン的思考では当たり前もいいところである。
礼が終わり、合図とともに二人が駆け出した。20メートルはあった間隔が一瞬で詰まり、瞬きの間に戦闘が始まる。
駆け出しざまに自らの獲物であるブロードソードを引き抜いた女騎士は、肉薄してきたアームファイズめがけて先制となる突きを放つ。ブロードソードによる突きに大した威力はないが、刃の分のリーチがあるし、いくら威力がないとはいえ当たればただでは済まない。
眼前に迫った、牽制だが確かな一撃にアームファイズは反応した。右手で腰から棒のようなものを遠心力で振り抜き、ブロードソードの側面を打ってその軌道をずらした。
「あれは、メイスか!」
「メイスの使い手など久々に見ましたわ……」
先端に複雑な形をした錘をとりつけた打撃武器の一種で、使いこなせれば威力は格段に上がる。しかしまぁ、なんとも顔に似あわない武器を使うものだ。
弾かれたブロードソードを横目に、左手で腰からメイス引き抜き、力一杯振り抜いた。弧を描いて狙う先には、女騎士の胸当て。が、女騎士はその一撃を右手に構えた鋼鉄の盾で防ぎきった。
しかし、遠心力により打ち出されたメイスの一撃は思った以上に重く強く、女騎士の体勢を崩させ後退させる。
「甘いぞ、ミラスケーネ上級二等騎士!」
これを好機と捉えたか、アームファイズは再びメイスを腰に差しながら女騎士に肉薄した。ギリ、と歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべながらも、踏み止まって体を停止させ、正面に盾を構えなおす。
が、すでにゼロ距離に等しい位置まで接近していたメイスに弾かれて、またも後退してしまう。
「くっ、私の名前を気安く呼ぶなぁーッ!!」
体勢を立て直すことをすて、倒れかけた体から足で地面を蹴り後ろ跳びした。こうすることで距離が開き、女騎士――ミラスケーネにとっての仕切直しが可能になった。地面にブロードソードを刺し、すぐさま駆け出そうとしているアームファイズを見ながら指先で魔法陣を描く。複雑な図形でないことから比較的簡単な魔法なのだろうが、この場でのミラスケーネの有効打になりえる一手ではある。
「爆ぜ散る飛礫、「フレイムクラスター」ッ!」
詠唱の終了とともに、光を放った魔法陣から火の球が沢山飛び出し、狙ったかのように全ての球がアームファイズに目掛けてゆく。魔法陣を見て急いで踏み止まったが特に対抗策もなく、舌打ちして火の球を避けたり打ち払うことに専念する。
と、ミラスケーネは思っていた。
ところが、魚顔の上級騎士はそうしなかった。踏み止まることもせずに、いきなり左のメイスを振り抜いて、そのまま投擲した。風を切り裂きながら進むメイスは、本来投げて使うようには想定されていない。だがしかし、錘によって威力を増していく円盤と化したメイスにより火球は散らされ、アームファイズに届かない。もちろん、そんな火の球の顛末に気をかけているわけにもいかず、烈風を纏い飛んできたメイスを盾で弾くも、あまりのパワーに盾も弾かれてしまった。大きく体勢を崩したミラスケーネにメイスがつきこまれ、合図がなり、勝負が決した。
両者共に善戦していた。というか、初めのイメージがどこかへ吹き飛んでしまった。上級騎士だからだるんだるんなんだろうと思って来たが、全然そんなこともなく、個人的なスキルだけならかなり強いのではと思わされる。
「君は困ったら魔法に頼る癖がある。いい加減直し給えよミラスケーネ上級騎士」
「うるさいッ、そんなことはわかっているッ……!」
「しかし、まあこの僕にメイスを投げさせたことだけは褒めておくよ」
「くッ……!」
向こうでは、膝をついて悔しがるミラスケーネに、魚顔メイス使いが何やら皮肉っぽいアドバイスを展開していた。先輩風というものなのだろうか、どうにも件の女騎士は歯をギリギリと食い縛り、悔しさが我慢できないとばかりに相手を睨んでいる。
まあ、あれに負けたら確かに悔しさ倍増だろうな。
「あの魚顔、意外にやりますわね。少々心外でしたわ」
「ああ、これは確かに驚いた。だが同時に、完膚無きまでに叩きのめせる気もしてきたよ、俺」
そう宣言しきった燎牙の目には、静かな炎が揺らめく。久々に自分の中の武道家魂がメラメラしてるのが、何となくだがわかる。そうして今、どうしてココにいるかを悟る。
(俺、王様。他、下撲か敵。王様は下々の奴らを導く尊い存在。従って、天狗になってはイケナイと教えてやる必要有り)
よし、これは是非とも伸びきった鼻をへし折らなきゃなぁ。
その為に必要な魔法と、そのタイミングとプロセス、さらに魅せ方を考えてゆく。出来るだけ基本に忠実に、出来るだけ手堅く。しかし、出来るだけ派手に圧倒的に。
「リョーガ様? リョーガ様っ!」
「……あ、なっ、なんだ?」
「失礼しましたわ。ずいぶんぼうっとしておられたので、つい。そうそう、次の模擬戦が私の番になりましたの」
かなり長い時間集中していたようで、ミュスに話し掛けられて気がつけば、まわりには既に何人か模擬戦を終えている騎士たちがいる。お互いに欠点を指摘し合ったりしてるペアの片割れは、前に遭遇したゾーアルであった。確かにあいつも上級二等騎士とか言ってたな。
