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現代に転生した「AI芥川龍之介」が描く短編小説

AI芥川龍之介-6(徒競走)

作者: 橋平 礼
掲載日:2026/02/22

いかにも、僕だ、芥川だ!!

僕は、現代に転生した。僕の冷徹なペンでラノベ風に仕立ててみようじゃないか。

ある男が語つた、不思議な話である。


 それは彼がまだ、小学校の一年生か二年生であつた頃の記憶ださうだ。折しも秋の運動会、校庭には砂埃が舞ひ、子供たちの歓声が天にちゆうしてゐた。「徒競走」の最中であつた。当時の教室は、一クラスに五十人、六十人と云ふ、人間がごみのやうに溢れ返つてゐた時代である。


 彼は地上の次の順を待っていると、友人の間の周囲の空気が一変したのに気づいた。同級生たちが、波が引くやうにある一地点を囲んで、騒然としてゐる。


「どうしたんだい」


 彼が人垣を割つて覗き込むと、中心には一人の男の子が、土埃の中に打ち倒れてゐた。誰であらうか——さう思つた瞬間、その傍らに、不釣り合いな黒い背広を纏つた一人の男が立つてゐるのが見えた。


 男は表情一つ変へず、「さあ、行かうか」と云つて、倒れた子供の手を執つた。


 その刹那である。彼自身の身体からだが、何者かに強く引き上げられるやうな感覚に襲はれた。見れば、男が引いてゐるのは、倒れた子供の手ではなく、彼自身の手であつた。


「さあ、そろそろ時間だ」


 男に促されるまま、彼の身体は羽毛のやうに軽くなり、次第に宙へと浮いてゆく。ふと下を見下ろすと、そこには砂地に横たはる「自分自身」のむくろが見えた。 (ああ、僕はあそこに倒れてゐる。では、このおじさんは誰だらう)


 不思議と恐怖はなかつた。むしろ、底知れぬ多幸感が彼を包み、このまま付いて行かうと決めた時である。


「行つては駄目!」


 下界から、裂けるやうな少女の声が響いた。


「早く戻つてきなさい!」


 その峻烈な声に打たれ、彼は黒背広の男の手を振り払つた。「僕は帰るよ」——さう叫んで、彼は己の肉体へと舞い戻らうとしたが、見えざる障壁に阻まれ、なかなか中へ入れない。焦燥に駆られる彼の耳に、再びあの少女の声が届いた。今度は憤然として、あの男を叱咤してゐるやうであつた。


「おじさん、来ないで!」


 次の瞬間、少女の「早く入つて!」と云ふ大声と共に、彼は強い衝撃を以て己の肉体に合致し、意識を奪回したのである。


 それから数十年が経過した。


 男は五十の坂を越え、ある日、小学校の同窓会に出席した。酒杯を交はし、面影の失せた旧友たちと昔日を語らふうちに、ある一人の女が奇妙な話を始めた。


「私、このクラスにゐた頃、初めてお化けを見たのよ」


 男は耳を疑つた。女は語り続ける。


「あの運動会の徒競走の時だわ。一人の男の子が倒れてね。その脇に黒い背広の人が立つて、男の子を連れて行かうとしてゐたの。だから私、必死になつて『行つたらあかん』つて止めたのよ」


 男の胸は高鳴つた。あの時の少女は、この女性だつたのか。彼は礼を云はうと思つたが、混み合ふ宴席に阻まれ、つひに声をかけられぬまま、会は散会となつてしまつた。


 後日、男は幹事の友人に電話をかけ、あの時の女性を探してほしいと頼み込んだ。


「命の恩人なんだ。名前は忘れてしまつたが、卒業アルバムを見れば思ひ出すはずだ」  数日後、アルバムを開きながら友人と記憶を照らし合はせた彼は、つひにあの日の少女を指し示した。


「この子だ。この子が来てゐたはずだ」


 ところが、友人の返答は凍りつくやうな冷たさを帯びてゐた。


「……おかしいな。この子は、小学校を卒業してゐないよ」


 友人の調べによれば、その少女は在学中、病のために夭折してゐた。


 しかも、彼女が息を引き取つたのは、あの運動会が行はれる、わずか前の日の出来事であつた。


 あの日、校庭の隅で叫んでゐたのは、同窓会にゐた「誰か」ではなかつた。


 一足先に幽明を隔てた少女が、独り寂しく逝く道すがら、同じ闇に引き込まれさうな学友を見咎め、烈火の如く怒つて追い返したのではなからうか。


 死してなお、他人のために「怒る」ことが出来るとは、人間のエゴイズムも捨てたものではない。あるいは、それこそが、この空虚な現世に留まつてゐた、彼女の唯一の執着であつたのか。  風はまた、銀鼠色の空の下を、冷ややかに吹き抜けてゆくばかりである。

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