それにしても、ミュスの相手も可哀相なもんだ。
なにせ、訓練用とは言え頑丈そうな案山子を瞬く間に9つに切り分けるような女だ。これが戦場ならば、相手がいい感じの刺身になっても何らおかしくはない。くわばらくわばら。
「さて、私の相手は…………、随分と大きい相手でございますわね。縦に」
「身長は高いほうがいいって言うし、褒め言葉として受け取っておくよ」
スタート位置を示すラインに立ったミュスは、対戦相手の身長に少し驚いた。巨人が、巨人がいますわ。
思わず零した程度の独り言にも、あの巨人は律儀に反応してみせた。なるほど、耳は良いのですわね。ソバカスの目立つ顔で、思春期の少年を思わせる。燎牙にいたっては、「アイツはアンクル・サムの息子だろうか」とか考えていたが。
「僕はフラヴォノイア・サミャック上級三等騎士だ。よろしく、お嬢さん」
「……ミュス・グレナレイトですわ。以後お見知りおきを」
反対側のフラヴォノイアは、好青年を思わせる笑顔を浮かべている。というか貴族には珍しい好青年なのだろうが。
別に見た目が好青年だからといって、ミュスは手加減するわけではないし、もちろん訓練なのだから相手の為になるような攻撃をするつもりだ。
肩から下げた雷奏の柄に触れ、その感触を確かめる。刀の師匠には「その刀で居合をするのは難しいだろう」と言われ、刀のことを何も知らない周りも「女にそんなわけのわからない戦術が使えるわけがない、やめておけ」と反対されてきた。ただ、兄だけは、ソルファだけは認めてくれたが。
血の滲むような努力の末に完成させた背面抜刀による居合を、師匠は「私からお前に教えることはもう無い。よくがんばったな」と評価してくれた。周りも、次第に評価を改めてくれて、今では応援されるまでになった。
誰かに認められることが、すごく、嬉しかった。
だから。
(私は負けるわけにはいかないんですの)
負けるはずのない試合だろうと、ミュスには手が抜けるはずがなかった。むしろ全力で潰してやらないと、相手のためにならない。
ミュスは目を閉じ、腰を落として合図が鳴るのを待つ。
小さい銅鑼による合図が響き、戦闘の幕が開けた瞬間。
「居合弐式・斬金ッ!」
戦場に、鋼の風が奔った。
ミュスの肩から一瞬銀光が見えたかと思うと、風を切り裂く何かが一直線に飛翔していた。その何かは反対側のフラヴォノイアを食い尽くさんと飛んでゆく。
しかし、さすがに居合の一撃で決まる相手でもないようで、フラヴォノイアは構えていたツヴァイハンダーらしき大剣の腹でそれを防ぐ。
「ッ!?」
だが、予想以上の威力を持っていたのか、じりじりと後退させられて鋼の風は消えた。
攻撃を受けた本人は若干驚いたか顔が引き攣っていたが、すぐに気を取り戻すとツヴァイハンダーを一降りしてこちらへ走って来る。
「なかなかやりますわね。納刀」
雷奏を一度納刀する。そうすることにより彼女の戦術「居合式」を使用することが出来るようになる。もちろん居合だから、基本的には抜刀する時の一撃だけを居合と見なしている。
ミュスは走ってくるフラヴォノイアを見る。彼我の距離は15メートルあり、もう一度「斬金」を撃つのに十分間隔はある。
だが、同じ手は通用しないだろう。当然見切られれば相手に余計なチャンスを与える羽目になる。
ならば、あえてツヴァイハンダーの間合いの内側に潜り込めばいい。
「くっ!」
距離を詰められ、フラヴォノイアは思わず大剣を振るうが、それこそがミュスの狙いであった。大剣は、威力が高いことを引き換えに敏捷性が落ちる。要は、素早い取り回しが不可能になるということだ。
袈裟掛けに振り抜いた剣の下、ミュスは肩越しに柄に触れる動作をした。
「……参った」
剣を戻せない、逃げようがないと悟ったかフラヴォノイアは潔く降参した。剣を棄て、両手を上に挙げて無抵抗の意を示す。そのサインは、どうやら地球もこちらもほとんど変わりないらしい。
周りの騎士達は唖然とし、燎牙は初めて見た飛ぶ斬撃に喜んでいた。繰り返し言うが、某碧髪剣士も真っ青の腕前であった。
「いかがでしたかリョーガ様っ!? 私結構強いでしょう?」
「居合ってすごいのな。まぁともかくお疲れ様」
三日ぶりに旅行から帰ると凄まじい勢いで走ってくる飼い犬よろしく、擦り寄ってきたミュス。とりあえず頭を撫でると、途端に顔を真っ赤にして逃げていくのであった。
(さて、次は俺の番だな)
次の相手を想像しながら、燎牙は屈伸と伸脚をした。
すいません、今回はあとがきミニシアターはなしです!
そのかわり。
少しお願いが。
お時間があれば、感想を書いていただけると嬉しいです。
そりゃあ、こんな若輩の小説なんぞに割く時間もありはしないとは思っておりますが、そこをなんとか。
誤字脱字の報告とかでもいいので、感想書いていただけると幸いです。
ふぅ。
さて、また次回。
あ、近々アンケートをとりたいと思います。その時はご協力よろしくお願いします。